夢から醒めた後に残るもの。

午前3時前からテレビにかじりつき、防戦一方の展開に「1点取られたら寝るぞ」と心に決めていたのに、後半早々、立て続けに決まったゴールに酔いしれ、ひとしきりあり得ない妄想すら抱いた後に本物の欧州サッカーのクオリティを見せつけられ、それでも体を張って守り続ける青いサムライ達を涙ながらに応援し、「こうなったら延長戦、最後の最後まで見届けるぞ」という覚悟を決めたところで襲ってきた一瞬の歓喜と深い落胆。

そのまま仕事に行き、とめどなく語りたい気持ちを抑えつつ、時々いくつかのシーンを思い返しながら余韻に浸る。
でもその日の夜くらいから、あちこちで繰り返される“称賛の嵐”にだんだん辟易するようになってセルジオ越後の辛口コメントを見てほっとした気分になったり、その一方で、数日経って始まった準々決勝の試合を眺めながら、この舞台に立ち続けていてほしい、という願いが今回も叶わなかったことに空しさを感じていたりする。

そんな日々を過ごすと、自分も普通の日本人なんだな、ということを改めて感じるわけで・・・。

もちろん、元来ひねくれ者の自分としては、あちこちで言われているような「ラウンド16のベストゲーム」という評価には、どうしても首を傾げたくなる。

ベルギーの攻撃のレベルは、フランスの速さやクロアチアの美しさ、ブラジルの狡猾さに比べると一レベル低かったし、守る側の日本にも、スペインを葬り去ったロシアのような安定感も打たれ強さはなかった。世界最高レベルのスピードと技巧がぶつかり合ったフランス×アルゼンチン戦や、最強の矛盾対決だったスペイン×ロシア戦、そして、最後の最後まで決着が見えなかったクロアチア×デンマーク戦やコロンビア×イングランド戦の方が、試合のレベルとしては遥かに高かった・・・等々。

それでも世界の観戦者がこの試合に価値を認めるのだとしたら、余計な笛がほとんど鳴らなかったクリーンさと、両極端の状況が90分、というか後半の45分間+αの間にギュッと凝縮された密度の濃さゆえだろうが、それは裏返せば、序盤から攻められ続けていたにもかかわらず、ハーフタイムを挟んで2点先行する、というこれ以上ない展開、優位性をその後の僅か40分で覆されてしまった日本代表のナイーブさが試合を魅力的なものにしてしまった、ということでもある。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

青いユニフォームを着て先発した11人、特にフィールドの10人が、今大会グループリーグからこの試合まで一貫して素晴らしかったことは疑いようもない。

吉田選手、昌子選手の両CBは、安定した守備力を発揮するにとどまらず、積極的に攻撃の起点となって中盤の負担軽減に大いに貢献。両サイドの長友選手、酒井宏樹選手は豊富な運動量で、何度となく敵陣を切り裂いたし、守勢に回ったときの戻るスピード、体の張り方ともに申し分ない安定感だった。
長谷部選手はベテランならではの味で柴崎選手の仕事の場を作ったし、原口選手の体を張ったディフェンスと献身的な上下動は、サッカーの神様から決勝トーナメントでの先制点、というプレゼントを受け取るにふさわしいだけのものだった。
前線の大迫選手へのマークは、試合を経るごとにキツイものになっていったが、それでも「ザ・ポストプレー」と言えるだけのパフォーマンスは最後まで維持されていた。

そして、中盤を構成した柴崎選手、乾選手、香川選手の働きには、陳腐な言葉では到底語りつくせないくらいの価値があった。
ベルギーを一転して地獄に追い込んだ柴崎選手のスルーパスは、彼の一世一代の偉業として語り継がれるだろうし、4試合すべてに先発して細やかな攻撃を組み立て続ける彼の存在がなければ、ラウンド16の舞台すら遠い夢のまま終わったはず。また、乾選手と香川選手の組み合わせは、「得点力不足」を長年批判されてきた日本代表が出した最良の回答だった。

だが、残念ながら、「最初の10人」が素晴らしすぎたことが、後半リードした後の試合の流れをキープする上で致命的な、選手交代の遅れを招くことになってしまった。

試合の結果だけを見れば、勝敗を分けたのは、2点のビハインドを負って窮地に追い込まれたロベルト・マルティネス監督が後半20分に切ったフェライニ選手、シャドリ選手という交代カードであり、受け身に回った日本代表が後半36分まで決定的な手を打てずに時間を浪費したことが、カードの効果を決定的なものにしてしまったことも全く否定できない事実である。

誰が監督でも、あのフィールドの10人をゲームの途中で替える、という選択をする勇気はなかなか持てなかっただろうし*1、グループリーグの最終戦で先発組とベンチ組の「格差」を嫌というほど味合わされた後では、切れるカードもあの2枚(本田選手と原口選手の交代と、山口蛍選手と柴崎選手の交代*2)くらいしか思いつかなかったはず*3

ただ「切り札」として、ベンチに久保裕也選手や中島翔哉選手がいてくれれば、せめて浅野拓磨選手くらいはいてくれれば・・・という思いも、「解任」前の時代から代表を見つめていたサポーターなら当然抱くわけで、フィールドで即興でゲームをコントロールできる“大人な選手たち”を揃えた代償が、あの「美しい敗戦」だというのは、何と言う皮肉か、と思わずにはいられない。


