これぞ知財高裁!というべき判決〜「引用」理論の新たな展開

以前本ブログでも取り上げた「鑑定証書カラーコピー事件」*1

第一審判決が、鑑定会社(被告)による「鑑定証書添付用縮小カラーコピー」の作製を複製権侵害と認定し、著作権114条2項に基づいて6万円(+遅延損害金)の支払いを命じたことが物議を醸していたのだが、それから僅か5ヶ月ちょっとで、知財高裁があっと驚くような被告側逆転勝訴判決を出した。

これぞ知財高裁!と言いたくなるような鮮やかなこの判決を、ここでは暫し堪能することにしたい。

知財高裁平成22年10月13日(H22(ネ)第10052号)*2

控訴人:株式会社東京美術倶楽部
被控訴人:X

控訴人は、原審に引き続き、本件「縮小コピー」の「複製」要件該当性を争い、控訴審では特に、著作権法47条等に言及しつつ「鑑賞性色彩がある部分が利用された場合に限り」複製権侵害となる旨主張していた。

このような主張は、「雪月花事件」等に着想を得たものと考えられ、一応の説得力はあるようにも思われたのだが、裁判所は、

「本件コピー1は,本件絵画1に依拠して作製されたもの,また,本件コピー2は,本件絵画2に依拠して作製されたものであり,その作製された画面の大きさは,・・・(略)・・・本件各絵画の大きさとは自ずと異なるが,本件各絵画と同一性の確認ができるものであり,本件各コピーの前記認定の作製方法及び形式からして,本件各絵画の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるから,このような本件各絵画の再製は,本件各絵画の著作権法上の「複製」に該当することが明らかである。」(12頁、強調筆者・以下同じ)

と、複製該当性を改めて確認した。

そして、被告(控訴人)の主張については、

「絵画は,絵画の描く対象,構図,色彩,筆致等によって構成されるものであり,一般的に創作的要素を具備するものであって,それ自体が控訴人の主張する鑑賞性を備えるものであるから,当該絵画の内容及び形式を覚知できるものを再製した以上,その絵画が有する鑑賞性も備えるものであって,絵画の複製に該当するか否かの判断において,絵画の内容及び形式を覚知させるものを再製したか否かという要件とは別個に,鑑賞性を備えるか否かという要件を定立する必要はなく,控訴人の主張は採用することができない。」(12頁)

とあっさり退けている。

だが、次の争点、「引用」要件該当性について、知財高裁は実に勇気ある判断を示した。

まず、知財高裁は、

「他人の著作物を引用して利用することが許されるためには,引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり,かつ,引用の目的との関係で正当な範囲内,すなわち,社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり著作権法の上記目的をも念頭に置くと,引用としての利用に当たるか否かの判断においては,他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか,その方法や態様,利用される著作物の種類や性質,当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。」(13頁)

と、最高裁判決に引きずられた伝統的な2要件(「明瞭区別性」「主従関係」要件)に言及することなく、条文に即した判断基準を掲げている。

そして、次の「充足性の有無」の項において、「引用の目的」を

「本件各鑑定証書は,そこに本件各コピーが添付されている本件各絵画が真作であることを証する鑑定書であって,本件各鑑定証書に本件各コピーを添付したのは,その鑑定対象である絵画を特定し,かつ,当該鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ,そのためには,一般的にみても,鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって,添付の必要性・有用性も認められることに加え,著作物の鑑定業務が適正に行われることは,贋作の存在を排除し,著作物の価値を高め,著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると,著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは,著作権法の規定する引用の目的に含まれるといわなければならない。」(14頁)

と解したうえで、

本件各コピーは,いずれもホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され,表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており,本件各コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと,本件各鑑定証書は,本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり,本件絵画と所在を共にすることが想定されており,本件各絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと,本件各鑑定証書の作製に際して,本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは,その方法ないし態様としてみても,社会通念上,合理的な範囲内にとどまるものということができる。」
「しかも,以上の方法ないし態様であれば,本件各絵画の著作権を相続している被控訴人等の許諾なく本件各絵画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり,被控訴人等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難いのであって,以上を総合考慮すれば,控訴人が,本件各鑑定証書を作製するに際して,その裏面に本件各コピーを添付したことは,著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において,その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ,かつ,その引用の目的上でも,正当な範囲内のものであるということができるというべきである。」
(14-15頁)

