「説明書」をめぐって割れた著作物性判断

知財関係事件をめぐって、東京と大阪とで地裁レベルの判断が分かれる、という話は昔から良くあることで、ちょっと前には営業秘密該当性をめぐる判断があまりにきれいに分かれていたことに驚嘆の声を挙げたこともあったのだが*1、そんな中、「説明書」の著作物性をめぐって、これまた対照的な判決が、極めて近い日に東京と大阪で出されている。

以下、この2つの判決を簡単にご紹介して、東京と大阪の“文化”の違いを味わっていただくことにしたい。

大阪地判平成23年12月15日(H22(ワ)第11439号)*2

原告:ニューメディカ・テック株式会社
被告:ニューメディカ・テック販売株式会社、株式会社大倉

まず、先に判決が出されたのが、大阪地裁の「取扱説明書」の著作権侵害をめぐる事件である。

事案は極めてシンプルで、原告が、自らが販売する浄水器の取扱説明書が編集著作物にあたると主張し(予備的に全体、及び各頁についての著作権も主張)、被告の販売に係る浄水器に添付している取扱説明書が、著作権を侵害しているとして差し止め及び損害賠償請求を求めた、というものであるが、大阪地裁は以下のように述べて、原告の請求を退けた*3

争点1(原告各取扱説明書は編集著作物か)
(1)編集著作物性
ア 編集著作物の要件
編集著作物とは,「編集物で,素材の選択又は配列によって創作性を有するもの」であるから(著作権法12条1項),編集著作物として著作権法の保護を受けるためには,素材の選択,配列に係る具体的な表現形式において,創作性のあることが必要である。
イ 取扱説明書の編集著作物性
もっとも,本件のような製品の取扱説明書においては,その性質上,次のような内容や表記方法が要求され,かつ,広く採用されていると考えられる。したがって,製品の取扱説明書に係る編集著作物性を判断するにあたっては,これらの内容や表記方法は,原則としてありふれた表記であるということができる
(ア) 製品の概要(機能,構造,部品やその名称),取扱方法,発生しうるトラブルやその対処方法,注意ないし禁止事項などを,文章や図面・イラストによって説明する。
(イ) 説明内容を示すタイトルを付けたり,説明内容の重要度に応じて,文字の大きさや太さに変化を付ける,強調のための文字飾りを付す,注意を促すマークを付すなどする。
(ウ) 説明内容を理解しやすくするため,説明文の近くに,製品を簡単にデフォルメしたイラストや,製品そのものの写真を掲載する。
(2) 原告各取扱説明書の創意工夫について
原告は,原告各取扱説明書に表現された創意工夫として,(1)図面,記号,マーク,具体例の使用,(2)各種団体公認の表記,(3)取扱説明書の趣旨及び安全上の遵守事項の記載の先行,(4)文字サイズ,文字飾り,インパクトのある単語,マークによる強調,(5)イラスト図面・記号の使用,記載場所,大きさ等の工夫を挙げる。しかしながら,取扱説明書においては,一般に,わかりやすく伝える,安全性を図るといった点が要求されるため,前記(1)イのような内容・表記が広く採用されているものであるから,上記(1),(4),(5)の工夫は,通常行われているありふれたものといえる。また,上記(1)及び(4)と,(5)のうち記載場所以外の要素は,既に選択・配列された要素に係る表記上の工夫であって,そもそも,「素材の選択」にも「素材の配列」にも該当しない。また,上記(2)については,原告各製品のアピールポイントの1つであるが,アピールすべきポイントが限られると,これらの要素を取扱説明書に記載する素材として選択することやその配列は,自ずと限定されることになり,創作性があるとは認められない。さらに,上記(3)については,設置方法,使用方法,取扱説明書の趣旨(取扱説明書の説明),安全上の遵守事項を,どのような順序で配列するかについてであるが,まず,取扱説明書の趣旨が最初に述べられることは当然である。取扱説明書の中心となるべき,設置方法と使用方法については,製品は使用の前に設置する必要があることから,上記の順に配列されるべきである。安全上の遵守事項の記載位置については選択の余地があるが,通常,設置方法,使用方法の前か後という選択しか考えられず,しかも,その内容が重要であることから,前に記載されることはむしろ普通であると考えられる。したがって,原告各取扱説明書について,その順序に原告の権利を発生させるような創作性は認め難い。
(3) 原告各取扱説明書の記載について
原告各取扱説明書に係る,素材の選択・配列の創作性を示す具体的表現として原告が主張する箇所のうち,前記(2)のとおりありふれた表記といえる部分以外のものは,レイアウト上の工夫をいうものにすぎない。また,原告各取扱説明書の各頁を見ても,写真,図面,説明文の配置については,製品の取扱説明書として一般的なものであるといえ,これを超えた創作性を認めることはできない
(23〜25頁)

