絶体絶命の窮地に陥った「マリカー」~知財高裁中間判決を読んで。

マリカー事件の中間判決が出た」という新聞報道に接し、意気込んで最高裁HPに飛んで行ったものの、しばらく判決文は掲載されず、仕方なく第一審判決の解説でお茶を濁したのは、ちょうど1か月くらい前のことだった。

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その後、判決文がアップされても、しばらく記事にできるほど読み込めていなかったのであるが、ようやくきちんと目を通せたので遅まきながら・・・のエントリーアップである。

知財高判令和元年5月30日(平成30年(ネ)第10081号、平成30年(ネ)第10091号)*1

当事者を改めて記すと以下のとおり。

控訴人・被控訴人・反訴被告(一審原告)   任天堂株式会社
控訴人・被控訴人・反訴被告(一審被告会社) 株式会社MARIモビリティ開発
被控訴人(一審被告会社代表者)       Y

一審で「完全勝訴」した被告会社代表者を除き、双方が控訴、しかも控訴審段階になって、一審被告会社が、

「一審原告は,一審被告会社が別紙コスチューム目録1~4記載のコスチュームを着用した人物の写真又は映像を公衆送信する行為について,別紙反訴被告表現物目録1~4記載の表現物に関する複製権及び公衆送信権に基づき,これを差し止める権利を有しないことを確認する。」

という趣旨の反訴請求まで行っているので、それぞれの肩書はかなり複雑になっているが、以下、( )内の表記でシンプルに紹介する。

控訴審でも認められなかった反論

知財業界的には、不正競争行為該当性を判断する上での「打消し表示」の有効性とか、コスプレ用コスチュームが著作権侵害になるかどうか、といったところを気にする人も多かった本件だが、一審判決へのコメントでも言及した通り、そもそもゲームキャラクターとしての「マリオ」なりその関係キャラクターを認識していなければ、そのコスプレを着てカートで公道を走ろう、なんて発想になる人もいない、と考えるのが普通なわけだから、少なくとも前者に関して争うのはちょっと筋が悪いんじゃないかな、と思うところ。

そう考えると、損害論も見据えて一審被告側がもっとも争いたかったのは、「誰がいつまで不正競争に当たる行為をしていたか?」という点(争点1~3)だったはずで、今回も「STREET KART店舗」やその他の一審被告会社の店舗での営業実態や、レンタル事業実施主体と一審被告会社の間の管理支配性等について、双方が激しく主張を展開している。

だが、様々な証拠に基づく事実認定の末、結局、一審被告会社側の主張はことごとく退けられた。

「これらの事実に照らすと,被告標章第1の2~4のいずれかが,STREET KART店舗のうち,品川第2号店と横浜店を除く各店舗において使用されていたものと認められ,前記ア認定のSTREET KART店舗とMariCAR店舗の一体性に照らすと,品川第2号店及び横浜店においても使用されていたものと推認することができる。」(76頁)

「一審被告会社は,平成28年6月24日以降も,自ら又は少なくとも関係団体と共同して本件レンタル事業を実施しており,自ら又は関係団体と共同して,後記認定の不正競争行為を行っていると認められる。」(85頁)

また、一審被告側がこだわっていた「需要者の範囲」についても、知財高裁は引き続き「外国人に限られる」という一審被告側の主張を退けた。

「本件需要者は,日本において観光の体験等として公道カートを運転してみたい一般人,とりわけ,比較的若年の成年層であり,原判決の口頭弁論終結前の時点において,一審被告らのいうところの訪日外国人(外国人旅行者,在日米軍関係者,在日大使館員など)に限られることはなく,日本人も需要者であったと認められる。」(88頁)
「一審被告らの主張するとおり,確かに本件需要者には訪日外国人が多く含まれていると認められるが,日本人も本件需要者に含まれており,かつ日本語を解する外国人も一定程度含まれていると認められる。また,本件需要者とゲームに関心を有する需要者は同一視することができる。」(89頁)

既に一審原告側が、一審で認められた1000万円を大幅に上回る「5000万円」まで請求を拡張している状況で、こういう認定・判断になってしまうと一審被告側の代理人としても苦しいところだろうが、果たしてうまくタオルを投げ入れて、穏当な和解での決着に持ち込めるのかどうか、腕の見せ所だな、という印象である。

