12月にサプライズな選挙日程が入ったせいか、今年は、年末になって、審議会等で議論されてきた立法検討事項に関する取りまとめが、バタバタと世に公表される、という展開になっている。
そして、知財の世界で、今年一番のトピックだった「職務発明制度」に関する見直し案の報告書(産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会報告書)も、そんな状況でパブコメに付されることになった。
「我が国のイノベーション促進及び国際的な制度調和のための知的財産制度の見直しに向けて(案)」
http://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000121704
意見募集の締め切りは、1月15日。
方向性としては、審議会の終盤で議論され、日経紙等でも報道されていた方向性とあまり変わらない形で収まっているとはいえ、冬休みを挟んで、10営業日あるかないか、という日程は、意見を提出しようと手ぐすね待ち構えていた方々にとっては、いささか酷な気もするところである。
それはさておき、以下では、この小委員会報告書について、審議会終盤での議論等も交えながら、簡単にご紹介することにしたい。
明確に示された「使用者帰属」の方向性
報告書は「1.職務発明制度の見直し」、「2.特許料金等の改定」、「3.特許法条約及び商標法に関するシンガポール条約の加入」の3部構成となっており、中でも小委員会で激しい議論が展開された「1.」が最大の目玉、ということになる。
そして、この章において、冒頭で、
「現行制度の制定から約10年が経ち、現行法下における職務発明を巡る訴訟はほとんどなく、相当の対価についての予測可能性は、一定程度、高まったとの評価はできる。しかしながら、現行制度は、近年の企業におけるイノベーションの変化の実態に必ずしも対応していない側面があり、いくつかの問題が顕在化しつつある。そのため、本小委員会は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与する」ことを目的とする特許法固有の立法政策の観点に立ち返り、職務発明制度のあるべき姿について抜本的に見直すという問題意識の下、検討を進めた。」(2頁)
という問題意識が示され、
・企業におけるイノベーションの過程や、製品の高度化、複雑化に伴い、企業における相当の対価の算定に係るコストや困難が増大していること。
・二重譲渡や「特許を受ける権利が共有に係る場合の帰属の不安定性」など、「イノベーションの障害となりうる問題」を現行制度が発生させていること
といった具体的な「問題点」を指摘した上で、
「こうしたことから、企業におけるイノベーションの実態に合わせ、現行制度を見直す必要が認められる。」(3頁)
という結論が導かれたこと、そして、それに沿った改正の方向性として、
「第二に、職務発明に関する「特許を受ける権利」については、現行制度を改め、初めから使用者等に帰属するものとする。これにより、職務発明制度は、企業における研究開発が複数の従業員からなるチームによって行われるという実態に合ったものとなり、使用者等と従業者等が一体感をもってイノベーションを行うことがより容易になる。また、近年の製品の高度化・複雑化等に伴う知財管理の困難が軽減され、企業による知財の迅速な一括管理が可能となる。特に、「二重譲渡」「特許を受ける権利が共有に係る場合の帰属の不安定性」といった問題は、これによって解消される。」(4頁、強調筆者、以下同じ。)
と明確に記載したところまでが、本報告書の一つの“ハイライト”ということになるだろう。
日経紙の報道などでは、かなり前から「特許法35条見直し」、「法人帰属」という方向性が決まっていたかのように報じられていたのだが、実際に小委員会の議事録に目を通してみると、立法事実があるのかどうか、という根本的部分から、かなり激しい議論がなされていたことが分かる。
特に、日本労働組合総連合会(連合)の土井委員は、議論が大詰めとなった第9回小委員会(10月17日)の段階でも、
「従業員帰属、法定対価請求権ありという現行法の基本構造を見直す必要はないという立場は今も変わっておりません。」
「現時点では2004年改正法に関する判例の蓄積はないという事実もありますし、これまでの小委員会の議論を聞く中では、さらなる法改正を行うまでの立法事実というのは認められなかったと考えております。」(16頁)
と発言しているし*1、法改正の是非には正面から言及していない委員の中にも、
