目指していた到達点はここなのか?

次から次へと著名企業を巻き込んで出てくる”五輪スポンサー疑獄”に世の中が騒然としている中で、9月も最終日になって突如出てきた「寿司チェーン営業秘密不正使用」事件。

そしてあれよあれよという間に、東証プライム上場企業、カッパ・クリエイト株式会社の現職社長が逮捕される、という事態と相成った。

「回転ずし大手「はま寿司」の営業秘密を不正に取得したなどとして、警視庁は30日、「かっぱ寿司」を運営するカッパ・クリエイト社長、田辺公己容疑者(46)ら3人を不正競争防止法違反(営業秘密領得)などの容疑で逮捕した。」(日本経済新聞2022年10月1日付朝刊・第1面)

営業秘密に関する不正競争防止法の規律の怖いところは、保持する会社側で一定の秘密管理体制が敷かれており、かつ情報自体が公知になっていなければ、その情報の中身自体が、客観的に見れば特許等で保護されるような高度なものでなくても保護の対象となってしまう、ということにある*1

そして、「不正使用された」とされている情報が「仕入れ値」等のデータである、と報道されているのを目にしたとき、「本当にこれ、刑事手続を進めてしまって大丈夫なのか?」という疑問は反射的に湧いた。

過去の民事裁判例の中には、取引先に関する情報や原価等の情報が「営業秘密」に当たると原告が主張したものの、「秘密管理性」要件や「示された」要件に該当しない、として不競法違反が否定されてしまった事例が結構存在する

もちろん、業界によっては原価や仕入れ先の重みが大きく、それゆえそれらの情報を厳格に「秘密情報」として扱うという会社が存在しても全く不思議ではないのだが、今回はそれがいきなり刑事手続というハードな世界で登場したことが問題を複雑化しているように思えてならない。

「不正使用された」とされている情報がどれほどの価値があるもので、それがゼンショーグループ内でどこまで徹底した管理体制の下で取り扱われてきたのか、”組織ぐるみ”とされているカッパ・クリエイト側の「使用」の実態がどのようなものだったのか、ということは、いずれ法廷でつまびらかにされ、裁判所の判断を受けることになるはずだし、それが分かるまでは、今の捜査当局側の動きの妥当性を評価することも難しい。

ただ、今感じているのは、不正競争防止法刑事罰強化は、今回のような内国ドメスティック企業同士の内輪の争いに適用するためになされたものではなかったのでは?、という素朴な疑問*2と、この国の刑事手続きに関するメディア側のリテラシーの低さ*3にかんがみると、本来、様々な要素を考慮して判断されなければならない「営業秘密保護」という領域に「刑事手続によるサンクション」という強すぎるアイテムを取り込んでしまったのはやりすぎだったのではないかなぁ、という思いだったりもするわけで・・・。

この先、本件がどういう経緯を辿って決着を見るのかはわからないが、既にハイクラスの人材であれば転職も当たり前、となっている時代に、あれやこれやと必要以上に萎縮を招くことのないよう、許されることとそうでないことが、きっちりと線引きできるような形で本件の議論がなされていくことが望ましいはずだし、本件を「他山の石」とするにしても、過剰にリスクを煽るような事例の使い方は断じて避けなければならない(特に専門家の立場であればなおさら)、ということはしっかりと肝に銘じておきたいと思うところである。

*1:もう一つ「有用性」という要件もあるが、この要件はもともと情報の内容にハイレベルさを要求するための要件ではないので、今回のような文脈ではあまり意味を持たない。

*2:一番の原動力となっていたのは、「日本企業の技術が海外(特に中国)企業に盗まれるのはけしからん」という”ジャパン・イズ・ナンバーワン”思想に基づく素朴な正義感だったように思うが、皮肉なことに刑事罰を強化するのと時を同じくして日本企業の相対的な技術優位性は失われ、さらに現実的な執行の困難性も相まって、肝心な部分では十分に効果を発揮しきれないまま、国内企業同士の足の引っ張り合いに使われる傾向が強まっている、というのが実態ではないかと思われる。

*3:被疑事実に基づいて「捜索」「逮捕」がなされただけで、あたかも有罪が確定したかのように扱われ、加えて、逮捕直後の不正確なリーク報道があたかも事実のように垂れ流されてしまう、というのが典型である。

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