本来なら、自民党が総裁選をやっていた間くらいから準備しておくべきだったのだろうが、そんな余裕もないまま国会が始まり、あっという間に解散~ということで、せめて投票日前に、ということで恒例のエントリーを書き始めている。
振り返ると、2012年から衆院選のたびにやっているこの企画。
(↓のエントリーから過去の関連エントリーを辿ることができる。)
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
久しぶりの総選挙で、一挙11名の裁判官が審査対象となった前回とは異なり、今回の対象者は6名。
しかも、そのうち任命されてからまだ1年に満たない裁判官が4名、東西の高裁長官出身のお二人(平木正洋裁判官、中村愼裁判官)に至っては、それぞれ本年8月、9月の任命ということで、当然ながら思想信条をうかがわせるような判決での個別意見もまだ公表されていないため、前回に比べるとかなりこじんまりとしたエントリーになるが、今年は「虎に翼」がちょっとしたブームになった年。
高い関心をもって臨まれる方もいらっしゃるとは思うので、ささやかな判断材料を提供できれば、ということで、既に個別意見を表明されている裁判官を中心に、以下取り上げておくこととしたい。
第一小法廷
ここ数年、3つの小法廷の中では一番保守的な印象もあったコートだが、山口厚、深山卓也両裁判官が相次いで退官され、何かが変わりそうな予感はある。
特に、統一教会の献金違法勧誘が争われた最一小判令和6年7月11日*1において、「不起訴合意は公序良俗に反して無効」&「あるべき違法性の判断枠組みに基づく審理不尽」として、それまで請求を棄却してきた地裁、高裁判決をほぼ全否定する破棄差戻判決を出した、というのは、それまで伝統的多数説に与することが多い印象のあったこの小法廷にしては、相当なインパクトのある出来事であった。
とはいえ、宮川裁判官の任命は昨年11月6日、中村裁判官は本年9月11日任命ということで、(少なくとも外から窺う限りでは)退官直前まで個別意見を書かれていた深山卓也裁判官や、最近、積極的に反対意見を書かれている岡正晶裁判官のような存在感を発揮されるまでにはまだまだ時間がかかりそう、ということで、今回はお名前を挙げるにとどめておくことにしたい*2。
宮川美津子裁判官(弁護士出身)2023年11月就任、2030年退官予定
中村愼裁判官(裁判官出身)2024年9月就任、2031年退官予定
第三小法廷
構成の都合で先に第三小法廷を取り上げるが、こちらも対象裁判官お二人とも任命後日が浅く、個別意見に基づく評価は難しい状況にある。
これまで再三にわたり、小法廷をリードするような個別意見を書き続けてこられた宇賀克也裁判官の定年が来年夏に迫る中、今回任命された両裁判官が「その後」の第三小法廷のカラーを決定づける可能性もあるのだが、ここは、今後の「個別意見に注目」というコメントだけ残して、ここでのコメントは差し控えることにしたい*3。
石兼公博裁判官(行政官出身)2024年4月就任、2028年退官予定
平木正洋裁判官(裁判官出身)2024年8月就任、2031年退官予定
第二小法廷
ということで、最後に取り上げることとなったのがこの第二小法廷。
対象となっている両裁判官は、今回の対象者の中では一番古い時期に就任されており、加えて尾島裁判官が一貫して所属している第二小法廷、長官に就任されるまで今崎裁判官が所属していた第三小法廷のいずれも、活発に個別意見が飛び交う傾向のある小法廷であることから、両裁判官の個別意見もそれなりに残っている。
「職業裁判官」というバックグラウンドゆえ、本来は他の裁判官のような大胆な意見は書きづらいところだとは思うが、一方で、ドラスティックな判断も厭わない近年の最高裁においては、むしろ伝統的な思考に立脚する裁判官の方が「少数派」として論陣を張らなければならない面もあるような気がしていて、第三小法廷時代の今崎裁判官の法廷意見などは、まさにその象徴のようなもの。
以下、長くなるが、その辺の面白さも含めてお伝えできれば、と思っているところである。
今崎幸彦最高裁長官(裁判官出身)2022年6月就任、2027年退官予定
■最三小判令和5年7月11日(令和3年(行ヒ)第285号 行政措置要求判定取消、国家賠償請求事件)*4
本件は、性同一性障害である国家公務員が職場のトイレ使用を制限されたことに関し、その取扱いを肯定した人事院の判定を違法として取り消した(破棄自判)、という社会的な注目度も高かった判決だが、今崎裁判官はその中で以下のような補足意見を述べている(PDF11~13頁、強調筆者、以下同じ)。
「トランスジェンダーの人々が、社会生活の様々な場面において自認する性にふさわしい扱いを求めることは、ごく自然かつ切実な欲求であり、それをどのように実現させていくかは、今や社会全体で議論されるべき課題といってよい。トイレの使用はその一例にすぎないが、取組の必要性は、例えばMtF(Male to Female)のトランスジェンダーが意に反して男性トイレを使用せざるを得ないとした場合の精神的苦痛を想像すれば明らかであろう。」
「本件説明会において、上告人は、女性職員を前に自らがトランスジェンダーであることを明らかにしているが、引き続き行われた意見聴取の際には女性職員から表立っての異論は出されていない。その後上告人は本件処遇に従い使用を許された階の女性トイレを使用しているところ、その期間は本件判定の時点で約4年10か月(休職期間を除いても約3年8か月)にわたっているが、その間何らの問題も生じていない。加えて、原審の認定事実によれば、本件説明会に先立ち、上告人は、平成10年頃から継続的に女性ホルモンの投与を受け、平成20年頃からは私的な時間の全てを女性として過ごすようになっており、そのことを原因として問題が生じたことはなかったというのである。」
「法廷意見は、こうした事案において、直接には上告人の行政措置要求に対する人事院の本件判定部分の当否を判断の対象としているが、実質においては上告人に対する経済産業省当局の一連の対応の評価が核心であったことはいうまでもない。その観点から得るべき教訓を挙げるとすれば、この種の問題に直面することとなった職場における施設の管理者、人事担当者等の採るべき姿勢であり、トランスジェンダーの人々の置かれた立場に十分に配慮し、真摯に調整を尽くすべき責務があることが浮き彫りになったということであろう。」
「課題はその先にある。例えば本件のような事例で、同じトイレを使用する他の職員への説明(情報提供)やその理解(納得)のないまま自由にトイレの使用を許容すべきかというと、現状でそれを無条件に受け入れるというコンセンサスが社会にあるとはいえないであろう。そこで理解・納得を得るため、本件のような説明会を開催したり話合いの機会を設けたりすることになるが、その結果消極意見や抵抗感、不安感等が述べられる可能性は否定できず、そうした中で真摯な姿勢で調整を尽くしてもなお関係者の納得が得られないという事態はどうしても残るように思われる(杞憂であることを望むが)。情報提供についても、どのような場合に、どの範囲の職員を対象に、いかなる形で、どの程度の内容を伝えるのか(特に、本人がトランスジェンダーであるという事実を伝えるか否かは場合によっては深刻な問題になる。もとより、本人の意思に反してはならないことはいうまでもない。)といった具体論になると、プライバシーの保護と関係者への情報提供の必要性との慎重な較量が求められ、事案によって難しい判断を求められることになろう。」
