「独占」が崩れた後に残るもの

著作権等管理事業法が制定されてから15年。
音楽著作権管理の世界に、ようやく大きな地殻変動がもたらされつつある。

「音楽最大手の一角、エイベックス・グループ・ホールディングスが同協会に任せていた約10万曲の管理を系列会社に移す手続きを始めた。JASRACから離脱し、レコード会社や放送局から徴収する使用料などで独自路線を打ち出す。」(日本経済新聞2015年10月16日付朝刊・第3面)

エイベックス、といえば、例の公取委審決取消請求事件(JASRAC事件)においても、事実上の“主役”として登場していた会社で*1、平成18年当時からJASRAC独占に一石を投じたい、という意向は持っていたのだろうが、約1週間前の「イーライセンスとジャパン・ライツ・クリアランス経営統合」というニュースを先ぶれに、ここまで大胆な動きを仕掛けるとは、恐れ入ったというほかない。

今年4月の最高裁判決でJASRACに対する公取委の排除措置命令が事実上確定し、放送局の音楽利用に関するルールも見直しを余儀なくされているこのタイミングで、エイベックスほどの規模の事業者がJASRACに対抗しうるような著作権管理団体の基盤を自ら整え、それに合わせて楽曲著作権の信託先を一気に変更する、ということになれば、

「エイベックスに追従する動きが広がり、JASRACの独占が崩れれば、管理事業者が使用料の引き下げや販促支援などを打ち出して業界活性化の糸口になる」(同上)

といった未来図を描くことも、夢物語とは言えなくなる*2


もちろん、これまで長い間、実質的な「独占」状態が続いていたことにはそれなりの理由があるわけで、利用する側にとっては、これまで事実上「一本」だった利用許諾の窓口が複数化することにより、権利処理のコストがかえって増加する、という事態に陥る可能性は十分考えられる*3

独禁法の世界の人々に向かって“独占の中には良い独占もある”と言ってもなかなか理解してもらえないのだが、音楽以外の著作物に関しては、ここ数年、「集中管理」の必要性が説かれている、という傾向もあり、そういった議論の背景には、多かれ少なかれ、「JASRACだけを相手にしていれば大方話が片付く」音楽の世界のイメージがあったと思われるだけに、一概に“不合理な議論”と片づけられてしまうと困ってしまうところもある*4

また、著作権者にとっても、信託先の選択肢が増える、という分かりやすいメリットが生じる一方で、新たな信託先にJASRAC並みの厳格な利用料徴収を行ってもらえるのか、利用者側の市場において競争が激化することで、著作権者に配分される利用料額の減少を招くことにならないか、といった懸念は残るはずである*5


「独占」が崩れた後、全てのステークホルダーが「競争」の果実を享受できるようにするためにはどうすればよいか?

利用者に対しては、“煩雑さ”のデメリットを補って余りあるような実態に即した使いやすい利用条件のメニューを用意する、著作権者に対しては、配分される利用料の減少を招かないような管理手数料率の設定や適切な権利執行体制を整える・・・

双方のニーズを満たすのは、口で言うほど簡単なことではないと思うのだが、まさにこれから始まろうとしている勇気ある動きが無駄にならないことを、今はただ願うのみである。

*1:JASRACによる包括徴収契約に競争事業者(イーライセンス)に対する排除効果があるかどうか、という主要な争点に関し、公取委審決、高裁判決の判断を左右した大きなポイントが、エイベックス・グループの信託楽曲である大塚愛の「恋愛写真」の利用状況の評価にあったことは疑いないところだし、エイベックス・グループがいったんイーライセンスと管理委託契約を締結しながら、数か月後にそれを解除せざるを得なくなった、という事実も、東京高裁が排除効果の存在を認定した際の一つの考慮要素となっている。

*2:排除措置命令の取消審決に対して、当ブログでは「将来的にイーライセンスやその他の管理事業者が、JASRACと互角に(かつ利用者にストレスを与えることなく)競争できるような時代が来れば、この審決も過去の懐かしい思い出として、振り返ることができるのだろうけど・・・」とため息交じりに呟いたのだが(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120615/1383589570)、あれから3年以上経って、こんなことになるとは、何とも感慨深いものがある。

*3:この辺の問題意識は、過去にJASRAC事件にコメントした際にも、ちょこちょこ書いていたことである。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120203/1328459438等参照。

*4:もっとも、JASRACのほかに1つ、2つ管理事業者が出てくる程度であれば、権利処理が“煩雑”とまでは言えないし、むしろ利用者側も後述する「競争の果実」を得られる可能性の方が高い、ともいえるのだが・・・。

*5:著作権管理事業者に限った話ではないが、上流の市場と下流の市場の“真ん中”で競争が発生した場合に、どちらの市場に軸足が置かれるか、で状況はだいぶ変わってくる。

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