思いは受け継がれなければならない~「知的財産推進計画2021」に思うこと(後編)

連休前のバタバタ等もあって、前編*1をアップしてから少し日が空いてしまったが、「知財推進計画2021」*2の各論についても少しコメントしておきたい。

といっても、ほとんどの項目が、いかにも抽象的でふんわりとした”政策のタマゴ”*3に留まっており、実にコメントしづらい、というのは総論とあまり変わりない。

もちろん、以前からそういった提言項目はあったのだが、それでも「知財」の本流ど真ん中、と言えるような政策に関しては、利害関係者の意見が多少錯綜していても、「これが政府の意思だ!」と言わんばかりに骨太な方針を示す*4、というものだったことが、このペーパーに注目が集まる最大の理由だったはず。

だが、今年の『計画』の中で、それを読み取れる部分は極めて限られている*5

いつものように具体的な「方向性」は示され、所管官庁に割り振られた「工程表」も添付されているのだけれど、「必要な取組を実施」の中身が具体的にイメージできない項目があまりに多すぎるのはどうなのかな・・・と。

それでも、エントリーを立てたからには、ということで、「Ⅲ.知財戦略の重点7施策」として挙げられている項目に対して、以下ざっとコメントを試みることにしたい。

1.競争力の源泉たる知財の投資・活用を促す資本・金融市場の機能強化

まず最初の施策。以下の部分にキモとなっている部分が集約している、といえるだろうか。

(1)知財投資・活用促進メカニズムの構築
「企業がどのような知財投資・活用戦略を構築しているかについて、より一層の見える化をすすめ、こうした企業の戦略が株式市場を通じて投資家から適切に評価され、より優れた知財投資・活用戦略を構築している企業の価値が向上し、更なる知財への投資に向けた資金の獲得につながるような仕組みを構築することが重要である。」(14頁、強調筆者、以下同じ。)

そして畳みかけるように「コーポレートガバナンス・コード改訂」の話題に絡めて、

「これまでも、企業の経営戦略に知財戦略を位置づけることの重要性が指摘されてきたが、実際には多くの企業においてこうした意識はいまだ浸透していない。今般のコーポレートガバナンス・コードの改訂は、企業の経営陣の意識を大きく変えることも期待される。ここで重要な点は、開示・発信されるべき内容は、保有している知財の単純なリストなどではなくその企業が、どのような社会的価値創出を行おうとしているのか、そのためにどのような知財を活用して、どのようなビジネスモデルで価値提供とマネタイズを実現することを目指すのかという戦略的意思の表明である。開示・発信内容は将来キャッシュフローをイメージさせるものでなくてはならない。その上で、現有の知財を何のために活用するのか、不足する知財をどのように獲得していくのかを明らかにすることが重要である。」(14~15頁)

と苦言を呈しつつ高らかに理想を掲げる。

さらに、これに続けて、「ESG要請に対応した知財投資・活用戦略」や、「スタートアップのイノベーション機能」といった最近の流行り言葉を散りばめ、投資からイノベーション、そしてガバナンスまで、「知財」をキーフレーズとして網羅的に語り尽くそうとするこのパートは、総論のトーンをそのまま反映した、まさに今年の計画のハイライト、ともいうべきものだと言える。

だが、これに対してはYou Tubeの配信*6の中でも、四方八方から疑義が唱えられたとおりで、投資・融資といったところで目利きがいない、仮にプロの目利きに頼るとしても対象企業の実情をきちんと把握しようとすればコストがかかりすぎる等々の理由でこれまで繰り返されてきた”失敗”がどう生かされているのか、ここからは全く見えない。

