野球を見るのも命がけ。

自分は知らなかったのだが、ちょうど一週間ほど前にはニュースでも話題になったらしい、「クリネックススタジアム宮城」のファウルボール損害賠償請求事件。

“日本もこんなつまらないことで裁判所で喧嘩する国になってしまったのか”とため息をつく人もいれば、“問題をうやむやにせずに訴訟で解決しようとする時代になったのは良いこと”とそれなりに評価する人もいるのかもしれない*1

いろんな意味での本場、米国・フェンウェイパークでの訴訟に後れること5年、「野球観戦中の打球による事故の責任」を法廷で争う、という我が国では珍しい訴訟の結末(まだ第一審だけど)を、かいつまんでご紹介することにしたい。

仙台地判平成23年2月24日(H21(ワ)716号)*2

平成20年5月18日、東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地、Kスタ宮城での対ライオンズ戦の2回裏。

楽天の攻撃中に、原告がビールの販売員を呼びとめてビールを購入し、座席の前に装着されたコップホルダーに紙コップを置いて顔を上げた瞬間に悲劇は起こった。

原告の右眼をファウルボールが直撃。観客席から担架に乗せられ、応急措置を取られた後に救急車で病院に運ばれた原告は、眼球破裂、眼瞼裂傷の重傷を負った(その日の試合は、4回表にライオンズが一挙7点をとって先発・田中将大投手をKO。そのまま7-3で押し切ったようだが、そんなことを気にする余裕は原告にはとてもなかっただろう)。

そして、原告は、翌年3月まで通院したが、結局右眼の視力が回復することはなく、矯正後視力0.03、という事実上の失明状態でその後の一生を過ごすことを余儀なくなってしまったのである。

球団側は、一応見舞金として50万6561円を支払ったようだが、それ以上の損害賠償名目での支払いはおそらく拒んだのだろう。その結果、原告は、3000万円超の後遺症逸失利益や690万円の後遺症慰謝料を含む、計4421万8686円の支払いを求めて、施設管理者である楽天球団と、所有者である宮城県を相手取り提訴することとなった。

裁判における争点は、(1)球場の「3塁側内野席フェンス」について「設備又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)又は「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)があるか否か、及び、(2)球団が「観客が安全に試合を観戦できるように施設を管理・運営する注意義務を注意義務を怠った」といえるか、というもの。

日頃なかなかお目にかかる機会のない論点だけに、提訴時からいろいろ話題になっていた事件だったのだが、結局、裁判所が下した判断は以下のようなものとなった。

裁判所の判断

まず、一点目の「瑕疵」の有無をめぐる争点に関し、裁判所は、

民法717条1項にいう「瑕疵」と,国家賠償法2条1項にいう「瑕疵」は同義であると解される。」
「上記各規定における「瑕疵」とは,通常備えているべき安全性を欠くことをいい,「瑕疵」の有無は,当該施設の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合的に勘案し,個別具体的に決せられるべきである。」

という一般論を述べた後、判決の中では滅多にお目にかかることのない、「野球」論を展開した。

野球とは,1チーム9名からなる2チームが,所定のイニング(回)ごとに攻撃側,守備側に分かれて対戦する競技スポーツであり,攻撃側のバッターが,守備側のピッチャーが投げる硬式野球ボールをバットで打ち,規定のコースを走りホームベースに帰ることで得られる得点の多寡を競うものであるプロ野球は,こうした野球競技を専門的,職業的に行うプロ野球選手が所属するチームの間で一定数の試合を行って,その勝敗の成績を競い,観客が対価を支払い,球場で各試合を観戦することを基本として成立するものである。プロ野球の球場は,選手が属する複数のチームの間でプロ野球競技の試合を行い,観客がこれを観戦することを通常の用法とする場所及び施設であるということができる。」

