師の志を継ぐものは誰か?

今さらではあるが、NBL3月15日号(No.877)に掲載されている、中山信弘・前東京大学教授の論稿*1を拝読した*2


師が知的財産法の世界に残してこられた功績がいかに甚大なものか、筆者の安直なコメントではとても語りつくすことはできないのだが、中でも、一見取っ付きにくそうに見える知財の世界を、分かりやすい文章、分かりやすい語り口で、かつ真実を歪めることなく世の中に伝えられてきたという事実は、「研究者」という枠を超えて賞賛されるべきことなのではないか、と思っている*3


今回のNBLの論稿は、最終講義をベースに書かれたものだということもあって、いっそう読みやすいものになっている。



もちろん、読みやすさ=平凡な穏健さ、ではない。


近年の知的財産改革の流れに言及しているくだりでは、慎重に言葉を選びつつも、

「ただ気になるのは、この5年間の知的財産制度改革は、知的財産の強化の流れであったようにみえるという点である。知的財産権は、強ければ強いほど、創作のインセンティヴとなり、社会の情報量は増加し、社会の更正の増大につながる、というものではない。知的財産は、創作者の利益と社会一般の利益の微妙な調和の上に成り立っているということは、知的財産法の専門家であれば誰でも常識として持っているはずであるが、制度改正の現場では、必ずしもそのような意識が常識とはなっていないようにみえる。」(8頁)

と、近年の立法・行政サイド(特にB庁・・・)の動きを辛らつに批判されているし、「知的財産法が直面する今後の課題」の章では、

著作権法が抱え込む対象が増大し・変化し、そしてプレーヤーが変化すれば、ルール変更の要求が出てくるのは必然であるが、著作権の世界はこの変化に対応できていない。」(10頁)

と、前後と合わせて読むと、師の切実な危機感が伝わってくる内容になっている。


また、師の指摘は法制度に関するものにとどまらず、大学での教育、研究そのものにも及んでいる。

「これからの知的財産法の研究者は、常に体系的思考をしなければならないと考える。単なる条文の解釈や判例の分析に終始してはならない。論文の中から、常に、知的財産法とは如何にあるべきか、知的財産の体系とは如何なるものであるのか、ということが透けてみえなければならない。」
「研究者の仕事は、実務家とは異なり、すぐに役に立つものを行う必要はない。一見、無駄なことと思えることができるというのが我々研究者の特権であり、その特権を生かさず、実務に埋もれてしまうような学者であってはならならない(ママ)。」
(11頁)

法律学実学である以上、判例を中心とした実務との関連のある研究も重要であることはいうまでもないが、大学は時流に流されず、むしろ時代を超越した研究をなすことが本分であると考える。典型的なビジネスローである知的財産法も基本的には同である。」
「教育面でも同様であり、大学の任務は、即戦力となるが、賞味期限の短い小さな完成品を世に出すことではなく、賞味期限が長く、応用範囲も広い、大きな未完成品を世に出すことにあると考える。そのためには、教える側も、単に条文解釈と判例を教えるだけではなく、常に体系的な教育に心を砕かねばならない。」
(11頁、以上強調筆者)

俗物的な評価、俗物的な要請が大きな波になって大学に襲い掛かってきている現状において、この勇気ある警句を真摯に受け止めなければならない者は多いのではないか*4


なお、本エントリーのタイトルは、師が残した以下の一節に由来している。

「私は、知的財産法序説という本の出版を考えていたが、ついに果たすことができなかった。そこでは情報をキー概念として、新しい方法論で、知的財産法の姿を描きたかったのだが、能力不足のために完成することはなかった。」
「これを踏襲する必要はないが、これからの研究者には、常に、新しい方法論、新しい体系を求めつつ研究を進めて欲しい。そして自分の名前が付された『誰々知的財産法学』と呼ばれるような体系を模索して欲しいと思う。」
(11頁)


師を継ぐ者は誰か?


近年、講学上「創作法」/「標識法」と区別されていた諸権利の機能が近接化する傾向が見られることや、知的財産権的発想によって保護される範囲の外延が広がりつつある実情を鑑みると、師が体系化した「情報財」概念とは異なる、あるいは「情報財」概念を深化させた新しい体系が求められるのではないか、と思うのであるが*5、残念ながら筆者如きに答えが出せるような話ではないのは、言うまでもないことである。


今後、若手・中堅の研究者(あるいは実務家)が、どのような世界を構築していくのか、期待に胸を高めつつ傍観し続けることにしたい。



(補足)
数多くの概説書、解説書を世に出されている中山教授だが、著作権の世界の不思議さを世に知らしめたものとして、


マルチメディアと著作権 (岩波新書)

マルチメディアと著作権 (岩波新書)


のような著作の存在も忘れてはならないだろう。


著作権を初めとする知的財産権をめぐる議論の花が、世の中のあちこちで咲くようになったいま(かといって、一般の人が議論の拠り所とするような明快かつ深遠なテキストが広く出回っているとはいえない今)、筆者としては、今後の中山教授のご活躍に期待するところ大なのであるが、果たして・・・?

*1:「知的財産法研究の回顧と将来への課題」NBL877号5頁(2008年)

*2:最終講義直後のエントリーとしては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080125/1201195012がある。

*3:筆者自身、師の論文を初めて読んだ時、その整然たる文章の美しさ、分かりやすさに感銘を受けたのは言うまでもない。

*4:当の大学関係者や学生だけでなく、“ないものねだり”しがちな企業サイドの人間や、ピント外れの批判を繰り広げるメディア関係者にとっても、重要な警句となるはずである。

*5:このような課題に応えるものとしては、田村善之教授が提唱されるような、市場競争における「インセンティブ」に着目した体系化がもっとも進んだものであると思われるが、もしかすると他のアプローチの仕方もあるのかもしれない。