と、「公正な慣行」への合致+「正当な範囲内」での利用該当性=「引用」要件該当性を肯定したのである。

そして返す刀で、「引用として適法とされるためには、利用する側が著作物であることが必要」という原告(被控訴人)側の主張を、

「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」を要件としていた旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号とは異なり,現著作権法(昭和45年法律第48号)32条1項は,引用者が自己の著作物中で他人の著作物を引用した場合を要件として規定していないだけでなく,報道,批評,研究等の目的で他人の著作物を引用する場合において,正当な範囲内で利用されるものである限り,社会的に意義のあるものとして保護するのが現著作権法の趣旨でもあると解されることに照らすと,同法32条1項における引用として適法とされるためには,利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でないと解されるべきものであって,本件各鑑定証書それ自体が著作物でないとしても,そのことから本件各鑑定証書に本件各コピーを添付してこれを利用したことが引用に当たるとした前記判断が妨げられるものではなく,被控訴人の主張を採用することはできない。」(15頁)

とぶった切り、結果として控訴人(被告)による縮小コピーの作製が、「著作権法32条1項の規定する引用として許されるものであった」としたのである。

この判断は近年力を増してきてはいたが、必ずしも裁判例による裏付けがなかった有力説*3に添うものであり、まさに本件のような事案にマッチする判断だといえるだろう。

かくして、本件被告は6万円の支払義務を免れる以上の、貴重な勝利を手にすることになった。

本判決が意味するもの

控訴審で上記のような鮮やかな判決が出された背景には、被告側の巻き返しのための努力があったのも確かだと思う。

当ブログで第一審判決時に疑問を呈した「鑑定証書の裏面に絵画の縮小コピーを添付すること」が、鑑定証書を作成する上でどれだけの意味を持つのか?」という点については、今回の判決で、

「被控訴人における絵画の鑑定業務においては,対象となる絵画の画題が「花」,「薔薇」,「風景」,「裸婦」,「静物」等共通する物が多いことから,鑑定対象の絵画を特定するために,また,これに加えて,鑑定証書の偽造防止のために,鑑定証書の裏面に鑑定対象の絵画の縮小カラーコピーを添付する扱いとしている(乙13)。」

と事実認定の中でしっかりと記されているし*4、何よりも第一審で出されていなかった「引用」該当性、という抗弁を被告(控訴人)が出したことが、結果としては決定的な意味を持つことになったのは間違いないだろう。

だが、いくら良い抗弁を出しても、それを柔軟に事案にあてはめる“知恵”がなければ、良い判決は書けないのも事実。

これまで、「フェアユースなんていれなくても、「引用」要件等の現行法の解釈で何とかなる」と声高に主張する関係者が多かった割には、現実の事件でやたら杓子定規な解釈に陥っている傾向があった裁判所だが、ここまできっぱりと書いてくれるのであれば、少しは裁判所サイドの主張に耳を傾けてもよさそうだ。


ちなみに、本件控訴審判決に対し、判例違反を主張して上告受理申立を行うことは一応できそうだし、最高裁が受理してくれる可能性もそんなに低くはないような気もするのだが、それをやってしまうと、これまで権利者側の大きな武器となってきた「引用」要件の“逆転”解釈が確定してしまうおそれもあるわけで、権利者にとっては痛しかゆしかな・・・というのが率直な印象。

この先、敗れた原告(被控訴人)側がどのような動きを見せるのか、という点も注目すべきことなのかもしれない。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100705/1278344294

*2:第4部・滝澤孝臣裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101014105317.pdf

*3:中山信弘教授は、「直截に条文上の要件である「正当な範囲内」「公正な慣行」の問題として処理をしている」下級審裁判例について、「旧法時の事件として最高裁により述べられたこの二要件(注:「明瞭区別性」「主従関係」)を、現行法においてもそのまま踏襲することが妥当なのか、という問題を提起したものといえよう」と評価し、「単に二要件の吟味だけではなく、条文に即した要件論の考察も必要となろう」と述べられているし(後記『著作権法』259頁、当然、ここで念頭に置かれているのは上野達弘准教授の論稿で脚注でもそれが魅かれている)、「被著作物の著作物性」の問題についても、「引用は、新たな創作活動の奨励のための制度と考え、引用する側の著作物性が必要と解する」多数説に疑問を呈し、「しかし敢えて旧法の「自己ノ著作物中二」という要件を外したのであるから、文理上からも著作物性は要求しないと解することも可能であろう」と述べられている(中山信弘著作権法』261頁(有斐閣、2007年)。

*4:ちなみに、この「乙13」という証拠は原審では引用されていない。控訴審になって新たに提出されたものなのか、それとも原審がスルーしていた証拠を控訴審が再評価したのかは分からないが(おそらく内容的に、業界関係者の陳述書等ではないかと思われる)、これが認定事実に挙げられた時点で今回の結果がおおよそ見えた、といっても過言ではない。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html