「商品等の形状について立体商標としての登録を認めるかどうか」という問題について、知財高裁第3部(飯村コート)が、「マグライト」(知財高判平成19年6月27日)*1、「コカ・コーラ瓶」(知財高判平成20年5月29日)*2といったトピカルな判決を出してきたことは記憶に新しい。
これらの判決の特徴は、商標法4条1項18号の趣旨(及び特許法、意匠法等とのすみわけへの配慮)等も踏まえた緻密な規範により、
商標法3条1項3号*3該当性を肯定しつつも
最終的には3条2項(使用による識別力獲得)を肯定して登録を認める、という点にあるのだが、3条1項3号該当性を肯定してしまう以上、登録を受けられるものが限定されてしまうきらいがあり、現に、「ZEMAITISギター」の「6弦の弦楽器用駒(ブリッジ)」を象った立体商標について、登録拒絶審決が維持された判決も登場してきていたところである*4。
だが、すっかりお馴染みになった飯村コートの“解法パターン”に疑義(?)を唱えるかのような判決が、同じ知財高裁の別合議体によって出されている。
知財高判平成20年6月30日(H19(行ケ)第10293号)*5
原告 ショコラテリエ ギュイリアン ナームローズ ベンノットシャップ
被告 特許庁長官
原告は、「ギュイリアン」というよりは、「GuyliAN」(ギリアン)のブランドで知られるベルギーの高級菓子メーカーなのだが*6、ここで登録が争われた商標も、「シーシェルバー」というマーブル模様のチョコレート商品の外観が象られた立体商標であった。
で、本判決が特徴的なのは、3条2項該当性の判断に進むまでもなく、商標法3条1号3号該当性を否定し、立体商標の形状そのものに商標としての独占適応性、自他商品識別力を認めたところにある。
まず、裁判所は、最三小判昭和54年4月10日によって示された説示に沿い、商標法3条1項3号に該当する商標の類型として、
1)「取引に際し必要適切な表示としてなんびともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないもの」(独占不適商標)
2)「一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないもの」(「自他商品識別力欠如商標」)
という類型を挙げた(22頁)。
そして、1)については、原告が1958年の創業当時から本件商標を使用していたなどことから「独占不適」とまではいえないとした上で*7、2)の要件について、以下のような判断を下している。
「前記最高裁判決は,自他商品識別力欠如商標について「一般的に使用,される標章であ(る」ために「商標としての機能を果たし得ないもの」)と説示しているところ,上記要件のうち前段は,商標法3条1項3号との関係では,同号の「普通に用いられる方法で表示する標章」の一つの解釈を示したものと理解することができる。」(23頁)
「本願商標は,平型の略直方体をした板状のチョコレートの上部に長手方向に垂直に直線状の溝を設けてこれを同形の4区画に区切り,向かって左側から各区画上に,車えび,扇形の貝殻,竜の落とし子及びムラサキイガイの図柄を順次配列し,これらの図柄をマーブル模様のチョコレートで立体的に模した形状からなる標章であることは前記のとおりであるところ,その全体的な形状はチョコレート菓子の代表的形体の一つである板状タイプであると同時に立体装飾タイプでもあり,板状タイプに立体装飾タイプを合体させた形体のチョコレート菓子の一種であるといえる。これによれば,本願商標に係る標章は,チョコレート菓子の形体を表現する従来の手法に従い,これを組み合わせた表現手法を採用したものということができるから,この意味で表現手法自体に新規性があるとはいえない。
しかし,本願商標が「一般的に使用される標章であ(る)」と言えるか否かは,その表現手法自体が一般的であるか否かではなく,具体的な形体として表された標章それ自体について見るべきであるから,さらに進んでこの点について検討する。」
(略)
「本願商標においては,車えび,扇形の貝殻,竜の落とし子及びムラサキイガイの4種の図柄を向って左側から順次配列し,さらにこれらの図柄をマーブル模様をしたチョコレートで立体的に模した形状からなるのであり,このような4種の図柄の選択・組合せ及び配列の順序並びにマーブル色の色彩が結合している点において本願商標に係る標章は新規であり,本件全証拠を検討してもこれと同一ないし類似した標章の存在を認めることはできない。そして,これらの結合によって形成される本願商標が与える総合的な印象は,本願商標が付された前記のシーシェルバーを購入したチョコレート菓子の需要者である一般消費者において,チョコレート菓子の次回の購入を検討する際に,本願商標に係る指定商品の購入ないしは非購入を決定する上での標識とするに足りる程度に十分特徴的であるといえ,本件全証拠を検討しても本願商標に係る標章が「一般的に使用される標章」であると認めるに足りる証拠はないし,本願商標が「商標としての機能を果たし得ないもの」であると認めるに足りる証拠もない。」
