応用美術の「常識」を覆した新判断〜「TRIPP TRAPP」幼児用椅子著作権侵害事件・控訴審判決

「(実用目的の)『応用美術』が著作物として保護されるか?」

というのは、著作権法の世界では、一大論点として長年議論されてきたテーマである。

当ブログにおいても、過去に何件か、この点が争点となった裁判例を取りあげてきたし*1、最近でもカスタマイズドールから体験型装置(スペースチューブ)、ワイナリーの看板、ファッションショー、建売住宅といったものまで、この点が争われた事例には事欠かない。

そして、この論点については、これまで、

「意匠法との境界を画するという観点から、保護を受ける応用美術とは、著作権法で保護されている純粋美術と同視できるものであると解すべきである。」
「このような応用目的が存してもなお著作権法の保護を受けるに足るプラスαがある応用美術に限り著作物として認知すべき」
中山信弘著作権法〔第2版〕』171頁(有斐閣、2014年)

という見解が有力であり、これまでの裁判例においても、印刷用書体(タイプフェイス)の著作物性に関する最一小判平成12年9月7日*2における、

「印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。」(強調筆者、以下同じ)

という判示が、適宜アレンジされながら用いられてきた*3

ところが、今週、「TRIPP TRAPP」という名称で知られる幼児用椅子の形態模倣を巡る訴訟において、これまでの常識を覆すような判断が、知財高裁によって下された。

以下では、今後、様々なところで議論の中心に上ってくると思われるこの判決を紹介するとともに、これからの展望に少し目を向けてみることにしたい。

知財高判平成27年4月14日(H26(ネ)第10063号)*4

控訴人:ピーター・オプスヴィック・エイエス(オプスヴィック社)、ストッケ・エイエス(ストッケ社)
被控訴人:株式会社カトージ

既に紹介したとおり、本件は、被控訴人の製造、販売する被控訴人製品の形態が、控訴人らの製造に係る製品(製品名:「TRIPP TRAPP」)の著作権を侵害するか、が争われた事件である*5

本判決でも前提事実とされているとおり、この椅子は、昭和49年からわが国に輸入され、販売されている有名な製品であり、控訴人らが他のメーカー(アップリカ・チルドレンズプロダクツ株式会社)を相手どって提起した訴訟(東京地判平成22年11月18日)においては、「原告ストッケ社の商品等表示としての周知性」が認められ、不競法2条1項1号該当性が肯定されて、差止請求、損害賠償請求が一部認められている*6のだが、株式会社カトージの製品(「スタイリッシュハイチェア NewYorkBaby」、「エースチェア」等)について争った本件では、原審(東京地判平成26年4月17日、H25(ワ)第8040号)*7で原告側の請求が退けられてしまったため、紛争の舞台が知財高裁に移ることになった*8

控訴人側が勝訴した別件訴訟の地裁判決と、敗訴した本件原審の判決を見比べると、結論を異にした最大の理由が、

「被告製品は,第1の形態的特徴を備えておらず,原告製品の商品等表示とは重要な点で相違するから,それが第2の形態的特徴を備えていることを考慮しても,取引の実情の下において,取引者又は需要者が両形態の外観に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるとは認められない。」(原審判決PDF15頁)

という被告側製品の形態の違いにあったことは明らかだから*9、「被控訴人製品に、控訴人製品には存在しない「部材C」(椅子の背面を支える脚)が存在する」という差異を、不正競争防止法上の「商品等表示の類似性」判断をめぐる法的評価の中でどう解消するか、というのが、控訴審に臨む控訴人らにとっての最大の勝負どころになる、と予想されるところであった。

そして、著作権侵害の主張の前提となる控訴人製品の「著作物性」については、原告(本件控訴人)が勝訴した平成22年判決においてすら、

著作権法2条1項1号は,著作物を 「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう 」と規定し,同条2項において 「この法律にいう「美術の著作物」には,美術工芸品を含むものとする 」と規定する。これらの規定は,意匠法等の産業財産権制度との関係から,著作権法により美術の著作物として保護されるのは,純粋美術の領域に属するものや美術工芸品であり,実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されているもの(いわゆる応用美術)は,それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美術性を備えている場合に限り,著作権法による保護の対象になるという趣旨であると解するのが相当である。本件デザインは,いすのデザインであって,実用品のデザインであることは明らかであり,その外観において純粋美術や美術工芸品と同視し得るような美術性を備えていると認めることはできないから著作権法による保護の対象とはならないというべきである。」(平成22年判決PDF26〜27頁)