「こうした種々の課題について、よるべき指針や基準といったものが求められることになるが、職場の組織、規模、施設の構造その他職場を取りまく環境、職種、関係する職員の人数や人間関係、当該トランスジェンダーの職場での執務状況など事情は様々であり、一律の解決策になじむものではないであろう。現時点では、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点等から最適な解決策を探っていくという以外にない。今後この種の事例は社会の様々な場面で生起していくことが予想され、それにつれて頭を悩ませる職場や施設の管理者、人事担当者、経営者も増えていくものと思われる。既に民間企業の一部に事例があるようであるが、今後事案の更なる積み重ねを通じて、標準的な扱いや指針、基準が形作られていくことに期待したい。併せて、何よりこの種の問題は、多くの人々の理解抜きには落ち着きの良い解決は望めないのであり、社会全体で議論され、コンセンサスが形成されていくことが望まれる。」
「なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべきである。 」
個人的には、問題の複雑性への配慮や判決のもたらす社会的インパクトを見越した上での冷静な議論の呼びかけがなされている、という点で、好印象を抱いた意見ではあるのだが、ここは賛否が分かれるところかもしれない。
■最三小判令和5年12月12日(令和4年(行ヒ)第317号 不当利得返還請求事件)*5
公選法違反により当選無効となった大阪市議会議員に対する議員報酬、政務活動費の返還請求に対し相殺の抗弁が認められるかどうか、という点が争点となった事件で、相殺の抗弁を認めなかった多数意見に対し、抗弁を一部認めた原審の結論を支持する立場から「反対意見」を述べられている(PDF6~8頁)。
「私は、多数意見の第3、すなわち原判断のうち議員報酬及び期末手当(以下「議員報酬等」という。)に関する部分については、多数意見と異なり、原判断はこれを是認すべきであると考える。 」
「被上告人は、市会議員選挙に当選したものの、公職選挙法221条3項1号、同条1項1号の罪により有罪の確定判決を受けたものであり、同法251条は、当選人がその選挙に関し所定の罪を犯し刑に処せられたときはその当選人の当選は無効とすると規定し、同条による無効の効果が当選時に遡って生じると解されるため、被上告人は当初からその職に就いていなかったことになる。そして、被上告人に支給されていた議員報酬等は、同条により請求権が遡って消滅するに至った。」
「問題は、以上を前提とした上で、有罪判決の確定前に被上告人が市会議員として行った行為をどう評価するかである。すなわち、たとえ資格を欠いていたとしても、被上告人が外形上市会議員として活動したことは事実として残るのであり、上告人は、被上告人による法律上の原因を欠いた労務の提供により利益を受けた(ここでいう利益の評価については後に述べる。)ことになるのであるから、被上告人が上告人に対し不当利得返還請求権を取得することは否定できないように思われる。議員として活動したことに基づく議員報酬等の請求権と、議員としての資格を失ったことを前提とする議員報酬等相当額の不当利得返還請求権とは、両立しない発生原因事実を前提とする別個の権利である。多数意見は、この不当利得返還請求権は発生しないという趣旨と思われるが、その論証が尽くされているかについては疑問がある。」
「前述のとおり、議員報酬等の請求権が失われるのは公職選挙法251条によるが、同法はあくまでも地方公共団体の議会の議員等の選挙について定めた法律であり、その性質上同条の効果が及ぶのも議員報酬等の請求権の遡及的な消滅までであって、その結果として発生する民事上の法律関係にまでその規律が及ぶと解するのは困難である。また、議員報酬等について定める地方自治法203条が議員資格を失った者の権利に触れるものでないことは文面上明らかである。さらに、当選無効となった議員の加わった議会の議決については、直ちには効力に影響せず、同法176条4項による再議の原因になると解するのが一般である。これなどは、当該議決に瑕疵があることを認める一方で、議員による活動についても何がしかの価値を認めていることの証左といえるが、そうであれば、その活動についても相応の評価をするのが筋であろう。以上要するに、現行法の限りでは、議員資格を失った者について、議員として活動したことに基づく不当利得返還請求権の存在を否定する根拠はないというほかなく、本件においても上告人が被上告人に対し不当利得の返還義務を負うことは認めざるを得ないというべきである。」
「選挙犯罪を行い議員資格を失った者に不当利得返還請求権として労務提供の反対給付に係る利益の保持を許すとしても、あくまでも当該労務の客観的評価に基づくべきであって、正規の議員報酬等の額と同額としなければならない必然性があるわけではない。しかし、議員の活動はその性質上広範かつ多種多様であり、職務(役務)と議員報酬等との間には対価関係があるとはいえ、それは抽象的なものであって、裁判所がその内容に立ち入って客観的価値を評価することは困難であるし、相当でもない。そのような理由から、結論として、本件においては、被上告人の保持すべき利益は、議員として職務を遂行する立場にあった期間に見合う正規の議員報酬等の額と同額とみなさざるを得ないと考える。もとより、然るべき実体要件と適正な手続の下、適切な立場にある者の判断により正規の額から減ずる(多数意見のようにゼロと評価する)ことは政策として十分にあり得ることである。そうした制度を設けていれば、選挙の公正を害した人物に利益を得させることによる不条理を感じることもないであろう。しかしながら、本件でそうした手当てはされていない。 」
「以上の理由から、私は、被上告人の相殺の抗弁を一部認めた原審の判断は、これを是認すべきであると考えるものである。」
「当選人が失職するまでに行った活動」に報酬と同等の価値があるかどうか、という点については、同じ職業裁判官出身の林道晴裁判官の補足意見と真っ向から対立する形になっているが、上記反対意見は、裁判所がより謙抑的な立場にあるべき、という考え方に立脚しているように思われ、司法制度の在り方についての今崎裁判官の考え方を示すものとして、なかなか興味深い。
■最三小判令和6年3月26日(令和4年(行ツ)第318号、同年(行ヒ)第360号 犯罪被害者給付金不支給裁定取消請求事件)*6
同性パートナーに対する犯罪被害者給付金の不支給処分を違法として破棄差戻しを行った判決において、これまた果敢に反対意見を書かれている(PDF6~10頁)。
「私は、多数意見と異なり、本件上告は棄却すべきであると考える。その理由は以下のとおりである。」
「1 犯給法は、犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等の犯罪被害等を早期に軽減するとともに、これらの者が再び平穏な生活を営むことができるよう支援するため犯罪被害者等給付金を支給することとし(1条)、重傷病給付金、障害給付金と並べて遺族給付金を規定している(4条)。 遺族給付金の支給額は、政令により算定される基礎額に、「遺族の生計維持の状況を勘案して」政令で定める倍数を乗じて得た額とされている(9条1項)。このことは、遺族給付金が犯罪被害者遺族の生活保障を意識して設計されたものであることを示している。他方、支給される遺族の範囲として、犯罪被害者の収入によって生計を維持していたことを要件としていないこと(5条1項)など、必ずしも遺族の生活保障の性格とは整合しない規定も置かれている。 また、労働者災害補償保険法による給付等や損害賠償を受けたときはその価額の限度において支給しないとする一方(7条、8条)、犯罪被害者が死亡前に負担した療養費用等について支給額を加算する規定を置いている(9条5項)ところなどは、遺族給付金が損害の塡補としての性格を有していることを示すものといえる。もっとも、前述のとおり支給額はあくまでも法及び政令に従って機械的に算出された額であり、実損害に一致させることとはしていない。」