控訴審がさらに踏み込んだ判断ポイント

不正競争該当性判断が認められた、という点も、結論だけ見れば第一審と概ね同様なのだが、既に栗原潔弁理士がコメントされているように*2知財高裁は今回より踏み込んで、一審原告有利な判断を下している。

原告文字表示マリオカートの周知性・著名性について検討するに,①「マリオカート」シリーズのソフトの国内累計出荷本数が約●●●●●本で,歴代の国内出荷本数ランキングにも同シリーズから複数の作品がランクインし,人気ゲームとして雑誌に複数回取り上げられていること,②「マリオカート」シリーズに関してテレビコマーシャルが相当数放送されていること,③「マリオカート」シリーズに関して,複数のライセンス商品が販売されたり,販売促進活動等に使われたりしている上,それらの中にはゲームとの関連性が薄い自動車販売や道路に関するものが含まれていることからすると,本件商標が出願された平成27年5月13日の時点で,日本国内において,原告文字表示マリオカートは,マリオ等のキャラクターが登場する一審原告の人気カートレーシングゲームシリーズを表すものとして,「著名な商品等表示」(不競法2条1項2号)になり,これが現在でも継続していると認められる。」(93頁、強調筆者、以下同じ。)

「「MARIO KART」表示についても,一審原告表示マリオカートが,前記イのとおり日本国内において著名であったところ,日本国内において原告文字表示マリオカートが「MARIO KART」や「MARIOKART」の表示と併せて表示されている事例が数多く見かけられる上(証拠略),「MARIO KART」が英語として平易なもので,「MARIO KART」表示が,「マリオカート」の英語訳であることは誰でも容易に理解できるものであることからすると,「MARIO KART」表示についても,上記平成27年5月13日には,一審原告の人気カートレーシングゲームシリーズを表すものとして,日本国内において,「著名な商品等表示」になり,これが現在も継続していることが認められる。」(93~94頁)

「①「マリオカート(MARIO KART)」シリーズの国内・世界累計出荷本数が前記 のとおり1億1150万本に上っていること,③「マリオカート(MARIO KART)」シリーズの中で最もヒットした「マリオカートWii(MARIOKART Wii)」の国内・世界累計出荷本数は,3526万本で世界歴代ミリオン出荷タイトル3位となっていること,③ギネス世界記録において,「スーパーマリオカート(SUPER MARIO KART)」が,家庭用ゲーム機向けソフトの部門で1位を獲得し,「マリオカート(MARIO KART)」シリーズが,伝説級のゲームとして紹介されていたこと,④「マリオカート(MARIO KART)」シリーズについて海外でテレビコマーシャルが放映されることもあったことからすると,「MARIO KART」表示は,上記平成27年5月13日の時点で日本国外のゲームに関心を有する需要者,すなわち,日本国外の本件需要者(一審被告らが主張する訪日外国人を含む。以下同じ。)の間でも,一審原告の人気カートレーシングゲームシリーズを表すものとして,「著名な商品等表示」になり,これが現在でも継続していると認められる。」(94頁)

第一審判決との最大の違いは、時期を「平成22年頃」から「平成27年5月13日」にまで落としたうえで、「周知」から「著名」へ(不競法2条1項1号から2号へ)と、表示の周知著名性認定のレベルを引き上げたこと、そして、国内だけでなく「日本国外の需要者」についてまで同レベルの「著名」性を認めたことにある*3

また、知財高裁は「マリオ」「ルイージ」等のキャラクター(表現物)に関しても、「ギネス世界記録」等を引用しながら、国内のみならず海外に至るまでの「著名」性を認めた。

