まだ終わっていなかった「切り餅」事件

新春早々、最高裁HPにアップされたいくつかの判決を眺めていたら、どこかで見たような特許の無効審判不成立審決取消訴訟の判決が上がっていたので、思わず気になってダウンロードしてしまった。

平成23年9月7日に、知財高裁の衝撃的な逆転中間判決*1が示された後も、決して和解には持ち込まれることなく、最終的に最高裁の上告棄却決定(&上告受理申立不受理決定)までいってしまった*2越後製菓サトウ食品の戦い。

まだ第二次訴訟が続いているのかどうか等、自分も良く分かっていないところはあるのだが、少なくとも最高裁決定が出された時点では、敗れた被告(サトウ食品)側も振り上げた拳を下ろしていなかっただけに、この争いは、まだまだ続くだろうな、という予感はしていた。

そして、そんな予感を裏付けるようにアップされたのが以下の判決である。

知財高判平成25年12月24日(H25(行ケ)第10106号)*3

原告:佐藤食品工業株式会社
被告:越後製菓株式会社

有効性が争われているのは、被告・越後製菓株式会社の特許第4111382号(出願日:平成14年10月31日、登録日:平成20年4月18日)。
発明の名称を「餅」とするこの特許は、件の知財高裁判決以来、あちこちで解説されてすっかり有名になってしまった感もあるが、改めて紹介すると、

【請求項1】
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,
C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,
D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
E ことを特徴とする餅。
【請求項2】
F 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
G 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状の切り込み部又は溝部を設けた
H ことを特徴とする請求項1記載の餅。

という2つの請求項から成り、構成要件を全て分説してもA〜Hの8つで済む、という比較的シンプルな部類に入る特許である。

そして、本特許はクレームの中身のシンプルさに比して、「切り餅」業界に与えたインパクトがあまりに大きかったゆえに、特許権が成立した後もたびたび無効審判請求に晒されている。

サトウ食品佐藤食品工業)自身が、特許侵害訴訟で越後製菓に提訴された後、平成21年7月31日に無効審判(第一次無効審判)を請求しているし(無効2009‐800168号)、知財高裁でサトウ食品の敗訴判決が出された直後の平成24年3月30日には、新潟市のたいまつ食品、マルシン食品、丸一オザワの三社が、上記特許と、そこから分割された特許第4636616号に対して無効審判請求を行っている。

今回アップされた審決取消訴訟も、侵害訴訟に関する最高裁決定が出された後の平成24年5月2日に、サトウ食品が無効審判請求(無効2012-800072号)し、平成25年3月6日に特許庁で不成立審決、その後、原告が取消訴訟を提訴した、という流れでここまで来たものである。


だが、サトウ食品の第一次無効審判請求は、特許庁で不成立審決が出された後、取消訴訟においても請求棄却*4
また、たいまつ食品らが請求した無効審判についても、不成立審決が出された後、昨年11月に、知財高裁で取消訴訟に対して請求棄却判決が出されたところで*5サトウ食品側にとってみれば、かなり厳しい状況で出されたのが今回の判決だったと言えるだろう。

結論としても、やはり請求棄却。

手元に細かい資料等がない状況で細かいところに立ち入るのは、自分の能力の限界を超えるが、判決をかいつまんで紹介すると、原告の審決取消事由に関する主張のうち、侵害訴訟以来、原告側がこだわっている「切り込み」要件(構成要件B)や「噴き出し抑制」要件(構成要件D)に関する「明確性要件についての判断の誤り」(取消事由2)の主張については、「明細書の記載や技術常識」を参酌した上で、いずれも「本件発明が不明確であるとはいえず、審決が本件発明の理解を誤ったともいえない」という判断になっているし*6、双方の実験結果をもとに主張が展開された「実施可能要件についての判断の誤り」(取消事由3)の主張についても、裁判所は原告の主張に反して、

「側周表面に所定の切り込みを設けた切餅をオーブントースターで焼く場合、上記(イ)のように所定の状態に膨化変形することで、上記切り込みを設けない場合と比べて、焼き網に垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できることが、実質的に裏付けられているということができる。」(66頁)

として、「本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができ、審決が本件発明の理解を誤ったとはいえない。」(75頁)と結論づけている(「発明未完成についての判断の誤り」(取消事由4)についても、実験結果等を踏まえた上記説示を受けて、原告の主張を退けている)。


また、通常であれば主戦場になりうる公知技術との比較(「進歩性に関する認定判断の誤り」(取消事由5))については、原告の切り餅(「こんがりうまカット」)を「引用発明3」として再度持ち出し、その上で、「特開平10-165121公報記載の発明(引用発明1)」、「特開平8-140579号公報記載の発明(引用発明2)」の2つの発明を引用して、それぞれ組み合わせることで容易想到性を主張したものの、引用発明1は、

「切り餅(1)の切り込み部(2)に切り込みを入れ、残存部(4)を設けた事を特徴とする手欠き切り餅。」

という極めてシンプルな請求項のみを擁する発明で、添付された図の中には一見側面に切り込みが入っているように見えるもの、それは「手欠き切り餅」を「刃物を用いず手で簡単に小割することができるように、あらかじめ切り込みをいれた」結果に過ぎないように思われ*7、それを今回の越後製菓の特許発明にまでつなげるのは、ちょっと無理があるように思えるし、「引用発明2」は、

