ターニングポイント。

阪神大震災から今日で18年・・・と聞いて、思わず眩暈がしそうになった。

自分は、大震災に始まり、地下鉄サリン事件、そしてオウム騒動へと向かっていったあの一連の時期が、人生の一つのターニングポイントだと思っていて、震災犠牲者を悼む報道がなされるたびに、当時の心理を振り返ってみたりもしているのだが、以前、このブログにそれを綴った時*1からも、はや5年。

流れた歳月の数えた時、自分を貫く時間軸の中で、あの頃が文字通り「ターニングポイント」になってしまった、ということに気付いて、唖然としている、というのが正直なところである。

この国が大きく揺らぎ、バブルの残滓が社会からほぼ一掃されたあの時以降、自分にとっては、90年代後半なんてロクなもんじゃなかったし(苦笑)、世紀が変わってからも浮き沈みの多い日々が続いてきた。

それでも、まだ生き永らえて、日、一日、今日もまた、何かしら存在を刻んでいる・・・ということを、素直に喜んでいいものなのかどうか、確信が持てずにいるのだけれど・・・


今は、さらにここから18年進んだ時に、どんな景色が見えるのか、それもほんの少しだけ味わってみたい気がするし、それが、この18年の間に得た、自分の“進歩”なのかもしれない。

そう、思うことにしたい。

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