CGコードの趣旨に沿い、アプローチする側からのアクションを待つだけでなく、会社側で適切に情報を開示して投資家や金融機関とコミュニケーションをとるべき、というのが今回の「計画」の新味なのかもしれないが、今どきどこのスタートアップでもベンチャー企業でも、ちょっと技術に自信のある会社なら、自社の技術戦略を強調するIRは日常的にやっているわけで、それをしていない会社は「知財戦略を持たないからできない」というよりは、「そもそも知財を持たない(市場で勝ち抜くために求められるのが技術ではなく「営業力」だから、そもそも持つ必要もない)*7」会社だから、いかに政策の旗を振ったところでどうなるものでもない。

そしてそんな難しさを象徴するように、示された方向性も以下のようなものにとどまっている。

・ 企業の知財投資・活用戦略を見える化し、投資家等が活用しやすい環境を整備するため、コーポレートガバナンス・コードや価値協創ガイダンスの改訂を踏まえ、どのような形で知財投資・活用戦略を開示・発信することが有益であるかなどについて検討し、知財投資・活用戦略に関する開示・発信の在り方を示すガイドラインを 2021 年中に策定し、公表する。(短期)(内閣府経済産業省
・ スタートアップ等、不動産等の有形資産を持たない事業者であっても経営者保証に依存せずに資金調達ができるとともに、金融機関が企業の事業継続や発展を支えながら、経営改善支援等に注力できる環境を整備するため、海外の制度や実務等も参考に、のれんや知財等の無形資産を含む事業全体を対象とする新たな担保制度について、利便性確保の方法や他の債権者の保護等に留意しつつ、検討する。(短期、中期)(金融庁法務省経済産業省内閣府
知財情報を活用して経営・事業に貢献する IP ランドスケープの普及・定着に向け、各種セミナー、民間の団体との連携・協働等を図る。(短期、中期)(経済産業省内閣府
知財を切り口とした事業性評価を通じて中小企業における知財活用を推進するため、知財ビジネス提案書の作成支援を地域金融機関等に行う。(短期、中期)(経済産業省
・ これまで活用された知財ビジネス評価書の分析等を行い、知財ビジネス評価に資する調査項目等を取りまとめる。また、民間調査会社等による知財ビジネス評価書の作成を支援するためのひな形を検討する。(短期、中期)(経済産業省
・ 2020 年度までの「STI for SDGs プラットフォームの構築に向けた調査・分析」の結果を踏まえ、SDGs ビジネスモデルの構築に役立つ具体的なプロセスについての検討・調査・分析を行い、その結果を関連機関へ共有する。(短期、中期)(内閣府
(21頁)

1つめのガイドラインについては、いつものように淡々と作られていくのだろうし、2つめは、既に始まっている法制審議会担保法制部会での議論に乗っかっていけばよいのだろうが、3つめ以降については正直どうなのだろうな・・・というのは、誰もが思うことだろう。

まぁ、「中身のない会社が『知財』を過度に強調し、歪んだ価値評価の下で資金調達する」といったようなことがない限りは、無益ではあっても有害な施策とまでは言えないと思うので、被害が出ないうちに振られた旗がひっそりと下ろされることを願いつつ、しばらく見届けていきたいと思っている。

なお、このパートには、「(2)価値デザイン経営の普及と実践」もあるが、打ち出されて以降、未だに浸透する気配のない「価値デザイン」という言葉に執着している時点で、読む気が失われてしまうので、ここはスルーして次の章に移ることにする。

2.優位な市場拡大に向けた標準の戦略的な活用の推進

「標準化」の話も毎年知財推進計画で取り上げられているものではあるのだが、ここに来て自動車の世界等で既存のビジネスモデルを揺るがすようなうねりが出てきていることもあって、今年の計画ではこれまで以上に力を入れて取り上げられているように見える。

前半の「(1)官民一丸となった重点的な標準活用推進」では、「デジタル化による産業構造の変化」として、これまた最近はやりの「アーキテクチャ」等の概念を詳しく紹介し、

