ここしばらく続いていた「逃亡犯条例」をめぐる香港の抗議活動だが、自分は、土曜日に林鄭月娥行政長官が会見で改正の「無期限延期」を表明した時点で、一つの区切りが付くだろう、と思っていた。
それが、日曜日になってまさかの展開に・・・。
「香港の民主派団体は16日、「逃亡犯条例」改正案の完全撤回や林鄭月娥行政長官の辞任を求める大規模デモを実施した。主催者は200万人近くが参加したと発表した。前回9日の103万人を大幅に上回り、1997年の中国への返還以降で最大のデモとなった。林鄭氏は15日に改正を延期すると表明したものの撤回には応じず、市民の反発が強まった。林鄭氏は市民に陳謝したが、事態が収束するかは見通せない。」(日本経済新聞2019年6月17日付朝刊・第4面、強調筆者)
Admiraltyエリアの大通りを埋め尽くす人の波を見ると、どうしても5年前の「雨傘」運動がラップしてしまうのだが、あの時は香港政府側が一歩も譲歩せずに事態が長期化した結果、マフィアまで出てくるは、地元で商売をやっている人たちにまで離反されるは、で、最後は運動の主力を担っていた学生たちが鎮圧されて終了・・・。
自分は、ウォン・カーウァイ監督が描いた90年代前半の生々しい香港の映像に取りつかれて青春時代を過ごした人間で、3年前、名画座で20年ぶりくらいにあの頃の映像を見たのを機に、衝動的に航空券を買って生まれて初めて香港の地に降り立ったのだが、まだ「雨傘」から1年半くらいしか経っていなかった時期にもかかわらず、90年代に撮影された映画の名残*1を見つけることよりも、「雨傘」運動の名残りを感じることの方が難しかった*2。
しかも、2014年当時問題になっていたのは、まさに香港の自治権にかかわる「行政長官立候補資格」の話で、事の重大性は、今回問題になっている「刑事司法手続の一部ステップ」の話と比べても比較にならないくらい大きかったはず。
初めて訪れて以降、香港には毎年足を踏み入れていたのだが、「中国色」は年々強くなっていくように感じられたし*3、大陸側に直通する高速鉄道まで完成し、九龍駅の中に中国本土のイミグレが置かれるまでに至った状況を見た時、2014年に完膚なきまでに叩きのめされた香港の人々が再び立ち上がって中国大陸側の思惑に抵抗する日が来ることさえ、自分は想像できなかった。
今回、デモ参加者が「200万人」という規模に達し世界の注目を集めることになった背景には、5年前とは異なり*4、”抵抗”の舞台を「香港島の一番目立つところ」に絞り込んだ影響もたぶんにあると思っているし(そのため、各メディアでの「見え方」はすごいことになっているが、5年前よりも”熱”があるかどうかまでは、ちょっと分からない)、中国政府としても、この動きにこのまま手をこまねいたまま黙認するとは到底思えないから、今回の抗議活動の結末が、香港人にとって幸福なものになるかどうかは、何ともいえないところもある。
ただ、この先にどんな運命が待ち構えているとしても、自分たちがもっとも大事にしている価値を守るために自分たちで行動した、ということの意義が失われることは決してないし、それがその社会のDNAとして脈々と受け継がれることになるはず。
こういう時、異国の人間は外から固唾をのんで見守るしかないのだけれど、「ただの中国の一地域」になってしまうことのデメリットを一番よく分かっているのは、香港の人たち自身に他ならないのだから、たとえ今回もまた、「奇跡」が起きなかったとしても、大切なものは守られると自分は信じている。
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*1:「重慶森林」などは、主舞台の重慶大厦だけでなく、フェイ・ウォンが通ったCentralの長いエスカレーターの雰囲気もまだ辛うじて残っているし、「墮落天使 」でカネシロ・タケシが疾走する地下トンネルとか、Tsim Sha Tsui のマクドナルドも基本的には変わっていない。
*2:目立つ看板は依然として出ているのに、お店自体は閉まったままだった「銅鑼湾書店」のように、大陸中国の怖さを感じる”史跡”はいくつか見たが、抵抗の跡をうかがわせるようなものは、当時は何も残ってはいなかった。
*3:それでも深圳側から「国境」を跨ぐと、街中の雰囲気からWi-Fiの通信環境に至るまで、「一国」というにはあまりに違い過ぎて、驚かされることの方が多い。自分は少々物価が高かろうが、電車の中が騒がしかろうが、圧倒的に香港の方が好きだし、自由が当たり前の国で育った人間なら、ほとんどの人が同じ思いは共有できるはず。
*4:雨傘運動の時は、香港島でもCentralからCauseway Bayまでの幅広いエリアが運動の拠点になっていたし、対岸のMongKok でも派手な占拠が行われていたと聞く。