もうすっかり定番になりつつあるこのコーナーだが、またしてもいくつか発見されているので、ちょっと古くなるが、とりあえず紹介しておくことにしよう。
知財高判平成19年10月31日(H18(行ケ)第10129号)*1
これは原告が保有する「内燃機関用スパークプラグ」(特許第2921524号)の無効審判取消訴訟で、結論としては、全ての取消事由について原告側の主張が退けられているのであるが、いつもながらに最後に恐怖の「付言」の項が設けられている。
若干複雑になるが、問題の箇所をそのまま引用すると、
念のため,無効審判請求事件の係属に関して,当裁判所の見解を述べる。
前記(第2の1)のとおり,被告は,平成17年2月2日,本件特許の請求項1ないし6に係る発明について,無効2005−80036号事件(進歩性欠如等に係る無効理由)及び無効2005−80037号事件(法36条4項の要件欠如に係る無効理由)の2つの特許無効審判を請求した。
これに対して,特許庁は,各審判請求を併合審理した上,平成18年2月20日に審決をした。その審決書を見ると「第5 無効理由についての判断」欄において,(1)無効2005−80036号事件について,本件発明1ないし4,6には,進歩性欠如の無効理由が存在するが,本件発明5には進歩性欠如の無効理由は存在しない等の判断を示し,(2)無効2005−80037号事件について,本件発明1ないし6には,同法36条4項の要件を充足しないとの無効理由は存在しないとの判断が示されているものの、「結論」欄においては、「特許第2921524号の請求項1ないし4,6に係る発明についての特許を無効とする。特許第2921524号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない」との記載がされただけである。
以上の手続の経緯及び審決書の内容を総合して判断すると,本件無効審判事件の中、無効2005−80036号事件部分(進歩性欠如等に係る無効理由)は、原告から取消訴訟が提起されたことによって、当庁に係属するに至ったが、無効2005−80037号事件部分(法36条4項の要件欠如に係る無効理由)は,未だ,審決がされておらず,依然として特許庁に係属していると解するのが相当である。
80036号事件も80037事件も同一特許に対する無効審判請求で、単に主張されている無効理由が違うだけだから、特許庁審判部も審決理由の中で主張を退ければ足りる、と考えたのかもしれないが、飯村コートはそこを見逃さなかった。
けだし,本件においては,審決書の結論である「特許第2921524号の請求項1ないし4,6に係る発明についての特許を無効とする。特許第2921524号の請求項5に係る発明についての審判請求は,成り立たない」について,無効2005−80036号及び無効2005−80037号事件の両事件に対するものと理解することは,審決の理由の内容に照らして採用の余地はない。また無効2005−80037号事件につき「無効審判不成立」との黙示的な審決がされたと理解することも,法的関係を不安定にすること,及び被告(請求人)の不服申立ての機会を奪うこと等の理由から,到底採用の限りでない。
したがって,本件審決書の「結論」は,無効2005−80036号事件のみに対するものと理解するのが相当である。すなわち,本件は審決の脱漏と解すべき筋合いといえる(民事訴訟法258条参照。この場合,脱漏審決に対して,そのことを理由として,取消訴訟を提起することができないことはいうまでもない。
被告の請求した無効審判事件(無効2005−80037号事件)は,依然として,特許庁に係属していることになるから,追加審決又は無効審判請求の取下げなどによって,審判係属を終了させることを要する。
どうせ結論を維持するのだから、この辺は大目に見てあげれば良いではないか・・・と思ったりもするのであるが、どんな些細なミスも見逃さないのが“第3部クオリティ”なのだろう。
知財高判平成19年10月31日(H19(行ケ)第10158号)*2
原告・SPK株式会社
被告・ダイムラークライスラー・カンパニーLLC
これは原告が保有する商標「COMPASS」(第1216724号)に対し、被告が請求した不使用取消審判(取消2005-31007号)が認められたのを受け、原告が取消訴訟を提起したもの。
昭和44年8月6日に出願された商標ということもあり、旧分類に基づく指定商品での「使用」の有無が争われているのだが、裁判所は、原告が「使用」したと主張する商品のうち、一部を「旧12類」(自動車並びにその部品及び附属品、及びこれらに類似する商品)に当たらない、とし、「旧12類」に該当する一部の商品については、
