ビジュアルは実に雄弁だ。

ここ数年、法律の世界でもいろいろと趣向を凝らした書籍が世に出る機会が増えていて、先日の川井弁護士の会社法の入門書などもまさにその一例だったのだが*1、今度は知財の分野で、興味深いコンセプトの書籍が刊行された。

図録 知的財産法

図録 知的財産法

  • 発売日: 2021/02/22
  • メディア: 単行本

知的財産法の総論から、著作権法特許法、意匠法、標識法(商標法、不正競争防止法)、不正競争防止法(営業秘密、パブリシティ)まで、知的財産法の主要な法分野を横断して解説する書籍なのだが、その名の通り、全てのページに「圧倒的点数」*2の図と写真が散りばめられている、というのが本書の特徴である。

そして、各項目の執筆を担当されているのが、知的財産法の世界の最前線で奮闘されている中堅、若手の研究者の方々である、というのも、注目すべきポイントと言えるだろうか。

入手して最初のページを開くと真っ先に目につく「顔真卿」の書に始まり、著作権の教科書には良く出てくる「裁判素材」の写真はもちろん、文化庁庁舎の写真あり、ムンク「叫び」あり、と素材の選択、配列にもそれぞれの項目の著者の個性が存分に発揮されていて、読み物としても十分楽しめるものになっている*3

もちろん、分担執筆だから、各項目のボリュームにしても、レイアウトにしても、それぞれの「個性」が色濃く出ているのは事実である。

また、本来は”脇役”かもしれない解説文の粒度や表現にも、(ある程度統一しようという意思は感じられるものの)項目ごとの微妙な違いはあって、ざっと読んだだけでも*4、「わかりやすいかどうか」、「当該トピックにおいて必要なことが余すことなく書かれているかどうか」という二軸で4パターンに分類したくなる衝動にかられたことは否定しない*5

ただ、体系書にしたら数百ページくらいのボリュームになる中身を、図表を織り交ぜつつ凝縮して分かりやすく伝えよう、という編著者の心意気は、全体を通じて十分に伝わってくるし、比較的ビジュアルを使いやすいとされる「著作権法」の研修資料ですら、実際に研修に向けて作るときにはかなり四苦八苦していた我が身を顧みると、本書の各項目のクオリティの高さは、類書と比べても群を抜いているように思える。

本書を通じて自ら学ぶ、頭を整理する、という本来の使い方はもちろんのこと、(あくまで本書の編著者の権利を尊重しつつも)、本書が示した「図解」のアプローチを、自分たちの会社の研修素材に生かす、といった使い方もできるだけに、特に知財系企業実務者の皆さまには、一度この本を手に取ってみることをお薦めしたい。

なお、多少細かすぎる指摘もあるかもしれないが、以下、気づいた点を若干・・・。


著作権に関するトピックは裁判例素材を中心に比較的ビジュアルや実例を使いやすいところではあるのだが、中でも構成が巧い、と思ったのは、インパクトのある「サルの自撮り画像」を冒頭で大胆に使い、複数の「ラストメッセージ」の対比で読者に考えさせながら締めた「7 著作物性」と、類似性の判断基準を説明するために、数多ある裁判例素材の中から「ここぞ」という箇所の対比表を効果的に盛り込んだ「10 著作権侵害の要件」の項だった*6。このセンスには嫉妬せざるを得ない。

■レイアウトや図表の使い方に関して言うと、「25 意匠法とは」「26 デザインの法的保護」の並びのところもさすがは本家本元、というべきか、配置のバランスも素材の選択も絶妙だな、と感じた*7。巻頭言によると、デザイン系の学生がこの部分だけ読む、というような使われ方も想定されているようだが、それにふさわしい仕上がりだと思われる。

■ビジュアルを使いやすい著作権、商標、意匠といった分野に比べ、「特許法」の領域でビジュアルを使うというのは至難の業のようにも思えるのだが、「19 特許権の保護範囲」では、侵害成否の判断手法からクレーム解釈の具体例まで、分かりやすく説明するために知恵を絞られたのが分かる著者の自作素材が散りばめられており、難しい領域の話を少しでも分かりやすくする、ということに大いに貢献していたように思う*8。自分だったら、たぶん端から図解すること自体諦めていたような気がするだけになおさら・・・。

■各ページで使われている写真は、大抵、著者ご自身の撮影によるものか、編集部の撮影、あるいは、出典元を明記した上での引用、ライセンス使用と思われるものなのだが、40頁の新梅田シティの「希望の壁」の写真は「青木大也氏撮影」となっている*9

■54頁で出版に関する著作権法上の紛争の一例として、大胆にも「著作権判例百選事件」が紹介されているのだが、そこに掲載されている写真は、なぜか「第5版」「第6版」である。比較されるべき「第4版」の写真が載らなかった理由は、何となく分かる気がするが・・・。

■各ページの下段にある○×問題、ある程度知識のある人なら、大体解けるレベルだと思うのだが、「知的財産法が現に存在する以上、その存在理由はもはや問題にはならない。」といった哲学的な問いにはドキリとさせられる。また、22頁の「サルの自撮り画像には著作物性は認められない」という問いについて、巻末の答えは「○」になっているのだが、これ、「サルが著作権を持たない」という結論はともかくとして、「サルに自撮りさせる」という人間の思想・感情が込められていれば、写真自体の著作物性が認められる余地はあるような気がして(実際114頁の回答に添えられた解説にもそのような説明がある)、ここはちょっと首を傾げたところであった。


ということで、いろいろ書いてしまったがこれはあくまで自分の主観でしかない。

読まれた方それぞれで、また違う新たな発見をしていただければ、と思うところである。

*1:これは「入門書」の究極型かもしれない。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:これは帯の宣伝文句のフレーズからの引用。

*3:ちなみに、「知的財産法」のテキストだけあって、各図表や写真には全て出典や作成者が明記されているのだが、public domainのものもあれば、各項目の著者が自ら走り回って撮ってきたと思われる写真もあったりして、新型コロナの禍中での執筆(作成)のご苦労がしのばれる。

*4:本書が手元に届いたのが数日前、ということもあって、本書の図表と欄外の○×問題には大方目を通したが、本文は気が向いた箇所しか読んでいない、ということは一応お断りしておく。

*5:個人的には、知財法の場合、どんなに分かりやすく説明しようとしても、正しく説明しようと思ったら自ずから難しいことを言わないといけない、というトピックはそれなりにあると思っているので、難しいことが書いてあるからNG、ということでは全くないのだが、これを最初から文章も含めて通読しようとした初学者は、おそらくジェットコースターに乗ったような気分になるのだろうな、というのが率直な感想だった。

*6:巻末の執筆者一覧によると、いずれも信州大学の高野慧太先生のご担当項目だったようである。

*7:25は青木大也教授、26は麻生典准教授のご担当である。

*8:ご担当は名古屋大の西井志織准教授。

*9:余談だが、この壁の写真は、自分も判決が出た直後に大阪に行く用事があって、寄り道して撮りに行った記憶がある。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html