という伝統的な見解に則って退けられていたし*10、本件原審判決でも、

「原告製品は工業的に大量に生産され,幼児用の椅子として実用に供されるものであるから(弁論の全趣旨),そのデザインはいわゆる応用美術の範囲に属するものである。そうすると,原告製品のデザインが思想又は感情を創作的に表現した著作物(著作権法2条1項1号)に当たるといえるためには,著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から,実用的な機能を離れて見た場合に,それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えていることを要すると解するのが相当である。本件についてこれをみると,原告製品は,証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば,幼児の成長に合わせて,部材G(座面)及び部材F(足置き台)の固定位置を,左右一対の部材Aの内側に床面と平行に形成された溝で調整することができるように設計された椅子であって,その形態を特徴付ける部材A及び部材Bの形状等の構成(なお,原告製品の形態的特徴については後記2参照)も,このような実用的な機能を離れて見た場合に,美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えているとは認め難い。したがって,そのデザインは著作権法の保護を受ける著作物に当たらないと解される。」(判決PDF10〜11頁)

と、(多少当てはめは丁寧になったものの)明確に否定されていたから、ここでは勝負にならないだろうなぁ・・・というのが、一般的な見方だったと言えるだろう。

だが、控訴人側が、不競法違反をめぐる争点だけにとどまらず、著作権侵害についても「著作物性」の問題から丹念に主張を行ったことが効を奏したのか、知財高裁判決は、「控訴人製品の著作物性の有無」について、以下のような予想外の判断を示すことになった。

著作権法は,同法2条1項1号において,著作物の意義につき,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と規定しており,同法10条1項において,著作物を例示している。控訴人製品は,幼児用椅子であることに鑑みると,その著作物性に関しては,上記例示されたもののうち,同項4号所定の「絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物」に該当するか否かが問題になるものと考えられる。この点に関し,同法2条2項は,「美術の著作物」には「美術工芸品を含むものとする。」と規定しており,前述した同法10条1項4号の規定内容に鑑みると,「美術工芸品」は,同号の掲げる「絵画,版画,彫刻」と同様に,主として鑑賞を目的とする工芸品を指すものと解される。しかしながら,控訴人製品は,幼児用椅子であるから,第一義的には,実用に供されることを目的とするものであり,したがって,「美術工芸品」に該当しないことは,明らかといえる。」
「そこで,実用品である控訴人製品が,「美術の著作物」として著作権法上保護され得るかが問題となる。この点に関しては,いわゆる応用美術と呼ばれる,実用に供され,あるいは産業上の利用を目的とする表現物(以下,この表現物を「応用美術」という。)が,「美術の著作物」に該当し得るかが問題となるところ,応用美術については,著作権法上,明文の規定が存在しない。しかしながら,著作権法が,「文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的と」していること(同法1条)に鑑みると,表現物につき,実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって,直ちに著作物性を一律に否定することは,相当ではない。同法2条2項は,「美術の著作物」の例示規定にすぎず,例示に係る「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても,同条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては,「美術の著作物」として,同法上保護されるものと解すべきである。したがって,控訴人製品は,上記著作物性の要件を充たせば,「美術の著作物」として同法上の保護を受けるものといえる。
「著作物性の要件についてみると,ある表現物が「著作物」として著作権法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることを要し(同法2条1項1号),「創作的に表現したもの」といえるためには,当該表現が,厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの,作成者の何らかの個性が発揮されたものでなければならない。表現が平凡かつありふれたものである場合,当該表現は,作成者の個性が発揮されたものとはいえず,「創作的」な表現ということはできない。応用美術は,装身具等実用品自体であるもの,家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの,染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり(略),表現態様も多様であるから,応用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。」(以上PDF27〜29頁)

本件製品が「美術工芸品」に該当しない、というところまでは、これまでの判決とも全く異なるものではないのだが、それに続いて、一般的な著作物性の要件を示したうえで、「応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえ(ない)」としたところが、上記判示の最大のキモであろう。

そして、本判決は、さらに続いて、控訴人製品の特徴を、類似製品と比較しながら丁寧に分析し、「控訴人製品の形態的特徴が、幼児用椅子としての機能に係る制約により、選択の余地なく必然的に導かれるものということは、できない」(PDF32頁)と述べた上で、