「デジタル化の進展は、これまでの製品・サービス、企業、業種ごとのピラミッド型のバリューチェーン構造型のシステムから、製品・サービスを成立させるための構成機能が既存の業種概念を超越して横断的な機能「レイヤー」に再整理され、これが自由につながることにより価値提供を達成するネットワーク型のシステムへと、産業構造を変革させている。」(24頁)

といった分析を加えているのだが、(既に巷で言い尽くされていることとはいえ)読み物としては一度目を通しておいても良いところだろうと思う。

ただ、ここでも気になるのは、「分析の視点は良い」「危機感も伝わってくる」が、「具体的な政策がない」という問題。

いや、ここでは、これからやらないといけない「政策の方向性」自体は明確なのだが、そこに辿り着くまでの道のりがあまりに遠すぎて・・・ということが問題なのかもしれない。

「企業間の競争において、如何に自分の得意なレイヤーを有利に位置付けて優位な状況を作ることができるかによって、ゲームチェンジを迫る側に身を置くか、迫られる側に身を置くかが決まってしまう。現在の自己の収益モデルがゲームチェンジに晒され、競争劣位に置かれる可能性が高いのであれば、既存のモデルが順調であっても、これに執着せず新たなモデルへのシフトチェンジを他者に先駆けて仕掛ける決断を迫られる。ゆえに、標準戦略は経営判断の根幹となり、世界の経営層の主要管掌事項となっている。」(25頁)

「標準活用は、分野によっては、一企業あるいは一国の枠を越えて戦略的なアライアンスを構築して進めることが不可欠である。競争領域と協調領域をしっかりと見極め、競争領域においては、個社の強みを発揮しつつ、協調領域においては、企業や国家の枠を越えた戦略的な標準活用に向けたコラボレーションを目指していくべきである。」(26頁)

高説ごもっとも。しかしこれができる人材がこの日本に官民見回してどれだけいますか、と。そして能力的には標準化交渉の主役になれる人がいたとしても、その人を企業が育て、支えていく体制はできているのですか・・・? という叫びに政策はどう応えるつもりなのか、ここからは全く見えない。

結果的に「方向性」に書かれている内容も、

・ 日本における標準の戦略的・国際的な活用の推進に向け、政府全体として、統合イノベーション戦略推進会議の枠組みにおける標準活用推進タスクフォースを中心として、社会課題の解決や国際市場の獲得等のために不可欠な標準の戦略的・国際的な活用を、官民で重点的かつ個別具体的に推進する。(短期、中期)(内閣府総務省農林水産省経済産業省国土交通省、関係府省)
・ 省庁横断で重点的に取り組むべき分野において、標準の戦略的な活用を推進し、標準の開発や技術実証等を加速化させるための支援や、調査分析、専門家派遣等の国際標準の形成に必要な活動への支援等を行う。(短期、中期)(内閣府総務省農林水産省経済産業省国土交通省、関係府省)

といった総花的な話と、

産学官の主要プレイヤーを結集した拠点機能である「Beyond5G新経営戦略センター」を核として、知財の取得や国際標準化に向けた取組を戦略的に推進するとともに、国際標準化活動を研究開発の初期段階から推進するため、戦略的パートナーである国・地域の研究機関との国際共同研究を実施する。(短期、中期)(総務省
・ 農林水産・食品分野における標準の戦略的活用に向け、関係省庁が連携・協力し、関連独立行政法人等とともに、標準化活動を推進する。また、地域の標準化ニーズが適切に実現されるよう、地域の関係機関の横のつながり及び関連独立行政法人内の本部・支部等の縦のつながりにおける連絡・情報共有・相談体制を構築する。(短期、中期)(農林水産省経済産業省、関係府省)

といった個別省庁の取り組み分野の記載ばかりが目立つ形になっている。

また、おそらく昨今のEVをめぐる特許ライセンス紛争等も念頭に置いて、今年の推進計画では「(2)標準必須特許の戦略的獲得・活用 」というテーマの下、以下のような少々踏み込んだ記述も登場している。