熱心なファン(熱心でなくても)にとっては、当たり前に過ぎる話であるが、こうやって判決文の中で説明されるとなかなか格調高い。

そして、これに続いて、裁判所は核心に踏み込む。

「上記のようなプロ野球及びプロ野球の球場の性質に照らすと,ピッチャーはバッターの思い通りの打撃等をさせないことを目指して投球をするものであり,プロ野球の選手であってもバッターの打つ打球の方向や角度は予測困難であって,観客席にファールボールが入ることも予想できることであるから,球場の所有者や,管理占有してプロ野球の試合を興行する者は,観客席にファールボールが入ることについての危険をできる限り防止すべく,バックネットや内野席フェンスなど,一定の安全設備を設ける必要があることはもとより当然というべきである。」
「もっとも,プロ野球の球場において,どの程度の安全設備を設けることが求められるかという点については,更に検討する必要があるところ,先に判示したとおり,野球は,攻撃側のバッターが守備側のピッチャーが投げる硬式野球ボールをバットで打ち返すという競技スポーツであることから,実際に競技をしている選手はもちろんのこと,観客に対しても,本質的に一定の危険性を内在しているということができる。そして,プロ野球が日本国内において広く普及していることは公知の事実であって,ファールボールが観客席に入る危険のあることも,少なくともプロ野球の観戦に行くことを考える通常の判断能力を有する人にとって容易に認識し得る性質のものといえることにかんがみると,上記のような危険性を回避するためには,球場に設置された安全設備の存在を前提としつつ,観客の側にも相応の注意をすることが求められているというべきである。」

ファウルボールが飛んでいく、というのは野球の常だから、球場側が一定の安全設備を設ける必要があるのは当然、としつつも、「危険性を内在」していることは容易に認識しうるもので、観客の側にも相応の注意をすることが求められる、というバランスに考慮した判断。

そして、近年、内野席をファウルゾーンまでせり出した球場が登場していることも例に挙げ、

「必要以上に過剰な安全施設を設けることは,プロ野球観戦の魅力を減殺させ,ひいてはプロ野球の発展を阻害する要因ともなりかねない。」

と、熱心なファンが泣いて喜びそうな判示をした上で、

「以上の諸事情にかんがみると,プロ野球の球場の「瑕疵」の有無について判断するためには,プロ野球観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき要請と観客側にも求められる注意の程度,プロ野球の観戦にとって本質的要素である臨場感を確保するという要請等の諸要素の調和の見地から検討することが必要であり,このような見地からみて,プロ野球施設に設置された安全設備について,その構造,内容や安全対策を含めた設備の用法等に相応の合理性が認められる場合には,その通常の用法の範囲内で観客に対して危険な結果が実現したとしても,それは,球場の設置,管理者にとっては,不可抗力ないしは不可抗力に準ずるものというべきであって,プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を欠くことに起因するものとは認められないというべきである。」

という被害者保護に傾斜しがちな近年の裁判所にしては珍しい、思い切った判断を示した。


ここまでくれば、もう結論は見えている。

裁判所は、他球場との比較で、本件球場の内野席のフェンスの高さを「平均的な高さ」と判断した上で、チケットの裏面の注意文言や、プラカードを持った職員の巡回、注意喚起を促す動画の電光掲示板での放映、ファウル時の警笛といった「安全対策」を「有用で合理的な措置」と判断した。

また、本件球場でフェンス等による「視線障害」についての苦情があり、年間購入席の更新時にも解約や購入席の移動が相次いでいたことにまで言及し、「これ以上,観客の安全性の確保を目的として,内野席フェンスの高さを上げる等の措置を講じることは,かえってプロ野球観戦の本質的要素である臨場感を損なうことにもなりかねない」とまで言い切ったのである。

結果、

「以上の検討を総合的に勘案すると,上記ア,イのとおり,本件球場において,内野席フェンスの構造,内容は,本件球場で採られている安全対策と相まって,観客の安全性を確保するために相応の合理性があるといえるから,本件球場における内野席フェンスは,プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を備えているものと評価すべきである。」

