“自炊代行”東京地裁判決に対する強烈な批判と今後の行方。

週末に届いたNBL1015号。
日付上、今年最後の号(平成25年12月15日号)、ということもあってか、興味深い記事が目白押しなのだが、中でも「NBL Square」に掲載されている池村聡弁護士の「自炊代行事件(東京地判平成25・9・30、同平成25・10・30)における複製主体の判断について」*1は、判決が淡々と認定してしまった「複製行為主体」に関する判断に食いついている、という点で、非常に興味深いものとなっている。

2件の自炊代行に関する判決のうち、先に出た東京地判平成25年9月30日については、既に小泉直樹・慶大教授がジュリストの「知財判例速報」に「自炊代行サービスにおける複製の主体」というタイトルで評釈を書かれており*2、そこでも「ロクラク2事件最高裁判決」が今回の判決にインパクトを与えていることを指摘し、「一般のユーザーが自ら当該複製行為を行うことが困難であることを複製の主体の認定において考慮した例」としてロクラク2最高裁判決の金築補足意見やMYUTA事件判決を挙げた上で、

「『自炊代行』が事業として成り立つという事実は、一般のユーザーにとって『自炊』行為が設備の費用負担や労力・技術の面において困難であることの反映であるということもできよう。一方、利用者が裁断機とスキャナーを自ら購入等して書籍の電子化を行うことも可能であり、事業者による裁断とスキャン行為をもって『枢要な行為』とみなすべきではないとの見方も成り立とう*3

という(どちらかと言えば中立的な)コメントが示されていた。

だが、今回の池村評釈は、さらにそこから踏み込んで、判決に対する強い疑問を投げかけているという点で、注目すべきものとなっている。

「本件判決は、利用者の複製主体性を明確に否定している。しかしながら、利用者の複製主体性を判断するに際しては、利用者が複製の対象となる著作物を購入・指示していることや、裁断やOCR処理の有無、複製物の納品方法等を指示していること等をどう評価するか(本件判決によれば、「枢要な行為なのか否か」と言い換えることもできよう)という視点からの検討も必要であると思われるところ、本件判決においては、かかる視点が欠けているように思われる。」
「さらに、本件判決は、書籍の裁断やスキャン、スキャン後の点検等の作業を利用者自身が行うことは、設備の費用負担や労力・技術の面で困難を伴うことを自炊代行業者の主体性を肯定する事情として考慮しているが、自炊は裁断機やスキャナー、パソコンという誰でも入手が容易な機器で実現することが可能な行為であることに鑑みると、たとえば同様の考慮をしたMYUTA事件(東京地判平成19・5・25判時1979号100頁)と比しても困難さの程度には大きな差があり、この点においても説得力に乏しいように思われる。」(前記NBL7頁)

上記のような池村弁護士のコメント、特に2点目については、自分も判決を読んだ当時、かなり疑問を感じた点であるが*4、池村弁護士も、ここはさらに本件とMYUTA、ロクラク2事件との違いを強調して、

「自炊の場合、業者の手を借りずに利用者自身の手によって書籍等の電子ファイル化をすることは技術的には容易であって、利用者は単に「手間を省く」ために自炊代行を利用しているにすぎず、そこには大きな違いがあるのではなかろうか。」(7頁)

とまで言い切っている。

そして、ロクラク2の最高裁判決の金築補足意見で述べられている、「単に物理的、自然的に観察するだけで足りるものではなく、社会的、経済的側面をも含め総合的に観察すべきもの」という支分権該当行為主体性の認定の考え方に比して、本件判決が、

単なる物理的、自然的に観察するだけで自炊代行者のみが複製の主体であるという結論を導いているように思えてならない」(8頁)

ということを(半ば否定的に)評価し、さらに、

「行為主体性が争点となる事案において、「枢要な行為か否か」というきわめて抽象的な基準(?)が活用されることは、予測可能性の点からも望ましいものではなく、いわゆる萎縮効果を招くおそれがある。この点、判決には、一定の類型ごとに、行為主体性が肯定されるための基準を明らかにすることが求められているというべきであり、控訴審では、社会的、経済的側面を含めた総合的な観察の下で、より丁寧な検討が行われるとともに、同種事案において参考となる基準や考慮要素等が明らかにされることが強く望まれる。」(8頁)

と、知財高裁においてより丁寧な規範定立やあてはめがなされることを求める、実に明快なスタンスが示されている。

個人的には、件の「ロクラク2」判決における「枢要な行為」概念は、「事業者が行っている(通常、それ自体では支分権利用行為とはいえないような)物理的行為の一部を、『総合的観察』の名の下で、支分権該当行為と擬制するためのツール」以外の何ものでもない、と考えており、著作権侵害を問擬されている者の行為の物理的、自然的観察を完全に離れて侵害主体性を検討する、といったアプローチは、ロクラク2の最高裁判決においても、それ以降の下級審判決においても未だ認められていない、と思っているだけに、今後、「行為主体性認定」を主戦場とする議論をいくら行ったところで、有意義な結論が得られる可能性は低いのではないか、と思う(この点については後述)。

