文化審議会著作権分科会の法制問題小委員会で今年度の「目玉」の一つとなるはずだった、「間接侵害」規定の導入をめぐる議論が、どうも迷走しているようだ。
Twitterで評価が高かった「CNET Japan」のまとめ記事(http://japan.cnet.com/news/business/35024989/)*1によれば、最終的に、
「立法措置の必要性を支持しながらも、中身については整理、検討の余地があり、時間をかけて今後審議を進めていくという方向性へと議論が展開した。」
と、「展開」というには全く先が読めない(笑)状況になってしまっている。
昨年末に「司法救済ワーキングチーム」が7年越しで報告書*2をまとめ、間接侵害成立の前提として「従属説」を採用することを明らかにしたほか、「差止請求の対象として位置付けるべき間接行為者の類型」として、
(1)専ら侵害の用に供される物品(プログラムを含む。以下同じ。)・場ないし侵害のために特に設計されまたは適用された物品・場を提供する者
(2)侵害発生の実質的危険性を有する物品・場を、侵害発生を知り、又は知るべきでありながら、侵害発生防止のための合理的措置を採ることなく、当該侵害のために提供する者
(3)物品・場を、侵害発生を積極的に誘引する態様で、提供する者
という3類型を具体的に提示するなど、立法化前提の美味しい素材を提供したにもかかわらず・・・だ。
このような状況に陥ってしまった原因が、議論の前提とすべく法制問題小委が行った公開ヒアリングで、関係団体等の意見が錯綜してしまったことにあるのは間違いないところだろう。
CNET Japanの記事にもあるように、知財協とJEITA、というユーザー側の団体が積極賛成の姿勢を示す一方で、同じユーザー代表であるはずのMIAUは、「基本的に反対」というスタンス。
一方、権利者側も、書協や雑協が条件付き賛成、というスタンスを取る一方で、JASRACをはじめとする他の団体は軒並み消極姿勢を示すなど、決して一枚岩ではない。
元々、「間接侵害」の規定を、「(最新の判例規範に基づく)直接侵害プラスα」の位置づけのものと理解するか、それとも広がり過ぎた直接侵害主体認定基準を「妥当な範囲に押し込める」ためのものと理解するか、によって、上記3類型に対する評価は大きく変わってくる*3。
これまでの議論の経緯を熟知しているはずの法制問題小委員会の先生方ですら、日頃、権利者側からの主張を展開することが多い松田政行弁護士が、
「差し止め請求は現行法の範囲内でも十分可能と思う。むしろ著作権法だけで間接侵害を規定すべきかという点に疑問がある。(略)権利侵害は司法判断に委ねるという範ちゅうがあってもやむを得ないのではないか」
と懐疑的な姿勢を示したかと思えば、これまた権利者に近い立場の山本隆司弁護士が、
「侵害に対する救済措置の実効性を確保するために立法措置が必要」
と唱えるなど、「間接侵害規定」の位置づけの理解の違い+それぞれの思惑等が絡み合って、なかなか収拾がついていないように見受けられる。
上野達弘教授も指摘されているように、長い時間をかけて議論している間に「状況が変わった」のは確かだ。
特に、「まねきTV」、「ロクラク2」の最高裁判決は、「間接侵害規定創設」に向けた原動力となっていた、権利者の危機感(著作物の直接利用者ではないサービス提供者に対してダイレクトに差止めを行う法的根拠が必要、という意識)を薄れさせ、一時の熱気を冷ますに十分なほどのインパクトがあった*4。
もちろん、その一方で、ユーザー側には、直接侵害主体認定基準のこれ以上の拡大を防がなければ、という危機感が湧きあがったが、司法救済ワーキングチームの報告書が、自らの提案と従来の直接侵害主体認定基準との関係にほとんど言及しなかった上に*5、さらに、今年度に入って出された大渕哲也教授の説明用レジュメ(http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h24_shiho_02/pdf/shiryo_2.pdf)が「直接行為主体の認定」と「間接侵害規定の適用」を明確に別次元の問題として描いたことや、間接侵害規定を「権利者保護を十全ならしめる手段」と位置付けようとする委員の発言(上記山本弁護士のほか、小泉直樹教授なども、この点についてはかなり積極的なスタンスをとられている)が思いのほか多かったことで、逆に導入への警戒感も生まれることになった*6。
ゆえに、何とも複雑でもどかしい展開になってしまっているのであるが・・・
内容への評価はともかく、「物理的に侵害行為を行っていない者に責任を負わせるための規範」が最高裁で一応打ち立てられたわけで*7、それを併存する形で、「毒か薬か」分からない今の「間接侵害規定(案)」を導入したところで、自分たちに有利な効果が生まれるか、不利な効果が生まれるかを予測することは困難なのだから、どの団体も積極的に賛成しない、というのは十分に理解できるところ*8。
また、これだけ立つ側によって解釈が異なる「間接侵害規定」に対して、関係団体が軒並み賛意を表明し、すんなりと立法化されるようなことになっていたら、いざ条文が施行されてからが大変だったろう、とも思う*9。
「直接侵害のドグマ」から我が国の著作権法を解き放つべく、長年かけて議論してこられた委員の先生方には申し訳ないような気持ちになるが、個人的には、もう少し時間をかけて、未だ有効な規範として存在している(と思われる)、クラブキャッツアイ、まねきTV、ロクラク2、といった直接侵害主体認定法理を十分整理していただいた上で、それと平仄を取った「差止めの根拠規定」を導入していただくことを願っている。
さらにここから10年かかるかもしれないけれど(苦笑)、それでもやる価値はあるはずだから・・・。
*1:確かに、著作権法をよく理解されている方が書かれているようで、過去の経緯も含めて、議論の流れを忠実に再現しているように見受けられるし、他の類似記事に比べても格段に読みやすい。
*2:http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h24_shiho_02/pdf/shiryo_1.pdf
*3:同じ立場であっても、関係団体ごとに意見が割れている最大の原因は、そこにあるのであって、賛成か反対かの結論は、ここではあまり重要ではないともいえる。
*4:昨年のhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110207/1297404183のエントリーでの文化庁担当官のコメント等も参照。
*5:一応、ユーザー側から「直接行為者の概念が不当に拡張されているのではないかといった指摘」があった旨は記載されているが(報告書1頁)、ワーキングチームとしての評価は何らくわえられていない。
*6:3類型の文言自体が、ユーザー側が当初望んでいた「差止めが認められる場合の明確化」を達成するには、少々抽象的に過ぎたのも、気乗りしないユーザーを増加させた一因だと思う。
*7:その意味で、予測可能性は以前より高まった、とみることもできる。
*8:むしろJEITAが積極的に賛成の意思表示をしていることには違和感すら覚える。
*9:立法者自身が、規定の導入に際して明確な価値判断を行っていない以上、どう適用されるかは裁判所のフリーハンド、ということになり、当面の間は、予測可能性が著しく阻害されることにもなりかねない。