「標準必須特許は、公正な競争環境の下で、技術開発への適切なリターンを確保しつつ、優れた技術の社会実装を加速させるイノベーション・エコシステムを実
現するツールである。異業種間において標準必須特許を巡る当事者間のライセンス交渉が円滑に進まない状況が構造的に生じているような場合、優れた技術の社会実装が遅れ、更なる技術開発に向けた投資に悪影響が生じる懸念に加え、特許技術の実施者は差止めのリスクに晒されるおそれがあることに鑑み、政府としても、当事者間の円滑な交渉に向けて、状況の改善を図ることが必要である。」(31頁)

「状況の改善を図る」の具体的な中身は何か、と言えば、これまでの計画でも出てきていたような、

・ 標準必須特許を巡る円滑なライセンス交渉の実現に向け、誠実な交渉態度の明確化等に関する各国裁判例や各国政府の動向等を踏まえ、「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」の充実化に向けた検討等の措置を講ずる。また、標準必須特許を巡るその他の論点についても、必要に応じてグローバルな動向も踏まえつつ検討を行う。(短期、中期)(経済産業省
・ 標準必須特許の必須性の透明性向上に向け、特許庁による標準必須判定制度が効果的に活用されるように周知を図る。(短期、中期)(経済産業省

といった話しか出てこないので、途端に拍子抜けしてしまうのだが、本気で「産業を守る」という立場をとるのであれば、さらに踏み込んだ介入の可能性だって検討に値するはずだし、昨今の巨大プラットフォームをめぐる全世界的な動きに合わせて独禁政策の活用まで念頭に置くこともできるはずだから、ここはこの先、もう一歩踏み込んだ政策的検討を期待したい。

3.21 世紀の最重要知財となったデータの活用促進に向けた環境整備

続いて、ここ数年、「知財推進計画」の中に取り込まれている「データ活用」に関する政策集。

自分も、このテーマ自体の重要性を否定するつもりはないが、正直「データ」に「個」の要素が少しでも加わった時点で、もはや知財戦略本部が何を言ったところで・・・ということになってしまうテーマでもあるので、ここで事細かに論じることは避けたいと思っている。

あと、「データ取引市場」に関する以下のくだり。

データは共有・利用されるほど価値が増し、それによって減価するものではないことから、排他独占的所有権というよりは、前述の懸念事項を払拭するための利用条件を付されたアクセス権を考えることがふさわしく、こうしたアクセス権を取引する市場の実装に向けた検討と実証を進めることが期待される。」(43頁)

これって、自らはデータを持たない「オープンデータ」派の方々が、データを持っている事業主体の関係者に吹っ掛けてくる決まり文句のようなものなのだけど、誰でもアクセスできるものになってしまった時点で価値がなくなるデータだって世の中にはたくさんあるので、このフレーズばかりを一人歩きさせるのは正直勘弁してほしいな、と思うところはある*8

5.スタートアップ・中小企業/農業分野の知財活用強化

続いて1項目飛ばして先にこちらから。

特に前半は、相変わらず「スタートアップ」の支援にご執心の経産省のカラーが色濃く出たものになっているのだが、同時に、

「しかしながら、スタートアップ・中小企業の知財活用の重要性・必要性等に対する意識は、必ずしも十分とは言えず、引き続き意識の向上を図る必要がある。」(63頁)

という一節を見ると、おやおやちょっと風向きが変わってきたかな?とも思う。

特許にしても、それ以外の無形ノウハウにしても、意味のある「知財」は、蓄積された技術とノウハウの積み重ねの上で初めて登場するもの。

そして、その創出とか活用を、良くも悪くもこの国の社会環境の上にしか存在しえない今の国内のスタートアップにどこまで期待するのか、ということは、そろそろ冷静に考えた方が良いような気がする*9

