「4年に一度」ゆえの運命の悪戯。

平昌五輪シーズン、ということで、例年以上に緊張感高まる雰囲気の中で行われていたフィギュアスケート全日本選手権

男子は羽生結弦選手が2年続けての欠場となり、優勝争いは今期も絶好調の宇野選手でほぼ決まり。
そして、羽生、宇野両選手のレベルが飛び抜けているだけに、少なくとも「3」ある代表枠の「2」までは鉄板な状況なわけで、見ている側としては比較的安心、という展開になっている*1

一方、様相が大きく異なるのは女子のほう。

今シーズンは、2014年の五輪の翌シーズンから日本女子フィギュア界を引っ張ってきた選手たちが軒並み本調子ではない上に、華のある選手たちが今年から続々とシニアに転向したことで、いつになく実力が拮抗している。そして、そんな状況にもかかわらず、代表枠は「2」。

前年度の世界選手権に宮原知子選手が出場できず、日本代表の枠を減らしてしまったことが、ここに来て重くのしかかっている状況だった。

そして、そんな“混戦”ムードにさらに拍車をかけたのが、ショートプラグラムでシニア転向1年目の坂本花織選手が首位に立ってしまったこと。
ジュニア時代からキラリと光る演技で上位に食い込んでいた選手だし、今季からはシニア転向、GPシリーズにも参戦し、尻上がりに調子を上げて、スケートアメリカでは宮原選手に次ぐ2位に入る、という実績も残しているから、冷静に考えるとそんなに意外な結果でもないのだが、大会前の注目が、宮原選手、樋口新葉選手といったグランプリファイナル組と、昨年頭角を現した三原舞依選手、本田真凜選手、といった選手たちに集まっていただけに、そこに新たな選手が割って入った、というのはやはり衝撃的なトピックだった。

とはいえ、ショートプログラム終了時点で、トップの坂本選手から8位の白岩優奈選手までが概ねスコア10点程度の差の中に納まっている、という大激戦の展開だったから、フリーで順位が動いて結局は順当なところに収まるのでは? という雰囲気もあったのだが・・・。

いつにないようなハイレベルな争いの中で。

フリーが始まると、最終グループの一つ前の組から、横井ゆは菜選手、白岩優奈選手、三原舞依選手が好演技を連発。

特に三原選手は、結果的に一部のジャンプが回転不足を取られたものの、演技が終わった瞬間に与えた印象は「ノーミス」。
今季の不安そのままに、ショートプログラムは60点台前半で出遅れてしまっていたが、フリーは140点台を叩き出して(結果的にこの日だけなら3位)、例年なら間違いなく表彰台に乗れる合計スコア204.67点までスコアを伸ばした*2

そして、最終グループ。

例年なら緊張感で大崩れする選手が出ることも多いのだが、「明らかに失敗」という状況に陥った選手は皆無。

強いて言えば、2度の転倒と回転不足で順位を下げてしまった本郷理華選手や、緊張からか固さが目立ち3回転ジャンプのコンビネーションが軒並みダウングレードになってしまった本田真凜選手あたりの演技が失敗の部類に入るのだろうが、それでもそれぞれの持ち味は出して、SPとの合計で190点台のスコアは出している。

グループ最初の滑走者だった樋口選手も、シーズン序盤に比べると明らかに本調子ではなかったように見えたが、2度の3回転コンビネーションの大技はきちんと着氷、スピン、ステップも全てレベル4で、三原選手を約2点くらいの差で交わす執念を見せたし、SP5位で注目されていた15歳の紀平梨花選手は、五輪代表争いのプレッシャーとは無縁に「トリプルアクセルを2度」、しかもそれをやすやすと決める*3という偉業を成し遂げ、結果的にフリー2位のスコアで208点超え。

グループで4人目の滑走者だった宮原知子選手が、今季最高といってもよい完璧な演技*4で、合計スコアを220点台に乗せて首位に立ったときはほっとしたが、最終滑走者の坂本選手が、大崩れすることなく、ショートプログラムの“貯金”を守ってフリー4位ながら総合2位に残ったことで、代表争いの「2」枠目は、全く行方が見えなくなってしまったのである*5

代表選考で味わう久々のスリル

国際大会に比べると比較的良いスコアが出やすい全日本とはいえ、今大会はSP+FSの合計スコア200点越えが「5人」もおり*6、かつてないようなハイレベルの激闘が繰り広げられたということで、日本フィギュアスケート史に残る大激戦だったことは間違いない。

