サプライズなき資本の論理~それでも明日は来る。

アスクルの定時株主総会が行われ、以下のような結果となった。

筆頭株主のヤフーと社長らの再任を巡って対立しているアスクルが2日、東京都内で株主総会を開いた。約45%を出資するヤフーが業績低迷を理由に岩田彰一郎社長と独立社外取締役3人の再任に反対し、4人の再任議案は否決された。」(日本経済新聞2019年8月2日付夕刊・第3面、強調筆者、以下同じ。)

昨日のセブンペイ同様、こちらも先月からかなり話題になっていた件だったが、この話の”サプライズ”的要素は、「社長再任拒否」という話が最初に出てきた時点と、その後の「社外取締役も再任拒否」という話が出てきた時点で尽きており、第1位株主と第2位株主が同じ意見で議決権を行使することを表明していた以上、今日こういう結果になった、ということに意外な要素は何一つない。

もし、これが池井戸潤氏の小説だったら、主人公(前社長?)が総会の会場で大演説をぶって大株主が賛否の態度をひっくり返す、とか、いや、そこまで行く前に凄腕の弁護士が現れて大株主の議決権行使を無効にしてしまう、とか、スカッとするような大逆転ストーリーが展開されたかもしれないが、現実はそんなに甘くない。

会場の雰囲気は再任を拒まれた岩田前社長の支持ムード一色だった、とか、大株主出身の取締役に対しては誰も拍手を送らなかった、とか、いろいろと情報は飛び交っているが、それでも株主総会の場では、議決権行使の結果が全て。

かくして、午後の取締役会では、独立社外取締役不在、という異常事態の中、新社長が選任され、以下のような「人事異動」のリリースも淡々と発表された*1

(8月2日)社長兼CEO(取締役BtoCカンパニーCOO)吉岡晃▽BtoCカンパニーCOO、取締役兼執行役員CMOライフクリエイション本部長兼バリュー・クリエーション・センター本部長木村美代子▽退任(社長)岩田彰一郎▽同(取締役)戸田一雄▽同(同)宮田秀明▽同(同)斉藤惇

今週も、月曜日からヤフー、アスクル両者のプレスリリースを追いかけていく中で、「最後の最後で叡智を絞った協議の末、何らかの落としどころが見つかるんじゃないか?」とか、「せめて独立社外取締役の不再任だけは回避できるのではないか?」といった微かな期待を抱かなかったかと言えば嘘になるし、あちこちから憂慮の声が発せられながらも、決して拳を振り下ろすことなく最初の勢いのまま押し切る形になったヤフーの対応に関しては、「本当にこんなやり方でよかったのか?」等々言いたいことはいろいろあるのだけど、今の法制度の下では多数の議決権を有している株主が最後は勝つ、という現実を曲げることは残念ながらできない。

ということで、少々虚しさはあるが、改めて今週の動きを振り返ってみることにする。

7月28日
アスクルアスクル株式会社 独立役員会による 「ヤフーによるアスクル企業統治を蹂躙した議決権行使を深く憂慮する声明」提出について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/BOJ5/AgB0.pdf
7月29日
ヤフー:アスクルの第56回定時株主総会における 取締役選任議案(第2号議案)の議決権行使について
https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2019/07/29a/
アスクル:ヤフー株式会社の 7 月 29 日付プレスリリース「アスクルの第 56 回定時株主総会における取締役選任議案(第 2 号議案)の議決権行使について」について、および本件に関する当社から経済産業省東京証券取引所へのご報告について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/BW8i/nBtl.pdf
7月30日
アスクル:当社からヤフー株式会社、プラス株式会社に対する「株主総会に係る質問書」、および両社からの回答について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/MIkr/u2Z8.pdf
7月31日
ヤフー:アスクルにおける第56回定時株主総会および 「ヤフー株式会社に対する当社株式の売渡請求の件」を目的とする取締役会について
https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2019/07/31a/
アスクル:8 月 1 日取締役会における当社株式の売渡請求審議の延期について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/JLrB/UITi.pdf
アスクル:日本取締役協会による「緊急意見 日本の上場子会社のコーポレートガバナンスの在り方」発表について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/LBpf/Icf1.pdf
8月1日
アスクル:日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークによる「支配株主を有する上場会社のコーポレート・ガバナンスに関する意見」公表について
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/LBpf/Icf1.pdf

先手を打ったのはアスクルの独立役員会だったが、ヤフーが間髪入れずにビジュアル資料を使って議決権行使の正当性を説明、これに対しアスクルが正面から反論するとともに、ヤフーの主張の矛盾を突く。
翌日、アスクル株主総会の運営に係る「質問状」と「回答」を公開し、ヤフー側代理人弁護士の存在も世に出ていよいよ対決ムード全開か?という雰囲気が漂っていたのだが、翌31日、株式売渡請求権行使について審議する予定だった臨時取締役会の開催延期をアスクルが発表したところで潮目は変わった。

