公取委の審査をめぐっては、様々な批判があるし、結論が二転三転しているJASRAC事件のように、事実認定の難しさを痛感させられるようなケースも多い。
だが、今回の件に関しては、公取委の審査官も楽に仕事ができたのではないかと思う。
「東京電力が発注する送電線工事を巡る談合で、東電社員が事前に受注業者を指定するなど談合を助長したとして、公正取引委員会は20日、東電に再発防止策を講じるように申し入れた。公取委は東電グループで東証1部上場の関電工(東京)とTLC(同)が談合を主導したと認定。グループ全体で法令順守を徹底するように求めた」(日本経済新聞2013年12月21日付け朝刊・第38面)
公取委の発表資料は、http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h25/dec/131220.htmlに掲載されている。
上記新聞記事では、「東電社員が談合助長」という見出しが踊っているものの、公取委の排除措置命令及び課徴金納付命令の根拠になっているのは、あくまで受注者側の「不当な取引制限」規定への違反行為であり、各処分の名宛人になっているのは、「架空送電工事の工事業者及び地中送電ケーブル工事の工事業者」である。
ただ、対象となっている工事が5種類にも及び*1、さらに違反事業者数は延べ43社と、あまり広範囲にわたっているため、公取委の発表資料の本文でも、具体的な違反事業者名はほとんど示されておらず、それを見たければ、添付されている各別表等まで確認しなければならない。
そして、報道資料に記された数少ない違反事業者が、東京電力のグループ会社である株式会社TLCと株式会社関電工であることに加え*2、「第2 東京電力に対する申入れについて」の章において、
1 本件審査の過程において認められた事実
(1) 東京電力は,架空送電工事及び地中送電ケーブル工事を発注するに当たり,特定の者だけを工事の参加募集の対象としていた。また,東京電力が,これらの工事の発注に当たり,見積り合わせの参加者を一堂に集めた現場説明会を開催する場合には,当該説明会終了後に引き続いて,当該参加者間において受注予定者を決定する話合いが行われることがあった。
なお,受注予定者を決定する話合いに参加していた者の中には,東京電力の退職者が7名いた。
(2) 東京電力の架空送電工事及び地中送電ケーブル工事の発注業務等の一部の担当者は,前記第1の2の違反行為を認識していたにもかかわらず,これを看過した上,工事業者に対し,当該違反行為が発覚することがないように注意喚起を行っていた。また,架空送電工事の見積り合わせの実施に当たり,特定の工事業者に対して事前に発注の意向を伝えていた。
2 申入れの概要
前記1の事実は,前記第1の2の違反行為を誘発し,助長していたものと認められることから,公正取引委員会は,東京電力に対し,[1]発注制度の競争性を改善してその効果を検証するとともに,前記1(2)と同様の行為が再び行われることがないよう適切な措置を講じること,[2]東京電力のグループ会社である株式会社TLC及び株式会社関電工において,前記第1の4(3)及び(4)の事実が認められたことを踏まえ,これら2社を含めた東京電力のグループ会社において,今後,独占禁止法に違反する行為が行われないよう適切な措置を講じることを申し入れた。(強調筆者)
という、民間発注工事の談合事例としては異例の記述がなされていることから、「東京電力」を“主語”とした報道がなされるのも、むしろ当然、ということになるのだろう。
ちなみに、独禁法3条違反、と認定された行為の具体的な内容は、
「8社は,前記1(2)ウの発注方法の変更を契機として,各社の営業責任者級の者らによる会合を開催するなどして,受注調整の方法等について話合いを行ってきたところ,遅くとも平成24年1月31日以降,東京電力本店等発注の特定架空送電工事について,受注価格の低落防止等を図るため
(1)ア 受注予定者を決定する
イ 受注予定者以外の者は,受注予定者が受注できるように協力する
旨の合意の下に
(2) ア 過去の受注実績,各事業者の受注の希望状況等を勘案して,話合いにより受注予定者を決定する
イ 予報*3の方法により発注されるものにあっては,受注予定者が提示する価格低減率は,受注予定者(受注予定者が共同企業体である場合にあってはその代表者)が定めて株式会社TLCに連絡し,受注予定者以外の者は,同社から指定された価格低減率を提示する
