マイアミ・マリーンズ所属のイチロー選手がパドレス戦で2安打し、日米通算の安打数でピート・ローズ選手が持つメジャーリーグ記録4256安打を抜いた、ということが「偉業」として、日本国内のあらゆるニュースメディアで取り上げられている。
海を渡ってから16シーズン、これまで数々の記録を打ち立ててメジャーリーグの歴史を塗り替えてきたイチロー選手も既に42歳。
日本の中だけでなく、現地の目の肥えたファンの中でも既に“伝説”の域に達している選手とはいえ、米国でスタートラインについたタイミングの遅さゆえ、メジャーリーグの数字だけで比較してしまうと、まだ“伝説”の域には及ばない。
それゆえ、日本のメディアがNPB時代の数字で“下駄”をはかせたくなる気持ちは分かるのだが・・・。
「日米通算4000本安打」フィーバーの時にも少しコメントしたとおり*1、異なる条件の下で積み重ねられた記録を単純に足し合わせる、というのは、「記録」のあり方としては邪道と言われても仕方ないし、自分がメジャーリーグ関係者だったら、あまり愉快ではないだろうと思う。
今回の記録達成の直前に、“抜かれる”側のピート・ローズ選手が発した冷淡なコメントがいろいろと物議を醸していたが、NPBで活躍する韓国や台湾リーグの出身選手が、自国リーグの記録と合わせてNPBの最高記録を抜くようなことがあったとして、“○○を抜いた”と騒ぐメディアが出てくれば、やはりそれに対して皮肉の一つを言ってしまう元選手がいても決して不思議ではない*2。
シーズン最多安打記録をはじめ、既にメジャーリーグでの記録だけで米国の球史に残るプレイヤーとしての評価を確立しているイチロー選手に対して、「日米通算」などという混ざりものの記録を持ち出すことが、選手としての実績を正当にリスペクトする行為だとは言い難いように思う。
また、一連の報道に接していると、「今回の記録更新がイチロー選手の最後の金字塔になるのでは?」という思いが、日本国内のメディアの報道を加熱しているところもあるようにも思えるのだが、「日米通算」の数字だけを取りあげて、あたかも今回の「4257」が最終到達点であるかのように報道するのは、今のイチロー選手にとっても失礼なことだろう。
3年前にヤンキースで「日米通算4000本安打」を達成したときに、半分以上の人は無理だろう、と思っていた「メジャー通算3000安打」という記録は、もはや達成寸前、という状況で、ヒットを打つたびに、メジャーリーグの歴史に残るレジェンド達の順位を追い越していく、という状況は未だに進行中である。
そして、何よりも凄いのは、絶対的なレギュラーとしての地位を失ってから数シーズン経ち、昨年は打率.229というキャリア最低の成績まで落ち込んだにもかかわらず、今シーズンは代打で結果を残し、先発出場すればマルチ、3安打固め打ち、と、高い集中力を保って、3割5分近い打率をキープしている、という事実である*3。
今、ここから1200本以上の安打を積み重ねて、「イチローはメジャー通算でもピート・ローズを超えられる!」などと言えば、一笑に付されてしまうだろうが、
「僕は子どもの頃から人に笑われてきたことを常に達成してきているという自負がある」
とコメントしたイチロー選手自身は、そこまで到達できる可能性を決してあきらめてはいないはずだ。
だからこそ、今は、42歳になってもなお、“並みの選手”以上の存在感を示し続けている、というイチロー選手の凄味に我々はもう一度目を向けるべきだし、「メジャー通算」記録でイチロー選手がどこまで行けるのか、というところに、関心を集中させるべきではないか、と自分は思っている。
過去のキャリアを振り返って称えるのは、全てを成し遂げてからでも遅くないだろう、とも。
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ちょっと前にNumber誌に掲載されたイチロー特集。本人のコメントはほとんど出てこないが、客観的な事実を中心に今のイチロー選手の状況を描写する記事(文=小西慶三氏)が、かえってプレーヤーとしての彼の印象を鮮明に浮き彫りにしていて、短いながらも読みごたえがあった。あと、WBCの時のイチロー選手との思い出を振り返った稲葉篤紀氏のコメントも、ちょっとじんわりくる。
本人が多くを語る必要はないが、来年も、その次の年も、節目節目でNumberの表紙を飾れるようなプレイヤーであり続けてほしい、と願わずにはいられない。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130822/1377369643
*2:特に、未だに国内での最多安打記録を持つ張本氏が、そういう論調に対して大きな“喝”を入れるのは間違いないだろう(笑)。
*3:もちろん、守備や走塁面で示しているパフォーマンスや数字も、“ただの控え選手”の域を大きく超えている。