民法「平易化」のカギとなるもの。

日経紙の日曜日のコラムに、民法改正をめぐる論説委員(安岡崇志氏)からの「注文」が掲載されている*1


冒頭で、穂積陳重の著作から、

「法典の文章用語は、平易簡明にして、成るべく多数人の了解し得べきを専一(第一)とせざるべからず」
「法文を簡明にするは、法治主義の基本なり」
「法文の難易は国民文化の程級を標示するものである。難解の法文は専制の表徴である。平易なる法文は民権の保障である」

という一節を引いた上で、

「こうした信念を持つ穂積が生みの親なのに、残念ながら民法の法文は難解至極な代物だ」

と皮肉り、これまでの司法改革の過程での指摘や、現在の法律学者の議論の一端を紹介したうえで、

民法改正を議論する法制審は、100年余りの日本の「文化上進」に見合う平易通俗な法文にする視点を大事にしてもらいたい。」

という一言で一連の“注文”をまとめているこのコラム。


現在の民法が「極めて難解な代物だ」というのは、あらためて論説委員氏に説明していただくまでもないことだと思うが、こういった発想は、プロの法律家からはなかなか出てこないものだから*2、メディアから積極的にこの種の提言が出ることは大いに歓迎すべきことだと思う。


もっとも、「平易化」に向けた取り組みのどこに重点を置くべきか、ということになると、なかなか難しい。


コラムの中で取り上げられている例(民法91条や149条)を見る限り、この論説委員氏は、“日本語としての表現の難解さ”に目を付けているように思えなくもないのだが、その辺の話は、(不要とは言わないまでも)本来、改正の本質として俎上に挙げるべき事柄ではないはずである。


コラムの中で、現行法が「難解」な理由として挙げられている4つの要素は、

(1)積み重ねた判例や学説を知らないと意味が分からない条文がある。
(2)難しい用語が、定義を明記しないまま使われている。
(3)日常使うのと別の意味を持つ言葉がある。
(4)前提となる原則を明文化せず、その原則を適用しない例外だけを定めた条文が多い。

というものなのであるが、その中で重要度の順位を付けるなら、(2)、(3)<<<(1)、(4)であることは明らかだろう*3


すなわち、民法を真に「平易化」できるかどうかは、様々な解釈が積み重なり過ぎて変えられない(又は条文化できない)というジレンマの打破にかかっている、と言ってよい。


専門家として実績を残している人であればあるほど、慣れ親しんだ法律をいじられるのは嫌なもののようで、筆者自身は(というか多くの企業側ユーザーが)肯定的に評価している商法(会社法)の改正ですら、学者や一部法曹の間では悪評ぷんぷんなのだから、100年以上も、「今の法文」を前提に解釈論が展開されてきた民法を手直しするとなれば、あちこちから大きな反発が出ることも当然予想されることである(というか既にかなり出ている(笑))*4


だが、次の改正で「平易化」を目指す、というのであれば、立法実務に携わっている人々が、様々なしがらみを振り切って、政策的にこれまでの混迷した議論を「固める」くらいの強引さが必要だと思う*5


当然ながら、そういう“強引な改正”がなされれば、実務上は一時の混乱が生じるかもしれないが、真の「平易化」を目指すのであれば、それは避けて通れない道なのではないだろうか。



コラムで注文を出された論説委員氏が、そこまでの“覚悟”と立法に関与する人々への慈しみを持って、エールを送っているのかどうかは分からないが、「平易化」を求める市民には、“強引な立法”がもたらす実務の混乱も甘んじて受け止めるくらいの懐の広さが必要、ということには、どこかで言及しておいていただくのが筋だと思う。


民法改正の具体的なスケジュールが上がってきている今、具体的な改正議論の進展と合わせて、今後のメディアの論調にも注目してみたいところである*6

*1:日本経済新聞2009年12月6日付朝刊・第9面。

*2:法曹業界の中で「民法は難しい」なんて言ったら、勉強が足りない、とか、これだから最近の合格者は、と言われるのがオチだろう(笑)。

*3:(2)や(3)については、言葉を置き換えるか、あるいはその言葉の意味を子供時代からの法教育等の中で広く周知するようにしていけば済む話だと思う。もちろん、それ自体簡単なことではないのだけれど。

*4:上記コラムでは、“あまり意味のない”改正と評価されている平成17年の口語体への改正ですら、内容を改めたところについては、コンメンタール等で辛辣な評価を下している研究者等が現にいる。

*5:それが若干行き過ぎたのが商法改正だったのかもしれないが、おかげで法律自体は極めて分かりやすいものになった。

*6:今、示されている工程案を遵守しようとする限り、実質的な改正(上記(1)、(4))にはほとんど踏み込まず、用語の定義や置き換え等、極めて限定的な改正案に落ち着かざるを得ないような気もするのであるが、それはまだ言わないでおこう(苦笑)。

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