解消された一つのモヤモヤ。〜JASRAC最高裁判決に対する調査官コメントに接して

本年4月に上告審判決が出され、「排除措置命令を取り消した審決を取り消した高裁判決」*1が確定したJASRAC事件。

高裁、最高裁が示した「排除型私的独占」該当性の判断枠組みや、「排除効果の有無」に関する判断の内容に対しては、自分も何となく、“こんなものだろうなぁ”と感じているところだし、既に多くの独禁法専門家の方々がコメントされている中で*2、自分が書いたところで何を今さら、という感があるので、ここで取り上げるつもりもあまりない*3

ただ、審決取消訴訟提訴時にかなり話題になった「(審決の名宛人ではない)イーライセンスの原告適格の有無」について、最高裁判決が何ら判断を示さなかった、ということは、ちょっと気になっていて、何らかの機会に取り上げられないかな? と思っていたところであった。

そんな中、ジュリストにいち早く掲載された最高裁調査官の解説に*4、「判断が示されなかった論点」に対する簡単なコメントが記されていることに気付いたので、少し長くなるが、引用することにしたい。

公正取引委員会及びA(筆者注:被告参加人、上告参加人JASRAC)の上告受理申立て理由においては、(1)本件審決の名宛人でないX(筆者注:原告、被上告人イーライセンス)は本件審決の取消しを求める訴訟の原告適格を有しないこと、(2)公正取引委員会の認定した事実に関する原審の判断は実質的証拠法則に違反するものであること、の2点についても主張されていたが、これらの点については、いずれも、上告受理決定において排除されているため、本判決における判断は示されていない。平成25年法律第100号による独占禁止法の改正により、公正取引委員会の審判制度が廃止され(略)、審判制度を前提とする実質的証拠法則(略)も廃止されたことなどに照らし、上記(1)及び(2)の論点については、最高裁としての判断を示すことが必要あるいは相当ではないとして排除されたものであろう(実質的証拠法則違反の有無のみならず、原告適格の有無についても、上記改正前の排除措置命令及び審判の制度を前提として判断されるものであることなどが考慮されて、上告受理決定において排除されたものと解される)。」
(ジュリスト1483号84頁、強調筆者)

自分はこれを読んで、確かになるほど・・・と思うところはあった。

最高裁が「上告受理」するかどうかをどういう基準で判断しているのか、については、ミステリアスなベールに包まれているところも多いのだが、「争点が法的に重大な問題かどうか」という要素のほかに、「判断を示すに適したタイミングかどうか」という要素も考慮されている、ということは、巷でもよく言われていることであるから*5、平成25年改正法が既に施行されているタイミングで「取消審判プロパー」の論点について判断を示しても仕方ないから示さなかった、という上記説明も、そのような文脈の下では一応理屈は通っているといえる。

審判制度の廃止とともに、ほぼ歴史的役割を終えた、といっても過言ではない「実質的証拠法則」の問題とは異なり、「原告適格」の問題は、他の行政手続の分野でも問題になり得る論点だけに、「原告適格を認めた」貴重な一事例を追加するという観点から、最高裁の判断を心待ちにしていた人もいたのかもしれないけれど、平成17年の大法廷判決の規範に基づき、丁寧なあてはめを徹底して結論を導いた本件の高裁判決がほぼ完璧な“模範解答”だったことを考えると、無理に最高裁が判断を示さなくてよかったのかな、という思いもあるわけで・・・。

ということで、最後に、本件では「最初で最後」の司法判断となった、「原告適格」に関する高裁判決の説示部分(強調は筆者が付したもの)を紹介して、本エントリーを締めくくることにしたい。

行政事件訴訟法9条1項所定の当該処分又は裁決(以下「処分等」という。)の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分等により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分等を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分等によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分等の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。」
処分等の名宛人(相手方)以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分等の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,(1)当該法令の趣旨及び目的,並びに(2)当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮すべきである。この場合において,上記(1)の当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,上記(2)の当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分等がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項,最高裁判所平成17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。」

