大山は鳴動すれども動かず、そして、「約款」だけが残された。

2009年11月に法制審議会民法(債権関係)部会の第1回会議が開かれてからはや5年近くの歳月が流れ、実に100回近い会議*1での議論を経て、ついに、「債権法改正」が一つの節目を迎えることになった。

「法制審議会(法相の諮問機関)の民法部会は26日、消費者や企業の契約ルールを定める債権関係規定(債権法)の改正原案をまとめた。抜本改正は1896年の制定以来初めてで、長引く低金利やネット取引の普及などを踏まえ、消費者保護に軸足を置いて見直した。」(日本経済新聞2014年8月27日付朝刊・第3面)

7月に、朝刊の1面掲載記事で大フライングを犯した日経紙*2は、今回はさすがにおとなしく一枚めくったところに記事を掲載しているし、「約款」についても、ネット関連業界と経団連の意見対立に言及した上で、

「法制審は改正原案から約款の項目を外して結論を持ち越した」

と、現在の状況に比較的忠実な解説を付している。

とはいえ、

「契約ルールで消費者保護」

と、「要綱仮案」を中身までちゃんと読んだ人なら普通は言わないだろう、と思うような大見出しをどんと載せ、

「今回の民法改正で、法務省は消費者が企業に比べて弱い立場にあるとして消費者を擁護する姿勢を強めた。損害賠償の増額につながる法定利率の引き下げや連帯保証に一定の条件を加えたことなどがその一例だ」

と、あたかも「法定利率」の話が「消費者保護」に直結するかのような解説を加えているのを見ると*3、“一流経済紙なんだからもう少し頑張れ”とも言いたくなる。

朝日新聞の速報記事*4*5東京新聞の記事*6が、あたかも「約款」に関する規定が要綱仮案に盛り込まれることが決定したかのような書きぶりになっているのに比べれば、それでもまだ「今回は上出来」と言うべきなのかもしれないけれど・・・。


3つのステージを超えて、「要綱仮案決定」という一つの到達点までたどり着いた、ということで、ここから法案提出、そして施行に向けて、事務方の作業のスピードは一気に加速していくものと思われる。
そして、そういった動きを取り巻くように、有象無象の“キャンペーン”も張られることだろう。

だが、少なくとも現時点で「要綱仮案」に盛り込まれている内容を見る限りでは、今回の民法改正は、“歴史的な大改正”と呼べるようなものでは決してなく、“実務に大きな影響を与える”ものにも、決してなりえないと自分は思っている*7

もちろん、最後に残された「約款」に関する規定如何によっては、実務に重大な変化がもたらされることになるかもしれないのだが(そして、個人的にはそうならないことを強く願うのみであるが)、その種のどんでん返しが起きない限りは、いかなる立場の実務家も、今回の改正に対しては冷静に向き合うべきだし、一部で噴き出すかもしれない“マッチポンプ”的な動きに対しては、冷ややかな目で誤導を糾すくらいの覚悟が必要なのではないか、と思う。

そして、良心的な実務家がそのようにふるまってこそ、真に、民法が「わかりやすい」ものに近づくのではないか・・・と思うのである。

*1:2014年8月26日が「第96回」。しかも、この数字には、第二読会の間に、論点掘り下げのために開かれていた「分科会」の回数は含まれていない。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140712/1405231571

*3:「法定利率」の話が、「消費者保護」等々のバイアスがかからない至って中立的な話だ、ということは、常識的な経済観念を有している人であれば当然理解できることであるはず(「消費者」は法定利息引き下げの恩恵を受ける側にも受けない側にもなりうるのであって、そこに何らかのバイアスが働くはずもない)。そもそも、例として挙げられている「損害賠償額の増加」の話は、「中間利息控除」の話であって、本来は、「法定利率」の話とイコールに結び付くものではない。百歩譲ってこの論点に「消費者保護」的な要素を見出すとしたら「中間利息控除の適用割合を(引き下げられた)法定利率に合わせた」ということくらいであり、「法定利率が引き下げられたこと」を「消費者保護」に直ちに結び付けて論じるのは、論理飛躍にもほどがあるといえる。

*4:http://digital.asahi.com/articles/ASG8V658DG8VUTIL01L.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG8V658DG8VUTIL01L

*5:その後、「引き続き細部を詰める」という説明が付されるようになったが・・・(http://digital.asahi.com/articles/ASG8V658CG8VUTIL01K.html?_requesturl=articles%2FASG8V658CG8VUTIL01K.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG8V658CG8VUTIL01K)。

*6:http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2014082702000126.html

*7:というか、「実務に大きな影響を与えない」ことを前提に、これまでの議論が行われ、ここまで来ているのだから、そういうことになってしまったら実務に関わる全ての者が、純粋に「困る」ことになる。

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