6.知財活用を支える制度・運用・人材基盤の強化

さらに先に進むと、人・制度の話になってくるのだが、ここで注目されるのは、

「(1)知財分野におけるソフトローの活用」

ということで、「ソフトロー」というフレーズがこの計画の中に初めて(?)出てきたことだろうか。

「近年、知財を巡る経済・社会環境は目まぐるしく変化し、知財制度も、こうした変化への機動的な対応が求められている中、立法による法規範の定立だけでなく、事実上の行動規範としてのソフトローの活用が注目される。ソフトローは、作成や改変の容易さ、個別状況に合わせた作成・運用など、法改正によらずに、時代の変化に対応した柔軟な規範の変更が可能という利点があるとされる。」(67頁)

自分がかつて触ってから20年近くの時を経て、この言葉が表に出てきたことに対しては様々な思いはあるのだが、一方で、「何をするか?」ということに関しては、(既に議論が進んでいたコンテンツ分野の施策を除けば)今ひとつ見えてこない。

「施策の方向性」として書かれているのも、

知財関連制度の新設・改正等を検討する際には、ソフトローのメリット・デメリットを踏まえつつ、その活用可能性について検証した上で、所要の措置を講じる。」(短期、中期)(関係府省)

ということだけで、あとは既に著作権法改正で手当てされている同時配信等の権利処理の円滑化や図書館関係の権利制限規定についてガイドラインを作ろう、という話だから、そこに新味は全くない。

そもそも、知的財産というのは、(権利を国が付与する、という点にのみ行政法的側面があるものの)基本的には民事法の世界で扱われるものだ、というのが自分の認識で、ソフトもハードもなく、関係当事者が自由に取扱規範を決められる、というのが絶対的な原則になるはず*10

したがって、同じ「ソフトロー」でも、行政府の規制権限をベースにしつつそれが及ばない緩やかな領域を作る、という金商法や租税法系の世界でのそれとは全く違う話になるわけで*11、そもそも「ソフトロー」という言葉を使うのが良いのかどうか、ということも含め、さらなるブラッシュアップが必要なのではないかと思うところである。

あと、この章には、(2)知財紛争解決に向けたインフラ整備(3)知的財産権に係る審査基盤の強化(4)産学連携における知財活用の促進といった、これまでなら「柱」になっていた項目が雑多に散りばめられているのも興味深い。

もちろん、これまでの検討の中で一定の法改正が行われ、議論に一段落ついている、ということが”格落ち”となったひとつの要因ではあると思うのだが、改正が行われてもまだこれらの政策が「柱」として看板を張っていた時期もあったように思うだけに、むしろ「知的財産推進計画」というものの位置づけが変わった象徴と捉える方が良いのかもしれない。

7.クールジャパン戦略の再構築

「7施策」の最後の項目になっているのがお馴染み「クールジャパン」である。

これまでなら、「何でここに入ってるんだ。しかも出てくる施策が各省庁の予算獲りテクニックを駆使したしょうもないものばかりじゃないか!」と突っ込むだけ突っ込んで一顧だにしなかった章ではあるのだが、今年に関しては読まずにはいられなかったし、読めば涙なくして読み通すことは難しい。

CJ 関連分野は、日本の豊かな文化や経済成長にとって不可欠な要素であり、日本が世界に誇る魅力の源泉でもある。また、これまでも様々な国難において、日本人の心に寄り添い、励ましてきた「命の源」でもあるCJ 関連分野で活躍する人々の知見やノウハウは、日本にとって重要な無形資産であり、仮に失われると二度と戻ってこない。日本の文化芸術の灯を絶やしてはならない。政府としては、これまでも CJ 関連分野の存続確保に向けた各種支援策を講じてきたが、今後とも、関係業界と協力しながら必要な支援を実施することが重要である。」(76頁)

個人的には、「観光資源」というのは、人工的に作られるものではないし、人工的に作るものであってはならない、とも思っているので*12、いずれ人が動くようになれば、それで十分だろうと思っているところはあるのだが、それでもここは、思いを持って動いている方々が一日も早く力を発揮できる場を取り戻せることを願って、祈りを捧げておくことにしたい。

