「アンフェア」なのはどっちだ?<後編>

前編(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111125/1322963012)から続く。

知財高判平成23年9月7日(中間判決)(H23(ネ)第10002号)*1

原審とは打って変わって、被控訴人(被告)製品について、控訴人(原告)特許の構成要件充足性を認めた知財高裁だが、被控訴人側は当然ながら無効論の主張を行ってきた。

被告が主張した無効理由は、

「構成要件D」に関する
(1)特許法36条6項2号違反、(2)特許法36条6項1号違反、(3)特許法36条4項1号違反
「構成要件B、C」に関する
(4)特許法36条4項1号違反

という明細書への記載不備の主張と、

(5)新規性なし、(6)容易想到性

という主張である。

そして、特に被告側は、被告が本件特許出願前に原告特許と同一の構成を有する「こんがりうまカット」を販売していた、として、公証人を使った「事実実験公正証書」まで提出して立証しようとした、(5)新規性なし、(6)容易想到性なし、という主張に力を入れていたようだ。

だが、知財高裁は、以下の通り、これまで判断部分の冒頭で、被告の望みを打ち砕く説示を行っている。

「当裁判所は,東京法務局所属A公証人(以下「A公証人」という。)が,平成21年6月30日に作成した,事実実験公正証書(乙1。以下「本件公正証書という。)において事実実験の対象とされた切餅(以下「本件餅」という。)は,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」と同一のものではなく,本件発明は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明とはいえず,また,容易に想到できたともいえないと判断する。」(24頁)

なぜそんなことになってしまったのか・・・。
以下、裁判所の事実認定の過程を追ってみることにしたい。

被控訴人(被告)側の致命的な“アンフェア”さ

裁判所が認定した事実経過は、

平成14年1月頃 被告の商品「シングルパック」がイトーヨーカ堂で取り扱い中止とされたことから新製品の開発を行う
平成14年9月6日 被告が発明の名称を「切餅及び丸餅」とする発明について特許出願(特許1、特願2002-261947)
平成14年10月21日 被告がイトーヨーカ堂において「こんがりうまカット」を発売
平成14年10月31日 原告が本件特許を出願
平成15年7月17日 被告が特許2を出願(特願2003-275876)
平成15年8月20日 原告が切り餅、丸餅の側面全周に切り込みを入れた新製品を発売
平成15年9月1日 被告が、切り餅の上下面に十文字の切り込みを入れた被告製品を発売

というものである。

被告は、公正証書により存在が確認された「上面、下面に十文字の切り込みが施され、側周表面の対向する長辺部の上下方向のほぼ中央あたりに長辺部の全長にわたり切り込みが施されていた」餅が、平成14年10月21日以降に販売されたものである、と主張し、証人出廷した被告社員もその事実を裏付ける証言をしていた。

しかし、原告が引っ張り出した、平成14年当時のイトーヨーカ堂食品事業部加工食品担当バイヤーが、

「平成14年にイトーヨーカ堂において販売した「こんがりうまカット」は,上面及び下面にのみ切り込みがあり,側面には切り込みがなかった,平成15年に被告から「こんがりうまカット」の特徴である切餅の上下面に十字の切り込みを入れることに加え,側面にも切り込みを入れた「パリッとスリット」の販売を他社店舗で始めたいとの申出を受けた」
(30頁)

といった、被告側の主張を完全に覆す陳述や法廷証言をしたことで、被告側の旗色は圧倒的に悪くなってしまった。

そもそも公正証書が作成されたのは、本件訴訟が始まる前後と思われる平成21年。
訴訟になることが当然に見越されていたわけでもないだろうに、平成14年に発売した餅(食品)がその時点において残っていた、というのはかなり不自然なことである。

それにもかかわらず、被告社員の証言等は、

「本件餅の購入経緯」や「被告における製品の保管状況」、「長期保存していた目的自体が極めて不自然なもの」

と評価されてしまうようなものだったようである。

また、当時の商品の外袋の写真には、切り餅の上面に十文字の切り込みがなされていることは分かるものの、側周面の切り込みが記載されていない、という齟齬があるところ、判決で引用された、被告社員の証言の要旨は、「外袋のデザインが確定した後の平成14年10月ころに(急遽)側面に切り込みを入れることになり、イトーヨーカ堂のバイヤーに口頭で了解をもらったが、外袋と齟齬することについては伝えていない。その後工場からの連絡で11月23日から側面の切り込みがない商品を製造するようになった」という実に不自然なもの。

当然ながら、

(1)B(注:イトーヨーカ堂のバイヤー)は,上記2回にわたる口頭での了解について強く否定していること
(2)食品業界大手である被告が,外袋及び個包装に示された商品の図柄と商品の形状とが齟齬する点について,全く配慮を欠いたまま,市場に置いているのは不自然であること
(3)側面に切り込みを入れるか否かという,切餅としての重要な特徴的構成を突然変更したにもかかわらず,いずれもBとの間の口頭でのやりとりのみで処理することも,不自然であること
(4)一度,販売を開始した商品について,安全面,衛生面で問題が発生する可能性があるという事情によって,その特徴的な構成を変更したにもかかわらず,その経緯を示す記録が何ら残されておらず,公表もしていないのは不自然であること
(5)特徴的な構成である側面の切り込みを短期間で変更せざるを得ない,他の合理的な理由及び説明は何らされていないこと
(31-32頁)

