今さらだけど、鑑定証書縮小カラーコピー問題。

今日の日経紙の法務面に、「鑑定目的の縮小カラーコピー」をめぐる東京地裁の判決が「絵画の流通業界に激震」を与えている、という記事が載っていた。

「絵画が真作であることを示す鑑定証書に作品の縮小カラーコピーを添付することは著作権侵害なのか‐。この点が争われた裁判で、東京地裁はこのほど画家の遺族の訴えを認め、違法との判断を示した。これに対し、鑑定証書を発行してきた東京美術倶楽部(東京・港)は敗訴を不服として控訴した。絵画の流通業界に激震が走った司法判断や紛争の背景を探った。」(日本経済新聞2010年7月5日付朝刊・第16面)

最近、とんと知財系の判決をウォッチしていなかったこともあって、今さらこの判決の存在を知ったのだが、記事からだけでは伝わって来ないところも多いし、せっかくの機会なので、判決に直接あたってみることにしたい。

東京地判平成22年5月19日(H20(ワ)31609号)*1

原告:B
被告:株式会社東京美術倶楽部


本件は、被告が、原告の祖母である亡C(三岸節子)の絵画2点を鑑定し,被告の鑑定委員会名義の鑑定証書を作製した際に、

「当該鑑定証書と本件絵画1を縮小カラーコピーしたものとを表裏に合わせた上で,パウチラミネート加工した
もの」

を作製したことが、複製権侵害にあたるとして、原告が被告に対し計12万円の損害賠償等を求めている事件である。


鑑定証書の裏面の縮小コピーは、作品を「127mm×152mmの鮮明なカラー印刷で縮小コピー」したものであり、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を,一般人に覚知させるに足りるといえる,というのが原告の主張。


これに対し、被告は、「縮小カラーコピーは,被告が鑑定した絵画の特定のためのみに用いるもの」であり、「著作権法が本来その保護の対象とする芸術性や美の創作性や感動を複製したものではなく,流通の安全性を図り不正品を防ぐための単なる記号の意味合いにすぎず,その性格上,本来の保護の対象となる複製権の趣旨にはなじまないものである」と反論するとともに、過失の有無を争い、さらに、権利濫用の抗弁及びフェアユースの抗弁(平成21年改正後の著作権法47条の2の適用・準用を求める趣旨か?)を主張して争った*2


これに対し、裁判所が下した判断は以下のようなものである。

「複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうが,美術の著作物である絵画について,複製がされたか否かの判断は,一般人の通常の注意力を基準とした上で,美術の著作権の保護の趣旨に照らして,絵画の創作的な表現部分が再現されているか,すなわち,画材,描く対象,構図,色彩,絵筆の筆致等,当該絵画の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得できるか否かにより判断するのが相当である。」
「本件において,前記認定事実によると,本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,本件絵画1を約23%(約4分の1)の,本件絵画2を約16%(約6分の1)の各大きさに縮小したものであり,本件絵画1及び2そのものは提出されていないものの,これらの縮小カラーコピーにおいては,いずれも,画題である「花」が,油彩を画材として,上記構図,色彩及び筆致等により描かれており,その大胆な構図や,単純化された花の表現,鮮やかな色彩の対比や絵の具の塗り重ねによる重厚な印象等,本件絵画1及び2の作風が表れているところである。」
「そうすると,本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,通常の注意力を有する者がこれを観た場合,画材,描かれた対象,構図,色彩,絵筆の筆致等により表現される本件絵画1及び2の特徴的部分を感得するのに十分というべきである。」
「したがって,本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは,本件絵画1及び2の美術の著作物としての本質的な特徴的部分が再現されているというべきであり,当該縮小カラーコピーを作製した被告の行為は,本件絵画1及び2の複製に該当すると認めるのが相当である。」
(15-16頁、強調筆者、以下同じ)

そして、被告の過失を肯定し、賠償額については6万円の範囲で認めた上で、抗弁については、

「被告は,原告の本件請求は,権利濫用又はフェア・ユースの法理により,許されないと主張する。しかしながら,原告は,原告が有する本件絵画1及び2の著作権に基づいて,被告による著作権侵害に対する損害賠償を求めているものであり,特段,被告を害する意図等は認められないこと,本件の請求額も2作品合計で12万円と少額であることからすると,原告の請求が,権利濫用に該当すると認めることはできない。」
「また,フェア・ユースの法理については,我が国の現行著作権法には,同法理を定めた規定はなく,米国における同法理を我が国において直接適用すべき必然性も認められないから,同法理を適用することはできないというべきである。」(19頁)

「なお,被告は,平成21年法律第53号による著作権改正による同法47条の2(美術の著作物等の譲渡等の申出に伴う複製等)が,鑑定証書についても適用ないし準用されると主張する。しかしながら,上記条項は,「美術の著作物…の所有者その他のこれらの譲渡又は貸与の権原を有する者が」,当該著作物を「譲渡し,又は貸与しようとする場合には」,「当該権原を有する者又はその委託を受けた者は」,「その申出の用に供するため,これらの著作物について,複製又は公衆送信…を行うことができる。」旨を定めるものであるところ,当該著作物を鑑定し,真作であること証明する目的で作製される鑑定証書は,美術の著作物の所有者その他の譲渡等の権原を有する者又はその委託を受けた者によって作製されたものではなく,また,当該著作物の譲渡等の申出の用に供するために作製されるものと認めることはできないから,前記改正による条文が,その施行前に行われた行為に対して適用ないし準用できるか否かについて検討するまでもなく,上記条項を適用等することはできないというべきである。」
(19-20頁)