(1)同商品についての本件商標の使用の事実を認めるに足りない
(2)輸出を目的とする商品に商標を付する行為をもって商標法50条にいう商標の使用ということはできない
として、原告の主張を退けている*3。
ゆえに、ここでも結果として特許庁の審決が維持されているのだが、これで終わらないのが知財高裁第3部クオリティ。
「3結論」の(1)で、「本件審判手続について」という項を設けてまで噛み付いたのが、被告(不使用取消審判請求人)による「請求の趣旨」の記載と、それに対する特許庁の審判指揮についてであった。
裁判所は、
「被告が取消しを求めた指定商品の範囲については、「自動車並びにその部品及び附属品」ではなく、「及びこれらに類似する商品」を含めた点において,不明確というべきである。」
とし、その理由として、
「取消審判請求の審理の対象となる指定商品の範囲は,設定登録において表示された指定商品の記載に基づいて決められるのではなく,審判請求人において取消しを求めた審判請求書の「請求の趣旨」の記載に基づいて決められる。審判請求書の「請求の趣旨」は,(1)審判における審理の対象・範囲を画し,(2)被請求人における防御の要否の判断・防御の準備の機会を保障し,(3)取消審決が確定した場合における登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲を決定づけるという意味で重要なものであるから,「請求の範囲」の記載は,客観的で明確なものであることを要するのは当然である。」
と述べた上で、本件では(3)の点において、客観的明確性を欠き、法的安定性を害する、と指弾する。
そして、「本件においては・・・審決を取り消すまでも違法を来すものとはいえない」として審決の結論を維持しつつも、
「このような点に鑑みると,商標登録の取消審判請求の審理する審判体としては,実質的な審理を開始するに先だって,まず,釈明権を行使するか,補正の可否を検討する等の適宜の措置を採るべきであり,そのような措置を採ることなく,漫然と手続を進行させた本件の審判手続のあり方は妥当を欠く点があったというべきである。」
「今後、商標法50条に基づく商標登録の取消審判請求の審理に当たっては、請求人の求めた「請求の趣旨」における「指定商品の範囲(特に「類似する商品」との記載)の明確性の有無の検討,不明確な請求の趣旨に対する是正手続を十分に尽くすべきであり,この点に考慮を払わない審判手続の運用は,すみやかに改善されるべきである(知的財産高等裁判所平成19年6月27日判決・平成19年(行ケ)第10084号審決取消請求事件参照。)。
と、数ヶ月前に同じ審判体で出された判決(「ココロ/KOKORO」不使用取消事件)*4まで引用して、特許庁にお灸を据えているのである。
ちなみに、本件の原審決が出されたのは平成19年3月29日で、その時には特許庁が上記のような飯村コートの先例を知る余地もなかったのだから、本件については同情の余地はあるが、今後、同じような「漫然な」審判が行われた場合、どのような「付言」が付されるのか、想像するだけで恐ろしい。
関係者には、訴訟法の正確な理解も含めた、より慎重な手続対応が求められることになろう*5。
*1:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071031161714.pdf
*2:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071101103258.pdf
*3:このうち、(2)については、以前「WHITE FLOWER」事件で述べられていたことの裏返しで(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060614/1150222136#tb)、外国における商標の使用が日本国内における商標登録存続の可否を判断するのに影響を与えるものではない、という理屈で、輸出行為への商標の使用が、50条1項の「使用」にあたらない、としている。
*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070708/1183936893#tb
*5:なおこれは特許庁サイドだけでなく、審判を申し立てる側、申し立てられる側にもいえることであり、それは、本件で審決を取り消さなかった理由として、「上記の点を取消事由として主張していないこと(も含める)」というのが挙げられていることからも分かることであろう。