最近知財絡みのエントリーが多いのだけど、今日も日経紙の法務面が、非常に〝美味しい”ネタを提供してくれているので、ちょっと取り上げてみることにする。
ずばり、「『攻めの知財』シフト進む」という見出しの記事。
「日本企業に「攻めの知的財産戦略」が広がり始めた。知財情報を中心としたビジネス分析をM&A(合併・買収)や新事業に生かす試みで、「IPランドスケープ(IPL)」と呼ばれる。日本企業は紛争に備えて知財を蓄える「専守防衛」が主流だったが、知財を積極的に使う欧米や中国の動向をにらみ、転換を図ろうとしている。」(日本経済新聞2019年5月13日付朝刊・第11面、強調筆者、以下同じ。)
個人的には、この書き出しを読んだ瞬間に脱力した。
だって、これだけ読むと、「攻めの知的財産戦略」=「IPランドスケープ」としか理解できないから・・・。
今、知財業界で、「IPランドスケープ」の手法を用いた特許ポートフォリオの”ビジュアル化”が流行しているのはその通りだし、事業部門や経営トップ層への説明資料の中にもあの独特の「縦軸&横軸&たくさんのシャボン玉(?)」で模式化されたスライドがやたら織り込まれるようになった*1。
確かに、これって、自社の立ち位置を「見せる」ためのツールとしては優れていると思うし、自分もその効用自体を否定するつもりはないのだが、冷静に考えれば、それによって示されているのは「過去に出願・登録された特許の存在」に過ぎないのであって、そこから先に進むための「戦略」がそこに描かれているわけでもなければ、ビジュアルを見ただけですぐに引き出せるわけでも全くない。
もちろん「IPランドスケープ」の本来の意味を考慮するならば、特許の数や質を同業他社と単純に比較するだけではなく、「特許数」だけを見ていても分からない足下の開発状況や市場での製品の売れ行き、さらに市場そのものの先行き、といったところまで織り込んで経営陣に提示する、というのが本当のやり方なのだろう。
だが、これらの要素を全て取り込んでビジュアル化しようと思うと相当面倒なことになるし、そもそも多くの会社では知財部門にそこまでの情報が全て集約されていない、という実態もある。だから、「第一ステップ」で何となく見栄えのいい資料を作って、それを経営幹部と一緒に眺めて終わり、ということになってしまうことも多い(というか、そのパターンがほとんど)ではないか、というのが自分の見立て。
そして、本来であれば「手段」のその先で、知財部門自身が本当の意味での「戦略」を考えないといけないのに、中小規模の知財部門しか持たない会社では、ビジュアル資料の作成が「目的」化して多くの労力を割かないといけなくなっている、さらにそれだけでは済まずに、肝心の他の「手を動かす」仕事の方にすら手が回らなくなってしまっている、という可能性も十分あり得るわけで・・・。
ただやみくもに特許を出願するのではなく、自分たちの強み、弱みを見極めたうえで出願戦略を考える、とか、さらに遡って開発や新製品・サービス投入の方向性を考えること自体は決して間違ってはいない。
ただ、自社自身が最低限のポートフォリオを構築していなければその先の「戦略」など考えようもないし、少なくとも「特許」に関してだけでも「数」以外の要素をきちんと目利きできるだけの人材が必要。そして、何よりも、作られた資料を基に的確かつ具体的な「提案」や「判断」ができて初めて、ようやく「戦略」と名乗れるような境地に達するのだ、ということは忘れてはいけないと思う。
なお、ちょっと気になって調べてみたら、案の定、「JPランドスケープ」は既に見事なまでに商標登録されていた。
登録番号: 第6000370号
登録日 : 平成29(2017)年12月1日
出願番号: 商願2017-59055
出願日 : 平成29(2017)年 4月26日
商標(検索用):IPランドスケープ
権利者氏名又は名称:正林真之
商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務:
第16類
テキスト,新聞,ニューズレター,雑誌,定期刊行物
第35類
工業所有権・著作権等の知的所有権に関する事業調査・分析又はこれらに関する情報の提供,工業所有権・著作権等の知的所有権に関する市場調査・分析又はこれらに関する情報の提供,工業所有権・著作権等の知的所有権の実施に関する経営の診断若しくは事業の管理又はこれらに関する指導・助言,経営の診断又は経営に関する助言,市場調査又は分析,商品の販売に関する情報の提供,工業所有権・著作権等の知的所有権に関する書類の複製
第36類
工業所有権・著作権等の知的所有権に関する財産的価値の評価,工業所有権・著作権等の知的所有権の財産的価値の評価に関する助言・指導又は情報の提供,知的財産資産の財務評価,知的財産資産の財務評価に関する助言・指導又は情報の提供
第45類
工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務,工業所有権に関する外国への手続の代理又は媒介,工業所有権・著作権等の知的所有権に関する助言又は指導,工業所有権・著作権等の知的所有権に関する情報の提供,工業所有権・著作権等の知的所有権に関する技術的価値の評価,工業所有権・著作権等の知的所有権に関する鑑定,工業所有権・著作権等の知的所有権の管理,工業所有権・著作権等の知的所有権に関する価値の証明並びに発明・考案・創作等の時期の証明,工業所有権等の知的所有権の先行調査及び分析,工業所有権のライセンスの契約の代理又は媒介,訴訟事件その他に関する法律事務(ただし、弁理士法において弁理士に許容されているものに限る。),法律事務に関する情報の提供,著作権の利用に関する契約の代理又は媒介
1年半近く前に登録されているにもかかわらず、上記記事の中でも完全に「普通名称」のような使われ方をしているから、そんなに気にする必要はないのかもしれないが、そもそも、この商標の存続期間が満了する頃には「IPランドスケープ」という言葉も姿を消しているだろう、と直感的に思ってしまったこともあって、何だかなぁ、という気分である。