4.デジタル時代に適合したコンテンツ戦略

さて、7施策のうち、6つまで流し読みしたところで最後に取り上げるのが、「コンテンツ戦略」である。

この章に書かれていること、特に、「(1)デジタル時代のコンテンツ戦略と著作権制度・関連政策の改革」の項で書かれている内容は、他の章の記述に比べると、政策としてのスケール感も、個別の政策に落とし込めるだけの粒度も全くレベルが違う、というのが自分の率直な印象だった。

このテーマに関して言えば、ここに至るまでの間、知的財産戦略本部の下に置かれた「デジタル時代における著作権制度・関連政策の在り方検討タスクフォース」で1年半にわたって濃密な議論がなされてきた、という経緯もあるから*13、他のテーマと比べるのは”反則”といえばそれまでなのだが、緻密な背景分析を行った上で示された方向性には、いかにも(かつての)「知的財産推進計画」らしい骨太感がある。

「デジタル化、ネットワーク化の進展に伴いコンテンツの流通の量的・質的な構造変化が顕著な現状においては、過去コンテンツ、UGC、権利者不明著作物をはじめ、団体が管理していないものを含めた、膨大かつ多種多様な著作物等を網羅的に、円滑かつ迅速に、利用できるための一元的な権利処理のための制度改革の選択肢として、同タスクフォース「中間とりまとめ」では、①補償金付き権利制限、②集中管理と補償金付き権利制限の混合型、③拡大集中許諾、④裁定制度の抜本的見直しの4つについて比較・分析を提示した。」
「その上で、現在のコンテンツ産業をとりまく構造変化と課題に対応するためには、a 分野・用途に応じて最適な手段・手続を使い分け、構造変化と課題に応えられるようにすること、b 一元的な処理を可能としつつ、権利者の意思の尊重にも留意すること、c 市場合理的かつ迅速な対価決定を行うことが可能であること、d 権利処理にあたっての障害を社会的意義や合理性に照らし簡潔かつ適切に解決できることなどの条件を実質的に満たす制度改革を行う必要があると整理している。」
(51頁)

そして、「施策の方向性」の中に「工程表」に堂々と載せられる状態の政策が含まれている、ということも、他のテーマとの大きな”違い”を感じさせてくれる*14

文化庁は、デジタル技術の進展・普及に伴うコンテンツ市場をめぐる構造変化を踏まえ、著作物の利用円滑化と権利者への適切な対価還元の両立を図るため、過去コンテンツ、UGC、権利者不明著作物を始め、著作権等管理事業者が集中管理していないものを含めた、膨大かつ多種多様な著作物等について、拡大集中許諾制度等を基に、様々な利用場面を想定した、簡素で一元的な権利処理が可能となるような制度の実現を図る。その際、内閣府(知的財産戦略推進事務局)、経済産業省総務省の協力を得ながら、文化審議会において、クリエーター等の権利者や利用者、事業者等から合意を得つつ2021 年中に検討・結論を得、2022 年度に所要の措置を講ずる。」(短期、中期)(文部科学省内閣府総務省経済産業省

くしくも、数日前、「拡大集中許諾制度」といえば・・・というような存在だった瀬尾太一氏の訃報が伝えられ*15、長年の審議会やシンポジウム等での存在感を思い起こして、何とも言えない思いに駆られていたのだが、このタイミングで、数年前まで実現は不可能だろう、と思われてきた「著作物等の一元的な権利処理が可能となる制度」の実現が政策の工程表に載った、というのも一つの運命的な出来事のように思えてならない。

そして、新たな制度が立法化され、実現することで、日本国内のみならず、世界中が困惑し、格闘し続けてきた難題に一つの答えが示されることになるのだとしたら、全体としては厳しい評価を免れ得ない今年の「知的財産推進計画」も、ただその一点のみで、後世にまで語り継がれるものとなるような気がする。