争点2(原告各取扱説明書は著作物か)
(1) 全体としての著作物性
原告が,原告各取扱説明書全体が著作物であるとする根拠は,個々の表現において,インパクトのある表現,わかりやすい表現,読み手の注意を惹く表現が選択されているというものである。しかしながら,原告各取扱説明書に記載されている内容は,逆浸透膜浄水器の説明,各部の名称,取扱説明書の説明,安全上の注意,設置方法,使用方法,メンテナンス,トラブル対処法,保証の範囲外となる場合についての説明である。そして,上記各事項は客観的事実に係るものである上,原告各取扱説明書においては,これらの客観的事実について,箇条書きあるいは短い文章により,正確を期した説明がされている。そのため,その表現は,必然的にありふれたものとならざるを得ないところ,原告は,これを超える表現上の特徴が存在すること,それが創作的表現であることについて,具体的に主張しない。したがって,原告各取扱説明書が,全体として著作物であるとは認められない。
(2)各頁の著作物性
(原告が著作物性を主張する各ポイントについて、いずれも「ありふれた表現形式」であるとして、著作物性を否定した)
(25〜29頁)

元々本件は、原告の代理店であった被告が、いつの間にか無断で“自社商品”として原告のコピー商品である浄水器を販売し始めた、という悪質な事案だったようで、商標権侵害、意匠権侵害は問題なく認められており*4、あえて「説明書」の著作権侵害など持ち出す必要もなかった事案なのだが、いずれにせよ、ほぼデッドコピーと言えるような類似品が存在する場面であっても、著作権法による保護の対象とはならない、ということを明確に述べたのが大阪地裁の判決であった。

そして、このような判断は、「説明書」と聞いた時点で、“著作権はそんなに気にしなくていいな”と直感的に思う実務者的感覚に添うものであるし、結論においても違和感を抱く人は少ないものだろうと思う。

しかし、東京地裁は、その1週間後、そんな安穏とした感覚を吹き飛ばすような、恐ろしい判決を書いてしまった。

東京地判平成23年12月22日(H22(ワ)第36616号)*5

原告:株式会社福祉施設共済会
被告:エイアイユーインシュアランスカンパニー(エイアイユー保険会社)

ここで問題になったのは、「火災保険契約」の説明書面である。

事柄としては、原告と被告の損害保険代理店契約が解除された後に、被告が原告の顧客である社会福祉法人に勝手に保険の勧誘を行ったことが問題になった事案で、メインの論点は、あくまで秘密保持契約違反等になると思われる事件なのであるが、それでも被告が案内資料を送付する際に使った書面が、原告が作成した「説明書面」のコピーだったことから、著作権侵害の成否についても判断されることになった。