「2 犯罪被害給付制度については、福祉政策、不法行為制度の補完、刑事政策の要素も含みながら、犯罪被害者の現状を放置しておくことによって生じる国民の法制度全体への不信感を除去することを本質とするなどと説明されている。 ややわかりにくい説明との印象をぬぐえないのは、犯罪被害給付制度が各種政策の複合的な側面を持つすぐれて政策的色彩の強い制度であり、それゆえに国の一般会計に財源を求める給付金も特殊な意味付けがされていることによるものであろう。このように、厳密な意味での遺族給付金の性質となると一口ではいい表し難いものがあるが、上述した一連の規定をみる限り、必ずしも徹底してはいない部分はあるものの、犯給法は、遺族給付金が犯罪被害者遺族に対する生活保障と損害の塡補という2つの機能を十全に果たすことを通じ、上述したような制度の趣旨、ひいては法の目的が達せられることを期待しているものといってよいと思われる。」
「3 以上を前提に、まずは生活保障という観点からみた場合について述べる。 前述したとおり、犯給法は遺族給付金の支給対象となる遺族について、被害者によって生計を維持することを要件としていないが(5条1項)、「子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹」(以下「子ら」という。)については、犯罪被害者の収入によって生計を維持していた者をそうでない者よりも先順位としている(2号)。 そのため、仮に1号にいう「犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」に同性パートナー(「パートナー」の定義自体が一つの問題であるが、ここでは取りあえず「婚姻関係にある男女間と同様の事情にある共同生活者」という意味で用いる。)が含まれるとすると、それまで犯罪被害者の収入によって生計を維持していた子らは同性パートナーに劣後し、支給対象から外れることとなる。なるほど多数意見は遺族給付金の支給対象となる遺族の範囲を広く解するものであり、その意味では犯罪被害者にとり歓迎されるべきものであろう。しかし、その一方で、犯罪被害者相互の間に、潜在的にせよ前述のような利害対立の契機をもたらすものでもある。こうした結果が遺族を含めた総体としての犯罪被害者の社会的ニーズに応えるものであるかは、犯給法の解釈上重要な考慮要素と思われる。事が犯罪被害者の収入に依存していた子らの生活保障にかかわることであってみればなおさらである。そうであれば、まずはこうした犯罪被害給付制度の視点に立った論証が求められるはずである。 」
「4 遺族給付金には損害塡補の性格があることについても前述した。犯給法上同性パートナーに遺族給付金が支給されるという解釈を採るのであれば、犯罪被害者の同性パートナーが加害者に対し損害賠償請求権を有することが前提となるはずである。 私は、同性パートナー固有の権利として、精神的損害を理由とした賠償請求権については、もとより事案によることではあるが、認める余地があると考えている。しかし、財産的損害、とりわけ扶養利益喪失を理由とする損害賠償請求権については、民法752条の準用を認めない限りにわかに考え難いというのが大方の理解であろう。そうであるとすれば、犯罪被害者の同性パートナーに認められる損害賠償請求権は、仮に認められるとしても異性パートナーに比べて限定されたものとなる。それにもかかわらず、多数意見の見解によれば、同性パートナーは異性パートナーと同視され、同額の遺族給付金を支給されることになる。遺族給付金が損害塡補の性格を有することを考えると、前提となる民事実体法上の権利との間でこのようなギャップが生じることは説明が困難と思われる。」
「5 社会への影響という観点からは、多数意見による犯給法の解釈は、他法令の解釈運用への波及の有無という観点から更に難しい問題をはらむ。 犯給法5条1項1号の「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」と同一又は同趣旨の文言が置かれている例は少なくないが、そうした規定について、多数意見がいかなる解釈を想定しているかも明らかでない。個別法の解釈であり、犯給法と異なる解釈を採ることも可能と考えられるとはいえ、犯給法の解釈が他法令に波及することは当然想定され、その帰趨次第では社会に大きな影響を及ぼす可能性がある。現時点で、広がりの大きさは予測の限りではなく、その意味からも多数意見には懸念を抱かざるを得ない。」
「6 結論として、犯罪被害者と同性の者は犯給法5条1項1号括弧書き所定の者に該当し得るとする多数意見の解釈には無理があるといわざるを得ない。多数意見は、犯罪被害者の死亡により精神的、経済的打撃を受け、その軽減を図る必要性が高いと考えられる場合があることは、犯罪被害者と共同生活を営んでいた者が異性であると否とで異なるものではないとしている。私は、これに異を唱えるつもりはないが、そのことと、犯給法の規定がそうした理念を矛盾なく取り込める造りになっているかは別問題である。 」
「7 なお、多数意見は、上告人が本件被害者との間において「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当するか否かについて審理を尽くさせるために原審に差し戻すとする一方で、「事実上婚姻関係と同様の事情」という要件の中身については何も語らない。しかし、単なる同性同士の共同生活と何が異なるのかと考えてみたとき、それは決して自明ではないように思われる。婚姻は男女間のものとして歴史的にも法的にも観念されてきたのであり、同性同士の関係にも同様の法的保護を及ぼすという考えは最近のものである。同性同士の関係において何をもって「事実上婚姻関係と同様の事情」と認めるかは、私はそれほど簡単に答えの出せる問題ではないと考えている。 この懸念が当たっているか否かはさて措くとしても、同性同士の関係における「事実上婚姻関係と同様の事情」は、多数意見によって新たに提示された概念であって、その中身を明らかにすることは、犯給法の条文の法令解釈にほかならないことを踏まえると、原審に差し戻すに当たっては、多数意見の考える解釈に従い、「事実上婚姻関係と同様の事情」の考慮要素を具体的に明らかにすべきであったと考える。」
「8 今回争点となった犯給法の解釈は、同性パートナーシップに対する法的保護の在り方という大きな論点の一部でもある。この論点は、社会におけるその位置付けや家族をめぐる国民一人一人の価値観にもかかわり、憲法解釈も含め幅広く議論されるべき重要な問題である。犯給法をめぐる検討も、そうした議論の十分な蓄積を前提に進められることが望ましかったことはいうまでもない。しかし、私の知る限り、そのような議論の蓄積があるとはいい難く、そのため、同性パートナーシップを現行法体系の中にどのように位置付けるか、他の権利や法的利益と衝突した場合にいかなる調整原理を用いるのかといった解釈上重要な視点はいまだ明らかとはいえない。そうした中で、個別法の解釈として同性パートナーへの法的保護の在り方を探る試みには相応の困難が避けられない。今後の立法や判例学説の展開により、近い将来新たな解釈や理解が広く共有され、多数意見の合理性を裏付けていくということはあり得ると思うが、現時点においては、先を急ぎすぎているとの印象を否めない。 以上の理由から、私は、同性パートナーは犯給法5条1項1号の「犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」に該当しないと解するべきであると考える。そして、これまで述べたところによれば、このように解される同号が憲法14条に反するということもできない。したがって、以上と同旨の原判断は是認することができるから、本件上告は棄却すべきである。」
ここでも、法廷意見に賛同しながら判決の射程を限定しようとする林道晴裁判官との意見の相違が興味深いコントラストになっているのだが、個人的には、「先を急ぎすぎている」という警鐘には聞き入るところがあるように思われるし、それをあえて「意見」として判決に載せた姿勢にも、評価されるべきところは多いと思っている。