「上記判断基準に即して,参加人の唯一の競業者である原告が本件訴訟についての原告適格を有するか判断する。」

ア 独占禁止法の目的及び排除措置命令等に関する規定
独占禁止法は,「この法律は,私的独占,不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し,事業支配力の過度の集中を防止して,結合,協定等の方法による生産,販売,価格,技術等の不当な制限その他一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより,公正且つ自由な競争を促進し,事業者の創意を発揮させ,事業活動を盛んにし,雇傭及び国民実所得の水準を高め,以て,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする」と規定する(同法1条)。すなわち,独占禁止法は,同法に違反する行為を禁止等することにより,公正かつ自由な競争を促進し,事業者の創意を発揮させ,事業活動を盛んにすること等によって,一般消費者の利益の確保,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とするものである。」
「同法は,上記目的を実効あらしめるため,公正取引委員会に対し,私的独占又は不当な取引制限等の行為があるときは,事業者を名宛人として,当該行為の差止め,事業の一部の譲渡その他違反行為を排除するために必要な措置を命じる権限を付与し(同法7条),また,同命令に不服がある者からの審判請求があったときは,公正取引委員会は審決を行う旨定めている(同法49条6項,66条)。」

イ 排除措置命令等に関連して設けられた諸規定の趣旨,目的等について
「(ア)独占禁止法は,(1)何人も,同法に違反する事実があると思料するときは,公正取引委員会に対し,適当な措置をとることを求めることができること(同法45条),(2)公正取引委員会は,必要に応じて,職権で,審決の結果について関係のある第三者を当事者として審判手続に参加させることができること(同法70条の3),(3)利害関係人は,公正取引委員会に対し,審判手続開始後,事件記録の閲覧謄写等を請求することができること(同法70条の15)等の規定を設け,さらに,(4)違反行為をした事業者は,排除措置命令確定後は,被害者に対し,無過失の損害賠償責任を負うこと(同法25条,26条),(5)同法25条の規定による損害賠償の訴えが提起されたときは,裁判所は,公正取引委員会に対し,損害の額について,意見を求めることができること(同法84条)などの諸規定を設けている。」
「(イ)排除措置命令等に関連する上記諸規定においては,適当な措置を請求することができる者の範囲に限定はなく,審判手続に第三者を参加させるか否かは,公正取引委員会が職権でなし得るものであり,事件記録の閲覧謄写等を請求し得る利害関係人には被審人のほか被害者等も含まれ,この閲覧謄写等や独占禁止法25条の定める損害賠償を請求し得る被害者は,違反行為による直接の被害者に限定されず,間接の被害者も広く含むと解されることに鑑みると,これらの規定が置かれていることから直ちに,同法所定の排除措置命令等の根拠となる規定が,利害関係人等に該当する全ての者に対して,その利益を個々人の個別的利益としても保護している趣旨を含んでいると解することはできない。」
「しかし,事業者により私的独占又は不当な取引制限等の行為がされたにもかかわらず,排除措置命令を取り消す審決がされた場合等を想定すると,同取消審決等は,単に「公正且つ自由な競争を促進し,事業者の創意を発揮させ,事業活動を盛んにし,雇傭及び国民実所得の水準を高め,以て,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進する」との一般的公益を害するだけではなく,少なくとも,一定の範囲の競業者等に対する関係では,公正かつ自由な競争の下で事業活動を行うことを阻害し,当該取引分野における事業活動から排除するなど,必然的に個別的利益としての業務上の利益を害し,また害するおそれを生じせしめることになる。
「(ウ)そのような観点から独占禁止法を見ると,(1)排除措置命令確定後における,違反行為を行った事業者の無過失責任制度(同法25条,26条),(2)利害関係人に対する事件記録閲覧謄写等の手続(同法70条の15),(3)損害賠償請求訴訟における公正取引委員会への損害額の求意見制度(同法84条)等の諸規定は,一定の範囲の競業者等が上記のような業務上の利益を害された場合に,違反行為者の過失や損害額の算定に関する被害者側の立証の負担を軽減させ,また,被害者が損害賠償請求等の訴訟を遂行するに当たって必要となる資料の入手を容易にすることにより,違反行為により損害を受けた競業者等(被害者)との関係で,損害の填補を適正,迅速かつ容易に受けられるようにすることも,その趣旨及び目的としていると解することができる。」

