窮鼠猫を噛む、か?

平成15年以降の一連の最高裁判決のおかげで、最近ではどこの裁判所に行っても、民事の法廷にいるのは過払金の不当利得返還請求事件の関係者ばかり。


かつて悪名を馳せた商工ローン大手2社は既に消えたし、大手消費者金融事業者もメガバンクの系列に入っている会社を除けば、もはや青息吐息の状態。中小の貸金業者や“副業”で貸金をやっていた会社*1ともなれば、今や事業自体をやめてしまったところも多いだろう。


一連の最高裁の司法判断や、現在の金融当局の政策判断が、長期的に見て今後の世の中にいかなる影響を与えうるのか、ということについては、機会があればまた改めて論じることにしたいが*2、ここまで来てしまうと、少々軌道修正が図られたところで、業界自体が沈んでいくのは間違いない状況だと思われる。


だが、そんな“沈みゆく船”からの“最後の抵抗”とも言うべき動きが出てきていることが、今日の朝刊で報じられている。

消費者金融などの利用者が過去に払い過ぎた利息の返還を求める過払金返還請求に関連して、元貸金業者ユニワード(盛岡市)が国を相手に賠償を求める裁判を起こしたことが7日、わかった。法律や金融当局の行政指導に従っていたにもかかわらず返還請求で多額の損失を被ったのは不当として、すでに返還した過払い金など少なくとも約3億円の賠償を求めた。」
「過払い金返還で業者による国家賠償請求は初めてで、大手の消費者金融も追随する可能性がある。東京都内の弁護士が代理人となり4月30日に東京地裁に提訴した。」
日本経済新聞2010年5月8日付朝刊・第4面)

今回提訴した事業者は「元」貸金業者ということだから、“沈みゆく”というよりは、“既に海の底にいる”、という表現の方が的確なのかもしれないし、だからこそ「国賠訴訟」という大胆な手を打つことができたのだろう。


現時点でもなお親会社ともども金融庁の監督下に置かれている“大手の消費者金融”業者が、そう簡単に国を敵に回すような訴訟を起こすとも思えず、“追随する可能性”はそう高くないのではないかと自分は思っている*3


ただ、この訴訟がやけっぱちの筋悪訴訟か、といえば、そんなこともないだろう、というのが今の自分の印象でもある。


というのも、記事で言及されている「2006年1月の最高裁の判決」(最二小判平成18年1月13日)*4における判断の一つは、

「上記内閣府令に該当する施行規則15条2項は,「貸金業者は,法第18条第1項の規定により交付すべき書面を作成するときは,当該弁済を受けた債権に係る貸付けの契約を契約番号その他により明示することをもって,同項第1号から第3号まで並びに前項第2号及び第3号に掲げる事項の記載に代えることができる。」と規定している。この規定のうち,当該弁済を受けた債権に係る貸付けの契約を契約番号その他により明示することをもって,法18条1項1号から3号までに掲げる事項の記載に代えることができる旨定めた部分は,他の事項の記載をもって法定事項の一部の記載に代えることを定めたものであるから,内閣府令に対する法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効と解すべきである。」

と「貸金業の規制等に関する法律施行規則」の効力を否定し、(施行規則に従って作成・交付されていたはずの)事業者の受取書面が貸金業法18条1項所定の要件を満たさない、としたものであり、この点に関しては、「法の委任の範囲を逸脱した違法な施行規則」を定めていた国の責任を問いうる可能性はあるし、もうひとつの判断も、

「本件期限の利益喪失特約のうち,上告人A1が支払期日に制限超過部分の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとする部分は,同項の趣旨に反して無効であり,上告人A1は,支払期日に約定の元本及び利息の制限額を支払いさえすれば,制限超過部分の支払を怠ったとしても,期限の利益を喪失することはなく,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に限り,期限の利益を喪失するものと解するのが相当である。」
「そして,本件期限の利益喪失特約は,法律上は,上記のように一部無効であって,制限超過部分の支払を怠ったとしても期限の利益を喪失することはないけれども,この特約の存在は,通常,債務者に対し,支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り,期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え,その結果,このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことを債務者に事実上強制することになるものというべきである。したがって,本件期限の利益喪失特約の下で,債務者が,利息として,利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったものということはできないと解するのが相当である。」

