勝てなくても走り続けられる幸福を噛みしめよう。

月が切り替わったこの週末は、競馬の世界でも大きな「切り替わり」の節目だった。

北海道(函館、札幌)では6月15日から、本州でも6月29日から(東は福島、新潟、西は中京、小倉)続いていた、いわゆる「夏のローカル開催」の終焉。
そして、それは、今年から「3歳未勝利」というカテゴリーのレースの終わりも意味することになる。

昨年までも、ローカル開催の終わりとともに「誰でも(優先権を取るか、抽選等を突破できれば)出走できる未勝利戦」が終わってしまう、という状況は同じだったものの、その後の中山・阪神開催で、

前走の着順が5着以内 又は 出走回数が5回以下

の未勝利馬に限って「1度だけ」出走できるレース(いわゆる「スーパー未勝利」戦)が組まれていた。

ところが昨年のJRAのドラスチックな方針変更*1によって、この「スーパー未勝利」戦も廃止され*2、秋の訪れとともに「3歳未勝利馬」同士が争うレースは完全に中央競馬から姿を消すことになってしまったのである*3

よって、先々週くらいから、「未勝利」を返上すべく多くの馬が各競馬場で組まれたレースに殺到。
一つのレースに出られる頭数は決まっているから、ダートの短距離とか、芝の中距離戦のような、誰もが出たがるレースでは除外される馬が続出して、出走が延び延びになる、という事態もあちこちで頻発していたし、何とか出走にこぎつけても、勝ち残れる馬は1レースにつき1頭だけ新馬戦で上位に食い込んでその後も掲示板を賑わせていたような馬でも、大きく負けてしまえば、調教師のコメントはほぼ例外なく「登録抹消」*4

特に今週は、厩舎関係者も馬主も応援する側も、みんな順位にかかわらず「負けたら終わり」ということが分かっているから、テレビの映像越しでも必死さは伝わってきたし、ネット上の関係する馬の掲示板も悲痛な叫びであふれかえっていた。

そして、最後の日となった今日は午前中から3場で10のレースが組まれ、悲喜こもごもを繰り返した結果、小倉、新潟の第6レースをもって「未勝利馬」たちの中央競馬所属馬としての歴史も終了・・・*5

まぁ、中央競馬の場合、早い馬ならダービーが終わった翌週、2歳の6月からレースに出ることができるわけだし、そこから出走機会は毎週、多い時期には新馬、未勝利戦だけで全レースの半分近くを占めることだってあるわけだから、一番出世の馬が勝ってから15カ月近く経ち、3歳馬の大きなタイトルも既に牡馬・牝馬とも2つはホルダーが決まった、という時期になってもまだ勝てていないようなら「引退」を迫られても仕方ないじゃないか、という意見もあるだろう。

ただ、競走馬は生き物。
成長が早い馬もいれば、遅くて2歳の夏の時点ではまだ全然本格的に走れる状態になっていない馬もいるし*6、ケガをすることもあれば、病気で調教を離脱することもある。

自分はもう10年以上にわたって、(一口馬主として)毎年最低1頭、身銭を切って数万円投資する、という報われない経済活動を続けており、それゆえ、「出資馬が決まった時から1年後の夏(2歳の夏)くらいまでの間に膨らむだけ膨らんだ期待が、そこから1年の間に一気に萎み、夏の終わりとともに絶望に変わる」という経験も数えきれないくらいしているのだけど、勝ちあがれなかった馬の中に「2歳戦からずっと負け続けた馬」というのはほとんどいない*7

むしろ、「調教中のアクシデントでデビューが遅れた」、「早期にデビューして良い着順を残したが、その直後に骨折判明、休養」、「同僚にクラシック戦線を賑わす馬が何頭もいたために、厩舎の馬房数の関係でなかなかレースに出してもらえるタイミングがなかった」等々、いろんな「不運」のせいで3歳の夏の終わりに間に合わなかった、という馬がほとんどだったりする。