「控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,(1)「左右一対の部材A」の2本脚であり,かつ,「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点,(2)「部材A」が,「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点において,作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており,「創作的」な表現というべきである。したがって,控訴人製品は,前記の点において著作物性が認められ,「美術の著作物」に該当する。」(32頁)

と、結論においても控訴人製品の著作物性を肯定したのである。


判決においては、さらに、前掲の「高度の創作性基準不要説」に立脚し、従来の有力説に則った被控訴人の主張をことごとく退ける説示が続く。

「応用美術の著作物性が肯定されるためには,著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から,実用的な機能を離れて見た場合に,それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えていることを要する」という主張に対しては、

「前述したとおり,応用美術には様々なものがあり,表現態様も多様であるから,明文の規定なく,応用美術に一律に適用すべきものとして,「美的」という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは,相当とはいえない。また,特に,実用品自体が応用美術である場合,当該表現物につき,実用的な機能に係る部分とそれ以外の部分とを分けることは,相当に困難を伴うことが多いものと解されるところ,上記両部分を区別できないものについては,常に著作物性を認めないと考えることは,実用品自体が応用美術であるものの大半について著作物性を否定することにつながる可能性があり,相当とはいえない。加えて,「美的」という概念は,多分に主観的な評価に係るものであり,何をもって「美」ととらえるかについては個人差も大きく,客観的観察をしてもなお一定の共通した認識を形成することが困難な場合が多いから,判断基準になじみにくいものといえる。」(PDF33頁)

と「美的」というフレーズによる判断基準のかさ上げに疑問を呈した上で、被控訴人側が根拠とした

(1)著作権法及び意匠法の重複適用は相当ではない
(2)応用美術とされる商品に著作権法を適用することについては,それによって,当該商品の分野の生産的側面及び利用的側面において弊害を招く可能性を考慮して判断すべきであり,この点に鑑みると,純粋美術が,何らの制約を受けることなく美を表現するために制作されるのに対し,応用美術は,実用目的又は産業上の利用目的という制約の下で制作されることから,著作権法上保護されることによって当該応用美術の利用,流通に係る支障が生じることを甘受してもなお,著作権法を適用する必要性が高いものに限り,著作物性を認めるべき*11

という考え方についても、

「確かに,応用美術に関しては,現行著作権法の制定過程においても,意匠法との関係が重要な論点になり,両法の重複適用による弊害のおそれが指摘されるなどし,特に,美術工芸品以外の応用美術を著作権法により保護することについては反対意見もあり,著作権法と意匠法との調整,すみ分けの必要性を前提とした議論が進められていたものと推認できる(略)。しかしながら,現行著作権法の成立に際し,衆議院及び参議院の各文教委員会附帯決議において,それぞれ「三 今後の新しい課題の検討にあたっては,時代の進展に伴う変化に即応して,(中略)応用美術の保護等についても積極的に検討を加えるべきである。」,「三 (中略)応用美術の保護問題,(中略)について,早急に検討を加え速やかに制度の改善を図ること。」と記載され(略),応用美術の保護の問題は,今後検討すべき課題の1つに掲げられていたことに鑑みると,上記成立当時,応用美術に関する著作権法及び意匠法の適用に関する問題も,以後の検討にゆだねられたものと推認できる。そして,著作権法と意匠法とは,趣旨,目的を異にするものであり(著作権法1条,意匠法1条),いずれか一方のみが排他的又は優先的に適用され,他方の適用を不可能又は劣後とするという関係は,明文上認められず,そのように解し得る合理的根拠も見出し難い。加えて,著作権が,その創作時に発生して,何らの手続等を要しないのに対し(著作権法51条1項),意匠権は,設定の登録により発生し(意匠法20条1項),権利の取得にはより困難を伴うものではあるが,反面,意匠権は,他人が当該意匠に依拠することなく独自に同一又は類似の意匠を実施した場合であっても,その権利侵害を追及し得るという点において,著作権よりも強い保護を与えられているとみることができる。これらの点に鑑みると,一定範囲の物品に限定して両法の重複適用を認めることによって,意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが一律に失われるといった弊害が生じることも,考え難い。以上によれば,応用美術につき,意匠法によって保護され得ることを根拠として,著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は,見出し難いというべきである。かえって,応用美術につき,著作物としての認定を格別厳格にすれば,他の表現物であれば個性の発揮という観点から著作物性を肯定し得るものにつき,著作権法によって保護されないという事態を招くおそれもあり得るものと考えられる。
「また,応用美術は,実用に供され,あるいは産業上の利用を目的とするものであるから,当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要があるので,その表現については,同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならない。応用美術の表現については,このような制約が課されることから,作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され,したがって,応用美術は,通常,創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が,上記制約を課されない他の表現物に比して狭く,また,著作物性を認められても,その著作権保護の範囲は,比較的狭いものにとどまることが想定される。以上に鑑みると,応用美術につき,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を認めても,一般社会における利用,流通に関し,実用目的又は産業上の利用目的の実現を妨げるほどの制約が生じる事態を招くことまでは,考え難い。」(PDF33〜35頁)