■最三小判令和6年7月16日(令和4年(あ)第1460号 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反被告事件)*7
コインチェックから流出した仮想通貨(現・暗号資産)NEMを収受した被告人らの刑事責任が争われた事件で、犯罪収益等収受罪の成立を認めて上告を棄却した多数意見を支持した上で、以下のような補足意見を述べられている(PDF3~4頁)。
「私は、法廷意見に賛同するものであるが、上告趣意が、NEMのシステムは、主体情報を認証しないのであるから、氏名不詳者が不正に入手したA社のNEMの秘密鍵で署名した上で本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、「虚偽の情報」を与えたことにならないなどと主張していることに関連し、私なりの理解を補足しておきたい。」
「NEM等の暗号資産は、資金決済に関する法律上、不特定の者に対して決済手段として使用でき、かつ不特定の者との間で売買、交換を行うことができるような財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるものと定義されている。本件当時においても、ブロックチェーンや公開鍵暗号等の技術を用いた数多くの暗号資産が発行されており、秘密鍵による排他的支配可能性を前提に、資産等としての利用が急速に拡大し、幅広く取引の対象とされそのための市場が形成されていたということができる。」
「こうしたNEM等の暗号資産が社会経済において果たしている役割や重要性等に照らし、資金決済に関する法律等は、暗号資産のネットワークに参加している暗号資産交換業者に対し、暗号資産交換業者を介して取引を行う利用者保護のための規制を設け、また、本件後ではあるが、金融商品取引法は、令和元年法律第28号による改正により、暗号資産の不公正取引を規制し、暗号資産のネットワークに参加している者らの権利のより直接的な保護を図っている。正規の秘密鍵保有者でない者が不正に入手した秘密鍵で署名した上で、当該秘密鍵が紐づいているアドレスから他のアドレスにNEM等の暗号資産を移転させた場合、正規の秘密鍵保有者が暗号資産を移転させた者に対し、少なくとも不当利得や不法行為等を理由とした民事上の請求を行うことができることについても大方の異論のないところであろう。」
「刑事の分野においても、正規の秘密鍵保有者のNEMに対する権利を害する行為は、構成要件に該当する限り処罰の対象となり得る。」
「NEMが不特定多数のネットワーク参加者を得て取引の対象とされているのは、NEMのシステムによる取引における静的、動的安全の確保に対し、社会の信頼があるからにほかならない。「虚偽の情報」該当性は、こうしたNEMの利用実態、ひいてはNEM等の暗号資産が社会経済において果たしている役割や重要性等の観点からの考察抜きに判断することはできないのであって、システム単体としての仕組みや働き等からロジカルに演繹されるものではない。本件において、正規の秘密鍵保有者でない氏名不詳者は、不正に入手したA社の秘密鍵で署名した上で、当該秘密鍵が紐づいているA社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスにNEMを移転させる旨の本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した。確かに、NEMのシステムは、トランザクション情報に署名した者が正規の秘密鍵保有者であるか否かを判別する仕組みを持たない。しかし、上述のようなNEMのシステムに対する社会の信頼は、正規の秘密鍵保有者が秘密鍵の管理を通じてNEMを排他的に支配することができることによって確保される。正規の秘密鍵保有者以外の者が不正な方法で秘密鍵を入手し、これで署名することは、正規の秘密鍵保有者のNEMに対する排他的支配を害し、NEMのシステムに対する社会の信頼を損なう。こうした観点も踏まえれば、不正に入手した秘密鍵で署名した上で本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、正規の秘密鍵保有者であるという意味での主体を偽ったトランザクション情報をNEMのネットワークを構成するNISノードに与えた行為と評することができるのであり、電子計算機に「虚偽の情報」を与える行為にほかならない。 」
刑事事件における解釈姿勢として妥当かどうか、という点はともかく、「社会経済における実態の考察」という視点で判断を下そうとする考え方はいかにも最高裁らしいな、というのが、ここでのちょっとした感想である。
尾島明裁判官(裁判官出身)2022年7月就任、2028年退官予定
三浦守裁判官(検察官出身)、草野耕一裁判官(弁護士出身)を中心に個性的な個別意見が飛び交う第二小法廷の中で2年超、任に当たられてきた尾島裁判官だが、最初に個別意見を出されたのは令和4年7月の参院選をめぐる「一票の格差」訴訟の大法廷判決であった。
■最大判令和5年10月18日(令和5年(行ツ)第52号、第53号 選挙無効請求事件 )*8
憲法違反を否定して原告の請求を棄却したこの大法廷判決の中で、尾島裁判官は以下のような長文の「意見」を記している(PDF32~38頁)。
「1 はじめに」
「 私は、多数意見とは異なり、平成30年改正後の本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は本件選挙当時違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態(いわゆる違憲状態)にあったと考える。」
「もっとも、私の考えを構成する判断枠組み自体は、多数意見とほとんど同じである。すなわち、多数意見2記載の事実関係等の概要を前提とし、投票価値の平等についての合憲性の審査は同3て、同及び記載のとおりの判断基準で行うこと、そしの第1段落から第3段落までに記載のとおり、参議院議員と衆議院議員の各選挙制度が同質的なものとなってきて、国政の運営における参議院の役割が大きなものとなっている中で、衆議院議員選挙については投票価値の平等の要請に配慮した選挙区割りの基準が法定されるに至り、参議院議員選挙についての投票価値の平等の要請に関しても較差の更なる是正を図るなどするための議論と取組が求められているが、参議院改革協議会等において、参議院議員の選挙制度の改革につき、各会派の間で一定の議論がされたものの、較差の更なる是正のための法改正の見通しが立つに至っておらず、その実現に向けた具体的な検討が進展しているともいい難いと現状が評価されることなどについては、いずれも多数意見と見解を一にしている。」
「そうであるにもかかわらず、どのような理由によって、本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が本件選挙当時違憲状態であったと考えるのかについて、以下私の意見を述べる。その中核となるところは、3倍程度という選挙区間の最大較差についての評価及び国会における較差是正への取組状況についての評価である。」
「2 3倍程度という選挙区間の最大較差について」
「(1)本件選挙当時の選挙区間の最大較差は、3.03倍であった。本件で問題になるのは、この較差が他の諸要因と併せて総合考慮した上で憲法14条違反の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったか否かであるが、私はこれは肯定せざるを得ないと考える。」
