加速しつつある攻撃〜「約款」に関する法制審部会提案をめぐって

先日、1面で「債権法改正」のニュースを大々的に伝えた日経紙*1だが、「中間試案」が未だ法制審部会で正式決定されていない状況であるにもかかわらず、さらに突っ込んだ記事を「真相深層」というコラムで掲載している*2

法務省、契約ルール見直し/約款巡るトラブル続発」

という、約款を使っている事業者から見ると、極めて忌々しい見出し。

そして、記事の中でも、

・携帯電話の解約金条項が不当だとして消費者団体から差し止め訴訟を起こされている。
・約2800万円の宝飾品をホテルのスタッフに預けたが目を離した際に盗まれた事件で、最高裁がホテル側の賠償上限の約款規定が適用されない、と判断した。

といった事例が紹介されており、あたかも、

「約款の効力が法的に曖昧だから上記のような問題が発生し、そのために法制審が中間試案でルールの見直しを進めている」

という論調が展開されているのだが・・・。


これまでの法制審部会での議論をきちんとフォローしている人であれば、この記事のおかしさは一瞬で見抜けるだろう。

現在公開されている「中間試案のたたき台」*3を見ても明らかなように、今回の債権法改正で主に検討されている「約款が契約内容に組み入れられるかどうか」という問題は、上記のような、「約款の特定の条項が有効かどうか」という問題とは全くの別問題なのだ。

したがって、現在の案のような約款の「定義」を定め、

「契約の当事者がその契約に約款を用いることを合意した場合において,その約款を準備した者(以下「約款使用者」という。)が相手方に対し,契約締結時までに,相手方が合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会を与えたときは,約款は,その契約の内容となるものとする。 」(前記たたき台(4)23頁)

という組入要件を定めたところで、「解約金条項が不当かどうか」とか「賠償額の上限を定める条項が有効かどうか」といった問題の解決には何ら寄与することはない*4

記事にもあるとおり、解約金条項等の有効性をめぐる問題は、「約款に基づいて契約した前提」の下で、裁判所で争われてきたものである。

たとえ、一部の条項に問題があったとしても、その他の多くの条項は、取引を規律するものとして有効に機能していることが多いのだから、当事者が「約款に基づいて契約したと推定」した上で、各条項の有効性については個別に検討すればよい、というのが、これまでの実務だったはずだし、それで何ら問題は起きていなかったはず。

それにもかかわらず、「組入要件」なる耳慣れない要件論を持ち出して、ちゃぶ台をひっくり返そうとしているからこそ、経済界はこぞって法制審部会の提案に反対しているのである*5

残念なことに、今回の日経の記事の最後は、

「契約内容が一段と明確になり、企業にとってもトラブル抑止が期待できそうだ。」

というコメントで締めくくられており、あたかも法制審部会での提案が企業実務に資するかのような表現になっている。

先日の1面のアドバルーン記事を読んだときにも感じたことだが、約款分野の法改正を行った、という“実績”が欲しい法務省サイドが情報戦を仕掛けて来ているような印象もあるし、今回の記事もその一環ではないか、という変な勘繰りもしたくなるところ。

だが、やられっぱなしのまま、実務をより不安定にするような規定が導入されてしまった、というような事態を招くことは、実務家としては断じて許されないわけで、これから始まるであろうパブリック・コメントに向けて、

「約款が契約内容に組み入れられるかどうか」という問題と、「約款の個々の条項が有効かどうか」という問題は異なるのだ!

ということを、世の中に粘り強く訴えていくしかないだろう、と思うところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130218/1361897855

*2:日本経済新聞2013年2月22日付け朝刊・第2面。

*3:http://www.moj.go.jp/content/000106429.pdf

*4:「不当条項規制」の提案もなされているが、内容的には従来の消費者契約法等のルールの枠を出るものではない。

*5:何度か紹介したように、ごく少数の“異端児”はいるのだけれど・・・。

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