正論と極論のコントラスト〜「知財高裁への評価」をめぐって

知財関係では、常にいろんな意味で興味深いネタを多々提供してくれている日経紙の法務面だが、今週も、実に面白い企画が紙面を飾った。
題して知財高裁設立10年 その評価は」という記事である*1

何が面白いかと言えば、「知財高裁」の評価をめぐって、知財司法の世界で“王道”と言えるポジションを歩んでこられた飯村敏明元知財高裁所長と、よく言えばアグレッシブ、悪く言えば・・・なご見解を発せられることが多い荒井寿光元特許庁長官*2のコメントを並べ、現在の「知財司法」への評価について実にわかりやすい対立構図を示した、ということに尽きるだろう。

(飯村)「知財高裁の設立で国家政策として知財重視の姿勢をアピールするという当初の狙いは一定程度果たしたと思う。」
「変化を検証するのは難しい面もあるが、この10年の知財訴訟を振り返ると、裁判官も『オープン・イノベーション』の流れを意識し、ビジネスの実情を考慮した合理的な判決を出すようになったといえる。」(前掲注1、強調筆者、以下同じ)

と、謙抑的な表現ながらも、知財高裁のこれまでの実績と、現在の存在意義をアピールする飯村前所長に対し、

(荒井)「知財高裁設立の目的は知財尊重のプロパテント政策を司法面で支え、企業から知財を生かした事業を進める意欲を引き出すことだった。だが知財高裁の姿勢や判決を見ると、反知財・アンチパテントの考えが主流かと疑わざるを得ない。」(同上)

と、かなり強い表現で、現在の知財高裁(というか、知財司法の在り方そのもの)を批判する荒井元長官。

そして、さらに続けて、

(荒井)「日本の特許裁判は『原告が勝てない』『勝っても損賠額が低すぎる』といわれる」(同上)

というステレオタイプなネタをぶち上げ、最近はやりの「損賠額の引き上げ」等々の持論を主張する荒井元長官に対して、飯村前所長は、

(飯村)「特許訴訟の件数欲しさに偏った紛争解決システムをとれば、パテント・トロールを呼び込み、『法の支配』の価値観を崩すことになりかねない。中長期的に失うものは大きい。」(同上)

という冷静なコメントで最後に応答する・・・。

結果として、両者の評価が一致しているのは「大合議制度」と、先日のFRAND訴訟で使われた「日本版アミカス・ブリーフ」に対するものくらいで、あとは立場の違いが鮮明に浮かび上がっている、という見事な構成になっている。


発言の内容それ自体については、一般紙(の記者)の限界も当然あり、用語の使い方は必ずしも正確ではないし、上で引用したところも含め「ご本人はこんなこと言わないだろう」という纏められ方になってしまっている部分がいくつか見受けられる。

また、同時に掲載されている渋谷編集委員名義のコラム(「技術に向き合う司法を」)まで合わせ読むと、そもそも、記者自身が、現在の知財訴訟の実態について正確に把握していないように思えてならず*3、そういった前提認識の下で、この企画を相当(荒井元長官寄りに)バイアスのかかった構成にしてしまっているように思える、ということも念頭に置く必要がある*4

だが、今、知財の世界で、どういう論争が起きているのか、ということを、3分程度で表層的に知る上では、極めて有益な企画であることは間違いないわけで、今後様々な場面で展開されるであろう、“政策”派と、“法治”派*5の鞘当てを楽しく眺める上でも、読んでおいて損はない記事だと思った次第である*6

*1:日本経済新聞2015年5月11日付朝刊第15面。渋谷高弘編集委員、児玉小百合記者担当。

*2:どちらかと言えば、知財戦略推進事務局長としてのご活躍の方が有名かもしれないが・・・。

*3:たとえば、「学者らが裁判官を補佐する制度も利用は低調」と、(おそらくは)専門委員制度と思われる制度の実態を取りあげて批判する一方で、調査官制度が積極的に活用されている状況についてはなぜかスルーしている。また、「日本の知財裁判は相変わらず文書中心のやり取り」「裁判官は何でも分かっているから解説は不要という意識なのだろうか」というくだりもあるが、ビジュアル等を活用した技術説明会が頻繁に行われている、という実態をご存じないのだろうか・・・と、首を傾げたくなる。

*4:そのことが、かえって、荒井元長官のコメントの前のめり感を際立たせ、“トンデモ主張”に近付けてしまっているような気もするのだが・・・(特に、アップルとサムスンの賠償額のくだりなんて、小学生が読んでもおかしい、と思うだろうに・・・)。

*5:派閥の名称は、今、自分が思いつきで勝手に付けただけなのであしからず。

*6:なお、自分は、あくまで法律実務家として知財のフィールドに足を踏み入れ、ここまでやってきている人間なので、この論争に関しては、“政策的な知財訴訟制度の見直し”論を唱える人々を支持できる理由は何一つない、と思っているが、詳細については、もっといろいろな話が出てきてから機会を改めて語らせていただくことにしたい。

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