3歳夏と言えば、人間の年齢に置き換えれば、まだ20歳に届かないくらいの時期。
両親ともに4歳になってから本格化した、という晩成血統の馬であれば、まだまだ伸びしろはありそうなタイミングである。

それでも、ここまでで勝てなければゲームセット。

新馬戦、未勝利戦で1つでも勝っておけば、その後の成績がパッとしなくても、4歳、5歳くらいまでは淡々とレースに出続けてそれなりに賞金も稼ぐことができるのに、その「1つ」がないと、引退して不安定な次の馬生を過ごすか*8地方競馬に転出して安い賞金で酷使されることになってしまうのだから、これを過酷な世界と言わずして何というか・・・。


翻って人間の世界は、10代の頃から、競争に勝った、負けた、と騒がれるのはもちろん、クラシックレースのタイトル(言い換えれば「学歴」のようなものか)だけではその後の価値は定まらないし、馬齢相当で5歳、6歳くらいになっても、さらに進んで10歳を超えるくらいの世代になっても、ずっと競争を強いられ続ける、という点で実に不幸な一面はある。

ただ、それでも、「いついつまでに勝てなければ後がない」という世界ではなく、多少アクシデントがあって休もうが、地方に行こうが、外国に行こうが、自分のモチベーションさえ失わなければ走り続けることができる*9、という点では、やっぱり幸福な世界と言えるのではないかな、と思うわけで・・・。

もちろん、さっさと「引退」という形で見切りを付けることができず、愛玩動物として誰かに面倒を見てもらうわけにもいかず、ずっと自分の足で走り続けないと生きていけない、ということをどう評価するかは人それぞれだろうけど、自分は「走れる」ことのありがたさを大切にしたいと思っている。

そして、だからこそ、サラブレッドに対しても、運よく未勝利戦を勝ちあがった馬には一日も長く競走生活を続けてくれること、を、勝ちあがれなかった馬にも引き続き地方競馬での活躍の場が与えられること*10を心から願っているのである。

*1:一番大きいのは、「降級制度の廃止」だったが。2019年度競馬番組等について JRA

*2:当時のメディアの報道より。来年から『スーパー未勝利廃止』 “活性化”は成功するのか― | 競馬ニュース - netkeiba.com

*3:もちろん、出走要件に賞金下限がないレースで、かつ、出走できるだけの枠が空いていれば、「格上」挑戦で1勝級の馬に混じって走ることもできるのだが、よほどの馬でない限り、そのルートで生き残ってレースに出続けることは難しい。

*4:5着以内に入れば、3歳未勝利戦が組まれている間は次のチャンスを狙うこともできるのだが、6着以下ならそれ以降のレースでの出走権の確保が事実上困難になるため、その先には、引退するか、地方競馬に転出するか、といった進路しかなかった。

*5:全くの偶然、しかも新潟では大本命、小倉では17番人気、という大きな違いもあったものの、勝ったのがいずれもシンボリクリスエス産駒だった、というのは興味深い出来事だった。

*6:そもそも、生まれてから2年やそこらで、騎手の指示を従順に聞きつつ時速50~60キロで走れるレベルまで「成長」する、というのはそう簡単なことではないし、少なくとも人間の想像は絶している。

*7:超大手牧場系のクラブで、しかもそれなりの金額の馬にしか手を出していないから、本来なら普通に走れば相当な確率で勝ち上がれるはずなのだ・・・。

*8:乗馬や繁殖に回れる馬はまだよいが、諸般の事情で行方知れずになってしまう馬も未だにいると聞くところである・・・。

*9:法曹にしても、企業の中の「法務」というポジションにしても、世の中のもっとキラキラした世界の人々から見たら”負け組”かもしれないけど、そこで瞬間的に「負け」てるからといって次のタイミングで何かができなくなるわけではないし、いろんな意味で「逆転」できる可能性は残っているわけだから、走り続けることに何ら躊躇は必要ない。

*10:3歳馬なら2勝、4歳以降は3勝すれば中央に戻ってこられる、というルールもあることだし。

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