たまには「商標」のことでも考えたい時に。

ふと振り返ると、3・11以降、「知財」のタグの付いた記事をほとんど書いていないことに気付いた*1

物理的に、判例等を読み込んで自分の頭でじっくり考えて記事を書く、というのが難しい状況だということもあるが、それ以上に、この2カ月近くの間、自分の仕事にもかかわる世の中の大きな出来事に目を奪われ過ぎてしまっていて、気持ちを切り替えるのが難しかった・・・というのが、書けなかった理由(というか言い訳)としては一番大きい*2

この辺が、プロの研究者としがない実務屋*3の違いだ、と言われてしまえばそれまでなのだが、そうはいっても気分を変えたい時はある。

・・・というわけで、比較的まとまった時間を取りやすかったGWの間に読んでいたのがこれ↓。

この本は、編者である小野昌延弁護士、竹内耕三弁理士を中心に行われた実務家の「商標研究会」の成果をまとめたもので、制度の概要説明や、企業等の実務担当者向けの簡潔なQ&Aなどで占められている部分も多いため、一見すると、一般的なハウツー本っぽくも見える。

だが、本書の大部分を占める第1編「小売等役務商標制度」の中に掲載されている「小売等役務商標制度に関する座談会」(第3章)の内容は、平成19年4月1日の制度導入以降の実務の最前線の動向を伝えるとともに、導入以前から(一部で)議論されていた小売商標制度の様々な論点を実務的な見地から深く掘り下げて議論しようと試みているものであって、知的好奇心を大いに刺激するものとなっている。

例えば、制度導入前から皆が疑問に思っていて、(おそらく)現在に至るまで決定打となるような解は示されていない、

「小売の区分で商標権を確保したら、従来持っていた商品区分で登録を受けた商標は不要になるのか?」
「小売店舗における商標の使用が商品商標としての使用なのか、それとも小売商標としての使用なのか?」

といった問題について、いくつかの具体例を挙げながら議論がなされているし、

「小売商標制度の創設が、商品商標による保護の範囲に影響を与えるのか?」

という問題に関する重畳適用積極論者と、消極論者の間の議論、あるいは、「クロスサーチの是非」や「3条1項柱書」の審査実務に関する議論など、思い切った発言も多く、大変興味深い内容になっている。

発言者が“匿名”となっている(出席者については末尾にまとめて表記あり)、ということもあって、○○さんの発言、として引用しにくいことや、座談会が行われたのが小売商標制度導入直後の平成19年秋、と若干古い時期になってしまっていることなど、いくつか気になる点はあるものの、小売商標制度導入の際に、他社の人間ともいろいろと議論しながら、第一線で対応を切り盛りしてきた者としては(遠い昔の記憶になりつつあるが・・・)、“やっぱりこういう意見もあるのだなぁ”ということを改めて知ることができたのが嬉しかった*4

また、小売商標以外の商標制度に係る最近の諸制度について取り上げた第2編以降にも見所は多い。

特に、第3編「立体商標の保護」に関する川瀬幹夫弁理士の解説などは、最近の判例動向等をきっちり押さえた読みやすいもので、一読の価値があるのではないかと思う*5

おそらく研究会内部での割り振り方の問題なのか、第1編、第2編に掲載されているQ&Aで、同じような問いが重複している上に、担当執筆者によって微妙に回答内容が異なる、といった問題もあり、実務書としての完成度で言えば、まだまだ改善の余地はある本なのは確かだが、自ら積極的に商標法に関する最新論点を掘り下げたい、と考える人にとっては、なかなか良いきっかけになる本ではないだろうか。


ちなみに、自分が読んだ本の紹介は以上で終わりだが、書店で見かけた本で気になったものをもう一冊挙げておくことにしたい。

商標の類否

商標の類否

自分が、「商標法」というものに本格的に向き合うようになったのは、この本の著者の櫻木氏が担当されていた日本知的財産協会のDコース研修を受講して、膨大な審判決例の中から一定の法則性(?)を見出す、というトレーニングを経験したのがきっかけ、と言っても過言ではない*6

そして、著者の長年の講義のエッセンスを凝縮したのがこの本である。
実務で商標に日々接している方であれば、今すぐ手元に置いても損はない。

自分の場合、商標の類否を自ら検討するような機会はめっきり減ってしまったし、書店で手に取ったときの分厚い感覚ゆえ、「今は無理」と、とりあえず今回は購入を見送ったのであるが、また機会があれば、手元に置いて、再び新鮮な気持ちで眺めて見たいものだなぁ・・・と思っているところである。

*1:この記事を書いている時点の話。

*2:判例自体は、ちょくちょく目を通しているので、いずれ・・・とは思っているが、保証の限りではない。

*3:どこかしら某弁護士風(笑)。

*4:特に、「E氏」の発言に個人的には共感できるところが多かったように思う。

*5:川瀬弁理士のご担当部分は、小売商標に関する「Q&A」の中でもレベルの高さが際立っていた。

*6:淡々と類否を比較していく、という講義スタイルだけに、退屈しても不思議ではなかったのだが、当時、商標に触れたのが実質的に初めてだった、ということもあって、毎回新鮮な刺激を受けていたことが印象に残っている。

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