発刊されてから少し日が経っているが、ジュリスト夏の知財特集、ということで、「特集 営業秘密その現状と向かう先」関連の記事を読んでみた。
Jurist (ジュリスト) 2014年 07月号 (雑誌)
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2014/06/25
- メディア: 雑誌
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産業界の一部やその神輿に載せられた政官関係者からは、「新法制定も含めた保護強化」を求める声が強く出ている一方で、その動きに強く反対する有識者も依然として健在で、その間を縫うかのように、現在の不正競争防止法の解釈論を、より実用的な方向に詰めていこうとする議論も出てきている・・・そんなカオス的状況に突入している論点、ということもあり*1、期待してページを開いたのだが・・・。
まず、特集の冒頭に出てくる座談会*2。
司会は小泉直樹教授、そして、清水節知財高裁判事、田村善之教授、三村量一弁護士、という知財業界を代表するメンバーが揃う中、産業界から、この手の話題に最近出ずっぱりの長澤健一キヤノン知的財産法務本部長が加わる、という豪華布陣で行われているものなのだが、読んでいくと、何だかもやもや・・・っとしてくる。
三村弁護士、清水判事といった、裁判官として営業秘密侵害事件の審理を経験した先生方がお話しになられている、訴訟の特色や、審理のポイントは簡潔で分かりやすいし、田村教授による「裁判例の傾向」の解説も、端的にポイントがまとめられていて、この辺りまでは違和感なく読めるのだが、「現行の日本制度への評価と制度改正の必要性」について言及されたあたりから、急に雲行きが怪しくなってきてしまうのだ。
というのも、これを主張している長澤氏が、
「弊社ではこれまで営業秘密が漏えいしたという事実自体は発覚しておりません(ので)」
という前提で(14頁、23頁)、「聞いた話にある程度依拠させていただくしかない」というところから発言をスタートさせており、どこかしらか腰が引けた印象のある“主張”になってしまっている上に、他の座談会参加者からのコメントも特に示されない、という形で終わってしまっているからだ。
さらに、続く「営業秘密該当性」の話題では、清水判事が、
「日常の保守管理体制として、当然、パソコンでのパスワード設定、入退室の制限、保管場所の施錠などが重要になってくるでしょう」
「具体的な措置としては、できるだけ扱う人を少なくして、パスワードを設定するとか、施錠、定期的な点検管理程度は最低限実施していく必要があるように考えております」(24頁)
と比較的厳格説寄りの発言をされる一方で、田村教授は、自説である、
「関係者が秘密として管理されていることを認識しうる程度に管理されていれば秘密管理の要件を満たすのに十分である」(26頁)
という主張を展開されており、ここもまたすれ違い・・・。
そして最後の「今後の展望」では、長澤氏が経団連の提言とほぼ同趣旨の新法制定をメインとする主張を述べられ(28頁)、清水判事も「この法律(注:不正競争防止法)の使い勝手の悪さ」を指摘し、訴訟要件立証の緩和や立証責任の一部転換*3等にまで踏み込んだ発言をして追随する一方で(29頁)*4、最後にまとめに入った小泉教授は、
「管理を強化し、不正競争防止法の罰則を引き上げるだけにとどまらず、従業者が会社を裏切らないような処遇といったものも併せて整えていく必要があるのではという感想を持ちました。」(31頁)
と、職務発明の話にも言及しながら、むしろ反対方向に結論を持っていこうとしているようにも読める。
座談会の限られた紙面の中でも、準拠法、国際裁判管轄の問題まで論点を幅広く拾っている,というのはさすがだし、長澤氏を中心に経済産業省の「営業秘密管理指針」の問題点まで突っ込んで指摘したことについても、掲載された雑誌媒体が「ジュリスト」であることを考えれば、より効果的なプレッシャーにつながるのではないかと思うのだが*5、如何せん肝心の結論のところで、どうもはっきりしないところが残っていて、そこが妙に引っかかってしまうのである。
「座談会」といった企画は、あくまで登場する先生方の“さわり”の意見だけを紹介するもので、後は、それぞれの方の書かれた論稿を読むべし、ということなのかもしれないし*6、このテーマに限らず、一流の先生方が揃いすぎると議論はすれ違うのが常なのかもしれないけれど、何となく「立法事実がどこにあるのか良く分からないけど、なぜか声高に唱えられている」、「議論がかみ合わないまま産業界&与党主導で、何となく法制度が変わろうとしている」といった、近年の知財法改正議論のややこしさの一端に接してしまったような気がして、気まずさを感じずにはいられなかった。
なお、このジュリストの特集は、座談会に続いて、この分野ではおなじみの松村信夫弁護士による判例の整理*7も掲載されており、実に62個もの裁判例が、様々な視点から分類されていて圧巻である*8。
また、福井地家裁所長になられたばかりに高部眞規子判事が、淡々と主張立証のポイントを解説されているのも、いろいろな意味で興味深かったのであるが*9、最後に出てくる小畑教授の論稿*10まで読んだときに、「この10年ほどの間に、そんなに大きく変わったところはないのかな・・・」と懐かしく感じてしまったのは良いことなのかどうなのか。
「営業秘密」を巡る動きが“大山鳴動してなんとやら”ということになってしまうのか、それとも本当に動くのかは分からないけれど、数年後にフィードバックとして再び特集が組まれることを(そして、できれば座談会は同じメンバーで・・・(笑))、今は期待したい。
*1:さらに言えば元々、個人的に非常に関心が高い分野だった、ということもあり・・・。
*2:「座談会・営業秘密をめぐる現状と課題」ジュリスト1469号12頁(2014年)。
*3:この点については、既に「秘密管理性」について立証責任を転換した?と思われるような傾向の裁判例も現れていることに留意する必要があろう。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140514/1404571203参照。
*4:なお、三村弁護士は「本来あるべき裁判が訴訟の場でに出てきたという意味では望ましい」という評価をした上で、国際私法的観点から「立法による何らかの手当て」を期待する発言をされており(30頁)、田村教授はさらに異なる視点(労働市場の流動化)から「営業秘密の不正利用行為規制をいかに拡充し、保護を万全のものにしていくかという観点から、より使い勝手のよい法理としていく努力が必要ではないか」(30頁)という問題提起をされている。
*5:この点については、自分も10年近く前から「どうなのよ・・・?」と叫び続けて久しい(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051120/1132496952参照)。
*6:例えば、田村善之教授は、最近も「知財管理」誌に2回にわたって、「営業秘密の秘密管理性要件に関する裁判例の変遷とその当否−主観的認識 vs.『客観的』管理−」という長大な論文を発表されている(知財管理64巻5号、6号)。
*7:松村信夫「営業秘密をめぐる判例分析‐秘密管理性要件を中心として」ジュリスト1469号32頁(2014年)。
*8:いわゆる「示された」要件に係る判例動向についても分析されており、「仮に、従業者が創作・形成あるいは収集・蓄積した情報であったとしても、使用者がこれを『秘密として管理』することによって、本号の使用者から『示された』情報として保護を受けるのであれば、それは使用者が自ら創作・形成あるいは収集・蓄積した情報を従業者に開示する場合と比べて使用者の管理意思が当該従業者にとどまらずすべてのアクセス可能者に対して明確に認識できるに足りる程度の管理を行う必要があるだろう」(37頁)と述べられたくだりなどが、なかなか興味深い(この点については、山根崇邦准教授もL&Tに昨年論文を掲載されているが、解釈については少しトーンが異なっている)。
*9:高部眞規子「営業秘密保護をめぐる民事上の救済手続の評価と課題」ジュリスト1469号42頁(2014年)。