魔法が解けた後の空しさ。

優勝候補と目されていたチームのエースが負傷で試合に出られない。キャプテンも累積警告で出場停止。負けたら終わりのトーナメント戦で、次は準決勝。
相手はライバルの強豪チーム。

これが「ジャンプ」の某有名コミックの中の話だったら、他のメンバーが穴を埋めるために奮起し、普段ベンチでムードメーカーに徹していた控え選手までもが、奇跡的な活躍*1を見せて、無事、優勝に向かうストーリーは紡ぎ続けられることだろう*2

一方、もう少し話を複雑にすることが多い、「マガジン」や「スピリッツ」の連載であれば、準決勝はさすがに「空しく惨敗」というストーリーで読者の涙を誘うかもしれない。
だが、その後に行われる3位決定戦では、出場停止が解けたキャプテンを中心にチームが一丸となり、負傷したエースがベンチか客席の近いところで仲間を見守る中で、見事な「復活」の勝利を飾って、めでたしめでたし、さぁ次は頑張ろう・・・ということになるはずである。


何かと世知辛い勝負の世界には、かつての「ジャンプ」のようなメルヘンチックな世界観はどうにもこうにも似合わないから、今回のW杯で、ネイマールとチアゴシウバを欠いたブラジル代表が、リアリズムに徹したドイツ代表に準決勝でコテンパンにやられた、というところまでは仕方なかったと思うが、その後、3位決定戦の開始の笛がなるまでの空気は、テレビとインターネットを通じて眺めている限り、もしかしたら少年漫画の世界が現実になるかも、というくらいの地元代表への追い風ムードで満ちていたはずだった。

出場停止が解けるチアゴ・シウバが、「次こそは」とばかりに堂々と胸を張って会見。
何とか選手生命を取りとめたネイマールもチームへの合流を発表し、極めつけは、ダビド・ルイスへの9歳少女の手紙(http://www.nikkansports.com/brazil2014/news/f-sc-tp0-20140712-1333275.html参照)なんてものまで飛び出してきて、愛されるセレソンが“有終の美”を飾るための舞台は、十分すぎるほど整っていた。

しかも相手は、監督も主力選手も「3位決定戦不要論」を公言してはばからず、かつて3位決定戦を“無気力相撲”のような戦いぶりで敗退した“前科”もある、あのオランダである。

延長、PK戦の死闘が2試合も続き、その結果敗れた挙句、休養日も相手より一日少ない、という状況で、選手たちがベストのパフォーマンスを発揮出来るわけがなかろう・・・というのが多くの専門家の見立てだったわけで、しかもモチベーションにも圧倒的な差があるのだから、今大会のブラジルにどんなに難があっても、よもや恥ずかしい試合をすることはあるまい、と、ブラジル国民でなくとも思ったはずだ。

それなのに・・・


あらゆる予定調和をぶち壊した0−3、という敗戦。
しかも、スコア以上に、内容がひどすぎた。

スコラリ監督は、「開始早々のPKが・・」と記者会見で話していたようだが、あのPKは、いつものようにキレキレで縦に突破したロッベンの動きに全く付いていけなかったチアゴ・シウバが、自陣ゴール前で手の打ちようがなくて無理やり引き倒した、というもので、同情の余地はほとんどない。

ロッベン選手のドリブルを起点とし、カイト選手、ファンペルシー選手が絡むオランダのカウンター攻撃の威力は、あのスペインを葬った大会初戦以降、どのチームにも分かり切っていたことで、決勝トーナメントで散って行ったチームたちも、いろいろと工夫してロッベンの突破をなるべく最小限にとどめようと知恵を絞って戦っていた*3

なのに、練習試合で当て馬にされた学生チームか・・・と言いたくなるような稚拙なディフェンスでボールを奪われて、早々に1点献上*4

その後も、縦方向の早い攻撃をほとんどケアできず、相手に体を張って寄せることもなかなかできなかったブラジルDF陣は、本格的な反撃に転じる前に、自陣に攻め込まれてボールを回され、最後はブリント選手にミドルシュートを叩きこまれて2失点目。

オランダが思ったほどメンバーを落としてこなかったうえに、負傷したスナイデル選手の代わりに入ったデグズマン選手が、非常にセンスの良いパスを連発するなど、ファンハール監督の采配が相変わらず冴えていたのは、ブラジルにとってはアンラッキーだったかもしれないが、それにしても・・・という状況だった。

2点目を取って以降、オランダが目に見えてペースを落としたことで、「7失点」以上の惨劇は免れたが、前半だけでもエンジンをかけっぱなしにしていたら、一体どこまで失点を続けたことだろう・・・。