【請求項1】膨らみ防止手段を設けた背中部分と膨らんだ腹部分とからなる魚を模したおかき。
【請求項2】背中部分の膨らみ防止手段が賞味物又は/及び切り込みで形成したことを特徴とする請求項1に記載の魚を模したおかき。
【請求項3】背中部分形成用素地と腹部分形成用素地とを引き揃えた状態で一体にし、これを魚の形に型抜きしておかき素材を形成し、該おかき素材を焼き上げて背中部とこれより膨らんだ腹部を形成するようにしたことを特徴とする魚を模したおかきの製造方法。

と、「魚を模したおかきを作るために魚の背部分に切れ込みを入れる」という発明に過ぎないから、素人目に見ても、やはり遠いだろうと思う。

そして、第一次審決取消訴訟でも、本件取消訴訟の原審決*8でも「公然実施」していた事実が否定された「引用発明3」(こんがりうまカット)については、公知性、公然実施性の有無こそ正面から判断しなかったものの、

「原告は,引用発明3の公知性を前提として,引用発明1の「切り欠き面」は,手欠きであるため切り口の状態が不安定になりやすいところ,引用発明1に引用発明3の側面切り込みを適用することは,当業者が容易に想到し得たと主張する。しかし,仮に引用発明3が公知であるとしても,引用発明1の切り欠き面は,切り込みを入れるとともに残存部を設けた切餅を,その切り込みに沿って欠いたことにより小割餅体を得た結果として必然的に形成されるもので,切り欠き面を形成する技術的意義について甲6には何ら記載されていないのであるから,引用発明1において,切り欠き面に代えて,何らかの技術的手段を適用しようとする理由がないことは上記(ア)のとおりであり,引用発明1に引用発明3の側面切り込みを組み合わせる動機付けはない。したがって,引用発明1において,切り欠き面に代えて,引用発明3の側面切り込みを設けることは,当業者が容易に想到することとはいえない。」(82頁、強調筆者)

として、原告の主張はあっさりと退けられており、見方によっては、引用発明と本件特許発明を対比することなく、「(引用発明が)本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明と認めるに足りる証拠は存在しない」という理屈一本で、新規性欠如に関する主張を退けた第一次審決取消訴訟以上に、厳しい判断ということもできるところ*9

全体として見ると、サトウ食品にとってはいよいよ後がなくなってきた・・・という印象が強い判決、ということになるのではなかろうか。

この先どこに向かうのか?

今回の判決をパッとみて、思わず目に付いたのは、あの侵害訴訟や、第一次審決取消訴訟の時とはガラッと変わったサトウ食品側の代理人の方々のお名前である*10代理人が変われば、訴訟に対する考え方も変わるし、攻め方、守り方も変わってくるのは当然のこと。

そして、最高裁決定のタイミングでもまだ出されていた、(負けたはずの)サトウ食品の挑発的とも読めるプレスリリースは、今は当時のリンク先を検索しても出てこない。

業績的にも決して好調とは言えない食品メーカーにとって、このような特許紛争を長々と引きずることは、経営的な視点から見れば決して良いこととは言えないはずで、今回も無効審判請求と審決取消訴訟までは行っているものの、敗訴判決に対する会社側のリアクションはなく、そろそろ矛の納め時を探っているのではないかな・・・という雰囲気はある*11

これまでの経緯にかかわらず、今年の正月も、自分は「サトウの切り餅」を買って雑煮にしたし、もちろん、いつもの年と変わらず美味しかった。
それゆえ、個人的には、特許が巻き起こしたこの不幸な泥沼紛争がさっさと終焉して、前向きな「餅」開発競争に業界の人々が向くように、ということを願わずにはいられない。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111125/1322963012など参照。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120921/1348988874参照。

*3:第2部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140107090542.pdf

*4:知財高裁の請求棄却判決は、件の「中間判決」と同日に出されたものである(知財高裁平成23年9月7日・H22(行ケ)10225号、第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110908101558.pdf)。

*5:知財高裁平成25年11月12日、第2部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20131125110257.pdfhttp://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20131125110257.pdf

*6:原告は、審決が本件発明の課題として認定した「噴き出しの抑制」は、従来技術によって既に解決可能なものであり、本件特許の意義は「美感」に係る課題を解決するという点にあった、という点を強調して、そのような発明の課題を意識した上で構成要件の明確性を判断すべき、と主張したのだが、裁判所に採用されるには至っていない。

*7:判決が指摘するように、この切り込みの技術的意義については、引用発明1の明細書からは明らかでない。

*8:本判決によると、審決では「請求人が提出した証拠に基づいて、本件出願前に公然知られた又は公然実施されたものとすることができない」という判断がされたようである(判決8頁)。

*9:なお、原告サトウ食品は、今回が、越後製菓特許に対する二度目の無効審判請求となり、特許法167条(「特許無効審判又は延長登録無効審判の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」)の縛りがかかるため、本件訴訟においては、新規性等については争いたくても争えなかった、ということのようである。

*10:本件訴訟の原告代理人は、宍戸充弁護士(元知財高裁判事)以下の西村あさひ法律事務所の弁護士と花田吉弁理士

*11:ただ、経過情報を見ると、今回争われた審決の後にも、平成24年12月27日に無効審判請求され、平成25年9月11日に不成立審決が出された「第三次無効審判」というのが存在し、再び知財高裁第2部に係属して審決取消訴訟で争われているようであるが・・・。

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