(25-26頁)
そして、特許庁が行った、
「商品等の形状は,基本的に識別標章たり得ないし,商品等の形状には選択し得る形状に一定の幅があるのが通常であり,商品等の製造者・販売者や需要者は,そのような認識を当然に持っているのであるから,商品等の形状そのものからなる立体商標は,それが商品等の形状として一般に採用し得る範囲内のものと認識される限りにおいては,多少特異なものであっても,選択し得る形状の一つと理解されるにとどまるのであって,商品等の機能又は美感と関係のない特異な形状以外は「商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に当たる」
(26-27頁)
という反論に対しては、
「確かに,商品の形状は,第一次的には,当該商品自体の持つ機能を効果的に発揮させたり,あるいはその美感を追求する等の目的で選択されるものであり,取引者・需要者もそのようなものとして認識するであろうことは被告の主張するとおりである。」
「しかしながら,商品の形状は,取引者・需要者の視覚に直接訴えるものであり,需要者は,多くの場合,まず当該商品の形状を見て商品の選択・選別を開始することは経験則上明らかであるところ,商品の製造・販売業者においては,当該商品の機能等から生ずる制約の中で,美感等の向上を図ると同時に,その採用した形状を手掛かりとして当該商品の次回以降の購入等に結び付ける自他商品識別力を有するものとするべく商品形体に創意工夫を凝らしていることもまた周知のところであるから,一概に商品の形体であるがゆえに自他商品識別力がないと断ずることは相当とはいえないものである。これをチョコレート菓子についてみると,前記のとおり,チョコレート菓子の選別においては,多くの場合,第一次的には味が最も重要な要素であるといえるが,同時にその嗜好品としての特質からチョコレート菓子自体の形体も外形からチョコレート菓子の識別を可能ならしめるものとして取引者・需要者の注目を引くものと見ることができるのであり,このことはチョコレート菓子の形体に板状タイプ,立体形状タイプ,立体装飾タイプなどがあり,各製造業者が様々な立体模様等を採用して独自色を創出しようとしていることからも容易に窺うことができるところであり,ここにおいてはチョコレート菓子の外形,すなわち形体が,美感等の向上という第一次的要求に加え,再度の需要喚起を図るための自他商品識別力の付与の観点をも併せ持っているものと容易に推認することができるのである。このように見てくると,嗜好品であるチョコレート菓子の需要者は,自己が購入したチョコレート菓子の味とその形体が他の同種商品と識別可能な程度に特徴的であればその特徴的形体を一つの手掛かりにし,次回以降の購入時における商品選択の基準とすることができるし,現にそのようにしているものと推認することができるのであるから,その立体形状が「選択し得る形状の一つと理解される限り識別力はない」とする被告の主張は,取引の実情を捨象する過度に抽象化した議論であり,にわかに採用し難いところである。」
(27-28頁)
という論理で対抗し、結果として、冒頭で述べたとおり、「本件出願商標は商標3条1項3号に該当しない」という結論が導かれた。
判決の末尾には、
「なお,被告は,商品等の機能又は美感と関係のない特異な形状に限って自他商品識別力を有するものとして,商標法3条1項3号の商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標ということはできないとするが,商品の本来的価値が機能や美感にあることに照らすと,このような基準を満たし得る商品形状を想定することは殆ど困難であり,このような考え方は立体商標制度の存在意義を余りにも限定するものであって妥当とは言い難い。」
(28頁)
というコメントも付されており、裁判所が「取引の実情」に着目したがゆえに、(特許庁にとっては)厳しい判決となったといえるだろう。
「シーシェルバー」基準は、飯村コート基準と相違するのか?
