「自炊代行」訴訟の火蓋が切られた日。

このブログで「自炊」について初めて取り上げたのは、昨年9月のこと*1

その後も、世論が盛り上がるたびに、ちょこちょこ記事を書いてきていたのだが*2、とうとう作家側が一部の代行事業者を提訴する、という事態にまで至ってしまった。

「私的な目的で小説や漫画を電子化する「自炊」の代行業は著作権法に違反するとして、作家の浅田次郎さんや東野圭吾さん、漫画家の弘兼憲史さんら7人が20日、東京都と神奈川県の代行事業者2社に対し、自著の自炊行為の差し止めを求める訴えを東京地裁に起こした。訴えられたのは、「愛宕」(川崎市)と「スキャン×BANK」(東京都)。原告は他に作家の大沢在昌さん、林真理子さん、漫画家永井豪さん、漫画原作者武論尊さん。」(日本経済新聞2011年12月21日付け朝刊・第42面)

秋口に周到な「質問状」を代行事業者側に突き付けた時点で*3、この展開が予想できなくもなかったのだが、それにしても思ったより早いなぁ・・・という展開である。

原告として名を連ねた方々は、我が国を代表する作家、漫画家。そして代理人にあの福井健策弁護士が付いている、となれば、被告となった零細(?)事業者の側としてはもはやタオルを投げるしかなさそうな状況であるが・・・。


このブログで以前から指摘しているように、自分は、被告事業者が行っている行為が、

「純粋な個人が持ち込んだ本を、裁断しスキャナーで読み取ってデジタルデータ化する」

というだけなのであれば、現行法の解釈上も「事業者の行為は著作権を侵害しない」と解する余地は十分にあると思っている。

著作権法30条1項柱書の「その使用する者が複製することができる」という文言から、「使用する者本人が自分でコピー機やスキャナーにかけないと私的使用のための複製にはならない」という解釈が当然に導かれるわけではない、というのは、「利用主体」を規範的に解釈することが常態化している著作権業界の人間であれば、容易に理解できるはず。

また、この話をすると、必ずと言って良いほど、「レコードを店頭でダビングする行為は違法とするのが立法者意思だった」という話が引き合いに出されるのだが、ここで言われている話は、主に「レコード店が自分の店で売っているレコード(あるいはダビング用にストックしているレコード)をダビングして対価を取る」という事例を想定してのもので、一つの元レコードから大量の複製物が生成される、という事態を念頭に置いた議論だったのではなかろうか?*4

当然ながら、冒頭の事例は「大量複製物の生成」とは縁遠いものである。

権利者側の思いとしては、

「子供同然の本を、見ず知らずの人の手でいいようにされることに憤りを感じる。」(上記日経紙の記事に記された浅田次郎さんのコメント)

という、やや感情的なものもあるだろうし、「裁断後の書籍が事業者を通じて流通することによって、書籍出版のビジネスモデルそのものが崩壊する」というビジネス的な観点からの意見も、当然あり得るだろうとは思う。

ただ、前者については、「憤り」の内容が、「本が切り刻まれることそれ自体」にあるのだとすれば、それはもはや著作権の問題ではないし、後者については、そもそも「裁断後の書籍」がどう扱われているか、ということが、現時点では憶測に過ぎない、という点で根拠としてはいささか弱い、というほかない。

事業者側で、書籍、漫画の類を一切店舗には用意せず、裁断し終わった後の本は必ず持ちこんだ人に返す・・・そういったルーチンをきちんと継続していれば、権利者側としても攻め手を欠くだろうし、事業者側にとっては、あわよくば勝訴判決を得られる可能性も皆無ではなくなってくるのではないか、と個人的には思うところである。


当事者の顔ぶれをみる限り、そう簡単に和解できるような事件ではないと思われるが、被告側も逃げ一辺倒ではなく、上記のような反論をちらつかせながら交渉に臨むことで、もしかしたら何か解決策が見いだせるのかもしれない・・・と思ったりもするところ。

おそらく、判決が出されるまで、だいぶ長くかかってしまう事件になるだろうが、今後の裁判の展開の中で、何らかの進展が見られるのか、また、「自炊」の適法性について、最終的にどのように整理されるのか、といった点に注目しながら、引き続き見ていくことにしたいと考えている。

「雨降って地固まる」

そんなふうにうまく行けばよいのだけれど・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100920/1285107156

*2:最新のエントリーが、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111020/1319136012

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110906/1315415967参照。

*4:「お客さんが自分で持ちこんだレコードを事業者がカセットテープ等に落とす」という単なる媒体変換についてまで、直ちに私的使用の例外として違法とするような議論がどこまであったか・・・といえば、個人的には疑問が残るところである。

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