今回のW杯前の、ハリルホジッチ監督の解任、西野朗「暫定」監督の登板、そして23人の代表選手の選考、といった過程を極めて批判的に眺めていた自分としては、ここまでの日本代表の勝ち上がりに半分心湧き立ちつつも、複雑な思いで眺めていたところはある。

特に、グループリーグ突破が決まって、西野朗監督の“選手ファースト”的なスタンスが称賛され始め出したときは、このまま行くと、日本サッカー、ひいては日本社会の将来に誤ったメッセージを与えてしまうんじゃないか、ということすら危惧していた*4

だから、敗戦から数日経った今となっては、歴史を塗り替えることなく終幕を迎えた、という今大会の結果にちょっとした安堵すら覚えているし、アップしたエントリーも、上記のとおり、どうしてもシニカルな評価が先行することになる。

それでも、あの夜、既に功成り名を遂げている日本代表のプロ選手たちが、代表最後になるかもしれない試合で体を投げ出して必死さをフィールドで表現していた*5のをリアルタイムで見て、ただただ「幸運の女神よ微笑んでくれ」と祈っていたことは正直に自白しなければなるまい。

後半48分、本田選手が蹴ったフリーキックの弾道に8年前の記憶を重ね、その後、悲劇の導線となったあのCKのシーンですら、ハリルホジッチ監督であれば決して許さなかったであろう、ゴール目がけた大きな弾道に微かな期待を寄せてしまっていたことも。

それくらい、あの90分とちょっとの時間は、様々な理屈を超えたところにあった。

あの世界のアザールを鬼気迫る形相に追い込み、クールなデ・ブライネやクルトワの顔さえ歪ませた、要は世界ランク3位のスター軍団からそこまでの本気を引き出した一世一代の試合を演出した、という事実を「良く頑張った」だけで終わらせてしまうのはあまりにもったいないから、「(そこそこ)勝てば官軍」ではなくて、冷徹にここに至るまでの経緯とロシアでの19日間を振り返らないといけないし、今後の強化の方向は、逆流した流れを止められなかった代表チームのナイーブさ、選手層の薄さ(遡ればそれを招いた選手選考の問題)や、「プラス30分」に持ち込めなかったしたたかさの欠如*6を克服することに徹底的に向けてほしいところなのだけど*7、せめて、7月15日の決勝の日を迎えるまでは、夢と現実と行き来しつつ、薄れゆく「余韻」にしがみついていたい、と思うのである。

フットボールをささやかな楽しみとする一日本人として。

*1:交代で入った本田選手が、近年の代表の試合では見たことがないくらいキレキレの良いデキだっただけに、もう少し早く投入していれば、ベルギーの怒涛の反撃の流れを少しは止められたのではないか・・・という思いはあるが、あくまで結果論。フィールドに出るまでパフォーマンスの優劣を予測できないタイプの選手を投入できるような試合展開ではなかった、ということは記憶にとどめておく必要があるように思う。

*2:個人的には替えるなら長谷部選手の方ではなかったか、と思うが、あれだけ押される展開の中ではやむを得ない選択だったというほかない。

*3:結果的に、交代カードを1枚残す形で試合を終えることになってしまったが、宇佐美選手も武藤選手も世界レベルの戦いでフィールドに出すのは厳しい(岡崎選手も負傷で長い時間使うのは無理)、という現実があった以上、仮に延長戦に入ったとしてもオプションはほとんどなかった、と言わざるを得ない。自分は一点返されたシーンを見て、「真っ先にGKを替えろ」と心の中で叫んでしまったが、それはもう交代カード以前の問題だから、いずれにしてもどうしようもなかった。

*4:高度な戦術を練る余裕もないような状況で、目の前の大きな大会に向き合わないといけない立場の監督が、経験豊富な選手達を選んで彼らに多くを委ねた、というのは、当座を乗り切るための苦肉の策に過ぎない。海外での経験も代表での経験も豊富な選手たちが揃っていた、という巡りあわせゆえに一応の結果を出すことはできたが、この先、4年、8年同じことをやっていたら、そこには「停滞」しかないわけだから、今回の西野監督の采配も指導法も、そして選手選考も、決して将来の“模範”としてはならないと自分は思う。それをやってしまうと、本来、世界の先頭を目指してもっとも尖った存在でなければならない「日本代表」が、職場の馴れ合いの構図の中で生産性を上げられずに停滞している多くの日本の大企業と同じ轍に陥ってしまうことになる。

*5:もちろん、敵方ベルギーも4年前に比べれば決して「若い」チームではなく、コンパニ、フェライニメルテンス、といった30歳代の選手も混じるチーム構成で、彼ら自身の必死さも相当のものだった、ということは忘れてはいけないと思うけど。

*6:それを「潔さ」といってしまえば、あたかも良いことのようにも思えるし、グループリーグ最終戦の“ボール回し”が批判されたからなおさらそういう論調もあり得るのかもしれないが、やはり自分たちがボールを持っていながら、最後の最後で電撃カウンターを食らった、という結果は重く受け止めないといけない。

*7:今大会が「ベスト16でも批判される」大会となって初めて、日本のサッカーはその先に進めるのだと思っている。

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