「日本版フェアユース」導入論の曲がり角。

昨年の終わりごろには、「日本版フェアユース」規定の著作権法への導入が一気に実現に向けて動き出した、なんて錯覚にとらわれていたりもしたものだが*1、どうもここのところ雲行きが怪しくなってきているようだ。


そして、そのような状況に歩調を合わせるかのように、理論武装した「アンチ・フェアユース」派の声があちこちで聞こえるようになってきている。


専ら「フェアユース」推進派メディアと目されていた日経新聞紙上に掲載された、松田政行弁護士(青山学院大客員教授、中大客員教授)の論稿などは、まさに現時点で最も完成された部類の「フェアユース待望論」に対する「反論」ということができるだろう*2


松田弁護士は、「一般制限規定」導入論者が根拠としている「市場が拡大し創作保護にもつながる」という理由の根拠データ(米CCIAの報告)を「ミスリード」と批判したうえで、「日本の音楽配信事業やネット検索サービスが米国に劣後しているのは、一般制限規定がないから」という推進派のこれまでの“切り札”に対し、

音楽配信は権利者からの許諾を要する点で日米に異論はなく、検索サービスが適法である点についても差異はない。日本でサイトから個別に了解を取るオプトイン方式をとらなければならないということもない。一件の訴訟も起きていない。一般制限規定を持たない独・仏その他の国で日本と同じような議論をしている国はない。日本企業の委縮は著作権法が原因ではない。」

と正面から反論する。


そして、現在多くの権利者が違法利用の被害者となっている、という現実を指摘したうえで、

「この状況下で、「公正な」利用を起業者に判断させ、その後権利者において適宜権利行使をせよという構成を取りつづければ、権利侵害をさらに拡大させる結果になる。」

という予測を披露し、結論として、

「ネット上に産業基盤を構築するためには、権利者、利用者、システム提供者(これらの団体)等が協議をして、団体間において協定を形成し、これを通常の権利処理モデルとしたうえで、個々の権利処理は契約によるのが望ましい。」

という「民間自主協定方式」を提唱されるのである。


上記の論稿の中で、いわゆる「権利処理」がこれまでスムーズにいかない実態があったからこそ*3フェアユース」の議論が湧いてきている、という経緯が看過されているのは否めないし、これまでなら、上記のような見解も所詮は権利者サイドの“口実”に過ぎない、と切って捨てることもできただろう。


だが、今回の松田弁護士の論稿の中で無視できないところは、企業の現実を捉えた以下のような鋭い指摘にある。

「高い内部統制を有する企業は「公正」の判断に直面することになる。したがって、これまでこれらの企業が新規ネットビジネスの構築に萎縮していたとしても、一般制限規定で萎縮が解消するはずがない。日本の一般的企業は、わずかでも違法を含む、または違法行為に乗ったビジネスモデルの構築を回避するからだ。一次的に「公正」の判断者たりうるとしても後で訴訟を提起される可能性があればこれを回避するのが一般的企業なのである。」
「結局、遵法意識の低い違法アップローダーとこれを利用するフリーライドビジネスだけが一般制限規定の恩恵を受けることになる。」

リスクを承知で市場に切り込もうとする企業に、一概に「遵法意識が低い」というレッテルを張るのはいかがなものと思うし、これに続く「導入論は、権利者と遵法企業を市場から排除することになる」という結論まで来ると、さすがに言い過ぎだろうと思う。


だが、“お堅い大企業”であればあるほど、僅かな法的リスクにも二の足を踏むのが現実なわけで、一般制限規定導入後に、実際に新しいビジネスモデル導入の可否判断を迫られる場面に直面した時、「一般制限規定の存在」を根拠に、自信をもってGoサインを出せる担当者はなかなかいない、というのが実態ではなかろうか。


自分たちは依然として身動きが取れないまま、小回りの利くベンチャー企業等に、新しい市場を制される、という危機。


これまで、多かれ少なかれ「フェアユース」導入論にシンパシーを抱いてきた大手企業の人々が、上記のような危機を現実問題として認識したとき、松田弁護士が述べられているような見解が、途端に耳障りの良いもののように思えてくることもないとはいえない。



筆者自身は、これまでの多くの問題意識を反映する意味でも、何らかの一般制限規定(に近い形の規定)は導入されて然るべきではないか、と思っているところであるが*4、何となくこのまま行くと、「大山鳴動して・・・」的な展開になってしまいそうなのが気がかりである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20081226/1230441072など参照。

*2:日本経済新聞2009年10月15日付朝刊・第27面「経済教室」

*3:あらゆる権利者が迅速かつ柔軟に、時代の変化に応じた許諾スキームに乗ってきてくれるわけではない、というのが今も昔も、そしてこれからも「現実」だろう。

*4:もちろん過去のエントリーで述べたとおり、その実効性には疑問を抱いているし、過剰な期待を寄せるのは禁物だと考えているところであるが・・・。

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