「ガイドラインに従って合理的と考えられるような手続が定められていることを使用者帰属の要件にするというようにすれば、先ほど言った不合理な使用者帰属のものは存在しないということになります。このようなものの妥当性はともかく、使用者帰属としておいたうえで、ガイドラインに従わないものがあった場合に従業者のために何らかのセーフティネットを設けるということは難しいのではないかと思っております。」(第10回議事録18頁・茶園委員発言)
と、「一律に法人帰属とすること」への疑念を呈していた委員が最後までいたことを考えると、思い切ったとりまとめになったな、という印象すら受ける*2。
特許法35条改正を目指していた立場の人々にとって、「帰属」の問題は、元々“本丸”ではなく、あくまで「先決問題」に過ぎなかった*3ことを考えると、一義的に定まる、というのはある意味当たり前の話なのだが*4、中盤の議論のもつれぶりからすると、ここまできれいに明記されたことについては、やれやれ・・・という思いを抱いた人も少なくなかったのではなかろうか。
もっとも、報告書の中では、大学等の研究機関や、審議の途中でふって湧いた“中小企業問題”*5の取り扱いについて、上記記載に続いて、
「ただし、特許を受ける権利の従業者等帰属を希望する法人(特許を受ける権利を研究者に帰属させることが適切な大学や研究機関や、特定の組織に専従せずに個人として活動する優れた研究者を引きつけるために特許を受ける権利の従業者等帰属を経営戦略として選択する企業等)については、従前通り、それを可能とするものとし、本制度改正によって不利益を被ることのないようにする。」
「また、職務発明に関する契約・勤務規則等を有しない法人に対しては、特許を受ける権利が当該法人に自動的に帰属することで、当該法人に所属する発明者の権利が不当に扱われ、使用者等と従業者等の間のトラブルの原因となることのないようにする。もとより、職務発明に関する契約・勤務規則等は整備すべきものではあるが、その一方で、職務発明に関する契約・勤務規則等を定めることが難しい中小企業が存在するという実態にも配慮する必要がある。なお、こうした配慮をするに当たっては、特許を受ける権利の帰属が不安定化しないようにすることが必要である。」(4頁)
という微妙な言い回しも使われており、改正法の条文がどのような形で規定されるのか、具体的な見通しが付けにくい状況にあることは否定できない*6。
山本委員が第10回小委員会の中で示した2通りの「改正後の35条の姿」(議事録34頁)に対しても、いずれの方向性になるか、ということは、(少なくとも第10回の小委員会の中では)明言されていないわけで、具体的な条文がどのように作られるか、というところまで見極めないと「帰属の安定化」が図れるかどうかを軽々しく判断することはできない、と思うところである。
先が読めない「発明者に対するインセンティブ」の行方
一方、より分かりにくくなっているのが、「発明者に対するインセンティブ」に関する方向性である。
この点については、先ほどの「現行制度を見直す必要が認められる」という記載に続いて、
「ただし、本見直しは、インセンティブの切り下げを目的とするものではなく*7、企業の国際競争力・イノベーションを強化する上では、研究者の研究開発活動に対するインセンティブを確保することが大前提であるという視点を欠いてはならない。企業における研究者のインセンティブ施策については、基本的には、企業の自主的な創意工夫に委ねることが望ましい。しかし、その一方で、使用者等の規模、業種、研究開発体制、遵法意識、従業者等への処遇などに大きな濃淡があるため、使用者等の自主性のみに委ねても従業者等の発明へのインセンティブが確保されるとは言えない場合もある。このため、研究者のインセンティブについては、一定程度、法制度によって担保することが使用者等及び従業者等双方にとって有意義であると考えられる。」(3頁)
という基本姿勢が示され、さらに、改正の方向性として、
「第一に、職務発明に関する特許を受ける権利については、使用者等に対し、契約や勤務規則等の定めに基づき、発明のインセンティブとして、発明成果に対する報いとなる経済上の利益(金銭以外のものを含む)を従業者等に付与する義務を課すことを法定する。また、使用者等は、インセンティブ施策について、政府が策定したガイドライン(後述)の手続に従って、従業者等との調整を行うものとする。これにより、従業者等には、現行の職務発明制度における法定対価請求権と実質的に同等の権利が保障されることとなる。」(3〜4頁)