と、立法経緯まで丹念に掘り返しながら、従来の考え方の妥当性を一つ一つ否定していった*12

知財高裁(第2部)としても、従来の裁判所の判断と一見すると180度異なるような説示をするには、相応の理屈を述べる必要があると考えたのだろう。
結果的に、本判決においては、「著作物性」に関する説示だけで、実に10ページもの紙幅が費やされている。

裁判所は、肝心の「侵害の有無」については、

「控訴人製品は,控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴につき,(1)「左右一対の部材A」の2本脚であり,かつ,(2)「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点に著作物性が認められるところ,被控訴人製品は,いずれも4本脚であるから,上記(1)の点に関して,控訴人製品と相違することは明らかといえる。他方,被控訴人製品は,4本ある脚部のうち前方の2本,すなわち,控訴人製品における「左右一対の部材A」に相当する部材の「内側に床面と平行な溝が複数形成され,その溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)をはめ込んで固定」しており,上記(2)の点に関しては,控訴人製品と共通している。また,被控訴人製品3,4及び6は,「部材A」と「部材B」との結合態様において,控訴人製品との類似性が認められる。しかしながら,脚部の本数に係る前記相違は,椅子の基本的構造に関わる大きな相違といえ,その余の点に係る共通点を凌駕するものというべきである。」(PDF36〜37頁)

と、2ページにも満たない説示で、あっさりと退けているし、不正競争防止法に基づく請求についても、「商品等表示」性こそ認めたものの、前記著作物の類否に関する判断部分をそのまま引用して、控訴人側の主張をあっさりと退けているから*13、控訴人側としては、おそらくかなり複雑な心境なのではなかろうか、と推察する。

ただ、この種の紛争において、不正競争防止法違反だけでなく、「著作権侵害」による救済の可能性が確保される、ということになれば、創作者側としては将来的に有利に働くことが多いわけで*14、未来に向けて道を開いた、という意味では、やはり、「画期的な判決を勝ち取った」ということになるのだろう、と思われる*15

本判決を受けた「応用美術」をめぐる議論の行方

さて、これだけインパクトのある判断が示された、となると、気になるのは今後の「応用美術の著作物性」をめぐる議論の行方である。

TRIPP TRAPP」の椅子に関して言えば、

「一般論としてみれば、工業製品のデザインはアートとして評価されるものも多く、文化的な要素が含まれる場合もあることから、著作権法による保護を与えることについて躊躇する必要はないと考える。」
「実用性の高い『いす』であったとしても、機能性以外の部分において、著作権法による保護を認める余地があるのではないかと思われる。」
(鈴木香織「TRIPP TRAPP事件」著作権研究第39号の277頁)*16

という指摘がかねてからなされていたところでもあり*17、製品に不競法上の「商品等表示」性が認められていたことからしても、今回、著作物性が認められたこと自体に大きな異論は出てこないのかもしれないが、「意匠法とのすみ分けの必要性」等、これまで「高度の創作性基準」採用の根拠とされていた見解をことごとく消極に解した説示の部分については、かなりの議論を呼ぶことが予想される*18

そして、奇しくも、昨年、「ファッションショーにおける美的表現」について、「実用目的の応用美術であっても,実用目的に必要な構成と分離して,美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては,上記2条1項1号に含まれる「思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物」と客観的に同一なものとみることはできないのであるから,これは同号における著作物として保護されない」として著作物性を否定した知財高裁の判断が示されたところであり(知財高判平成26年8月28日、H25(ネ)第10068号)*19、同判決における、