と、それまで当然の前提になっていた「期限の利益喪失約款」の存在をもって弁済の任意性を否定する、というもので、法定書面に記載すべき要件として、「期限の利益の喪失の定めがあるときは、その旨及びその内容」を漫然と施行規則で規定していた国の責任を問う余地がないとはいえないからだ*5


昨年出された最二小判平成21年7月10日*6が、

「平成18年判決及び平成19年判決の内容は原審の判示するとおりであるが,平成18年判決が言い渡されるまでは,平成18年判決が示した期限の利益喪失特約の下での制限超過部分の支払(以下「期限の利益喪失特約下の支払」という。)は原則として貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」ものということはできないとの見解を採用した最高裁判所判例はなく,下級審の裁判例や学説においては,このような見解を採用するものは少数であり,大多数が,期限の利益喪失特約下の支払というだけではその支払の任意性を否定することはできないとの見解に立って,同項の規定の適用要件の解釈を行っていたことは,公知の事実である。」

と述べて、「平成18年判決の言渡し日以前の期限の利益喪失特約下の支払については,これを受領したことのみを理由として当該貸金業者を悪意の受益者であると推定することはできない」と結論付けていることも、貸金業者側にとっては有利な材料となろう*7


もちろん、一連の最高裁判決(特に平成18年判決)は、貸金業者にとって衝撃的なものであっただけでなく、金融当局にとってもおそらくは“寝耳に水”的なものであっただろうから、国側の「故意又は過失」を認定するためのハードルは相当高いものであることは間違いない。


また、記事によれば、

「ユニワードが問題だと主張しているのは、行政当局は灰色金利の受け取りを容認していたにもかかわらず06年の最高裁で支払いの「任意性」が否定された直後に関連法令を判決に沿った内容に修正した点」

と、あたかも「判決後の法令改正」の違法性を(元)貸金業者側が追求しているように読めるのだが、もし本当にそうなのだとすれば、こと施行規則に関しては、現行の政令やその運用について違法との評価が最高裁によって示された以上、それに沿う形で行政府が修正を加えるのは当然の話であって、ここを争ったところでラチはあかないと言わざるを得ないだろう。


いずれにせよ、原告側が相当頑張って主張を構成し、立証資料をかき集めないと勝利を収めるのは難しい訴訟なのは確かだが、“行政当局の手のひら返し”は別にこの件に限ったことではないだけに、個人的には原告側の抵抗に期待するところ大である。


今後の展開を見守っていくことにしたい。

*1:ハウスカードのキャッシングサービスなどはその典型。

*2:いずれ改正貸金業法も施行されることだし、その前後で様々な意見が飛び交うことだろうから。

*3:銀行の傘下にない独立系の消費者金融事業者なら、一か八かで国賠訴訟のリスクを取ることも考えられるが、そういう事業者のほとんどは、“今、それどころじゃない”というのが実情だろう。

*4:中川了滋裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120812308514.pdf

*5:前者と違ってこちらの方は、単に政令の存在をもって国賠法上違法の責めを追及するのは厳しいと思うが、(利息超過部分も含めた)期限の利益喪失約款が適法であることを前提としたガイドラインだの照会に対する回答だの、が存在するのであれば(最高裁判決が出る以前から任意弁済を争う債務者側代理人はいただろうし、弁済の任意性を否定する下級審裁判例もあったようだから、そのような主張に対して貸金業者側が当局の見解を求めていた可能性もないとはいえないだろう)、責任を問いうる可能性がないとはいえない。

*6:中川了滋裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090710110055.pdf

*7:同判決の中でも言及されているように、平成18年第二小法廷判決の直後に出された最三小判平成18年1月24日では、まだ、上田豊三判事が、「(第二小法廷判決と同趣旨の)多数意見は,上記の期限の利益喪失条項の下で債務者が制限超過部分を支払った場合には,特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって支払ったものということはできないと解するのであるが,そのように解することは,貸金業者が17条書面及び18条書面を交付する義務を遵守するほかに,「制限利息を超える約定利息につき,期限の利益喪失条項を締結していないこと」あるいは「元本及び制限利息の支払を怠った場合にのみ期限の利益を失う旨の条項を明記すること」という要件を,貸金業法43条1項のみなし弁済の規定を適用するための要件として要求するに等しい結果となり,同法の立法の趣旨を離れ,みなし弁済の範囲を狭くしすぎるのではないかと思われる」と苦言を呈する意見を付すような状況であった。

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