“異端児”が引き起こす債権法改正の混迷。

法制審議会での2巡目の審議が山を越えつつあり、いよいよ具体的な案の提示が目前に迫ってきた民法(債権法)改正。

そんな中、日経紙の法務インサイドで、最近のホットな話題をネタに、「約款の免責」ひいては約款組入要件の導入の可否に言及する特集記事が掲載された。

「ヤフー子会社のファーストサーバ(大阪市)が起こしたデータ消失事故で、顧客約5600社・団体のウェブサイトやメールなどのデータが消えた。損害を被った顧客に対し、同社はサーバー貸しサービスの利用契約約款にある損害賠償額の制限条項の適用を主張する。ただ、実損額を賄えない企業も多そうだ。約款を使う企業間取引の免責はどこまで可能なのか。」(日本経済新聞2012年8月13日付け朝刊・第15面)

昨年、日経紙でも取り上げられ*1、遂には、法制審議会に意見書を出してみたり*2、「ビジネス法務」誌に別所直哉・政策企画本部長(前・法務本部長)自ら論稿を掲載されるなど*3、もはや“企業法務界の異端児”の名をほしいままにしているのが今のヤフーで、どんなに他の会社からブーイングを浴びようが*4、主張の中身は、

「『約款』というものの組入要件が定められることは、約款という存在の法的安定性を確保する観点からは極めて重要」(ビジネス法務2012年9月号・55頁)

ということで終始一貫している。

だが、そんな会社の子会社が引き起こした「事故」が、約款条項の拘束力、有効性をめぐる議論の素材になってしまう、というのは何たる皮肉だろう。


ファーストサーバ社の約款*5については、事故発生直後に、「企業法務マンサバイバル」*6等、いくつかの著名サイトで既に分析が加えられているし、今回の日経紙の記事にも記載されているが、再掲すると、

第16条(データ等の保管およびバックアップ)
3.契約者が契約者保有データをバックアップしなかったことによって被った損害について、当社は損害賠償責任を含め何らの責任を負わないものとします。
第35条(免責)
1.当社は、本サービスが契約者の特定の目的に適合すること、期待する機能、商品的価値、有用性を有すること、及び、不具合が生じないことを含め、本サービスに関して明示的にも黙示的にも一切の保証を行いません。
4.当社は、システムの過負荷、システムの不具合によるデータの破損・損失に関して一切の責任を負いません。
6.当社は、本サービスに関連して生じた契約者および第三者の結果的損害、付随的損害、逸失利益等の間接損害について、それらの予見または予見可能性の有無にかかわらず一切の責任を負いません。
8.本条第2項から第6項の規定は、当社に故意または重過失が存する場合または契約者が消費者契約上の消費者に該当する場合には適用しません。
第36条(損害賠償額の制限)
本サービスの利用に関し当社が損害賠償義務を負う場合、契約者が当社に本サービスの対価として支払った総額を限度額として賠償責任を負うものとします。

ということで、今回の「データ消失」事故により、ファーストサーバ社が損害賠償義務を負うか(第35条8項の「故意または重過失」にあたるか)、仮に負うとしてその範囲は「本サービスの対価として支払った総額」に限られてしまうのか(第36条)ということが争点になりうるところ*7

どこを読んでも免責条項が散りばめられている約款とはいえ、「安価にサービスを提供する」というファーストサーバ社のビジネス形態を考えれば、これくらいの免責条項があっても全く不思議ではないし、様々なサービスの中から、利用規約を見比べて特定の契約相手を選択できる(もっといえば、クラウドサービスを使うかどうかも含めて選択できる)「事業者」が契約者なのであれば、これらの免責条項をストレートに適用しても、全く差し支えない状況ではある、と個人的には思っている*8

もっとも、世の中はここまで物分かりが良い人間ばかりではない、というのも、言わずと知れた道理。

現に、普段はビジネス側に立つことが多い日経紙の記事でさえ、

多くの利用者が「相当額の被害」を受けているが、ファーストサーバ社の約款上、「重い過失」を問えるかどうかは微妙(一応「余地は残りそうだ」という表現にはなっているが)

ということを前提に、

「企業間でも力関係に差がある現実からすれば、弱い立場に置かれる企業をいかに保護すべきかは課題だろう。」
「サービス提供者が一方的に提示し、利用者が内容に不満があっても、交渉できない約款になぜ拘束されるのか根拠がはっきりしない。ネットを使った取引は企業や個人を問わず広がっているだけに、今回のトラブルは約款をめぐるルールを改めて考える機会といえる。」(同上)

