こんな時代だからこそ光る、第一人者の一言。

会社法改正やら、「コーポレートガバナンスコード」制定やら、という動きもあり、最近、メディアで(特に某経済新聞で)「社外取締役が必要だ!」的な報道に接しない日はない、といってよいくらい偏向した世の中になってしまっているのであるが、そんな中、労働経済学の世界では“巨匠”ともいうべき小池和男・法政大学名誉教授が、現状に対する強烈な批判を込めた論稿を「経済教室」に寄せられている。

「日本の競争力を高めているのはブルーカラーだ」等々、長年の持論である“(旧)日本型雇用システム”の素晴らしさをひとしきり強調した上で、「課題」として、会社における「働きの担い手の発言権の確保」を挙げ、

「企業の役員会への従業員代表の参加」

を提案されている。

そして、欧州における従業員代表制度の定着状況と、その効用を一通り紹介した上で、以下のように述べて、論稿を締めくくっておられるのである。

「日本は米国にならってか、一切そうした議論さえない。」
(略)
「いまの日本では、社外取締役の重用のみ強調される。社外取締役の識見を疑うわけではないが、非常勤でしかもその業種の経験のとぼしい人たちである。他方、長年その企業で働き、また取引先との折衝をとおして業界を知り、海外を知る従業員代表の役割を軽視するわけにはいくまい。」
「米国で社外取締役は結局、社長の『お友達』が多いという。従業員代表は、社長が選ぶことはできない。その知恵を考えれば、それこそ尊重すべきではないだろうか。」
日本経済新聞2015年8月6日付朝刊・第29面、強調筆者)

これは、世の中を席巻する「成長戦略」論者にカウンターパンチを食らわすような、「競争力強化」という観点からの従業員代表制度の提案であり、読み終わった時に、何とも言えないようなシュールな気持ちに陥ってしまった。

「ガバナンス体制をいくらいじくったところで、『企業の競争力/成長力』といったものには何ら影響しない」ということを自分は確信していて、それは「社外取締役」だろうが「従業員代表」だろうが同じだと思っているので、大嫌いな“米国型ガバナンスモデル推進論者”を真っ向から批判するコメントだからといって、それに直ちに飛び付こうとはさすがに思わない。

そもそも「会社、業界を知る」ということに重きを置くのであれば、「従業員代表」などという迂遠な制度を設けずとも「内部昇格」で取締役の人材を供給すればよいのだし、「社長が選ぶことはできない」という点についても、今の社内外の取締役の人選とどれだけ実質的な違いがあるのか、疑わしいところはある*1

また、企業統治強化、とか、利益一辺倒主義からの脱却、という視点で「従業員代表制度」を提唱する声はかねてからあり、自分も一時期そのような方向にシンパシーを感じたことはあったが、残念ながら、そのような方向性には忌まわしき民主党政権時代の「色」が染みつきすぎていて*2、このような見地からも到底推す気にはなれない。

経営層と労働者層の格差が固定化されてしまっている国(欧州などはその典型だろう)であればともかく、一現場の社員からボードメンバーにまで上り詰める、という道がまだ残されている間は、この国で「従業員代表」による経営参加を制度化する必要はない、というのが、今の自分の意見であり、上記記事を読んだ読者の方も、多くは同様の感想を持たれたのではないかと思う。

ただ・・・

やっぱり今の時代に「社外取締役」の効能に対して、真っ向から喧嘩を売るような論稿というのは、それ自体貴重なわけで、「日本型雇用システム/経営モデル」にシンパシーを感じているはずの経済学者、経営学者も、大衆メディアでは何となく声を潜めているように見受けられる中、これをあえて今書いた小池名誉教授と、この原稿をあえて載せた日経紙の編集者には、心から敬意を表しなければならないと思っている。

一方的な“押し付け”の議論だけでは何も変わらないわけで、願わくば産業界の中からも、最近とみに調子に乗っている連中に“ガツンと”くらわすような論客が出てきてくれることを期待したい。

*1:社内取締役であっても、社長の意向だけで全て人選がなされているような会社は、今の日本の大企業では皆無だと思うし(様々な派閥力学や“天の声”が影響してくるので・・・)、指名委員会等の機関を用いれば制度的にもそれを担保できる。逆に「従業員代表」といっても、現在の労使関係の実態を踏まえれば、多くの会社では会社の息のかかった人物が選ばれることになることは避けられないだろう。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090723/1248581543のエントリーを参照。会社法改正が始まった時も、いろいろときな臭い動きがあったのは記憶に新しい。

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