・・・で、裁判所がここで、説明書面の著作物性についてどのような判断を示したか、といえば、

(1) 本件説明書面の著作物性
ア 本件説明書面(略)は,別紙1のとおりのものであり,「平成22年1月1日付け火災保険改定のお知らせ」と題して,本件改定の内容を顧客向けに文章で説明する本文部分(1枚目)と,地域別に建物の構造級別区分ごとの保険料率の改定幅を数値で示した一覧表及び本件改定の前後それぞれにおける建物の構造級別区分の判定の仕方をフローチャート方式
で示した図表などが記載された別添資料部分(2枚目)とからなるものである。そして,本件説明書面のうち,上記本文部分においては,「主な改定の内容」が,「1.火災保険上の建物構造級別の判定方法の簡素化」,「2.火災保険料率の大幅な改定」,「3.保険法の改定による対応」の3点に整理されて,それぞれの内容が数行程度の簡略な文章で紹介されるとともに,特に内容的に重要な部分については,太文字で表記されたり,下線が付されるなど,一見して本件改定のポイントが把握しやすいような構成とされている。また,上記別添資料部分においては,本件改定による建物の構造級別区分の判定方法の変更点について,一見して理解しやすいように,フローチャート方式の図表を用いた説明がされ,しかも,当該フローチャート図の中に,楕円で囲った白抜きの文字や太い矢印を適宜用いるなど,視覚的にも分かりやすくするための工夫が施されている。以上で述べたような本件説明書面の構成やデザインは,本件改定の内容を説明するための表現方法として様々な可能性があり得る中で(略,弁論の全趣旨),本件説明書面の作成者が,本件改定の内容を分かりやすく説明するという観点から特定の選択を行い,その選択に従った表現を行ったものといえるのであり,これらを総合した成果物である本件説明書面の中に作成者の個性が表現されているものと認めることができる
イ これに対し被告は,(1)本件説明書面の内容は,火災保険の内容が改定されるという既定の事実や本件改定による変更点についての客観的なデータの羅列又は集合にすぎない,(2)本件説明書面は,その目的からみて,本件改定の内容を正確に記述することが強く求められるものであるから,その記載内容に作成者の個性が表れるものではないなどと主張する。しかしながら,本件説明書面の内容が,単なる事実やデータの羅列のみからなるものでないことは明らかであり,また,本件説明書面の記載が,本件改定の内容を正確に記述しつつも,より分かりやすく説明するという観点からの工夫が施された表現を含むものであることは,前記アで述べたとおりであるから,被告の上記主張は理由がない。
ウ 以上によれば,本件説明書面は,作成者の思想又は感情を創作的に表現したものであって,著作権法2条1項1号の著作物に当たるものといえる。
(16〜18頁)

という恐るべきもの。

判決だけ読むと、機械製品の取扱説明書などとは違って、結構凝った造りの説明書面だったりするのかな・・・と思わず誤解してしまいそうになるが、最高裁HPに判決と並んでアップされているもの(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120127085638-1.pdf)を見ると、なんてことはない、ただの「説明書」である。

「別紙1」などは、それこそ、保険の改定の内容を説明するにはこれしかない、ってくらいの、極めて“ありふれた”表現のオンパレードだし、重要な部分を「太字」にしたくらいで著作物性が肯定されるのであれば、これまで何度も“著作物性”の壁の前に涙を呑んできた原告たちが、あまりに気の毒なことになってしまうだろう。

また、「別紙2」の方は、フローチャート等を用いている点が、一瞬どうかと思わせるが、これだって、冷静に考えれば客観的な事実を図示しただけの“ありふれた”表現に過ぎない。

大阪の事件では、著作権侵害を主張した原告自身が、元々「説明書」の個々のページの表現をもって著作物性を主張するのは厳しい、と思っていたような節もあって、それゆえ「編集著作物」として権利主張をしていたと思われるのに、東京では、編集云々以前の話としてこの程度の「説明書」の表現で著作物性を認めてしまった。

この2つの判決の根底を流れる思想のギャップは、かなり大きく、単に「説明書」の対象となるものが異なる、ということだけで説明することは不可能なのではないかと思われるところである。

おわりに

以上、「説明書」をめぐる東京と大阪の判決の「ギャップ」について簡単にご紹介した。

個人的には、この両判決が、それぞれの裁判所のスタンスをそのまま表している、とは思えないし(特に東京)、事例の背景を踏まえた政策的判断も考慮しての結論だ(そしてそれを導くための理屈のこじつけをした結果が上記の著作物性判断の差異として現れた)*6、と信じたいところだが、果たしてこの先、そんな期待を裏切るようなギャップの激しい判断が両地裁で相次ぐことになるのか?

若干警戒しながら、今後を見守っていくことにしたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080615/1213550160及び当該エントリーでのリンク先参照。

*2:第26民事部・山田陽三裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111228112848.pdf

*3:なお、以下の著作物性に関する争点に加えて、不法行為の成否も争点になっていたが、こちらについても裁判所は完膚無きまでに原告の主張を退けている。

*4:2件とも同日に大阪地裁で判決が出されている。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111228111233.pdfhttp://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111228090140.pdf

*5:第46部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111227150524.pdf

*6:東京の事件では、代理店契約を解除されたにもかかわらず、元契約相手の顧客を勧誘しようとした、という点で事柄がやや悪質性を帯びており、それにもかかわらず、原告が主張した他の請求原因では原告の請求を認容することができなかったゆえに、著作権侵害を成立させざるを得なかった、と考えることもできるし、大阪の場合は先述したとおり、商標権、意匠権侵害で原告が既に救済されている以上、瑣末な話である著作権侵害でも原告を勝訴させる必要性を裁判所が感じなかった、という事情も、結論に多少は影響しているのだろう。