今年の「知財判例」と言えば・・・。

年を重ねるたびに、過ぎる時間は早くなる。

幸運にも、ちょうど「この一年を振り返る」的な企画*1に参加する機会をいただいたので、ここしばらくの間は、手の空いた時間でいろいろ思い出そうとしていたのだが、「つい最近」と思っていたことが1,2年前の話だった、なんてこともまぁざらにあって、記憶を整えるのがいろいろと大変だった、ということは正直に白状しておきたい。

で、「知財ニュース」全般については当の番組を見ていただければと思うのだが、せっかく記憶を喚起したところでもあり、個人的に今年印象に残った知財関係の裁判例を備忘的に書き残しておくならば、以下のようなものになるだろうか。

最一小判令和4年10月24日(令和3年(受)第1112号)

 音楽教室における著作物使用に関わる請求権不存在確認請求事件
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

東京地判令和4年3月11日(平成31年(ワ)第11108号)

 不正競争行為差止等請求事件
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

これら2件については、既にエントリーも上げているところなので、改めて多くを語ることはしないが、「2022年」という年を振り返る時に必ず思い出されるビッグトピックとなることは間違いないと思う。

で、さらにもう一件挙げるとしたら・・・ということで、世の中の流れ的には「ドワンゴ対FC2」を推す声が強いであろう*2、ということは重々承知しているのだが、あの7月の知財高裁判決はどこかでひっくり返りそうだな、と内心思っていたりもするので、既に確定した↓の判決の方を挙げておく。

名古屋地判令和4年3月18日(平成29年(わ)427号)

 不正競争防止法違反被告事件*3
 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/195/091195_hanrei.pdf

この判決の判断の骨子は、

「本件打合せにおいて被告人両名がeに説明した情報は,アモルファスワイヤを基板上に整列させる工程に関するものではあるが,bの保有するワイヤ整列装置の構造や同装置を用いてアモルファスワイヤを基板上に整列させる工程とは,工程における重要なプロセスに関して大きく異なる部分がある。また,上記情報のうち検察官主張工程に対応する部分は,アモルファスワイヤの特性を踏まえて基板上にワイヤを精密に並べるための工夫がそぎ落とされ,余りにも抽象化,一般化されすぎていて,一連一体の工程として見ても,ありふれた方法を選択して単に組み合わせたものにとどまり,一般的には知られておらず又は容易に知ることができないとはいえないので,営業秘密の三要件(秘密管理性,有用性,非公知性)のうち,非公知性の要件を満たすとはいえない。したがって,被告人両名は,本件打合せにおいて,bの営業秘密を開示したとはいえない。 」(PDF2~3頁、強調筆者)

という点に集約されている。

検察官が自信満々に起訴した行為が根底の部分でひっくり返った、という点だけ見れば、弁護人冥利に尽きるような実に痛快な事件である一方で、本件の公訴事実が「平成25年4月9日の打合せでの説明」という10年近く前の出来事であり、逮捕・起訴から判決までの間に5年以上の歳月が流れた、ということを知れば、「営業秘密不正開示」の問題がむやみやたらに刑事手続のプロセスに乗せられることの怖さを心底感じさせる事件、ということもできる*4

個人的には、本件で上記のとおり「非公知性」が否定される一方で、裁判所が「秘密管理性」や「不正の利益を得る目的(の存在)」について認めてしまっているのはいささか蛇足に過ぎると思っていて、これらの”傍論”だけつまみ食いされるリスクにも十分警戒する必要はあるが、本件の後も、あちこちで営業秘密の不正取得、利用を刑事手続のプロセスに載せようとする動きが活発になっていることを考えると、まずは裁判所によって「無罪」という判断が出されたことの重みを関係者が受け止めるべきだし、本来であれば民事の領域で解決すべき話を安易に刑事手続きに落とし込もうとすることに、少しでも抑制効果が働けばよいな・・・と思うところである。

そして、世の中では、上記3事件ほど話題にはならなかったのだが、You Tubeをめぐる以下の高裁判決も、時代の流れを感じさせる一事例として取り上げておきたい。

阪高判令和 4年10月14日(令和4年(ネ)265号 ・令和4年(ネ)599号)

 損害賠償請求控訴事件*5
 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/484/091484_hanrei.pdf

被控訴人(原告)がYou Tubeに投稿した動画に対して、控訴人(被告)が著作権侵害通知を行い、動画を削除させたことが共同不法行為にあたるとして、原判決からさらに増額した26万1514円の損害賠償を認めた事例なのだが、個人的には、かつてどれだけ権利侵害を通知してもなかなかリアクションしてくれなかったYou Tubeが、今はこんな簡単に削除に踏み切るのか・・・ということと、裁判所がそんな制度運用を前提に、

You Tubeは、インターネットを介して動画の投稿や投稿動画の視聴などを可能とするサービスであり、投稿者は、動画の投稿を通して簡易な手段で広く世界中に自己の表現活動や情報を伝えることが可能となるから、作成した動画をYou Tubeに投稿する自由は、投稿者の表現の自由という人格的利益に関わるものということができる。したがって、投稿者は、著作権侵害その他の正当な理由なく当該投稿を削除されないことについて、法律上保護される利益を有すると解するのが相当である。 また、収益化されたチャンネルにおいては、You Tubeへの動画投稿によって、投稿者は収益を得ることができるから、正当な理由なく投稿動画を削除する行為は、投稿者の営業活動を妨害する行為ということになる。したがって、この側面からも、投稿者は、正当な理由なく投稿動画を削除されないことについて、法的上保護される利益を有すると解することができる。」(PDF11頁)

と、投稿者側の「法律上保護される利益」を明確に認めた上で、

著作権侵害通知をする者が、上記のような注意義務を尽くさずに漫然と著作権侵害通知をし、当該著作権侵害通知が法的根拠に基づかないものであることから、結果的にYou Tubeをして著作権侵害に当たらない動画を削除させて投稿者の前記利益を侵害した場合、その態様如何によっては、当該著作権侵害通知をした行為は、投稿者の法律上保護される利益を違法に侵害したものとして、不法行為を構成するというべきである。 」(PDF13頁)

と、通知者側に比較的高度の(ように見える)「注意義務」を課したことにはちょっとした驚きもあり、(そのことの当否は別途考えるとして)そういう時代になったのだなぁ・・・という感慨を抱いた、ということは、ここに書き残しておきたいと思っている。

*1:www.youtube.com

*2:実際、冒頭の振り返り企画の投票結果もそうだった。

*3:刑事第5部・板津正道裁判長

*4:幸いにも検察官が控訴しなかったことで、被告人の無罪は早々に確定したのだが、この5年の間に失われたものの大きさを考えると、関係者にとっては「無罪で良かった」で済む話ではなかろう、と思う。

*5:第8民事部・森崎英二裁判長

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