「原告表現物マリオは,その人物のイラストとしての基本的な表現上の特徴を同じくする「マリオ」が登場する一審原告のゲームソフト作品の長年にわたる販売及び人気並びにそれに伴う宣伝等により,一審原告の商品の出所を表示する商品等表示となり,遅くとも,国内出荷本数ランキングで2位を,国内及び世界における出荷本数ランキングで5位を獲得した「Newスーパーマリオブラザーズ」が発売された平成18年5月には,日本国内で,一審原告の商品等表示として著名となっており,それが現在でも継続していると認められる。また,遅くとも,「マリオ」が「ギネス世界記録」が発表した「ゲーム史上最も有名なゲームキャラクターTop50」において1位を獲得した平成23年2月頃には,日本国外のゲームに関心を有する需要者の間でも著名となっており,それが現在でも継続しているものと認められる。」
「原告表現物ルイージ,原告表現物ヨッシー及び原告表現物クッパについても,その人物又は生物のイラストとしての基本的な表現上の特徴を同じくする「ルイージ」,「ヨッシー」及び「クッパ」が登場する一審原告のゲームソフト作品の長年にわたる販売及び人気並びにそれに伴う宣伝等により,一審原告の商品の出所を表示する商品等表示となったというべきであり,遅くとも,「NewスーパーマリオブラザーズWii」が発売された平成21年12月には,日本国内で一審原告の商品等表示として著名となっており,それが現在でも継続していると認められる。また,①「スーパーマリオカート」をはじめとする「ルイージ」,「ヨッシー」及び「クッパ」が,「マリオ」と共に登場する「マリオ」シリーズ及び「マリオカート」シリーズが日本国内のみならず海外においても大きな売上げを記録したこと,②「ルイージ」や「ヨッシー」を主役とするゲーム作品も世界歴代ミリオン出荷タイトルの96位及び108位にランクインしていること,③「ヨッシー」は「ギネス世界記録」が平成23年2月頃に発表した「ゲーム史上最も有名なゲームキャラクターTop50」において21位を,「クッパ」も同じく「ギネス世界記録」が平成25年1月頃に発表した「ビデオゲーム史に名を残す悪役トップ50」において1位をそれぞれ獲得したことからすると,原告表現物ルイージ,原告表現物ヨッシー及び原告表現物クッパもまた,遅くとも,前記ギネス記録が発表された平成25年1月までには,日本国外のゲームに関心を有する需要者の間で著名となり,それが現在まで継続しているものと認められる。」(以上、105~106頁)

こうなると、原審以来、一審被告側が頑張ってきた「打ち消し表示」等、「混同のおそれ」をめぐる反論も、

「不競法2条1項2号は,著名表示をフリーライドやダイリューションから保護するために設けられた規定であって,混同のおそれが不要とされているものであるから,一審被告らが主張するような打ち消し表示の存在や本件各コスチュームの使用割合が低いこと(略)といった事情は,何ら不正競争行為の成立を妨げるものではない。」
(99頁)
「不競法2条1項2号について,混同のおそれの要件は不要であるから,打ち消し表示などのために混同のおそれが生じないとする一審被告らが主張するところは,不正競争行為該当性の判断に影響を及ぼすものではない。」(117~118頁)

と一蹴されることになってしまう。

個人的には、言語表示とは異なり、使用場面によって常に態様が変わり得るのが、「キャラクター」の特性だけに、一審被告側の、

「「キャラクター」は,商品の「形態」と同様,①特別顕著性,②周知性が認められ,セカンダリーミーニングとしての出所表示機能を備えた箇所に限り「商品等表示該当性」を論じるべきものであるところ,「マリオ」のうち洋服の部分は一般的なオーバーオール等の形状そのものであって,「マリオ」における顕著な特徴は「顔」の部分にのみあり,「マリオ」の顔を含まない洋服部分のみでは特定の出所を表示する「商品等表示」足り得ない。」(44~45頁)

といった主張は興味深く感じたところだったのだが、残念ながら知財高裁が採用するところとはならなかったし、仮にこの反論が認められたとしても、一審被告自体がマリカービジネスで「セカンダリーミーニング」的な要素をフルに利用している本件では商品等表示該当性まで否定するのは難しかったような気がする。

また、不競法条文の書きぶりを捉えた「不競法2条1項1,2号の「使用」には,商品に関する占有や支配関係が移転する「貸与」は含まれない」という反論もあっさり退けられ(117頁)、さらには、一審被告側の原審での数少ない”戦果”だった、一審被告会社代表者の責任まで、