「第三に、政府は、インセンティブ施策の策定の際に使用者等に発生するコストや困難を低減し、法的な予見可能性を高めるため、本小委員会等の場において関係者の意見を聴いて、インセンティブ施策についての使用者等と従業者等の調整の手続(従業者等との協議や意見聴取等)に関するガイドラインを策定する。なお、政府は、ガイドラインの策定にあたっては、研究活動に対するインセンティブについて民間における創意工夫が発揮されるよう、民間の自主性を尊重するものとする。また、業種ごとの研究開発の多様な実態、経済社会情勢の変化を踏まえたものとする。これにより、使用者等と従業者等の調整をより円滑化し、インセンティブに関する従業者等の納得感を高めるとともに、近年の製品の高度化・複雑化等によって再燃するおそれのある訴訟リスクの低減を図る。」(4頁)
ということが明記されている。
ここでのポイントは、報奨を付与する義務自体は使用者の義務として残るものの、(仮に発明者側に請求権が残るとしても)それは「法定請求権」ではなく、契約等に基づく請求権であること(第9回議事録27頁・大渕委員長発言等も参照)、報奨の内容は金銭に限られないこと、そして、「ガイドライン」の内容が、各使用者がインセンティブ施策を決定する上で大きな意味を持つ、ということであろう。
産業界の意見と、それに対抗する労働界、有識者の意見との間で落としどころを模索し、一時期浮上した「特許庁の審査・認定」というイレギュラーな案も排除した結果*8、ようやくたどり着くことができたのが、この20行弱のとりまとめであり、短期間でここまでまとめ上げた関係者の方々には心から敬意を表したい。
そして、この短いとりまとめの中に、
「発明者にこそきちんと十分なインセンティブを差し上げるためには、やはり、裁判を、法廷闘争をしなければお金が、(略)入ってこない制度というのが果たして良い制度なのかというのは大いに疑問と思います。この意味では、貴重なエネルギーは法廷闘争に注ぐよりは、事前に、協議をしっかり尽くした上で納得感の得られる報奨規則をつくっていくという方が意義があると思われます。」(第9回議事録・28頁)
という大渕委員長ご自身の思いが込められていることも、疑いはないところだと思う。
だが、これまで専ら「発明の価値評価」を中心に行われてきた特許法の世界の実務に、「プロセス重視」という労働法の世界のプラクティスをストレートに持ち込むのは、やはり壮大な実験、というほかないわけで、そのような「実験」的な新しい「職務発明制度」が各企業の中で軋みが生じないように運営されていくために、どのような手立てが講じられるのか、各企業で自主的に講じなければならないことはどのようなことか、ということを、この報告書の短い記載から読み解くことはなかなか難しい*9。
小委員会の議事録を見ると、
「ガイドラインに従って契約や勤務規則で定められた対価、というか、言葉は変わりますので、経済上の利益と言っておきますが、それについては裁判で覆されることはないと考えています。言いかえれば、ガイドラインに従っている限り、契約や勤務規則で定められた経済上の利益は優先する、尊重されるというのが今回の制度の肝だと考えてございます」(第10回議事録20〜21頁、中野制度審議室長発言)
という事務方の見解が示される一方で、そのガイドラインのレベルについては、現在の35条4項のレベルよりも上がるのではないか、という指摘(第10回議事録21頁・山本委員発言)や、「ガイドラインを法律に根拠を置いて定めるのであれば、それに相応した内容のものでなければならない」(同22頁・土田委員発言)とレベルの引き上げを志向する発言も出てきているところでもある。
ガイドラインの具体的な内容については、今後、小委員会において議論されていくことになるのだろうが、
という魔法のようなガイドラインが本当にできるのかどうか。
ガイドラインが柔軟であればあるほど、それに合わせて制定した社内規則に基づく報奨支払いの妥当性が、裁判所で否定される可能性が高まるはずだし、逆に裁判所が介入できないような立法の建付けにするのであれば、(一部の先進的企業を除けば)ほとんどの会社で現在の実務を見直さないといけないような厳格なガイドラインの制定が志向されることになるように思われるだけに、具体的な特許法35条の改正案の内容と合わせて、このガイドラインの内容からも目が離せなくなっているのは間違いない。
おわりに
小委員会報告書の末尾には、「なお」書きとして、以下のような高らかな理想が掲げられている。