「2条2項の応用美術保護規定の解釈論それ自体に対する本件判旨の特色的な考え方」

を指摘する評釈等も、見られるようになってくるなど*20、「応用美術」の話題が盛り上がり始めていたところだっただけに、なおさらであろう。

「ファッションショー」の事件に関しては、「定型的な量産実用品それ自体の美的表現ではなく、モデルによるその実践的な装着によって得られる非定型的な美的表現(装着衣装等の美的コーディネート)であり、意匠法の保護対象たる物品の美的外観(意匠2条1項)とはなり難いもの」*21が対象となったものであり、「タイプフェイスと同様に意匠法との調整問題が生じにくい応用美術を前提とするものと解し、その射程を、そうした応用美術との関係に限定して捉えることも可能」*22という指摘もなされているため*23、今回の「椅子」の判決とは棲み分けが可能、という評価もありうるのだろうが、著作物性の判断における「美的鑑賞の対象となる美的特性の要否」という点において、同じ知財高裁で、近接した時期に全く異なる判断が示された、というのは、やはり驚くべきことで、しばらくは下級審レベルでの混乱が続くことも予想される。

なので、個人的には、最高裁で上告受理申立を受けていただいて、明確な結論を示していただくのがよいのではないか、と思っているところではあるのだが*24、仮に最高裁の判断が示されるとしても、それは1年か2年は先の話。

それまでの間、どのような議論が展開されるのか、楽しみに見守っておくことにしたい。

*1:例えば、シリーズ小物に関する東京地判平成20年7月4日(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080717/1216342238)や、黒烏龍茶のパッケージデザインに関する東京地判平成20年12月26日(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090121/1232843445)など。

*2:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/774/054774_hanrei.pdf

*3:もっとも、タイプフェイスは意匠法による保護が予定されているものではなく、前記最高裁判決においても、「既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれがあ」ることや、「文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ、これが一般的に著作物として保護されるものとすると、著作権の成立に審査及び登録を要せず、著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては、わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される」といった根本的な“独占適応性”の問題が指摘された上で、保護が否定されている、という点に留意する必要がある。

*4:第2部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/044/085044_hanrei.pdf

*5:後述するとおり、控訴人製品の形態的特徴が「商品等表示」に該当する、として、不正競争防止法2条1項1号又は2号該当性や、民法709条の一般不法行為の成立も争われている。

*6:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/897/080897_hanrei.pdf

*7:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/138/084138_hanrei.pdf

*8:なお、判決の代理人弁護士の欄を見ると、本件の第一審と控訴審で、顔ぶれが一新されていることが分かる。控訴審代理人弁護士となっているのは三村量一・元知財高裁判事を筆頭とする長島・大野・常松法律事務所の弁護士たちである。

*9:本件判決のPDF46〜66頁には、控訴人、被控訴人製品の形状等が、写真付きで詳細に紹介されており、今後、同種事案の問題を考える上での素材として、資料価値は高い。

*10:原告らは「ベルヌ条約加盟国では応用美術が保護されるから,本件デザインは我が国においても著作権法による保護の対象となる」旨も主張したようであるが、この点についても、「同条約は,応用美術の著作物に関する法令の適用範囲及び保護の条件について各国の法令の定めるところによるとしており(同条約2条7項 ,我が国の著作権法における応用美術の保護の範囲)の解釈は上記のとおりであるから,我が国以外のベルヌ条約加盟国中に応用美術を保護の対象とする国があったとしても,本件デザインは我が国の著作権法による保護の対象とはならないというべきである。」としてあっさり退けられている。

*11:このような、「応用美術の制作・流通の実情を考慮」するという考え方は、中山信弘教授の概説書においても示されている(前掲・中山171頁)。

*12:なお、控訴人は、タイプフェイスの最高裁判決も意識してか、「美的創作性に重点が置かれていない工業製品一般に広く著作権を認めることになれば,著作権の氾濫という事態を招来する,特に,控訴人製品は,椅子という実用品であり,しかも,控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,椅子に必須の基本的構成である脚部の形状に関するものであるから,このように創作の幅が制限されたものを一般的に著作物として保護すれば,同一又はわずかに異なる多くの椅子について著作権が乱立するなどの弊害が生じる」という主張も行なっていたようであるが(PDF9〜10頁)、意匠権による保護の可能性もあることを考えると、さすがにちょっとこれは言い過ぎのように思われ、判決の中でも、「著作物性が認められる応用美術は,まず「美術の著作物」であることが前提である上,前記(略)のとおり,その実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を発揮し得る表現でなければならないという制約が課されることから,著作物性が認められる余地が,応用美術以外の表現物に比して狭く,また,著作物性が認められても,その著作権保護の範囲は,比較的狭いものにとどまるのが通常であって,被控訴人主張に係る乱立などの弊害が生じる現実的なおそれは,認め難いというべきである。」(PDF35〜36頁)と、たしなめられている。