ウ 排除措置命令等に関する規定の趣旨
独占禁止法の排除措置命令等に関する規定に違反して排除措置命令を取り消す審決がされた場合等に一定の範囲の競業者等が害される利益の内容及び性質や,排除措置命令等に関連して設けられた上記諸規定(同法25条,26条,70条の15,84条)等の趣旨及び目的も考慮すれば,独占禁止法の排除措置命令等に関する規定(同法7条,49条6項,66条)は,第一次的には公共の利益の実現を目的としたものであるが,競業者が違反行為により直接的に業務上の被害を受けるおそれがあり,しかもその被害が著しいものである場合には,公正取引委員会が当該違反行為に対し排除措置命令又は排除措置を認める審決を発することにより公正かつ自由な競争の下で事業活動を行うことのできる当該競業者の利益を,個々の競業者の個別的利益としても保護する趣旨を含む規定であると解することができる。したがって,排除措置命令を取り消す旨の審決が出されたことにより,著しい業務上の被害を直接的に受けるおそれがあると認められる競業者については,上記審決の取消しを求める原告適格を有するものと認められる。」

エ 本件審決取消訴訟についての原告適格の有無に関する判断
「上記の検討を踏まえた上で,原告に,被告が参加人に対してした本件排除措置命令を取り消した本件審決の取消訴訟についての原告適格が認められるか検討する。本件は,音楽著作物の放送等利用に係る管理事業における排除型私的独占による独占禁止法違反行為の有無が問題とされた事案である。そして,平成13年10月1日に管理事業法が施行されるまでは,仲介業務法により,上記管理事業は,参加人が独占して行っており,管理事業法施行後も,原告が平成18年10月1日に上記管理事業を開始するまでは,参加人の独占が継続していた。同日以降,音楽著作物の放送等利用に係る管理事業を行って放送等使用料を徴収しているのは,参加人と原告のみであった。」
参加人が独占禁止法違反の行為を行った場合には,音楽著作物の放送等利用に係る管理事業において参加人の唯一の競業者である原告は,その行為により,直接,公正かつ自由な競争の下での事業活動を阻害されることとなり,その業務上の損害は著しいものと認められる。」
「以上のとおり,独占禁止法中の排除措置命令等の根拠となる規定(同法7条,49条6項,66条)の趣旨を解釈するに当たり,同法中の他の関連規定(同法25条,26条,70条の15,84条)の趣旨を参酌し,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案して,当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質も考慮すると,平成18年10月1日に上記管理事業を開始し,参加人の唯一の競業者である原告は,本件排除措置命令及び本件排除措置命令を取り消した本件審決の名宛人ではないものの,本件訴訟についての原告適格があると認めるのが相当である。」

*1:特許、商標の判決を紹介する時にも思うことだが、この構造は、何度接してもやっぱり分かりにくい・・・。

*2:今回紹介するジュリスト1483号でも、「時の判例」のほかに、「独禁法事例速報」で長澤哲也弁護士が早速評釈を書かれている(長澤哲也「排除型私的独占における排除効果と人為性」ジュリスト1483号6頁(2015年))。

*3:判決時のコメントについては、高裁判決(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20131102/1383589714)、最高裁判決(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150429/1439128666)といったところ。

*4:清水千恵子「時の判例・音楽著作権の管理事業者が放送への利用の許諾につき使用料の徴収方法を定めるなどの行為が、独占禁止法2条5項にいう『排除』の要件である他の事業者の参入を著しく困難にする効果を有するとされた事例」ジュリスト1483号83頁(2015年)。

*5:したがって、法的には極めて興味深い論点であっても、判断できるほど議論が熟していなかったり、逆に今ごろ示しても意味がない、という場合は、あえて判断しないこともある、ということになる。

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