双葉社が執念で勝ち取った“成功事例”

中国で商標権を先取りされた典型的事例、として2005年頃に話題になった「クレヨンしんちゃん」。

自分のところでも、当時は、「外国、特にアジアで先に権利確保しないと痛い目にある」とか、そもそもの「商標権の怖さ」といったことを知らしめる格好の素材として、随分と使わせていただいたものだ。

だが、紛争勃発から8年、という長い月日を経て、中国で正当な権限者としての地位を主張し続けた双葉社の執念が、ようやく実る日が来たようだ。

「人気漫画「クレヨンしんちゃん」の著作権を所有する双葉社(東京)は17日、上海の中級人民法院(地裁)が中国企業に対し、双葉社著作権を侵害したとして30万元(約380万円)の賠償金支払いを命じる判決を出したことを明らかにした。判決は3月23日。双葉社は「提訴から8年の長い道のりだったが、一定の成果を得た」とするコメントを17日、発表した。」(日本経済新聞2012年4月18日付け朝刊・第47面)

記事の中で紹介されている会社のコメントは、わずか3行程度だが、同社のホームページに行くと、この「クレヨンしんちゃん」問題について、かなりのボリュームのリリースが掲載されている*1

同社にとっては、それだけ思い入れのある事件だったのだろうし、末尾の謝辞の対象となっている

経済産業省日本貿易振興機構日本書籍出版協会日本雑誌協会日本弁理士会をはじめ関係各位」

という記載を見ると、この問題が国を挙げての一大事だったことも良く分かる。

認容された賠償額は、日本円にして約380万円だから、双葉社がこれまで費やしたコストに比べれば、決して十分とは言えない金額なのかもしれないが、中国で無断で登録された商標を取り消させ*2、かつ、その使用について著作権侵害に基づく損害賠償まで勝ち取った、というのは、金額には代えられない価値があることであるのは間違いないところだろう。

しかも、何度も現地司法当局から、何度も“敗訴”の結論を突きつけられながら、最終的にひっくり返した*3、というのが勝利の価値をより大きなものにしているように思う。

ちなみに、この記事やHPの記載を見て、

「日本に冷淡な中国当局が下したおかしな判断が、ようやく是正されたのだな、やれやれ。」

と思った方も少なくないのだろうが、「第三者著作権に抵触する商標を使用することができない」という帰結はともかく*4、「第三者著作権に抵触する商標を登録することができない」とまで言うのは、実は日本でも難しい。

例えば、「キューピー」の商標をめぐる無効不成立審決取消訴訟(東京高判平成13年5月30日)では、

「図形等からなる商標について登録出願がされた場合において、その商標の使用が他人の著作権を侵害しこれと抵触するかどうかを判断するためには、単に当該商標と他人の著作物とを対比するだけでは足りず、他人の著作物について先行著作物の内容を調査し、先行著作物の二次的著作物である場合には、原著作物に新たに付与された創作的部分がどの点であるかを認定した上、出願された商標が、このような創作的部分の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるかどうか、このような創作的部分の本質的特徴を直接感得することができるものであるかどうかについて判断することが必要である。著作権は、特許権、商標権等と異なり、特許庁における登録を要せず、著作物を創作することのみによって直ちに生じ、また、発行されていないものも多いから、特許庁保有する公報等の資料により先行著作物を調査することは、極めて困難である。」
「また、特許庁は、狭義の工業所有権の専門官庁であって、著作権の専門官庁ではないから、先行著作物の調査、二次的著作物の創作的部分の認定、出願された商標が当該著作物の創作的部分の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるかどうか、その創作的部分の本質的特徴を直接感得することができるものであるかどうかについて判断することは、特許庁の本来の所管事項に属するものではなく、これを商標の審査官が行うことには、多大な困難が伴うことが明らかである。」
「さらに、このような先行著作物の調査等がされたとしても、出願された商標が他人の著作物の複製又は翻案に当たるというためには、上記のとおり、当該商標が他人の著作物に依拠して作成されたと認められなければならない。依拠性の有無を認定するためには、当該商標の作成者が、その当時、他人の著作物に接する機会をどの程度有していたか、他人の当該著作物とは別個の著作物がどの程度公刊され、出願された商標の作成者がこれら別個の著作物に依拠した可能性がどの程度あるかなど、商標登録の出願書類、特許庁保有する公報等の資料によっては認定困難な諸事情を認定する必要があり、これらの判断もまた、狭義の工業所有権の専門官庁である特許庁の判断には、なじまないものである。」
「加えて、上記のとおり、特許庁の審査官が、出願された商標が他人の著作権と抵触するかどうかについて必要な調査及び認定判断を遂げた上で当該商標の登録査定又は拒絶査定を行うことには、相当な困難が伴うのであって、特許庁の商標審査官にこのような調査をさせることは、極めて多数の商標登録出願を迅速に処理すべきことが要請されている特許庁の事務処理上著しい妨げとなることは明らかであるから、商標法4条1項7号が、商標審査官にこのような調査等の義務を課していると解することはできない。」
「したがって、その使用が他人の著作権と抵触する商標であっても、商標法4条1項7号に規定する商標に当たらないものと解するのが相当であり、同号の規定に関する商標審査基準にいう「他の法律(注、商標法以外の法律)によって、その使用等が禁止されている商標」には該当しないものというべきである。」