*13:ちなみに、本判決は、控訴人製品の著作物性を認めるためのあてはめの過程において、平成22年判決で類似性が認められたアップリカの製品についても「客観的形態において・・・控訴人製品とは異なるものといえる」と述べており(PDF31頁)、類否判断については、むしろ従来の判決よりも厳しくなった、という印象を受ける。また、本判決のような論旨で、実用的な応用美術の著作物性を認める、という判断がありうるとしても、侵害の成否を判断する上で、著作権侵害の判断基準と不競法違反の判断基準が同じで良いのか(両者の制度趣旨・目的は異なる)、という点については、さらに議論を深める必要があると思われるところで、本判決が著作権侵害の成否に関するあてはめを、そのまま不競法上の「商品等表示」の類似判断に引用したことには疑問もあるところである。

*14:本件では控訴人製品があまりに著名であったためにクリアできているが、不競法において、「商品形態」を商品等表示として認めてもらうためのハードルは本来かなり高い。また、不競法一本だと、平成22年判決のように、製造・販売者については「商品等表示」としての保護が与えられるが、実際にデザインに関する権利を有している者は保護されない、という事態も生じうるから、デザイン創作者としては著作権法による保護が認められればそれにこしたことはないと言える。

*15:判決文の上記のくだりをよく読めば、本判決は、実用的な応用美術に関する「創作性」のハードルを通常の著作物に合わせただけで、機能的な制約等も踏まえた「著作物性」が認められる範囲を大きく広げたわけではない、ということにすぐ気付くのだが、そうだとしても、この種の製品に関して「デッドコピー」品が流通することも多いこと等を考慮すれば、権利者の救済手段を増やす、という観点からの意義は大きい、と言えるだろう。

*16:前記平成22年判決に対する評釈である。

*17:なお、鈴木講師は、平成22年判決の事案においては、客体の著作物性に関する主張が「具体性を欠いており必ずしも十分ではなかったのかもしれない」ということも指摘しており、「結論としては妥当であると評価せざるを得ない」としている(278頁)。

*18:なお、最近の下級審では、住宅デザインの著作物性が争われた事案において、「一般住宅が「建築の著作物」に当たるということができるのは,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形美術としての美術性を備えた場合と解することが相当である。」と述べた上で、「住宅は意匠法による保護の対象とはならないから,一般の著作物等同様に,もっぱら創作性の有無から「建築の著作物」に該当するか判断されるべきである」という原告の主張を「不動産について意匠法による保護を認めるか否かはもっぱら立法政策の問題であるから,そのことを理由に造形美術としての美術性を要しないと解することはできない」と退けた判決なども出ており(東京地判平成26年10月17日(http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/861/084861_hanrei.pdf)、従来当たり前のようにリンクされてきた「意匠法とのすみ分け」と「高度な(美的)創作性」基準との関係についても、議論されるべき素地は十分にあると言える。

*19:第3部・設楽隆一裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/425/084425_hanrei.pdf

*20:本山雅弘「ファッションショーにおける美的表現と応用美術の著作物該当性」ジュリスト増刊・平成26年度重要判例解説278頁。

*21:前掲・本山279頁。

*22:前掲・本山279頁。

*23:本山教授が指摘されているとおり、こちらの知財高裁判決は、タイプフェイスに関する「ゴナ書体事件最判」を明示的に引用している、という点にも特徴がある(これまでの裁判例の多くは、「美的特性」といったフレーズは借用してはいるものの、タイプフェイスの最高裁判決を明示的に引用していたわけではなかった)。

*24:もっとも、本件では「高度の創作性基準」を主張していた被控訴人側が、控訴審段階においても結論において「勝訴」しており、上告受理申立てを行える立場にないため、今後どういう展開になるのか、何とも言えないところはある。

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