過去の歴史を振り返れば、「推進計画」でほとんど存在感がなかったトピックが、何かの事情で急遽浮上して実現したこともあったような気がするし、逆に「所要の措置を講ずる」とされていながら、利害関係者間の調整で難航し、工程表通りには全く進まなかった、という例もそれなりにあった。

だから、決して今の時点で楽観視することはできないのは確かだが、ここからのステップが、ここまで関わって来られた様々な方々の思いを受け継ぎ、それに応えられるものになることを信じて、年度初*16の政策展望(?)の締めとさせていただくこととしたい。

*1:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20210713.pdf

*3:そして、孵化するかどうかは天に運を委ねざるを得ないような・・・。

*4:もちろん役所の作るペーパーだから、永田町もにらみつつ、大なり小なりの霞ヶ関的レトリックは入るにしても、だ。

*5:個人的には、最後に取り上げる「コンテンツ政策」の一部を除けば、具体的な政策としての完成度は低いと言わざるを得ないと思っている。

*6:https://www.youtube.com/watch?v=p3v6uh89ApQ(2021年7月17日放送)

*7:これは経営者が単にそう思い込んでいるだけ、という場合もあるだろうが、現実の社会では全てのビジネスに「イノベーション」が求められているわけではない(場末の営業会社たちの世界はもちろん、製造業以外の世界ではかなりメジャーな産業でもそういうところは結構あったりもする。)というのもまた事実だったりするから、そんなところでいかに「知財経営」といったところで、それが社会の隅々まで浸透することは決してないだろう、と自分は思っている。そして、お国のイノベーション施策に都合の良い「埋蔵知財」などそうあるわけではない、ということは、改めて指摘しておきたい。

*8:もちろん、一方では、無意味にデータをプロテクトすることで自分の責任を回避しようとする人々も世の中にはそれなりにいるので、その辺のバランスは考えないといけないのだろうけど。

*9:少なくともこの国では、「スタートアップ」の支援策に予算を投下するよりも、報われない技術者と報われない知財を多数抱えた大企業からの組織ごとスピンオフ施策に予算を投下した方が、イノベーションは遥かに加速すると思うので・・・。

*10:なので、かつて知財の世界のソフトローとは何ぞや?というお題に挑んだ時は、「結局、それって『契約で作られているルール』の読み替えに過ぎないよね」という結論を超えることはできなかった、というのが自分の中に残っている微かな記憶である。

*11:もちろん、当事者間の交渉によるルール形成機能が適切に機能しない場合に、それを補うものとして何らかの緩やかな”ロー”があって良い、という発想は理解できるのだが。

*12:なので、「クールジャパン」の名の元に、国が旗を振って着地観光まで「ビジネス化」しようとする動きには、これまで腹立たしさしか感じていなかったし、一連のコロナ禍で強調される「ダメージ」についても冷静に受け止めている。

*13:本年3月には「中間とりまとめ」も出されている。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kousou/digital_kentou_tf/pdf/tyukan_torimatome.pdf

*14:ちなみに、この項は「方向性」として掲げられた施策の数の多さでも群を抜いている。中には、お約束で入れたな、と思われる「私的録音録画補償金制度については、新たな対価還元策が実現されるまでの過渡的な措置として、私的録音録画の実態等に応じた具体的な対象機器等の特定について、結論を得て、可能な限り早期に必要な措置を構ずる。」(54~55頁)といった記述もあったりはするが。

*15:故人を偲ぶコメントはSNSにも多数あふれているが、中でも自分がもっとも心打たれたのが、福井健策弁護士の一連のTweetだったので、ここでリンクを貼らせていただくことにしたい。https://twitter.com/fukuikensaku/status/1417049869546524673

*16:暦の上ではもう7月だが、審議会の日程上はこれからが開幕、である。https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/61/index.html

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