このプレスリリースの中で、アスクルが、

「当社のこれまでの主張は、ガバナンスプロセスを無視した退陣要求がなされた点についてのものであり、岩田社長の保身は全く目的としておりません。議決権行使の結果として岩田社長再任がされないことについて、当社は一切異論ありません。」

と書いてきたのを見て、自分は、アスクルも既に「総会後」を見据えたモードに入ってきたな」という印象を受けた*2

そして、本日公表された「本日の取締役記者会見について」というアスクルのリリース。
https://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/KIxq/NThS.pdf

「今回、2000 年 10 月以降前代未聞となる独立社外取締役が一人もいないという異例な状況になったことは、当社として大変遺憾であり、速やかに新たな独立社外取締役を選任するための手続を進めていきたいと考えております。」

というくだりまでは、これまでと同様のトーンで書かれているが、最後の「4.ヤフーとのこれからの関係について」の箇所で書かれている内容は、これまでとはだいぶ異なる。

(1) 現時点において、資本関係を解消したいという基本スタンスは変わっておりませんが、提携を解消するということについて、直ちにゼロか百かということではなく、両社にとってよりよい関係の模索のための協議を速やかに開始したいと考えております。拙速な判断をすることなく、あらゆるステークホルダーにとって最適な解を模索してまいります。
(2) 8 月 1 日付の株式売渡請求権行使の取締役会審議を延期した理由は、プレスリリースで公表したとおりでありますが、もともと当社は訴訟が最適な道であるとは考えておりませんでした。今後の売渡請求権行使について、今後のヤフーとの協議を注視しつつ引き続き慎重に検討してまいります。

戦い終わって垣間見える”ノーサイド”の精神、というべきか、最後も「当社は、すべての株主の利益*3のため、企業価値を最大化する経営に今後も最大の努力をしてまいります。」という、美しい言葉で締めくくられている。

思えば、約半月にわたって双方がプレスリリースで「会社のガバナンス」の在り方に関する応酬を繰り広げ、アスクル側には上村達男名誉教授、久保利英明弁護士といった大御所から日本取締役協会まで、ヤフーの側でもなぜかレオス・キャピタルワークスといったように、強いキャラクターの脇役も数多く登場して盛り上がった(?)このバトルだが、結局のところ、これから関係者が本当に考えないといけないのは、「LOHACO事業のこれからをどうするか?」とか、そもそも「立て直し途上のアスクルの経営をどうやって回復軌道に乗せるか?」といった経営の本筋の話であろう。

「独立役員の存在が企業経営に有効かどうか」といった問いに対する「答え」を定量化することは困難だが*4、「経営実績」は明確な数字として出てくるわけで、今回、岩田前社長を経営トップの地位から引きずり下ろしてまでやりたかったことが実現できたのかどうか、半年後、1年後に、ヤフーに対してもその結果は容赦なく突きつけられることになる。

より悪い方に流れが行った時に、「当社は一株主に過ぎません。遺憾ではありますが、アスクルの自主経営を尊重した結果なので、責任は現経営陣で負っていただきます」といったようなリアクションが出てくることはよもやないだろうから、外野の人間としては、最後の一週間、沈黙を貫いたプラス株式会社*5の動きとともに、これからの、親会社としての、リアルな経営手腕を見届けたいと思っている。

なお、日本経済新聞社から昨年末に出版された以下の一冊。岩田前社長が流通業界の旗手として「対談」にも登場されている。

物流革命 (日経ムック)

物流革命 (日経ムック)

”名経営者”と崇められた人が、一夜にして貶められる、というのは、カルロス・ゴーン氏の例を見るまでもなく世の中にいくらでもある話なのだが、一種の社内ベンチャーから会社を興し、この苦しい状況下でも記者会見等で気骨ある姿を見せ続けてきたこの経営者の今後にも、個人的には注目していきたいところである。

*1:正式なリリースのリンク先はhttps://pdf.irpocket.com/C0032/GDpy/syzj/JgtH.pdf

*2:一方で、独立社外取締役の再任拒否に対しては、関連する他団体のリリースも載せる等、引き続き強い反対姿勢を示していたので、ここが折れシロなのかな?と思っていたのだが、その予想は残念ながら見事に外れた。

*3:これまでは「少数株主の利益」を強調する形のリリースが多かったが、ヤフー、プラスも含む「すべての株主」というワードに、「戦後」モードの全てが集約されているような気がする。

*4:時々、それを試みようとしている例を見かけるが、それぞれの会社で経営の前提条件が全く異なる以上、「定量化」の作業にはほとんど意味がないと自分は思っている。

*5:その代わり、というわけではないのだろうが、対決が佳境に差し掛かっていた7月30日に、明日8月3日を「文具はさみの日」に制定する、という洒落たリリースを出していた(プラス、8月3日を「文具はさみの日」に制定 記念日登録証授与式を開催|PLUS プラス株式会社/PLUSグループ)。

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