として退けたのである。

前記地裁判決への反応

さて、この判決をどのように見るべきだろうか。


先の日経紙の記事によれば、被告側は徹底的に争う方針のようで、知財高裁に控訴したとのこと。


確かに、今回認容された賠償額がいかに低額でも、「著作権利用料を支払う」というルールが原告以外のすべての著作権者に対するものとして確立されるようなことになれば大きなダメージになることは間違いないから、被告としては断じて譲ることはできないだろう。


また、判決の中で取り上げられている原告の主張の中には、

「原告は,原告及び亡Aが鑑定に関与した亡Cの作品について,被告の鑑定では偽作と鑑定されたとのクレームを受ける等しており,被告の鑑定により,多大な迷惑を被っている。被告の鑑定の在り方については,被告の元鑑定委員からも疑問を呈されており(略),被告の鑑定行為は,およそ著作権を無視するものであって,保護されるようなものではない。」(14頁)

といった類のものも見受けられ、そこから、本件の本質が「著作権侵害」以外のところにあることも推察されるところである*3


そして、少なくとも日経紙のコラムに出てくる、(原告本人以外の)人々のコメントを読む限り、上記地裁判決はナンセンスで、著作権法47条の2の類推適用*4や、引用規定の活用*5などを知財高裁は真摯に検討すべきだ・・・といったところに収れんしそうな雰囲気である*6


だが、本件はそんなに単純な話なのだろうか?


「鑑定証書の裏面に絵画の縮小コピーを添付すること」が、鑑定証書を作成する上でどれだけの意味を持つのか、自分はいまいち理解できないでいる。


著作権法47条の2が想定しているネットオークションへの絵画の出品のようなケースであれば、取引目的物を特定するために、絵画の複製画像が不可避的に必要になることも理解できるのだが、鑑定証書の場合には、それが鑑定対象の作品とセットで存在している限り、原作品と別個に作品を縮小コピーして証書に添付することへの要請がそこまで強いとは思えない。


また、引用の要件を使うにしても、表裏でラミネート加工されている本件のようなケースでは、主従関係の要件を満たすのは困難だし、仮に縮小コピーをもう少し“従”たる存在に落ち着かせたとしても、47条の2に関する議論で出てきたのと同様に“必要性”が問題になる可能性は高いといえるだろう。


もちろん、「作家名、作品名だけで鑑定証書を作成しても、それだけでは具体的にどの「絵」の鑑定証書か取引者が判別することが困難だから縮小コピーを付けるのだ!」という話なのであれば、縮小コピーを添付する必要性は極めて高いと言えるし、訴訟の場においてもそれを前面に出して争えば、識者の方々が論じておられるような、著作権法の権利制限規定の類推適用を受けられる可能性も当然に高くなってくると思われる。


しかし、地裁判決の中で整理された被告の主張からは、そこまでの必要性があるのかどうかを読み取ることは難しいわけで、まずはこの点をしっかり説明することが先なのではなかろうか*7


そして、この部分をしっかりクリアできて初めて、類推適用やらフェアユースやら権利濫用やら、という話が出てくるのではないかと思っている。


いずれにせよ、そう簡単に和解で決着できる事案とは思えないだけに、今後の展開を楽しみに待つことにしたい。

*1:第29部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100527164234.pdf

*2:なお、原告側はフェアユースの抗弁につき、単に日本の法制上認められていない、という反論にとどまらず、米国で判断基準とされている4要素とそこへの当てはめを踏まえて、いずれもフェアユースを認めるには不利に働く、という実質的な反論を展開している。果たしてここでの原告によるあてはめの仕方が適切なのかどうか、という議論はあろうが、興味深い対応だと思う。

*3:ゆえに、被告としては「権利濫用」の抗弁で争う余地も出てくることになろう。なお、日経のコラムの中にも(直接的な表現ではないが)何となく紛争の背景がうかがえるような記述はちらほら見受けられる。

*4:これは町村泰貴教授のコメント。

*5:これは相沢英孝教授のコメント。

*6:確かに、地裁判決上で整理された当事者の主張を見る限り、被告側は著作権法32条1項に基づく抗弁までは出していないようだし、他の抗弁についてもどこまで本格的に主張されたか分からないところはあるので、もう一度戦略を練り直せば異なる判断に至る可能性も否定できないだろう。

*7:もし、「あえて縮小コピーを付けなくてもどの作品の鑑定証書であるかを区別することは可能だが、付けた方が一目で分かりやすいから」というレベルの話で複製物を作っているのだとすれば、現行法の下でそれを正当化する理屈はちょっと思いつかない。

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