と、「他人の著作権と抵触する商標」であっても商標法4条1項7号該当性を否定する、という判断が下されており、この原則自体は、現在に至るまで維持され続けている*5

だが、本件で、双葉社は、中国当局から、

中国企業の抜駆け商標登録は不正利益を獲得するための行為であり、かかる行為が誠実信用の原則に反して双葉社の特定権益を侵害した上、中国の商標登録管理の秩序及び公共秩序をも乱し、多大の行政審査資源及び司法資源を浪費し、公共の利益に損失を生じさせた」

という大きな判断を勝ち取ることができた。

また、日本でも認められそうな「著作権を侵害する商標を使用することの違法性」に関する判断においても、「しんちゃん」のイラストだけでなく、「蝋筆小新」というロゴについてまで“著作権”侵害が認められたことの意味は大きい。

「文字『蝋筆小新』は、文字書体にデザイン処理を施して創作されたものであり、中国文字の繁体字を用い、透かし彫り及び特殊な書体配列方法で独創的に表現されており、わが国著作権法で保護されるべき芸術作品に該当する。」

という判示は、文字書体に著作物性を認めない我が国の裁判所では、なかなかお目に書かれないタイプの判断だと思う。


何かとバッシングされやすい中国の知財に関するアクションだが、末端の人々の意識はともかく*6、公の場での司法判断の内容自体は、かなり先進国の発想に近付いているのでは・・・と感じるところ。

そのような中で、うまく時流に乗った判断を引き出し、考え得る選択肢の中で最高に近い結果を勝ち取った双葉社の執念には、率直に敬意を表したい。

そして、この著作権侵害事件の判決がそのまま確定し、冒認された商標を失効させるための戦いと合わせて、1つの「成功事例」としてあちこちで紹介される日もいずれ来るだろう、と思うところである。

*1:http://www.futabasha.co.jp/introduction/shinchan_trademark/index.html

*2:日経の上記記事には著作権侵害事件の結末しか書かれていないが、双葉社のHPには、それに先立つ商標無効に係る行政訴訟等の結果(全て商標失効)についても記されている。

*3:著作権侵害訴訟については、まだ「一審」段階なので、最終的な判断とまでは言い切れないのだけれど。

*4:これについては、日本では商標法29条が「抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない」と明確に定めており、仮に使用した場合には、著作権法に基づき不法行為責任を負う、という結論となることに異論はないように思われる。

*5:もちろん、この判断の背景には、無効を主張した「著作権者」側の筋があまり良くなかった、ということもあるし、仮に「商標権者」側に悪質性が認められる場合には、商標法4条1項19号(不正目的による使用)等、他の無効事由によって無効にできる余地は十分にあると思うが・・・。

*6:もっとも、これにしたって、「将来的に登録されそうな商標を先取り登録する」というのは、今の日本でも時々不埒者が行う(一昔前はもっと恒常的に行われていたそうだし)ことであって、“早い者勝ち“が原則の制度になっている以上、やむを得ない、という考え方もできるところ。知財に関する話題が出てくると、ついつい反射的にかの国を批判しがちだが、この辺は問題の所在を冷静に見極める必要がある。