「取締役としては,会社が不正競争行為を行わないようにする義務があるところ,上記検討によると,一審被告Yにはそのような義務に違反した点について,悪意又
は少なくとも重過失があるものといえ
,一審被告Yは,会社法429条1項に基づく責任を負うというべきである。」(122頁)

と逆転肯定されてしまった。
実に気の毒な話ではあるのだが、もはや一審被告側としては立つ瀬がない感じで、これはもう「相手が悪かった」というほかないように思うところである。

今後の実務的な教訓

おそらく、一審被告は「マリカー」を一種のパロディサービスとして世に送り出したのだろうし、「顔なし」のコスチュームや、「打消し表示」といったテクニック(?)を駆使して、ギリギリのラインを攻める、という意気込みも抱いていたのだろう。

何といっても「コスプレ」は日本のお家芸
そして、日本発の世界的キャラクターを想起させるコスプレに「本物のカートで公道を走る」という大胆な体験を組み合わせ、日本を訪れた外国のお客さまに楽しんでいただいてこそ”おもてなし”だ!(それをやったところで、任天堂のゲームソフトの売り上げが落ちるわけでもなく、損する奴は誰もいない!)という発想自体が悪いとは、自分は全く思わない。

ただ、エッジが利いたパロディ、インパクトが強いサービスであればあるほど「権利者」側の心情も刺激する
たとえ、ユーモアやそれを超えたリスペクトに裏打ちされたサービスだったとしても、有償で提供して利益まで挙げている、ということになれば、やすやすと見逃すわけにはいかなくなるわけで、ましてや元になったコンテンツの顧客吸引力が世界的にも通用するようなものとなれば、なおさらである。

冒頭でもふれたように、一審被告は、「法的にはギリギリのラインの話なのだ」ということを強調したかったのか、あるいは、多くのウォッチャーの関心に応えようとしたかったのか、コスチュームの著作権侵害該当性の確認をあえて「反訴」で求めたのだが、知財高裁は、以下のとおり最後にバッサリと「不適法」と切って捨てた。

「上記反訴請求の別紙コスチューム目録記載のコスチュームが,別紙反訴被告表現物目録記載の表現物の複製物かという争点については,原審でも争われた本件各コスチュームが,原告表現物の複製物かという争点と実質的に同じものであると解される。しかし,①上記のような反訴請求について確認の利益があるのか,②一審被告会社が公衆送信することを考えている写真又は映像にはどのようなものが含まれ,仮に上記各コスチュームが,複製物といえる場合に,どのような写真や映像を掲載することが複製権,公衆送信権の侵害となり得るのかという争点については,原審では当事者間で全く主張立証がされておらず,上記反訴の提起について相手方である一審原告の審級の利益を害さないものとは認められないから,一審原告の同意を不要とすることはできない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,一審被告会社の上記反訴の提起は不適法である。」(124頁)

一審原告の著作権侵害に基づく請求の判断を回避したこととも合わせ、全体を通じて、”そんなチマチマしたところで争うような話じゃない”という雰囲気すら漂ってくる一連の判決を見てしまうと、やはり、ギリギリを攻めるにしても相手とやり方は選ばないとダメだな・・・と、思わずにはいられなかった。

本件が最後の最後でどういう落ち着き方になるのかは分からないが、結果にかかわらず、「以て他山の石とせよ」ということで、心に留めておきたい事例である。

*1:第2部・森義之裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/735/088735_hanrei.pdf

*2:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20190618-00130618/参照。

*3:そもそも、一審ではもっぱら文字に関しては「マリカー」というカタカナ表示の周知性が争点になっていたこともあり、外国での周知著名性は「キャラクター」についてしか認定されていない(マリオが平成23年11月、それ以外のキャラに関しては平成25年1月までに「周知」になっていた、という認定)。なお、「マリカー」というカタカナ表示を見ても外国人には理解できないだろう、という理屈は、知財高裁の認定の下でも変わりはないと思われるのだが、それが結論にどう影響したのかは、最高裁HP上に請求を特定する目録等が全て添付されていないため、現時点でははっきりしたことは分からない。なお、一審同様、一審被告側が行っていた登録商標の抗弁についても、より詳細な理由付けとともに退けられている(100~101頁)。

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