ただ、かつて文化庁著作権法改正等の実務に関わっておられた池村弁護士が、NBLというネームバリューのある雑誌で、これだけ明確に地裁判決への疑問を投げかけたことで、今後、このテーマをめぐる議論はいっそうの盛り上がりを見せるだろうし、ロクラク2事件以降もやもやとしていた「行為主体性」をめぐる議論にも何らかの変化がもたらされる可能性も、僅かながら出て来たのではなかろうか。

今後の行方を考える上での視点

さて、判決が出されてから約3ヶ月近く経ち、この件について、様々な(まだ活字になっていない)議論や見解にも接する中で自分が感じているのは、概ね以下のようなことである。

1)「自炊代行行為における支分権該当行為の主体が、ユーザーか事業者か、ということを、二者択一的に議論することにはあまり意味はない」
→ 仮に、ユーザーが著作権の利用主体にあたる、ということになったとしても、事業者もまた「利用主体」と認定される可能性はあるのであって、そうなれば、私的使用の権利制限規定が適用されない事業者は、結局「侵害主体」ということになってしまう。

2)「利用主体に当たるか否か、という点に関して、いかに精緻な議論を展開したところで、現に物理的な複製行為を行っている自炊代行業者が「利用主体に該当しない」という結論に至る可能性は限りなく低い」
→ 既に池村評釈に対するコメントでも触れたとおり、物理的な複製行為を行っている者は、どんなに頑張って“観察”したところで、「複製主体」以外の何ものでもないはずだし、我が国の裁判所においては、「物理的観察に基づく評価を覆して侵害主体と認定した」裁判例は多々あっても、その逆の裁判例は、今のところ皆無だと言ってよい。

3)「したがって、仮に、9月、10月に判決が出た事件において争われたようなサービス(以下「複製行為代行型サービス」)を適法とすべき、という立場をとるならば、自炊代行業者が『利用主体』か否か、ということはとりあえず脇に置いた上で、“外側”から、自炊代行業者の違法性を否定するような理屈を組み立てていくしかないのではないか?」
→ 例えば、『ユーザーもまた利用主体たりうる』ということをきちんと論証した上で、私的使用に係る権利制限規定の意義や立法趣旨にまで遡った議論を行い、当該規定の効果を阻害すべきではない、という観点から、自炊代行業者の違法性を阻却する、あるいは、権利濫用等の一般法理を発動させるための論理を導く、といったことが考えられる。

さすがに、解釈論として、これ以上の理屈を組み立てるのは、今の自分の能力ではちょっと厳しいところがあるし、仮に組み立てたとしても、誰も乗っかってはくれないだろうけど(苦笑)、以前、「間接侵害」をめぐる議論の中でもどなたかが主張されていたように、著作権法30条周りの解釈をきちんと整理しなければ、「主体論」だけ先走ったところで、根本的な解決にはつながらない、と思うだけに、ここから先の議論の広がりに期待するところは多い。

なお、政策的な観点から言えば、「物理的観察」に基づく行為評価=侵害主体認定、を基軸にして、様々な自炊代行サービスの適法/違法を区別するようなことをしてしまうと、実際には権利者の利益をより損ねる可能性が高い“自炊の森”型のサービス(事業者は裁断本と複製のための設備だけを用意し、複製行為自体はユーザーが行うサービス)*5の方を法が推奨する、という皮肉な事態を招くことになってしまうわけで*6著作権者側から見ても、現在の「侵害主体論」に依拠するだけでは危険だ、ということは、良く肝に銘じておくべきではないか、と思うところである。

*1:NBL1015号4頁(2013年)

*2:ジュリスト1461号6頁(2013年)。

*3:小泉教授は、ここでL&T52号の小坂=金子論文を引用している。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20131001/1380654377参照

*5:9月判決、10月判決で問題とされた「ユーザーが自分の書籍を事業者に提供し、事業者が裁断、複製行為を行うサービス」の場合、電子化されたファイルや裁断済み書籍が転々流通する事態さえコントロールしておけば、著作権者に実質的な損害が生じないのに対し、“自炊の森”型サービスの場合、ユーザーは複製対象となる著作物の対価を著作権者側に一切支払うことなく複製物を入手することができてしまうわけで(現に“自炊の森”のHPでは、「スキャンブース利用料だけで電子書籍化できる」ということが高らかに謳われている。http://www.jisuinomori.com/index.php?page=bookinfo&d_isbn=9784091828552など参照)、著作権者側が販売機会喪失の被害をこうむっていることは否定できないだろう。

*6:この点、以前L&Tに掲載された小坂=金子論文は、ロクラク2判決後の侵害主体論に依拠しつつも、複製行為代行型サービスについては適法、“自炊の森”型サービスについては違法、という結論を導こうとするものと考えられ、政策的観点からは、極めて落ち着きどころの良い内容に収まっていた、という印象がある。