「職務発明制度を巡っては、「発明は会社のものか、社員のものか」といった短絡的な議論がなされることが少なくないが、上記の見直し後の新たな制度の下では、そのような会社と社員の二項対立を想定したような問いは、不適切である。新たな制度の下では、職務発明に関する「特許を受ける権利」は、原則として、初めから会社に帰属することとなるが、職務発明の発明者は、従前通り、社員とされる(「発明者人格権の従業者等帰属」)。それゆえ、職務発明が会社と社員のいずれのものかを言うことは、一概にはできない。また、優れた職務発明は、会社の経営者と社員が目的を共有し、協働するときに生み出すことができる。その成果は、いわば経営者と社員の共通の利益であって、その利益がいずれに帰するかを争うことは生産的であるとは言えない。本小委員会が提言する新たな職務発明制度の下では、使用者等と従業者等が一体感をもって、共通の目的の下で、より着実にイノベーションを推進できる環境が整うものと期待される。」(4〜5頁)
いろいろと突っ込みたいところはあるものの、高い理想を目指して制度改正を進めることの意義は、自分とて否定はしない。
あとは、このフレーズに恥じないような新しい制度を、使用者・発明者双方にとって、現行特許法35条より後退させることなく設けることができるかどうか、全てはそこにかかっている。
それゆえ、(関係者は重々ご承知のことと思うが)「ここから先」が大事なのだ、ということを、あえてこの場でも、書き残しておくことにしたい。
*1:最終的には「これまでの小委員会での議論ですとか、皆様の意見の積み重ねを踏まえたとりまとめだと思っておりますので、そのような受けとめをしております」(第10回議事録・36頁)と拳を下ろしているが、当初は“出来レース”的な香りもあったこの小委員会の流れを変えた、という意味で、大きな存在感を発揮したと言えるだろう(その結果が、ベストな選択につながったかどうか、というのはまた別問題なのだが・・・(後述)。
*2:第9回の小委員会で、京大の山本敬三委員が「帰属に関しては、やはり安定的である必要があると思います。」(第9回議事録34頁)、と発言し、大渕委員長が「権利の帰属というのは法律関係の出発点たる基礎となりますから、安定的であることは、取引先を含めて関係者全員のために不可欠だと思っております」(同34頁)と引き取ったあたりで、流れが決した感はあったのだが、それでもまだくすぶっているものはあるような気がする。
*3:この点については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140904/1410672901参照。
*4:これまでだって、発明規程さえ設けておけば、一義的に使用者に帰属する、という整理をすることができたのだから。
*5:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141027/1414941812参照。
*6:この点については、第10回小委員会での「法人帰属にしたい会社はその宣言をしていただければ済むだけの話です」(24頁)という大渕委員長のコメントなどが一つの参考になるが、その後の産業界の委員とのやり取りを読むと、少々思惑がずれているところもあるように思われる。
*7:このくだりは、連合の土井委員の第10回小委員会での指摘(議事録36頁)に基づいて盛り込まれたもののようだが、何を基準(従来から企業が容易していたインセンティブに関するメニューとの比較なのか、それとも、裁判所が過去に認めてきた「相当の対価」との比較なのか)とした切り下げなのか、ということによって意味が大きく異なってくると思われ、修辞的な表現として片づけるには重いフレーズのように思えてならない。
*8:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140818/1408383008
*9:これに対し、平成16年改正後、現在まで運用されている特許法35条は、「プロセス重視」という要素を取り込みつつも、最終的には「発明の価値」という基本的な部分に立ち戻って「相当の対価」が判断される建付けになっており、裏返せば最終的な「相当の対価」を意識しながら、使用者・発明者間のプロセスを組み立てることができた、という点で、実にバランスの良い規定になっていた、と思う。なぜ、この規定の運用の定着を見極める前に、関係者が「特許法35条改正」に動いてしまったのか、返す返すも自分は残念でならない。