一方、攻撃の方は、グループリーグでの日本代表を彷彿させるような間延びしたライン取りで、ボールが全くつながらず、最後尾の列の選手たちは、パスの出しどころを探しては、無理なフィードでボールを失ってばかり。
辛うじてブラジルらしさ、を体現していたオスカル選手と、何とかネイマールポジションで代役を張ろうとしていたウィリアン選手、そして、古き良き時代のブラジルを彷彿させる思い切りの良さを見せたマイコン選手*5を除けば、前半はカナリアイエローのユニフォームを脱がしたくなるような惨状だった*6

後半の戦術的交代で、若干リズムを取り返しかけたものの、シュートも詰めのクロスもことごとく正確さを欠き、オランダゴールにはほとんど脅威にならない。

そうこうしているうちに、ロスタイムでロッベン選手のカウンターからまたまた致命的な失点。

最後は、「3位決定戦に出てやったんだから、これくらいの余興はやらしてもらってもいいだろ」というファンハール監督のドヤ顔が目に浮かぶような、「GKの交替投入」*7という屈辱的な仕打ちを受け、涙を流す余地もない敗戦、ということになってしまった。


「伝統国かつ開催国」という色眼鏡を外してみれば、今回のブラジル代表、特にネイマール選手以外の攻撃陣にネームバリューが足りなかったんじゃないか、というのは、すぐに気付くことではある。

古くはカレカ、ベベットロマーリオの時代から、ロナウドロナウジーニョリバウド(いわゆる「3R」時代)、さらには最近でも、カカ、ロビーニョアドリアーノ、といった、まだ現役の選手たちに至るまで、全世界スター級の選手たちが攻撃陣のメンバーに名を連ねているのがブラジルのウリだったはずなのに、今大会と言えば、フレッジ選手だったり、(あの)フッキ選手だったり*8、と、どうも地味。

もちろん、DFの選手たちは欧州でも屈指の実力と実績を備えた選手たちだし、去年のコンフェデの時は、攻撃の選手たちも、早い出足で守備をしてそのまま速攻につなげる、という(従来のブラジルの戦い方とはちょっと違うけど)負けないための理想的なスタイルを見せていたから、それで良いのかなぁ・・・と思っていたのだが、大陸予選のガチンコ勝負を経ていないツケもあってか、ネイマール選手のスター性、カリスマ性を失って以降は、全く巻き返しの気配を感じさせることができなかった。


また、ここ2大会のW杯の結果からして、元々「どんなに頑張ってもベスト8どまりのチームしか作れない」というのが、今のブラジルの実力、という可能性もある。
決勝トーナメントで対戦したチリにしても、コロンビアにしても、「開催国&伝統国」というブラジルの看板に遠慮して道を譲ってしまったが、試合内容だけみれば、既にこのころから青息吐息だった。

チーム力としては互角以上でもなんとなく「胸を借りる」という雰囲気になってしまう、優勢に試合を進めていても「勝ってしまってよいのだろうか」という疑念を抱いてしまう、ブラジルは常にそんな魔法のようなオーラをまとったチームだったのだが*9、おそらくかつてW杯の舞台では決してなかった「連敗して大会を去る」という経験をブラジル代表がしたことは、これまでの“魔法”を解くのに十分すぎるほどのインパクトを、他の参加国にも与えてしまったのではないか、と思っている。

個人的には、子供の頃から、サッカーに関しては「特別な国」と教えられてきたブラジルが、「ただの南米の一代表」に成り下がるのは、ちょっと看過できないものがあるし、自分が目撃してきた、この国との日本代表の過去の“名勝負”の価値が揺らぐことは避けてほしいと思っているのだが、果たして4年後、さらにその先まで、ブラジル代表が今の存在感を維持できるかどうか・・・

今は、新しいサッカー界の秩序が形成されることへの期待よりも、何か大きな柱を失った憂鬱さ、空しさの方が大きいな・・・と感じているところである。

*1:例えば顔面ヘッドとか(笑)。

*2:美味しいシチュエーションなので、半年くらいはこの試合で連載を引っ張れそうだ・・・。

*3:メキシコにしても、コスタリカにしても、決して両サイドからのロッベンの突破を、そんなに自由には許してはいなかった。

*4:もしあそこでPKを取られていなくても、10分経たないうちに先制を許していたことだろう。

*5:サイドにいても活路が見いだせないからか、最後はCMFのようなポジションまでカバーしながら奮闘していた。

*6:オスカル選手が最終ラインのところまで下りてきて、そこからドリブルで敵陣に斬り込もうとしている姿を見たときは、悲しすぎて心の底から彼に同情した。

*7:これで、登録23選手全員が試合に出場する、という初の快挙(?)をやってのけた。

*8:日本でもスコアは上げていたし、欧州にわたってからさらにパワーアップした、という話は聞いてはいるが、それでも三大リーグから声がかかるタイプの選手ではないよなぁ・・・と思わずにはいられない。

*9:だからこそ、1点差でも守り切ったアトランタ五輪の“マイアミの奇跡”には価値があった。

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