「(2)当審判決は、当初から定数配分規定の合憲性を審査するに当たって選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差(選挙区間の最大較差)をまず問題にしている。これは、上記選挙人数が最大の1選挙区と最小の1選挙区だけを取り出して比較するものであるが、憲法14条の平等原則違反の有無を審査する以上、これらの間にどの程度の相違が生ずるかに着目することは、正しい分析の視点ということができる。なお、選挙区間の最大較差以外の指標をも考慮して総体としての投票価値の不均衡を測る見解(草野裁判官の意見のように比例代表選挙における有権者1人当たりの議員数をも加味した値を用いてジニ係数を計算するものを含む。)は、国会がその広範な裁量権を行使し、様々な利害を調整して諸要因を考慮する際に検証のために用いるツールとしては有用であるかもしれない。しかし、裁判所が定数配分規定が平等原則に違反するか否かを審査する際に使用するツールとしては最大較差の方を用いるべきであると考える。」
「憲法が前提とする国政における民主主義は、国権の最高機関としての国会(41条)がその機能を十全に発揮しなければ実現できないものであり、したがって、その構成員は、正当に選挙された代表者(前文)、すなわち公正かつ平等な選挙によって全国民を代表する者(43条)として選出された議員でなければならない。選挙権は、国民にとって最も基本的な憲法上の権利の一つであり、選挙において全国民を代表する議員を選ぶという全選挙人にとって同一の権能を行使するものであるにもかかわらず、本件選挙当時のように、ある1選挙区の選挙人の投票価値が他の1選挙区の選挙人のそれと比較すると僅か3分の1程度しかないということは、平等原則という観点からすると、それだけで、議院の構成員が正当に選挙された者であるといえるのかに疑問が付くし(裁判所が違憲立法審査権を行使するに当たっても、憲法上の権利の種別やその制約の態様いかんによっては、裁判所の判断ではなく民主主義的なプロセスに委ねるのを相当とする場合もあるのであり、そのプロセスが正常に機能するには、議院の構成員が正当に選挙された者であることが必須である。)、個々の選挙人にとっても、自ら特定の住所地を選んだなどという理由では正当化できない理不尽なことでもある。」
「したがって、選挙区間の最大較差がどの程度開いた場合に違憲状態となるかを一義的に明らかにすることはできないとはいえ、少なくとも、本件選挙当時におけるように3倍程度まで開いているという状況がある場合には、裁判所は、まず違憲状態ではないかとの疑いをもって審査に臨まなければならない。そして、その審査に当たっては、他の憲法上の権利が問題になる場合と同様に、状況に応じて権利の種別やその制約の態様等の諸要素を総合的に考慮しなければならないものであるが、選挙権の憲法上の基本権としての重要性に鑑みると、その最大較差以外の諸要素との関係でやむを得ない事情があると認められない限り、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあるものというべきである。」
「(3)参議院議員通常選挙における選挙区間の最大較差については、数十年間にわたって5倍前後で推移してきたものを平成27年改正法が3倍程度にまで縮小させた。この平成27年改正後の定数配分規定について、平成29年大法廷判決は、平成24年大法廷判決等の趣旨に沿って較差の是正を図ったものとみることができると評価しているが、飽くまで「較差の是正を図ったもの」としているのであって、「較差の是正が達成されたもの」と評価していないことも明らかである。このことは、平成29年大法廷判決が、平成27年改正法附則7条に、平成31年に行われ- 34 - る通常選挙に向けて、参議院の在り方を踏まえて、選挙区間における議員1人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得るものとするとの規定が置かれたことで、今後における投票価値の較差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されるとともに、再び5倍前後という大きな較差を生じさせることのないよう配慮されていることをも併せて考慮し、違憲状態にあったものとはいえないと判示していることからも分かる。」
「平成27年改正法が選挙区間の最大較差を3倍程度に縮小させたことについては、過去長期間にわたって続いていた投票価値の不均衡の大幅な是正を図ったものとして、国会における取組を高く評価すべきものとはいえるが、数値的にみた場合には、ここまで較差が縮小されたことのみをもって著しい不平等状態はひとまず解消されたとまで評価することには躊躇せざるを得ない。3倍程度の最大較差は、そこから有意な拡大傾向にあるといえないからといって、そこで一旦満足して足踏みをすることが許される程度のものということはできないからである。」
「3 国会における較差是正への取組状況について」
「そこで、平成27年改正法施行後の国会における取組状況について更にみてみる。」
「(1)平成27年改正法は、初めて合区を行い、一部の選挙区の定数も変更することで選挙区間の最大較差を2.97倍にまで縮小させた上、附則において、平成31年に行われる通常選挙に向けて、参議院の在り方を踏まえて、選挙区間における議員1人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得るものとするとの規定を置いた(7条)。その後、平成28年選挙(同選挙当時の選挙区間の最大較差は3.08倍)を経て、参議院改革協議会の設置と平成29年大法廷判決があり、同協議会で選挙制度改革についても協議が続けられたが、各会派に意見の隔たりがあった。そして、平成30年改正法では、埼玉県選挙区の定数を2人増員し、選挙区間の最大較差は2.99倍になり、参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会におい- 35 - ては「今後の参議院選挙制度改革については、憲法の趣旨にのっとり、参議院の役割及び在り方を踏まえ引き続き検討を行うこと」との附帯決議がされた。令和元年選挙(同選挙当時の選挙区間の最大較差は3.00倍)を経て、令和2年大法廷判決があり、改めて参議院改革協議会が設置され、同協議会のほか参議院憲法審査会における選挙制度改革をめぐる議論でも各会派の意見が一致せず、法制的な措置がとられないまま本件選挙に至っている。」
「(2)参議院議員の選挙制度をどういうものにするかは、国会に広範な裁量が認められ、憲法上は、投票価値の平等を害してはならないこと(14条)、成年者による普通選挙であること(15条3項)、投票の秘密が保障されること(15条4項)、議員が全国民を代表するものであること(43条1項)、議員と選挙人の資格を人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないこと(44条ただし書)及び議員の任期が6年で、3年ごとに議員の半数を改選すること(46条)などという制約があるだけである。もっとも、選挙区間の最大較差の数値だけが選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の基準となるものではなく、都道府県制という地方自治制度との関係、全国的な人口の変動状況、時々の社会的な課題等の国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由を考慮して調整すべきこともあって、自らの地位にも関係する議員を構成員とする国会が、種々の検討を経て法律によって作り出し、幾多の改正をしてきた選挙制度について、これを抜本的に見直し、改めることに相当の困難が伴うことは理解できる。しかしながら、それでも選挙権という重要な憲法上の権利が毀損されていて、これが訴訟において争われているときに、裁判所がその困難さに配慮して国会の不作為に対し過度に寛容な姿勢をみせることは、違憲立法審査の在り方として相当とはいえないであろう。困難があっても可能なことを実行するのは広範な裁量権を有する国会の責務であり、裁判所の違憲立法審査の役割は、そのような過程で制定された法令が憲法に適合するか否かを審査することにあり、裁判所がその困難の程度を過度に斟酌することは三権分立の観点からも慎重であるべきである。」