さて、本判決の中で、知財高裁第4部が示した基準を仮に
「シーシェルバー」基準
とするとして、これと一連の「飯村コート」による商標法3条1項3号該当性判断基準(以下「飯村コート基準」)が果たして異なるのかが問題となる。
一連の判決が、「これまで困難だった商品形状の立体商標登録に道を開いた」ものとして評価されていることからも分かるように*8、飯村コートは、本判決で特許庁が主張したような極端な規範(「商品等の機能又は美感と関係のない特異な形状以外は3条1項3号に該当する」)は打ち立てていない。
逆に、一般論としては、
「商品等の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない形状については、商品等の機能を効果的に発揮させ、商品等の美感を追求する目的により選択される形状であっても、商品・役務の出所を表示し、自他商品・役務を識別する標識として用いられるものであれば、立体商標として登録される可能性が一律に否定されると解すべきではなく・・・」
とも述べているところである。
しかし、現実には、飯村コートの判決は、
「商品等の形状は、多くの場合に、商品等の機能又は美感に資することを目的として採用されるものであり、客観的に見て、そのような目的のために採用されると認められる形状は、特段の事情のない限り、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として」
3条1項3号に該当する、としているし、
「同種の商品等について、機能又は美感上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のものであれば、当該形状が特徴を有していたとしても、商品等の機能又は美感に資することを目的とする形状として」
3条1項3号に該当する、とまで言っている。
そして、
「需要者において予測し得ないような斬新な形状の商品等であったとしても、当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものであるときには、商標法4条1項18号の趣旨を勘案すれば、商標法3条1項3号に該当するというべきである。」
という説示等と合わせて考えると、よほどのことがない限り、3条1項3号が適用されない、という結論を導き出すことは困難だろう。
この点において、本件商標が「美感等の向上」の目的で採用されたものであることを認めつつも、
「ここにおいてはチョコレート菓子の外形,すなわち形体が,美感等の向上という第一次的要求に加え,再度の需要喚起を図るための自他商品識別力の付与の観点をも併せ持っているものと容易に推認することができるのである。」(27頁)
として、3条1項3号該当性を否定した「シーシェルバー」基準に、一連の飯村コート基準との違いを見て取ることができるのではないだろうか*9。
同じ商品形状とはいえ、飯村コートが相手にしていたのは「懐中電灯」や「容器」といった工業製品の形状に関する立体商標であった。
これに対し、本件判決で扱われているのは、いわゆる“嗜好品”としてのお菓子の商品形状であって、事業者による選択の幅が広い(独占適応性を問題にする余地が少ない)上に、商品形状の持つ意味も異なる(より出所識別表示としての色彩が強まることになる)ことから、本判決と飯村コートの一連の判決は実質的には矛盾していない、と整理することも可能ではあると思う。
だが、「機能」「美感」といった観点を、「(本来的な)出所識別性」と相対立する要素として位置付ける飯村コート基準を字面だけ読む限りにおいては、(両者を併存する要素と捉える)「シーシェルバー」基準とは、やはり相容れないのでは?という疑問を抱かざるを得ない。
「角瓶」の例を挙げるまでもなく、立体商標制度の再活用に向けた機運が盛り上がっている(?)今だからこそ、一度大合議法廷あたりで、判断基準を整理してはどうかなぁ・・・と思う所以である*10。
本エントリーで軽く片付けてしまった「ZEMAITISギター」の事案が、最高裁にまで行ってしまったりするようなことになれば、それはそれで面白いのであるが・・・(笑)。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070711/1185078688参照
*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080613/1213462645参照
*3:「その商品の・・・形状・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」については商標登録が受けられない、とするもの。
*4:知財高判平成20年6月24日(H19(行ケ)第10405号。第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080624154521.pdf。使用により自他商品識別力を獲得したことが認められない、として原告(株式会社神田商会)の請求を棄却した。
*5:第4部・田中信義裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080701150044.pdf
*6:具体的な商品については、サイト等(http://www.euro-inter.co.jp/guylian/)でご確認いただくと、3時のおやつが待ち遠しくなることだろう。
*7:裏返せば、類似デザインが多数出回っていた「ひよ子」のようなケースであれば、この要件で3条1項3号該当性が肯定される可能性があることになろう。
*8:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080630/1214930167も参照。
*9:ちなみに、筆者のような、事業を営む会社の実務屋としては、「シーシェルバー」基準の方に親近感を覚える。
*10:なお、3条2項該当性判断についても、「ひよ子」に関して第2部(中野哲弘裁判長のコート)と飯村コートの判断基準は微妙に異なっている(より事例判断としての色合いが濃くなるため、「違う」と言い切れるかについてはもう少し吟味する必要があるが)ので、その辺も含めて、整理できる事案が登場することに期待したい。