そして、最近は、全日本の順位を元にほぼ順当に決まっていた「世界」の枠の争いが、よりによってこの五輪イヤーに、全く見えなくなった、という状況もある。

ポスト・ソチの国内女王の座を維持で守り抜いた宮原選手*7は、文句なしで確定として、続く2枠目を全日本の順位どおりに坂本花織選手に与えるのか、それとも、今大会“シニア3番手”のポジションに執念で滑り込んだ樋口新葉選手に与えるのか、というのは、かなり悩ましいところだろう。

トリノ五輪の際に、全日本6位だった安藤美姫選手を実績重視で代表に選び、さらに次のバンクーバー五輪でも全日本3位の中野友加里選手ではなく4位の安藤選手を代表に選んだことで、スケート連盟は厳しい批判にさらされた*8

ジュニアの選手が台頭してシニア勢の上位争いに割って入った、という点で、今回の平昌五輪の選考は、トリノの時に似ていると言えば似ているのだが、あの時はあくまで「4位以下」の選手の中でも逆転現象だったし、バンクーバーの時も2位の鈴木明子選手までは順当に代表に選ばれている*9

一方で、樋口選手には昨年まで3年連続で全日本の表彰台に立ち、2年連続2位を守ってきた、という実績がある。
ジュニア時代も含め、期待されながら世界の舞台に立つと今一つ力を発揮しきれない状況にあるものの、GPファイナルにも出場し、現在のISUの世界ランクでも日本勢の中では上位。爆発したときのスコアは210点台まで伸ばせる*10可能性も秘めている。

坂本、樋口両選手ともに、2000/2001年生まれの同学年で、次の五輪も狙える世代ではあるから、これまでの代表争いと比べると悲壮感はないのかもしれないが、次から次へと新世代が台頭してくるこの世界で、4年に一度のチャンスを逃すことの意味は、決して小さなものではない。

試合が終わっても、男子のフリーが終わる24日の夜、代表発表の瞬間まで落ち着かない時を過ごすのだろうな、と思うと、何ともいたたまれない気持ちになるし、枠が3つあったら・・・*11という思いもどうしても消えないのではあるが、ここは静かに待つしかないのだろう。

そして、これまでの4年間の中で、自分の時代を一度は築きながら「五輪シーズン」のサイクルに泣いた本郷選手や三原選手の“不運”にも、心から同情を禁じ得ないのである*12

*1:残り「1」は誰が選ばれても影が薄くなる、という気の毒な状況ではあるし、羽生選手が万が一五輪に間に合わなかったら・・・ということまで考えてしまうと、そう単純な話ではないのだが。

*2:終盤のトリプルルッツからの3連続コンビネーションで回転不足を取られていなければ、さらに上の順位を狙えたのだが・・・。

*3:最初の3アクセルー3トゥループのコンビネーションは加点が1.86点、次の3アクセルの加点も1.71点。表現力もシニアの選手に引けを取らない素晴らしさで、個人的にはトリノ浅田真央選手の時以上に、“もったいない”という印象を受けた。

*4:正確に言うと、ジャンプに関しては若干ひやりとするところもあったが、スピン、ステップの完成度の高さが群を抜いていて、素人目で見る分には“危なげない”の一言で済むような演技だった。

*5:そもそも、フリーのスコアの2位(紀平選手)から5位(樋口選手)までのスコア差はほとんどない。

*6:ここ数年は、宮原選手以外に全日本で200点を超えた選手はいなかったし、前回五輪選考の際も200点を超えたのは鈴木選手と村上選手だけだった。

*7:なんといっても4連覇、というのはバンクーバー五輪イヤーの浅田真央選手以来の偉業だし、この間、世界選手権2位、GPファイナルで2度の2位、という結果も残している。

*8:そして、結果的にこの2度の“逆転選考”により、中野選手は世界選手権で3度の入賞、という実績を持ちながら五輪の舞台には一度も立てなかった。

*9:日本代表が「2枠」以上になって以降、全日本で2位以内に入ったシニアの選手が代表に選ばれなかったケースというのは皆無ではないかと思う。

*10:もっとも、今季のベストスコアがGP開幕前のロンバルディア杯、というのが坂本選手とは対照的で、このパターンで五輪本番にピークを合わせられた選手、というのはあまり見たことはない。

*11:よりによってなぜ五輪シーズンに限って・・・。

*12:本郷選手のスケールの大きな演技には、日本女子フィギュアのステージを一段上に引き上げる予感が漂っていたし、昨シーズンの三原選手の「シンデレラ」ストーリーには、「きっと五輪の表彰台で完結する」と信じて疑わせないものがあった。三原選手などは、今シーズンに入ってからも演技の完成度、スコアとも昨シーズン以上に上昇しているのに、それでもちょっとした世代サイクルのアヤで五輪切符に届かない・・・というのは何とも気の毒というほかない。

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