「都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを一部改めて合区を導入した後に対象となった4県で投票率の低下や無効投票率の上昇がみられることについては、これが合区の導入と結び付いているものか否かは客観的に明らかでないものの(近時、選挙人にとっては身近なはずの地方議会議員の選挙や首長選挙でも投票率の低下が指摘されているということがある。)、選挙人の政治参加の観点から懸念され、憂慮されていることも確かである。他方で、投票価値が他の選挙区に比べて著しく低いことが、選挙人の投票行動を含む政治参加に悪影響を与えないかどうか等についても気になるところである。このような、特定の選挙制度の実施に伴い生ずる可能性のある弊害は、第一次的には国会において検討されるべき事柄である。 投票価値の不均衡についていかなる方法でこれを是正するかは、国会の広範な裁量に委ねられており、裁判所がその具体的な方法等について示唆するようなことは、これも三権分立の原則からいって避けるべきことである(もっとも、投票価値の著しい不均衡をもたらしているものが、特定の制度、例えば衆議院議員選挙における1人別枠方式や、参議院議員選挙における都道府県を各選挙区の単位とする仕組みであるときに、その問題点を指摘することは、当然に違憲立法審査権の範囲内の権限行使である。)。」
「選挙制度改革は、その性質上漸進的なものにならざるを得ず、また、裁判所が定数配分規定を違憲無効と判断しても、自らの手で適切と考える選挙区割りを定めてしまうようなことも不可能であることから、本件のような選挙訴訟においては、「違憲状態であるが合憲である」と判断するという他の憲法訴訟においては通常用いられない手法を判例上認め、裁判所と国会との間でのキャッチボールとも評される状況が続けられてきたものと理解することができる。」
「以上のようなことを総合して平成27年改正法施行以後の状況をみると、平成27年改正法で投票価値の不均衡を大幅に縮小し、平成31年の通常選挙に向けて抜本的な見直しを検討し、結論を得ることを約したものの、種々の困難が顕在化し、平成30年改正法においては漸進的な改善途上のものといえる部分的な改正にとどまり、その後は、残念ながら法制上の措置のみならず、立法府全体における制度改正に向けた議論の進捗も停滞していると評価せざるを得ない。平成27年改正法施行後は、選挙区間の最大較差が3倍程度で推移しており、有意に拡大していないことが制度改正に取り組む動きが鈍っていることの原因であるのかもしれないが、選挙権の憲法上の基本権としての重要性に鑑みると、3倍程度という選挙区間の最大較差が原則として憲法が許容しない程度の不均衡であることは上記2で述べたとおりである。選挙制度の是正につきその実現を図ることについては、これが漸進的にならざるを得ない点を考慮しても、憲法が国会に広範な裁量権を付与していることを踏まえれば、速やかに議論を尽くし、様々な取組の在り方を検討することで可能なはずである。」
「4 結論」
「 上記2及び3のとおり、3倍程度という選挙区間の最大較差の不均衡が平等原則からすると依然として深刻な状況であること、及び上記に述べた国会における是正への取組に、衆議院議員の選挙制度とは異なる制約があるとはいえ、平成27年改正法施行後、2回の参議院議員通常選挙を経て約7年の期間が経過したにもかかわらず、はかばかしい進展がみられていないという状況を総合すると、選挙区間の最大較差が3倍程度まで開いていることにつきやむを得ない事情があるとは認め難く、私は、本件選挙当時、本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態(違憲状態)にあったといわざるを得ないと考える。」
「以上のとおりであるが、令和2年大法廷判決が本件定数配分規定について違憲状態とはいえないと判断したこと(この判断については私も異論がない。)に鑑みると、本件選挙当時、まだ是正のための十分な期間が経過したということはできず、本件選挙までの期間内に是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるとまではいえないので、本件定数配分規定が憲法に違反するとはいえないと考える。」
「したがって、理由は異なるものの、結論は多数意見と同じである。」
較差は3倍程度にまで縮まり、合区の弊害等も指摘される状況で、明確に反対意見を書いたのは宇賀裁判官お一人だけ、というのがこの判決だったのだが、そんな中、「違憲状態にある」と明確に宣言したこの意見にはかなりのインパクトがあった。
最終的に多数意見と同じ結論で落ち着かせた、というあたりに職業裁判官としての多少の遠慮(?)は感じざるを得ないところだが、就任から約1年ちょっとで書かれた意見としては、鮮烈なものと言って差し支えないように思う。
■最二小判令和5年12月15日(令和4年(行ツ)第275号 年金減額改定決定取消、年金減額改定決定取消等請求事件)*9
続いて、老齢年金の減額改定処分の憲法25条、29条適合性が争われた事件(上告棄却)での補足意見(PDF6~9頁)。
「1 法廷意見の判断手法について」
「法廷意見は、本件部分が憲法に違反するものでないことは最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁(以下「昭和57年大法廷判決」という。)等の趣旨に徴して明らかであるとする。」
「本件では、老齢等によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること(国民年金法1条)、労働者の老齢等について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること(厚生年金保険法1条)を目的として創設され、運用されてきた年金制度について、法律改正により年金給付額を減ずる改定を行ったことが、憲法25条に違反するか否かがまず問題になっている。」
「年金制度の構築に当たっては、社会情勢(経済成長の状況、少子高齢化を含めた人口構成、物価、雇用、賃金等を含む経済情勢等)の現状認識及び将来予測、財政(年金財政を含む。)の状況、金融政策のありよう、国民の生活状況(生活水準、他の社会保障制度との相互関係等)、制度としての安定性・信頼性の確保、社会保障に関する国民の意識、給付と負担に関する人々の間の衡平(世代間の衡平もその重要な要素である。)などを総合的に考慮しなければならない。これらの諸事情を的確に把握して、制度設計をするにはそれにふさわしい専門的知見と能力を有する機関がその任に当たることが必要である。また、これらの諸事情についての認識や年金制度の在り方に関する国民各層の意見も、その置かれた立場や政治的信条により様々であり、時には先鋭な対立が生ずることもあり得るといえる。これらを総合調整し、その時点において合理的と考える仕組みを作り上げていく作業は、統治機構のうちでも政治部門が担うのが適切であって、これを国民の側からみると、民主主義的なプロセスによって実現すべき課題であるということができる。そうすると、そのプロセスの最終的な帰結は、正当に選挙された代表者によって構成される国会がその広い裁量によって実現したところによるのを原則とするのが、憲法の予定する三権分立の統治構造であるというべきである。」
