浮かび上がった対立構図と出版社側の本音〜著作隣接権付与問題をめぐって

月曜日の朝の定番、と言えば、日経紙の紙面を大きく飾る「法務インサイド」。
そして、今一つピントが合わないその記事をいじって楽しむ・・・というのが、長らく当ブログの日課のようになってしまっている。

だが、「著作隣接権 求める出版界」という見出しの特集で始まる今週の記事*1は、推進派である出版社側の意見だけでなく、反対サイドの意見もそれなりに幅広く拾い上げており、珍しくバランスの良い中身になっているのではないかと思う。

かつて、同じ新聞社が、このテーマに関してソース不明のふわふわしたアドバルーン記事を掲載し*2、業界中から失笑を買ったことを考えると、「大きな進歩」というべきだろう。

とはいえ、細かいことを言えばいくつか怪しいところはある。
例えば、「中川勉強会が想定する隣接権の保護対象」として、

「紙の版面のほか電子書籍用に作られたデータファイルも含む。画面や文字の大きさでレイアウトが変わっても、基本的に元のデータは保護の対象となる。読者の目に映るレイアウトだけを保護するわけではない点が特徴だ」(強調筆者)

と説明しているくだりがあるが、これは「一体何を根拠に?」というのが良く分からない。

中川勉強会が出している骨子案では、「出版物等原版」の定義として、

「原稿その他の現品又はこれに相当する物若しくは電磁的記録を文書若しくは図画又はこれらに相当する電磁的記録として出版するために必要な形態に編集したもの」

という規定が設けられているに過ぎず、これと、骨子案に同時に書かれている、

「当初出版の後であっても、著作権者において、自ら電子書籍化して出版することや、異なる出版者を通じた出版ができる」

というコメント等を合わせ読めば、現実には「印刷出版された書籍」又は「特定のフォーマットに合わせて表示された電子書籍」の“見たままの「版」”以上のものが保護されることになるとは考えにくい*3

買ったCDで聞こうが、カセットにダビングしようが、MIDIファイルにしようが、媒体にかかわらず「全く同じ音楽」が流れてくる「レコード」とは異なり、書籍の場合、単行本、文庫、電子版、と媒体が変われば、それにつれて出版社が作り出す「版」そのものも変わってくる。そして、その全てに権利を及ぼそうとして無理やり「編集済みデータ」といったものにまで遡って権利を発生させようとすれば、事実上「著作権」そのものと何ら変わらないことになってしまうわけで、そうなると著作権者側の反発を招き、実務上も大きな混乱がもたらされるのは必至だろう。

ゆえに、あたかも「版」を離れて「データ」レベルで保護が認められるかのような上記記述には非常に違和感がある。

また、記事の中では上野達弘・立教大教授が、「出版者への隣接権付与を支持する専門家」として紹介されているが、昨年11月の明治大学セミナーで、著作隣接権について様々な懸念を表明されていた上野教授*4が、そんなに簡単に「支持」に転向するとも考え難いわけで、これはおそらく「(出版社が)既存の隣接権者と同等の貢献をしている」という発言だけを捉えられて、いつのまにか“色づけ”されてしまった可能性が否定できないだろう。

とはいえ、既に反対意見を表明している日本漫画家協会をはじめ、印刷業界、電子情報技術産業協会JEITA)といった産業界の団体、さらには、川瀬真・横浜国立大学大学院教授、野口祐子弁護士といった専門家まで、多くの反対・消極意見があることは、しっかりと記事になっており、権利を求める側の単なる“プロパガンダ”的な記事にはなっていない、というところには、一応この特集の価値を認めてよいと思う。

そして、この記事がさらに興味深いのは、「海賊版対策」という出版社側の“錦の御旗”だけにターゲットを絞った上っ面の議論にとどまることなく、

「出版社側が新たな権利を欲しがる理由は別のところにありそうだ」

として、“真の思惑”にまで踏み込んでいるところであろう*5

電子書籍という新市場の登場は、ネットでの海賊版の横行や中抜きなど、紙の本を出版している限りは直面しなかった問題を出版社に突きつけている。作家との契約慣行が根付いていない出版界にとって、隣接権は様々な問題を一気に解決できる手段に映る。

明確には書かれていないものの、「海賊版対策」よりも「中抜き」問題を解決することの方が、出版社にとっての意義は遥かに大きいわけで、今後、「海賊版対策として隣接権を付与することの無意味さ」があちこちで指摘されればされるほど、出版社の「本音」は徐々に表に出てくることになるはずだ。

今回の記事の多くは、あくまで出版社側の“建前”的主張と、それに対する反論を軸に構成されているが、この先、出版社の「本音」が前面に出れば出るほど、“あるべき電子書籍流通の形”と絡めて議論が広がっていくはずで、その時に、いったいどのような主張反論が展開され、記事に取り上げられていくことになるのか。

まだまだしばらく続きそうな話だけに、この先の日経法務面のフォローアップについても、若干の期待を込めて、生暖かい目で(笑)見守っていくことにしたい。

*1:日本経済新聞2013年2月4日付け朝刊・第17面。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120515/1337409515

*3:過去の当ブログのエントリー(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20121116/1353173781)でも、その旨は既に言及したところである。

*4:まとめサイトhttp://togetter.com/li/412708)でのコメント参照。

*5:ここでは、レコード会社や放送局との比較の中で、出版社にも隣接権による保護が与えられてよい」という上野達弘教授のコメントが紹介されており、既にご紹介した「付与を支持する専門家」という記述もこの文脈で出てきたものである。“色づけ”の是非はともかく、レコード会社や放送局と出版社がパラレルに扱われるべき、というコメントにはさほど違和感はない。もっとも、著作物の流通スキームが大きく変革を迫られている現代において、「隣接権」という屋上屋を架すような権利に存在意義があるのか、と問われれば疑問もあるわけで、このような「他の隣接権者との比較論」が、出版社に隣接権を付与すべき、という結論に直ちに結びつくわけではない。

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