告発のコスト

市町村職員による国民年金保険料着服問題で、ついに社保庁が強攻策に出た。

「市町村職員による国民年金保険料などの着服問題で、社会保険庁・宮城社会保険事務局は12日、保険料約28万円を着服したとして宮城県大崎市(旧田尻町)の三十代の元男性主事を業務上横領の疑いで同県警に告発した。告発を見送った八市町に代わり、同庁が自治体職員を告発するのは初めて。同市は「協議なしの告発は自治の侵害だ」と反発している。」
日本経済新聞2007年10月13日付朝刊・42面)

社保庁自身、もはや風前の灯火とも言うべき組織だけに、背後に控える舛添要一厚生労働相の意向に従わざるを得なかったのだろうが、普通の民間企業なら、たかだか28万100円の着服額で、既に全額弁済され、懲戒免職を食らっている元職員に対してさらに刑事処分を求める、といったような無駄なことはしない。


ひとたび告訴、告発したなら、犯罪の裏づけになる資料の提供や、何度にもわたる事情聴取への協力をしなければいけないし、仮にそこまでやったとしても、被害実態(弁済されているのだから、損害はゼロだ)を考えると、起訴猶予になるか、軽微な処分に留まるのがオチ*1


さらに言えば、懲戒免職を食らい、30代にしてその先相当苦しい人生を歩んでいかなければならないことが予想される元職員に、さらに追い討ちをかけるようなことをしたのでは、在職している社員の士気にも係わることになる。


それゆえ、この手の犯罪に対する制裁は、あくまで「私的」なものに留め、刑事処分までは求めない、というのが実務の“知恵”といえる*2


「194万1800円」という比較的多額の着服がなされており、かつ退職のため当該職員を処分できなかった秋田県男鹿市の例や、「42万6000円」の着服がなされたにもかかわらず、「停職1月」というありえないほど軽微な処分に留まっている大阪府池田市の例ならともかく、今回の大崎市の事例で刑事告発を行わないことには、十分な合理性があるといえよう。


にもかかわらず、直接の雇用元である市を差し置いて刑事告発する、などという行為は、無駄な愚策以外の何ものでもないのであって、「自治の侵害」か否かという高尚な議論に行く以前の問題として、社保庁という組織が今やらねばならないことは何か、ってことをもう少しよく考えるべきだろう。


法は、政治家のパフォーマンスのための道具ではない。


舛添大臣は、今回の処分に対しても、

「原則をきちんと守ったということだ。ほかの市町村も告発がなければ、こちらでやる」(同上)

と息巻いているようだが、そうでなくても年金問題の処理で一杯いっぱいになっている社保庁に余計なミッションを課す大臣の姿勢は、“単なるパフォーマンス”との謗りを免れ得ないし、それによって、刑事司法制度に余計な負荷をかけることになるのだから、なおさらタチが悪い。


かつて、新進気鋭の国際政治学者と評された、賢明な大臣のことだから、厳罰に処すポーズをとれば、国民が拍手喝さいを挙げて、年金問題に対する批判も少しは和らぐだろう、などという愚かなことは決して考えていない(単に労働実務に無知なだけ)と信じたいが、もしそうでないとしたら・・・?


考えるだけで反吐が出る。

*1:弁済したかどうかといった事情は起訴不起訴の判断や量刑に際して当然に反映されるし、そういう取引材料があるから余計ないコストをかけることなく、任意に弁済がなされることにもなる。

*2:そもそも「懲戒解雇」は労働者にとっての“死刑判決”に他ならず、他の職員に対する威嚇効果はそれだけでもう十分なのであって、他に被害者がいるならともかく(セクハラや暴行傷害等)、会社との関係においてそれ以上の「刑」を負わせる必要はもはや存在しないといえよう。

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