「 昭和57年大法廷判決は、「(憲法25条の)規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。」と判示するが、これは、上記のような考慮を踏まえたものであると解することができ、本件部分のような制度の合憲性を審査する基準として、適切なものであるということができる。」
「なお、上告人らは本件部分が憲法29条に違反する旨も主張するが、財産権の侵害の有無が問題になり得る法制度には、様々な類型・態様のものがあり、同条違反が認められるか否かの審査に当たっては、それらの類型・態様に応じたきめ細かな検討が必要になる。本件において、上告人らは、その有する年金受給権について、特例水準による年金額を受給できるものとして制定されていた法律を改めて、受給額を減ずることとする新法律を制定したことが財産権の侵害であるというのであるが、法廷意見が判示する上記年金受給権の内容等に照らせば、上告人らの主張の実質は、憲法25条違反の主張と大きく変わるところがないので、最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁及び最高裁平成12年(オ)第1965号、同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁の趣旨にも徴した上、同条違反の主張と併せて判断すれば足りるものというべきである。」
「2 制度後退禁止原則について」
「上告人らは、憲法25条2項が、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定していることから、一旦具体化した国民の生活水準を低下・後退させる場合には、裁量の幅は狭まり、相応の正当化が要求されるという制度後退禁止原則を定めており、これは立法による不利益変更にも妥当する旨主張する。しかしながら、何をもって制度が後退したと評価するのか、法律によって作られた制度の保護水準がその後の改正法によって引き下げられると憲法に違反することになるというとき、憲法と法律の各規範の相互関係をどのように考えているのかなど曖昧な点が多く、法律の憲法25条適合性の審査に際して参照するのに適切な成熟した法理ないし基準であるとはいい難いように思われる。本件において、そのような制度後退禁止原則の存在を前提に、年金給付額の引下げがされたことが直ちに制度の後退に当たるとして、本件部分が厳格な審査に服し、憲法25条に違反することとなるとの主張が採用し難いことは明らかである。」
「3 立法の判断過程審査について」
「上告人らは、本件部分の憲法25条適合性を審査するに際しては判断過程審査の考え方を援用すべき旨主張する。しかし、国会に一定の裁量権が付与されている法律の規定の憲法適合性を裁判所が審査する場合には、まず当該規定の規範内容を確定し、これにより確定された客観的規範内容が憲法に抵触するか否かを判断するのであって、これとは別の観点からの検討、すなわち立法府が立法の過程において必要な事実を検討したか、みるべきでない事実を考慮していないか、前提とする事実関係に誤りはないかなど立法過程での審査・検討状況が十分か不十分か等が直ちに憲法適合性を左右することになるわけではない。このことは、行政庁の個別具体的な処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるか否かを裁判所が審査することとは異なる面があるものであるといえる。」
「もちろん裁判所が行う違憲立法審査の過程で、審査の前提として規定の趣旨・目的、立法措置の必要性・相当性を基礎付ける立法事実等を踏まえることが必要なことがあり、このようなことは、これまでも事案に応じて行われてきたものであるが、これをもって上告人らがいう立法の判断過程審査と考えてはこなかったのではないか。 」
「このように、上告人らがいう立法の判断過程審査の具体的な内容自体、立法権と司法権との関係を踏まえた上で、その理論としての必要性、明確性、有用性等が成熟したものになっているとは考えられず、法廷意見が判示するように本件部分の規範内容自体が不合理なものとはいえない以上、本件において立法の判断過程審査を求める上告人らの主張は採用し難いといわざるを得ない。」
三権分立の観点から、立法裁量が認められる領域への司法審査を謙抑的に解する、という点で、この辺はまさに職業裁判官ならではの模範的説示、というべきだろうか。
■最二小判令和6年6月21日(令和5年(受)第287号 認知請求事件 )*10
これも社会的にはかなりの話題となった、女性への性別変更後に子を認知できるか、という事件の判決である。
多数意見は原審判決を破棄して認知請求を認める、という結論となったが、そこで尾島裁判官が再び補足意見を書かれている(PDF5~9頁)。
「私は、法廷意見に同調するものであるが、考えているところを若干敷衍して述べることとする。 」
「1 特例法の施行前には、法的性別と生物学的性別が一致していたのであるから、法令中に父として認知が請求される者の性別に関する規定がないのは当然のことであったが、特例法の施行によってその状況には変化が生じたといえる。 特例法の制定時から、①特例法の施行前に生まれた嫡出でない子について、男性から女性に性別の取扱いの変更をした者が認知をし、又は上記の子がその者に認知を請求する可能性、②本件がそうであるように、性別の取扱いの変更前に精子を凍結保存した者が同変更後にその精子を用いた生殖補助医療(この利用を禁ずる法令の根拠は存在しない。)により子をもうけた場合にその子の認知が問題になる可能性があったのであり、特例法の立案に関与した者もごく例外的にはそのような事態があり得ることは認識していたことがうかがわれる。もっとも、そのことが民法等の身分法に及ぼす影響を子細に検討した上でそのようにして生まれた子の福祉との関係を法的に整備するなどの方策がとられることはなかった。」
「また、最高裁令和2年(ク)第993号同5年10月25日大法廷決定・民集77巻7号1792頁が特例法3条1項4号の規定(以下「4号規定」という。)を違憲無効であるとの判断を示したことから、男性から女性に性別の取扱いの変更をした者が、残存する生殖能力により生物学的な父として子をもうける可能性も、極めてまれなことであると考えられるが、生じてきている。」
「上記のような状況に身分法制として対処することが必要になっているのであるが、裁判所に対しては、上記のような子による認知の訴えを認めることと民法の実親子に関する法制との関係、その訴えを認めることに伴って生じ得る子の福祉及び家族関係に対する影響並びに社会への影響を総合勘案して認知に係る規定を解釈することが求められているといえよう。」
「2 まずは、民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係を基礎に置いているというのが、当審の判例(最高裁平成16年(受)第1748号同18年9月4日第二小法廷判決・民集60巻7号2563頁、最高裁平成18年(許)第47号同19年3月23日第二小法廷決定・民集61巻2号619頁参照)であって、本判決の法廷意見がその民法の基本法制の原則に反するということはない。また、この判断が、民法の規定との関係で支障を生じさせることはないし、他の法令の規定と抵触することもないといえる。」
「次に、上告人のような子による認知の訴えが認められると子の成長や発達に特段の問題が生ずるということを具体的に示す報告等が存在することはうかがわれず、その認知を認めることによって子の福祉に対する弊害が生ずるということは困難である。かえって、その訴えを認めないこととし、法的性別の取扱いを男性から女性へと変更した血縁上の父が親権者・監護者となる可能性、その父又は父方の親族から扶養を受けられる可能性及びその父又は父方の親族の財産を相続する可能性を子から一律に奪うことが子の福祉に反することは明らかである(これらの点において死亡した者の凍結保存精子による懐胎により生まれた子の親子関係が問題になった前掲平成18年最高裁第二小法廷判決の事案とは状況が大いに異なるといえる。)。なお、ここでいう子の福祉の内容は、制度的に認められる権利ないし地位が付与されることをいうのであって、個々の家族間における具体的な子の福祉の確保は、子が実際に置かれた状況次第で異なるのであり、親子関係の形成を前提とした上で、家族の努力のほか、家庭裁判所、福祉・教育関係機関等が担っていくものである。」
