“使用者帰属”待望論への疑義〜職務発明見直し案をめぐって

平成17年に改正特許法35条が施行されてから、そんなに日が経ったわけではない*1のに、時々降ってわいたように出てくる「職務発明制度見直し」論。

昨年の夏にも、日経紙に取り上げられた記事を見て*2、なんだかなぁ、と呟いたばかりなのだったが、また出た。

「政府は今後10年間の知的財産戦略となる「知財政策ビジョン」の論点整理をまとめた。企業の研究者ら従業員が仕事で発明した「職務発明」について、現在は従業員が保有している特許権を、出願時点から企業が持つことを認める見直し案を検討する。従業員には企業に報酬を求める権利を与えることで、企業が訴訟で想定外の高額支払いを迫られる事態を減らす。」(日本経済新聞2013年3月4日付け朝刊・第1面)

ここで取り上げられている「知財政策ビジョンの論点整理」というのは、現在「知的財産推進計画2013」と同時に意見募集が行われているhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents_kyouka/seisakuvision/dai2/siryou01.pdfのことなんだろう、と思う*3

そして、当該リンク先を見てみると、確かに「国際的な知財の制度間競争を勝ち抜くための基盤整備」という項目に、

【課題1】職務発明制度の在り方
職務発明制度については、現行の制度は依然として予測可能性が低いとの意見があり、職務発明を原始的に使用者に帰属させる制度にすべきとの指摘や、制度を廃止して職務発明の扱いについては使用者と従業者との契約に委ねるべきとの指摘がなされている。また、労働法との関係について基礎研究を十分に行ったうえで制度の在り方を検討すべきとの意見もある。職務発明制度の在り方に関していかに考えるべきか。

という記載があり、それに続いて、再改正への賛成・反対双方の立場の意見や、外国の法制度等への言及がなされた上で、最後に、

【今後の検討の方向性】
・ 我が国の職務発明制度について、企業のグローバル活動を阻害しないような在り方は如何なるものか。
職務発明制度の在り方に係る整理にあたっては、産業構造や労働環境が大きく変化している状況も踏まえつつ、以下のような観点から検討すべきではないか。
〇発明者に対する支払いの予見性を高める観点
〇発明者への支払いが発明の譲渡に対する対価と考えるべきか、追加的な報酬と考えるべきかという観点
〇従業者の報酬については一般的には労働法で規定されているところ、発明の対価に関しては職務発明規定として特許法で規定されていることについて、労働法の視点からも職務発明制度について整理する観点
〇グローバルな制度調和の観点

という方向性が示されている(以上、12〜14頁)。

これだけ見ると、あくまで論点を「整理」しただけで、現時点で露骨に、日経紙の記事の見出しにあるような「社員の発明、会社に権利」という結論に誘導しているわけではなさそうだ。

だが、それにしても・・・


この点に対する自分の意見としては、「再改正は拙速に過ぎる」の一言に尽きる。

冒頭でも述べたように、平成17年改正法施行後に、「職務発明規程に基づく発明者補償の額の合理性が、「新35条」を根拠に争われた事例」を自分は知らない*4

“突貫”で造られた規定だったこともあり、日本語としての表現のまどろっこしさはあるものの、平成17年改正後の特許法35条は、「発明者に対して十分な経済的補償を与えるべき」という要請と、「社内規程で発明補償にかかるコストをコントロールしたい」という企業側のニーズとのバランスを取ったもの、と評価できるのではないかと思うし、筆者自身、まさにあの規定が導入されたタイミングで、会社の規程を全面的にリニューアルして*5、改正法の趣旨になるべく添うような運用に努めてきた、という自負もある(もちろん、訴訟やそれに匹敵するようなトラブルに発展したケースは一度もない)。

改正法の効果が十分に検証されたのかどうかも疑わしい状況で、「訴訟リスクがあるのは嫌だから・・・」という理由で、原則を180度ひっくり返してしまおう、というのは、いくら何でも虫が良すぎるんじゃないか、というのが、一実務者として知財にかかわってきた自分の率直な感想だし、そういった「再改正論」が一括りに「産業界」の声とされてしまうことには、強い違和感もある。

確かに、旧35条の下で譲渡された職務発明については、未だに“花火”のような派手な請求一部認容判決が時々出されているし、訴訟が提起されるたびに応戦を迫られる大手メーカーの知財訴訟担当者の苦労は察するに余りあるものだろう。

「裁判所が認定する対価額が企業実務者の感覚から見れば高額に過ぎる」とか、「大して価値のない発明の価値が殊更に強調されるのは不愉快」といった感覚も、理解できないわけではない*6

だが、それは、結局、制度の「運用」の問題であって、制度そのものの“欠陥”、というわけではないのでは・・・?というのが、自分の素朴な印象である。


残念なことに、このテーマに関しては、10年ほど前に世の中の話題をさらった某発明者の方のあまりにエキセントリックな言動(&訴訟での代理人のエキセントリックな主張)と、それに輪をかけてエキセントリックだった地裁判決の結論が、“産業界”の保守的な人々にとっての一種のトラウマとなり怨念となってしまっているように思えてならない。

そして、それゆえ、制度改正のきっかけが巡ってくるたびに、地の底から「再改正」の動きが何度も降って湧いてきて、実りのない議論を繰り返すことになってしまう・・・


今回の「論点整理」は、これまで正面から顧みられることが少なかった「労働法の視点」なども取り入れよう、と試みている点において、現時点においては有益なものと評価できるように思えるだけに、これをベースに、発明者側のモチベーション維持にも配慮した、建設的な議論が展開されることを、自分は強く願ってやまない*7

*1:正確に言うと、日はそれなりに経っているが、改正35条に基づく判決事例の蓄積はほとんどないに等しい。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120703/1342029570参照。

*3:なお、ここでリンクを張ったもののほかに、コンテンツ系著作権系)の論点整理もある。詳しくは、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ikenbosyu/2013keikaku/bosyu.htmlを参照されたい。

*4:論点整理の中で紹介されている東京地判平成24年9月28日の裁判例は、平成17年改正後の発明の対価が争われた事例だが、そもそも対価額を定める社内規程がなかった、というものであるから、参考にはならない。

*5:会社が定めた補償金支払基準に対する同意/不同意を選択する機会と、事後的な異議申し立ての機会を発明者側に与え、異議申立がなされた場合の協議スキームも整備し、ついでにちょっとでも不満を減らすべく、発明補償金の上限を取っ払う等々の大胆な規程改正を法律同様に突貫工事で仕上げた・・・。

*6:自分も、以前、補償金支払の実務に関わっていた時には、一定の算式の下ではじき出される金額を見て、首を傾げたくなるような思いをしたことは多かった。

*7:余談だが、かつて社内で「特許」というものに対する関心が希薄な社員がまだまだ多かった時代に、「特許出願は、会社のためだけでなく貴方のためにもなるんです」という類の啓発活動を何年かにわたってしたこともあった。真摯に自らのミッションに打ち込む企業内研究員にとっては、「補償金」の有無など、些細なことなのかもしれないが、かといって、研究員とて人間である以上、それを完全に無視できるとは思わない方が良いのではないか・・・と自分は思っている。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html