ウ 競争見積の方法により発注されるものにあっては,受注予定者が提示する見積価格は,受注予定者(受注予定者が共同企業体である場合にあってはその代表者)が定め,受注予定者以外の者は,受注予定者が定めた見積価格よりも高い見積価格を提示するなどにより,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにしていた。
(東京電力本店等発注の特定架空送電工事に係る「排除措置命令書」4頁、http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h25/dec/131220.files/betten.pdf、強調筆者)
と全くもってベタベタの受注調整行為であり、しかも、そのようなやり取りの一部は、発注者側が行う説明会後に堂々と行われていた、というのだから、冒頭で言及したように、公取委の審査官としては、証拠を集めるのもかなり容易だったのではないか、と思われる。
元々、純粋な民間事業者であった東電にとって、工事の発注というのは、日常業務の中で行われる私的な営みの一つに過ぎなかったのであり、どの事業者にどの程度工事を割り振るか、というのも、当然ながら担当部門の裁量に委ねられていたものであったはず。
もちろん、発注側が事実上業務を独占していて、強大な市場支配力を持っている業界だけに、ガチンコの見積もり勝負などさせなくても、発注側が常に交渉で有利な立場に立っている。そして、そのような状況の下、発注側の担当者には、“請負会社を生かさず殺さず”で、絶妙の利益配分を保って日常的な工事発注を行っていた、という自負もあったことだろう。
ガチンコで競わせた場合に比べれば多少割高な工事価格であったとしても、それは、OBの雇用だとか、緊急時に採算度外視で工事を引き受けてもらうための“チップ”のようなもので、トータルで見れば発注側としては損はしていない。
「3・11」後、電気料金の値上げなしには経営が立ち行かなくなり、衆人環視のプレッシャーの中で、“徹底した経費節減”を迫られる状況になっても、上記のような感覚が残っていたからこそ、「工事発注方法の変更」という一大事に直面しても、「何も変えずに済む方法」を考えることにしか知恵が回らなかった・・・
今回の「分かりやすすぎる事件」の背景にあったのは、さしづめ、そんなところではないかと思う。
「コンプライアンス」が口うるさく叫ばれる現代においてはちょっと考えずらいような“発注調整”の実態が暴かれてしまった以上、さすがの東電といえども、“変わらないわけにはいかない”という状況になっているのではないかと思われる。
そして、本来予定されていたような「発注方法変更」の効果がひとたび発揮されるようになれば、資材価格が高騰し、作業員の需給もひっ迫している現在の状況からして、受注事業者側の体力差によって、残酷なまでに優勝劣敗の構図が明白に表れてくることだろう。
法が目指したそのような事態の到来を、ただ素直に「是」と受け止めるのか、それとも、より複雑な思いを持って眺めるのか、は、人それぞれだとは思うのだけれど、いずれにしても、本件は、「変わるべき時に変われない」という、多くの企業に染みついたマインドに日々頭を悩ませている法務担当者にとっては、とても教訓的な事例だと思うのである。
*1:特定架空送電工事については、東電本店等発注工事のほか、東、西、北の各ブロックの工事が対象となっており、さらに「特定地中送電工事」と合わせて、5種類の工事が対象となっている。
*2:TLCについては「受注予定者以外の事業者が提示する価格低減率を指定するなどしており、違反行為を容易にすべき重要なものを行っていたことが認められた」として5割加算した算定率を適用した課徴金納付命令が出されており、関電工については、「調査開始日から遡り10年以内に課徴金納付命令を受けたことがあり」「違反行為をすることを企て、かつ、他の事業者に対し当該違反行為をすることを唆すことにより、当該違反行為をさせたことが認められた」として、10割加算した算定率を適用した課徴金納付命令が出されていることから、事業者名が本文上にも晒されることになった。
*3:「予報」とは、東京電力が、契約に先立ち特定の事業者に対して、工事概要等を示し、将来、当該工事を発注する予定である旨の意思をあらかじめ通知すること、と定義されている(審決書別紙2)。