「このように考えると、性別の取扱いの変更をした者に対して認知を請求することの許否を検討する場合に、子の福祉の確保を優先すべきことは当然であって、上記のような子の福祉を図り得る血縁上の父(しかも自らの意思でそうなった者)が現に存在する場合に、法廷意見のように、その子からの認知の訴えを認め、血縁関係のある父と親子関係を形成できるようにすべきとの結論は自然なものということができる。」
「3 特例法3条1項3号の規定(以下「3号規定」という。)は、現に未成年の子がいないことを性別の取扱いの変更の審判をするための要件としているのであるが、これは飽くまでも同審判時における要件であって、同審判確定後に未成年の子との間で親子関係が生ずることが3号規定ないし3号規定の趣旨・目的によって直ちに制限されるものとは解されない。例えば、法的性別を女性から男性に変更した者が女性と婚姻した後に妻が生殖補助医療を受けて懐胎、出産した場合において嫡出推定が及ぶとき(最高裁平成25年(許)第5号同年12月10日第三小法廷決定・民集67巻9号1847頁参照)には、性別の取扱いの変更の審判を受けた者が同審判後に未成年の実子を持つことになるし、また同審判を受けた者が未成年者と養子縁組をすることも否定されてはいない。」
「この点について、「現に子がいないこと。」を要件としていた平成20年法律第70号による改正(以下「平成20年改正」という。)前の3号規定は、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。」を要件とする4号規定と共に、「法的性別が女性である法律上の父」や「法的性別が男性である法律上の母」が生じて法律上の父母という属性と男性、女性という法的性別との間に不一致が生ずると家族秩序に混乱を生じさせるおそれがあるとして、上記不一致の発生を抑止することをその趣旨・目的としていたものと解される。しかしながら、特例法は、性別の取扱いの変更の審判を受けた者が、同審判確定後に生殖補助医療を用いて子をもうけることを禁じていない上、同審判の前に出生した子から法的性別の取扱いを男性から女性へと変更した者に対して認知の訴えがされることも排除しておらず、そのような場合における法律上の親子関係の形成の可否については民法の解釈によって解決されるべきものとして残されていたということができる。 」
「そして、平成20年改正後の3号規定が、4号規定が置かれたこととあいまって未成年の子について上記不一致の発生を抑止することをなおその趣旨・目的としていると解する余地があるとしても、平成20年改正によって成年の子については上記不一致が生ずることが肯認されたにもかかわらず家族秩序に社会的な混乱が生じたような状況がうかがわれないことからすると、法的性別の取扱いを男性から女性へと変更した者に対する未成年の子からの認知の訴えを認めて「法的性別が女性である、未成年の子の法律上の父」が生ずることとなる場合に生ずるおそれがあり得る家族秩序の混乱として想定されているものも具体的なものとはいい難いように思われる。これに加えて、法廷意見にあるように平成20年改正後の3号規定の主たる趣旨・目的が未成年の子の福祉に対する配慮になったことも併せ考えると、平成20年改正後の3号規定が4号規定が置かれたこととあいまって未成年の子について上記不一致が発生することを抑止するという趣旨・目的をなお有しているとしても、そのような趣旨・目的が、上告人のような子の福祉を犠牲にしてまで確保されなければならないものとは考えられない。」
「原審の判断は子の出生時と性別の取扱いの変更の審判確定時の先後関係を基準にして認知請求権発生の有無をみることとし、法的性別が女性である者に対する認知の訴えも限定的に認めようとするものであるが、上記先後関係といういわば偶然の事情を結論の違いに係らせる点において、合理的な基準の設定とはいい難いように思われる。」
「4 なお、生殖補助医療に関する法整備の在り方についての検討の過程において、精子提供者の意思への配慮をどうするかが議論されており、精子がその提供者の意に反して用いられた場合の父子関係をどうするかなどが問題になっていることは公知の事実である。本件は、被上告人と上告人の母とが子をもうけることを目的として生殖補助医療を受けたという事案であって、本判決は、上記の問題について一定の結論をとることを前提にするものではない。」
多数意見に対して力強いサポートをしつつも、判決の射程が広がりすぎることに対しては最後にクギを刺す、というあたりに、先にご紹介した今崎長官とも共通するスタンスも感じられるのだが、それでも全体としてみればリベラル方向への柔軟性はありそうだな、というのが率直な印象である。
* * * * * * * *
ということで、実質的にはお二人分、とはいえ、ボリュームのある個別意見をそれぞれご紹介させていただいた。
3年前のエントリー(↓のエントリーの後半部分)でも書いたとおり、自分は最高裁裁判官の国民審査を「政治運動」化することに対しては否定的だし、ましてや対象者に一方的なレッテルを張って「×」付けを推奨するなど言語道断、という考えではあるが、その一方で国民審査が「誰も関心を持たないイベント」になってしまうのも本意ではないので、以上取り上げた内容を素材に心ある方々の間で議論が盛り上がれば・・・と思っているところである。
*1:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/196/093196_hanrei.pdf
*2:宮川裁判官にはTMIでの知財弁護士としての長年の実績があるし、中村裁判官には最高裁事務総局での長いご経験があるので、その辺のバックグラウンドに着目して印をつける、という方もいらっしゃるのかもしれないが、それまでの経歴や属性だけで「最高裁裁判官としての」適格性を議論する、というのは筆者の好むところではないので、この点については特にコメントはしない。
*3:なお、現在第二小法廷所属となっている今崎幸彦最高裁長官が本年8月まで第三小法廷で残された個別意見については、この後の章で取り上げる。
*4:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/191/092191_hanrei.pdf
*5:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/565/092565_hanrei.pdf
*6:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/849/092849_hanrei.pdf
*7:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/213/093213_hanrei.pdf
*8:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/431/092431_hanrei.pdf
*9:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/584/092584_hanrei.pdf
*10:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/104/093104_hanrei.pdf