と、議論を一挙に大展開してしまっている。

そして、こんな状況で、問題を引き起こした会社の親会社が、「約款の法的安定性を確保するために、組入要件を定めましょう!」と主張するのは、まさに“火に油を注ぐ”ことになってしまうのではなかろうか。

もちろん、仮に「組入要件」が定められ、約款の内容が契約内容として認められることになったとしても、それが約款の全ての条項を正当化することまで意味するわけではない*9、ということは自分も重々承知しているのだが、逆にいえば、いざ、約款の解釈をめぐって問題が起きた時には、端的にその約款条項の合理性、相当性が問われるのみであり、「組入要件」にいくらこだわったところで、「法的安定性」には大して資するところがないということを、今回の事件は明らかにしてしまった、とも言える*10

そうでなくても「約款を使用する事業者」に対する風当たりが強い今の約款をめぐる議論の中で、“揚げ足取り”されるような材料を提供してほしくない、というのが、少しでも約款にかかわっている事業者の中の人々に共通する、率直な思いであるはず*11

不運な事故は仕方ないことだし、それに免責条項を適用するもしないも事業者の自由だとは思うが*12、味方すら傷付けるエキセントリックなロビイングは、もうそろそろいいんじゃないかなぁ・・・? と、老婆心ながら思うところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110928/1345045761

*2:http://www.moj.go.jp/content/000099445.pdf

*3:ビジネス法務2012年9月号・55頁。

*4:別所氏の論稿が掲載された「ビジネス法務」誌は、その主張を打ち消すかのように、パナソニック株式会社・榊原美紀氏の「約款をめぐる経済界の主張」という論稿が掲載され、しかもその論稿の中で「ごく一部の企業が約款規制の導入を求めていると聞くが、特殊な事情によるものと思われる。そのような特定の企業のニーズに対して一般法の民法が規制を導入することは不適切との意見が経済界には多い。」(57頁・脚注4)という、その前のページの執筆者に痛烈な批判が加えられる、という異例な展開となっている。

*5:原文はhttp://www.fsv.jp/change/pdf/yakkan/rental_server.pdf

*6:http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/52260494.html

*7:ちなみに、記事では触れられていないが、第16条3項の「バックアップしなかったことによって被った損害」の免責については、「故意または重過失」があった場合の例外が存在せず、約款の規定が有効、という前提に立つ限り、賠償が認められる余地はない、ということになる(ここには、消費者についての例外規定すら存在しない)。

*8:事業者といってもピンキリだろう、という突っ込みはあろうが、ピンでもキリでも、事業者として自分の名前で商売をやる以上は、きちんとリスクを引き受ける、ということにしないと、経済社会自体が成り立たなくなってしまう。

*9:ヤフーも、約款内容の当・不当の問題(不当条項の問題)と、約款が契約内容としての拘束力を持つか、という問題を分けて主張している(前掲・ビジネス法務2012年9月号・54-55頁)。

*10:元々、個々の相手方との間で組入合意を取りつけたり、事前に十分な認識可能性を持たせることができないからこそ、取引において「約款」が使われるのであって、無理やり「契約」に引き付けて考えようとするが故に、海外でもごく限られた国でしか導入されていない「組入要件」なるものを、民法に取り入れようとする今の法改正の方向には、自分は大いなる疑問を抱いている。取引に「約款」が一応は適用される、ということを前提としつつ、解釈が争われる場面では、当該条項の「ルールとしての妥当性」を審査する、というアプローチに拠る方が、実態に即しているし、混乱も少ないはず(産業界の多数意見とは異なるが、自分はこのような観点から、約款の各条項に内容審査をかけることについてはそんなにネガティブではないし、法の介入を許す範囲が、通常の契約のそれよりも多少広がったとしても、それはそれで構わない、と思っている)。一般的な約款の規定の多くは、当該取引の基本的なルールを定めた常識的なものだし、そういった規定の「拘束力」を否定しようという人が多いとも思えない中で、「組入要件」なる概念を用いて、約款全体の拘束力を争う余地を与える、というのは、消費者保護の観点からしても、あまりに迂遠な方法だと言わざるを得ないだろう。

*11:現に、法制審議会に提出された「意見書」の影響で、消費者系の一部団体などでは、反発を強める向きもあるやに聞く。「約款の法的安定性を高めるために『組入要件』を入れて欲しい。でも、要件は緩やかに、不当条項等の規制についても慎重に」などということを言えば、“いいとこどり”の批判を浴びることは免れ得ないわけで、そういった観点からも、ヤフーのこれまでのやり方が、約款使用者にとって良い方に作用しているとは到底思えない。

*12:その判断が正しいかどうかは、最終的に裁判所が判断すればよい。

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