などの諸事情から、被告社員の証言内容は、「到底採用することはできない」と、裁判所にばっさり信用性を否定されてしまった。

判決に引用されている証言等は、あくまで裁判に出てきたものの一部をかいつまんだものに過ぎず、各証人の陳述書や尋問調書等の証拠全部に触れないまま、断定的なことを言うのは避けるべきなのだろうが、判決に出てきたものを見る限り、ちょっとこれはヒドい・・・と言いたくなる気分にさせられてしまう。

また、既に挙げたとおり、被告は原告特許の出願前後で2件の特許を出願しているのだが、先に出した特許(平成14年9月6日)では、「上下面に切り込みを入れた」という構成のみしか記載されていないのに対し、後に出した特許(平成15年7月17日)では「側面に切り込みを入れた」という構成が記載されている、という事実もある。

こういう事実経緯を踏まえるならば、平成14年10月21日に発売された餅には側面の切り込みはなく、平成15年特許の出願後に発売された商品において、初めて側面に切り込みが入った、と理解するのが常識的だろう。

結果的に、裁判所は、新商品販売当時の新聞記事等も使いながら、「平成14年10月21日に発売された本件こんがりうまカットの側面に切り込みが施されていたと認めるに足りる証拠はない」という判断を下し、原告の発明が、公然実施等されたという主張を退けるとともに、容易想到性の主張もあっさりと否定している*2

そして、(もはや消化試合モードだが)被控訴人側が主張していた他の無効理由(特許法36条関係)についても、淡々と退けられてしまった*3


全国的にも知名度が高い食品会社が、何でこんな見え透いた・・・という思いに駆られた読者の方も少なくないだろうし、自分も不思議で仕方ないのだが*4、いずれにしても、裁判所が認定した事実がすべて真実だとすれば、被控訴人側がこの裁判に向けて行った行為は、極めて“アンフェア”なものと言わざるを得ない。

そして、そのようなアンフェアさが、中間判決に至るまでの裁判所の心証形成、さらには、今後の損害論の審理等にも有形無形の影響を与えてしまうのではないか・・・と考えてしまうのは自分だけだろうか?*5

いずれ、終局判決が下され、「サトウ食品の敗北」が再び(認容されるであろう金額のセンセーショナルさとともに)大々的に報じられることになるのだろうが、今回の訴訟における被告会社の一連の対応がメディア等で取り上げられた場合の消費者へのインパクトや、法廷で対峙することになってしまったイトーヨーカ堂との関係など、被告会社にとっては、単なる「特許訴訟での敗北」以上の意味を持つことになってしまいそうな、今回の事件。


会社の中で、法に、特に訴訟活動に携わる機会のある者にとっては、大いに「他山の石」として活用すべき事例であるように思う。

*1:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110908113622.pdf

*2:個人的には、容易想到性なし、という判断をするためには、もう1ステップ判断が介在しても良いのではないか(「切り込みを入れる」という実にシンプルな発明だけに)、と思ってしまうのであるが、被告の描いたストーリーがあまりにベタ過ぎたため、そのまま猶予なく容易想到性の主張まで切ってしまった、ということなのだろうか? この辺は他の方のご意見も参考にしたいところである。

*3:これらの点については、本中間判決と同日に判決が出された無効審判不成立審決取消訴訟知財高判平成23年9月7日(平成22年(行ケ)第10225号、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110908101558.pdf))でも同じ判断が示されており、原審決においても特許庁が同じ判断をしているため、まぁあまり主張しても仕方ないところだったのかもしれない。

*4:もしかしたら、裁判所が見抜けなかった「真実」があったのかもしれないが・・・。

*5:ちなみに日本知的財産協会(JIPA)のサイトに掲載されている「CoffeeBreak」というコラムの中でこの事件のことが取り上げられていて、その中に「裁判は、「司法の正義感」に基づき判断されるものです。嘘の証言をした被告側に、ペナルティが課せられるのは当然です。 判決は、その事件の全体像をみて下されます。構成要件Bの判断にすこし違和感があるとしても、司法の正義感に照らせば、飯村裁判長の判断は、正しい判断であると、小生は強く思います。」というコメントがある(http://www.jipa.or.jp/coffeebreak/hitokoto/hito110926.html)。クレーム解釈に基づいて客観的に判断されるべき構成要件充足性の判断と、無効理由の立証における当事者の活動の是非をリンクさせる、というのは、裁判の本来の在り方として必ずしもあるべき姿とは言えないような気もするのだが、業界で仕事をしている人々の目から見ても(というか業界で仕事をしている人間だからこそ)「これはヒドイ」と思ってしまう・・・そのような感覚自体は非常によく理解できるところであり、裁判所の判断がそのような心情に左右されることがあったとしても、そのことを否定することはできないだろう。

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