意外な、そして実にビジネスライクな結末。

以前、このブログでも何度か紹介したMHPSをめぐる親会社同士の紛争*1

いかに仲裁のウリが「短期決着」といっても、これだけの規模(申立て時点で約7,743億円)の案件となるとそう簡単に決着がつくはずもなく、日本商事仲裁協会規則の見直し等、一時期、日本国内の仲裁手続きにスポットが当たりつつあった間も、鳴りを潜めていた感があったこの事件だが、2019年の年の瀬、申立てから2年半近く経ってようやく決着を見た。

三菱重工業日立製作所は18日、損失負担を巡って意見が対立していた両社の共同出資会社、三菱日立パワーシステムズMHPS)の火力発電事業について和解が成立したと正式発表した。日立が保有するMHPSの全株式の譲渡や和解金の支払いで3780億円を日立が負担する。日立は火力発電機器事業から事実上、撤退。今後は発電所の保守サービスなどをてがける。」
日本経済新聞電子版2019年12月18日17時47分配信)*2(強調筆者、以下同じ)

申立て時には長大なプレスリリースで自己の立場をアピールした三菱重工側も、今回は、さらっとしたペーパーを出しただけ*3

それも、「本和解は、両社の誠実かつ真摯な協議の成果です」「和解による決着を迎えたことを喜ばしく思います」という趣旨の、極めて友好的で前向きな両社社長の和解コメントが掲載されている、ということで、日本経済を担う大企業同士の「大人の解決」という感があふれる決着劇となった*4

ここで気になったのは、今回の決着のさせ方である。

記事によると、

・日立から三菱重工2000億円の和解金支払い

という本筋のほかに、

・日立のMHPS子会社に対する債権700億円相殺

というオプションもついている。

そしてさらに極めつけは、

・日立が保有するMHPSの35%の全株式を三菱重工に2480億円で譲渡する

という内容だろう。

鳴り物入りで設立した会社に関してこれだけの一騒動が起き、しかも日本初の司法取引(協議・合意制度)適用案件となったタイの贈賄事件*5にも親会社間の駆け引きが影響していると噂されていたような状況で*6、この先、MHPSをめぐる資本関係がどうなるのか?という疑問は誰もが抱いたはずだが、そこであっと驚く日立の全株式売却・事業撤退、という形でけりが付けられる、というのは、さすがに自分の想像できるところではなかった*7

発表翌日の朝刊では、

「そんな中でも三菱重工があえて完全子会社に踏み切るのは、残存者利益が大きいためだ。実際、三菱重工は譲り受ける35%分のMHPS株の価値を3500億円以上と評価したもようだ。」(日本経済新聞2019年12月19日付朝刊・第13面)

と、三菱重工が(名だけでなく)「実もとった」という取り上げられ方になっている。

だが、その記事にも書かれているとおり、火力発電設備事業というのは、決して将来有望と言えるような事業ではない。

そもそも、三菱重工、日立とも、それぞれの会社が単独で事業を営んでいくのがなかなか厳しい事情があったからこそ、あえてこの事業を切り出して「合弁」という形にしたのだろうし、「脱炭素」の嵐は世界中を容赦なく吹き抜けていて、今の事業環境は5年前以上に厳しくなっているようにすら思える。

だからこそ、そう簡単に合弁を解消することはできないだろう、というのが自分の読みだったのだが、そこで「火中の栗」を拾いに行った三菱重工・・・。


今回の結果だけ見れば、仲裁を申し立てた三菱重工がほぼ完ぺきに近い勝利を勝ち取った、と言えるのは間違いない。

ただ、先述のような背景を踏まえると、原子力発電設備事業絡みで奈落の底に叩き落された某(元)大手電機メーカーと同様、今回買い取った「35%」が三菱重工にとって巨大な重石になる可能性は否定できない。

また、今まさにグループ全体の事業ポートフォリオ見直しの最終段階に差し掛かっており、このプレスと同じタイミングで日立化成の売却まで正式発表した日立製作所にとっては、今回の決着も”筋書きどおり”の展開で、多少一時的な持ち出しが生じたとしても、中長期的に見れば将来のキャッシュ流出を抑えることができる、という点で理想的な結果になった、ということができるような気がする。

単純な勝敗を超えて、いずれの側にもビジネス上のメリットがある(もちろんそれと表裏一体のデメリットもある)解決が導かれた、という点でいかにも純前なビジネス紛争にふさわしい結末となった今回の紛争劇。

これがきっかけに、日本国内で大型ビジネス紛争が頻発するような世の中になるとまでは自分は思わないし、ましてやJCAA仲裁が活性化する、などということには決してならないと思うのだけど、単なる「紛争解決」という側面を超えた、ビジネスの在り方を考える上での格好の素材になる事例だけに、今後の両社の行く末もそっと見守っていこうと思っている。

*1:k-houmu-sensi2005.hatenablog.comk-houmu-sensi2005.hatenablog.com参照。

*2:三菱重工と日立、南アフリカの火力巡る和解を正式発表 :日本経済新聞

*3:https://www.mhi.com/jp/news/story/pdf/191218.pdf

*4:それでも、日立の方は特別損失で当期利益等の予想を大幅下方修正することも同日発表しており、決して”傷”なき解決だったわけではないのだが・・・。https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2019/12/f_1218d.pdf

*5:初の司法取引適用公判、元取締役に有罪判決 タイ贈賄事件 - 産経ニュース参照。

*6:三菱日立パワーシステムズの幹部が「司法取引の犠牲者」となった背景(北島 純) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)参照。

*7:これがSHAのコールorプットオプションを行使した結果なのか、それとも今回の和解協議の過程で出てきた全く新しい合意なのかは知る由もないが・・・。

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