として、国賠法2条1項、民法717条1項のいずれの「瑕疵」についても否定されることになった。


次に、2点目の「安全配慮義務違反」に関する争点について。

裁判所は、野球協約等を根拠に、

プロ野球の試合の主催者は,観客に対し,試合中,ファールボール等の危険から観客を守るべき契約上の安全配慮義務を負っているものと解される。」

と述べたものの、続いて、

「試合の観戦に際しての臨場感はプロ野球観戦の本質的要素の1つであるというべきところ,上記の安全配慮義務の履行を過度に厳格に求めるならば,このような臨場感を損なうことにもなりかねないからプロ野球の球場における観客に対する安全配慮義務は,プロ野球の球場として通常備えているべき安全性を備えた安全設備の設置及びその設備を前提とした安全対策によって観客の安全に相応の注意を払うべきことを内容とする義務であると解するのが相当である。」

とし、「瑕疵」を否定したのと同じ理由を繰り返した上で、被告の注意義務違反を否定した。

そして、原告のその他の主張についても、裁判所はことごとく退け*3、原告の請求をすべて棄却する、という結論に至ったのである。


なお、原告は、チケットの裏面の「ファールボール等で負傷した場合,応急措置は致しますが,その後の責任は負いません。十分ご注意ください。」という文言が、消費者契約法8条1項1号にいう「不当条項」に該当する、という興味深い主張もしたのだが、この点についても裁判所は、

「被告が上記注意文言の法的効果としての免責を主張していない」

ことを理由に、あっさりと退けている*4

おわりに

おそらく本件のような事案を、原告とは全く無関係の野球好きが見たら、野球観戦の本来の面白さを損なわさせるもの、として複雑な思い駆られることだろうし、今回の判断も当然のこと、だと思うことだろう。

だが、本件原告における原告の負傷具合は決して軽いものではない。

もし自分が、あるいは自分の配偶者とか親兄弟、といった身近な人間が、球場で同じような「被害」を受けたとしたら、「観客の側にも相応の注意をすることが求められているというべき」という判旨をすんなり受け止めることができるだろうか・・・?

おそらく、本件の裁判官たちは、野球への造詣が深かったか、あるいは「統一的ないし法的な意味での安全基準が存在しない」という現状に与える重大なハレーションを回避するため、バランスに配慮した理屈で「請求棄却」という結論を導き出したのだと思うが、個人的にはいろいろ考えさせられるところが多い判決であった*5

*1:ネット上の世論は、専ら前者の声の方が強いようだけど。

*2:第3民事部・関口剛弘裁判長、http://kanz.jp/hanrei/data/text/201102/20110301181321.txt

*3:中には「原告の座っていた座席の近くで販売されていたビールの購入が契機となって,ボールから目を離すことを余儀なくされたことから,本件球場3塁側内野席フェンスには「瑕疵」があり,また,被告Fは不法行為責任を負う」といった、一風変わった主張も存在したようだ。これに対し、裁判所は、「ビールを購入するか否か、ビールをどのようなタイミングで購入するかという点は、観客の選択に委ねられるべき性質のものであり、プレー中にビールを購入して飲もうとする観客の側にも、プレーの状況やボールの行方に注意を払うことが求められてしかるべき」と真正面から、だが何となくチャーミングな、応答をしている。個人的には、イニングの間であればともかく、イニング中に客席を回ってくる売り子は、観戦の妨げになるので勘弁して欲しい、と思っていたりもするのであるが・・・。

*4:ここは、「文言としては確かに・・・だが、本件では・・・・」的なリップサービスもあり得たところだが、裁判所は完全にスルーしている。もっとも、おそらく任意交渉時には被告の「武器」としてフル活用されたであろうこの条項を、被告側が裁判において使うことができなかった、というところに、この手の約款の弱点が露呈した、と言えなくもない。

*5:なお、仮に原告が上級審まで行って争った場合、近年“思い切りの良い判決”が目立つ高裁や、同じくここ数年“被害者寄り”のように思われた最高裁の手にかかることにより、結論が変わってくる可能性もないとは言えない。