潮目が変わるとき

どんな制度にも良い面があれば、悪い面もある。


そして、ある課題を解決するために導入した制度が、別の副作用を引き起こした場合には、その副作用を改善するため、あたかも振り子の揺り戻しのように元の制度を復活させたり、あるいは、さらに新しい制度を導入したりすることも当然考えられて良い。


そんな当たり前のことを思い起こさせてくれたのが、特許紛争のダブル・トラック問題を取り上げた日経の法務面の記事。

「特許の侵害訴訟の件数が減っている。事業の生命線ともいえる発明や技術が侵害されても、「裁判での紛争解決は割に合わない」という企業の声なき声の表れとの指摘もある。政府が「知財立国」推進を宣言してから7年が経過しようとしている。迅速な訴訟の裏で、権利侵害の救済がうまく機能していないとしたら、知財立国の実現にはまだ課題山積といえるだろう。」(日本経済新聞2009年1月12日付朝刊・第14面)

という刺激的なリード文で始まるこの記事は、

特許権者が侵害訴訟と無効審判で二度にわたって特許の有効性を争われることになる」

という平成12年キルビー判決以降の“制度変更”が、権利者に侵害救済のための訴訟提起を躊躇させている、というスタンスを取った上で*1

「訴訟も特許審査も、ここ数年は処理の迅速化・効率化を目指した制度改革を進めてきた。(略)。しかし、結果として生じたひずみに対する手当がないため、権利者にとって使いづらい制度になってしまっているのではないだろうか。」

とまとめている。


これまで、金科玉条の如く「審理の迅速化」を唱えてきた日経紙にしては珍しく捻りのあるコメントだなぁ、と感心させられる(笑)のだが、その横に掲載されている知財高裁・飯村敏明判事のコメントはそれ以上に凄い。

2004年の特許法改正により、特許紛争解決制度は特許権者にとって使いづらくなった面がある。新制度では、特許権者は被告から特許の有効性を争われると、裁判所と特許庁の両方で認めてもらわなければならない。結果的に、被告にとって非常に有利な制度になったといえる」
特許権者と第三者の利益のバランスを図って、公平なものにするためには特許庁と裁判所のダブルトラックによる紛争解決制度を見直すべきだ。例えば、(1)無効審決の効力は、既に確定した特許権侵害訴訟の被告には及ばないようにする、(2)一定の期間後の無効審判請求を制限する−などの制度変更が考えられる」

「不公平」であることを前提としているかのような現状分析に対しては、いささか違和感もあるし、現職の知財高裁判事(しかもあの飯村判事!)が、ここまで踏み込んだ発言を一般紙上で行うのはハレーションが大きすぎるんじゃないか、と余計な心配をしたくもなるのだが、“振り子の揺り戻し”という観点から見れば、決して不自然なコメントではない。



「審理の迅速化」を図るために導入された“侵害訴訟において特許の有効性判断を行う”というルールが、「権利者の地位を不安定にする」という副作用をもたらしているのだとすれば、再度“シングル・トラック”に近づけることで、それを改善する、という考え方はありうるし、その方が審理の迅速化に資するとなればなおさらだ・・・。



個人的には、「権利者の地位が弱くなった」のは、“副作用”というより、特許無効の抗弁を導入した際に、あらかじめ(一部の政策立案者によって)意図されていた目的が達成されただけ、だと思っていて、それまで、(形式的には)特許権者に圧倒的に有利だった侵害訴訟のルールを、ユーザーも対等に戦えるような公平なものにすることが例の制度改正の一つの目的だったと思っていたから、今さらこんなことを・・・というのが率直な感想ではある。


特に2004年の法改正の頃は、“ビジネスモデル特許・バブル”の後遺症で、“技術の香りがしない特許”に基づく“言いがかり的権利行使”が問題視され始めていたから、攻撃を受けた側がコストをかけずにカウンターパンチを打てるようにすることで、紛争を早期に片付けよう、という意図はどこかにあったように思う。


あれから5年(キルビー判決からは約10年)経って、“振り子の揺り戻し”を認めるほど状況は大きく変わったのだろうか? 問われるべきはそこにある。


未だに“登録されたのが不思議な特許”で不当な権利行使してくる輩は多いし、そういった権利者からまっとうな企業が訴えられるリスクは減少してはいない。


権利者の側に本当に理があるのなら、特許の訂正審判請求(&訂正の再抗弁)によって、無効審判請求(&無効の抗弁)をかわすこともできるのであって、今の状況が当事者にとって「不公平」だとは決して思わないのであるが・・・



特許法の大幅見直しが取りざたされている昨今、本件についても、今後の動き*2にまずは注目していきたい。

*1:他にも、「特許審査の際の異議申立制度が03年の特許法改正で廃止され、特許の事前排除の仕組みが無くなったこと」(山本晃司弁理士のコメントが援用されている)などが原因として挙げられている。

*2:法改正の動きはもちろんのこと、華麗なる創造的法解釈(笑)を繰り出す知財高裁第3部からも目が離せない。