2021年の総選挙も終わった。
開票前は野党共闘が功を奏して「与野党拮抗」といった報道も流れてきたが、蓋を開けてみれば自民党が単独で絶対安定多数の議席数を確保する、という結果に。
「メディアはああだこうだ言ってるけど、投票するのは優しい日本人。誕生したばかりのさほどクセもない新政権に、いきなり泥水を浴びせるようなことはしないだろう」と自分も思ってはいたが、結果はそんな想定をもはるかに上回り、第一党としての議席数こそ減らしたものの、連立相手の公明党が議席増。さらに潜在的与党の日本維新の会が大躍進したことで、三党の議席を合わせれば334議席。次の国会で改憲発議がなされても不思議ではない状況が一瞬で出来上がってしまった。
華やかな野党「共闘」は、局地的には功を奏した面もあったのだろうし、開票が始まってからも、かつて総理の座に最も近づいた自民党の元幹事長を落選に追い込み、現職の幹事長から小選挙区の議席を奪ったあたりまでは、野党側からも「勝利宣言か?」と思うようなコメントが飛び出していたくらいだった。
ただ、今の衆議院選挙の仕組みは、「小選挙区制」と「比例代表制」という全く異なるシステムのハイブリッドである。
小選挙区では、野党が「対決」構図を演出して、”強い”与党の大物をヒールに仕立てれば、それなりの票は野党側に流れて”番狂わせ”を演じることができるが、多くの政党がそのまんま候補者を立てている比例代表ではそうもいかない。
特に今回のように与党側が政策を従来の野党のそれに寄せてきて、争点がぼやけた選挙になると、明確な選択肢を失った「無党派層」の票は、自ずから無難なところに流れるか、あるいは相対的にちょっとエッジの利いたことを言っているところに流れる。だから、自民党が(近畿以外は)比例代表で圧倒的な強さを示し、次いで全国的に「維新」に票が流れた、というのも、決して不思議なことではないと自分は思っている*1。
そして、参院選とは異なり、小選挙区の立候補者が比例代表選の方にも重複立候補できる今のシステムだと、小選挙区でいくら野党「共闘」候補が”金星”を挙げても、破ったはずの相手は次々と復活当選を遂げることになるわけで、蓋を開けてみればエリア内の小選挙区で立候補していた自民党の候補者が全員当選していた、という地域は、今回も実に多かった。
これではいつまで経っても、野党候補者が小選挙区で確固たる「地盤」を築くのは難しいし、来年の参院選にもつながらない。
「選挙のプロ」であるはずの政治家たちがなぜ戦略を誤ったのか。
直近のちょっとした成功体験に惑わされ、「排除」された窮地から死に物狂いで戦って得た4年前の経験を忘れてしまったかのような戦いに終始した野党第一党の責任は重大だし、少数野党の中から、かつての「みんなの党」的な立ち位置を取れる政党が出てこなかったのも実に残念だった*2。
「分配」政策でいかに競い合っても、現に人・モノ・カネを押さえている与党の前では大した説得力は発揮できない。
野党支持層の方々の中には、若者に「投票に行け」と呼びかけていた方もいらっしゃったが、「それ、裏目るぞ・・・」と思ったら案の定。無党派層とされる20代、30代の多くは与党か維新に投票した、というデータも既に出てきている。
若い世代が一般的に好むのは「改革」という旗印であって、かつての新党やリベラル政党の支持層に若者が多かったのも、その存在が理不尽な「保守」の分厚い壁をこじ開けようとする”改革政党”のように見えていたから。
それが今や「足元の生活が第一」、「古き良き時代を取り戻す」の超保守的な存在になってしまっているのだから、若年世代に振り向いてもらえると思う方がどうかしているような気がする。
・・・ということで、この選挙で”笑う”ことができたのは、前総理も、かつての麻生総理もやろうとしてできなかった「就任直後に解散」という渾身のショットを放ち*3、反対勢力を次々と突き落とし、さらに戻ってきた球が、面倒臭い存在になりそうだった自党の幹事長までポケットに落とす*4、という望外の展開となった現総理だけ。
これが狙いすましたトリックショットだったとしたら、相当な腕前のハスラーだなぁ・・・と思う。
「国民審査」の結果から感じたつかの間の安堵感。
ということで、随分長い前振りになってしまったが、このエントリーで書きたかったのは、「最高裁判所裁判官国民審査の結果」である。
いち早く報じている毎日新聞*5によると、総務省が発表した結果は以下のとおり。
深山 卓也(裁判官)…4,490,554(7.85)
岡 正晶(弁護士)…3,570,697(6.24)
宇賀 克也(学 者)…3,936,444(6.88)
堺 徹(検察官)…3,565,907(6.23)
林 道晴(裁判官)…4,415,123(7.72)
岡村 和美(行政官)…4,169,205(7.29)
三浦 守(検察官)…3,838,385(6.71)
草野 耕一(弁護士)…3,846,600(6.72)
渡辺恵理子(弁護士)…3,495,810(6.11)
安浪 亮介(裁判官)…3,411,965(5.96)
長嶺 安政(行政官)…4,157,731(7.27)
この結果だけ見れば、夫婦同氏制に関する大法廷決定で多数意見側に付いた4裁判官(太字)に対する罷免票が他の裁判官との比較では若干抜けた数字(罷免率7%台)になっているから、「これが民意だ!」とばかりに喝采をあげている方も散見される。
だが、選挙前に自分がアップしたエントリーの最後のところでも書いた通り、単に「自分の主義主張と異なるから」という理由で「罷免票」を投じることがブームになってしまう、というのは実に危うい事態だと自分は思っている。
「民意」にかこつけて政治が介入し「司法の独立性」が揺らいでいる、という事例は世界中様々なところで見られる現象だし、そこまで極端な話ではなくても、今回、4裁判官の罷免票を増やした一部の”運動”に反発した勢力が、次の国民審査の機会に、「夫婦同氏制に反対する裁判官を罷免せよ」という運動を展開し始めたらそれこそカオスになる*6。
これが、政治的偏向性ゆえに本来取るべき手続をとっていない、とか、明らかに法解釈を逸脱した意見で判決を書いている、といったような話であれば別論、曲がりなりにも書かれている意見に論理としての筋が通っており、それがそれぞれの裁判官の信念に裏打ちされたものなのであれば、たとえそれが自分の望む結論とは異なっていても「×」を投じることには躊躇すべきで、そういった慎重さこそが「思想が他人と異なる、というだけでは処罰されない」世の中を守ることにもつながるはずだ。
目の前のなかなか解決しない法律上のイシューを何とか良い方向に解決してほしい、と思って打ったショットが、仮に狙い通りに目標の球に当たって一定の効果を発揮できたとしても、そこから弾かれた球が思わぬ方向に飛んで、自分の手球までポケットに落とすようなことになってしまったら、目も当てられないことになる。そして、特定のイシューに対する裁判官の意見・主張を”狙い撃ち”にするリスクは、「一票の格差」にも「夫婦同氏制」にも、はたまた「カラオケ法理」にも、同様に潜んでいると自分は思っている*7。
幸いなことに、過去の国民審査と比べると、今回の国民投票の投票率が(総選挙の数字につられて)前回、前々回よりも高い数字になっているにもかかわらず、今回投じられた罷免票の数は過去2回と比べれば一回り少ない*8。
そのことをどう分析するかは難しいところだが、個人的には、各裁判官の顔が見えなかった過去の反省を生かして、なのか、様々なメディアに裁判官の情報が出るようになり、「国民審査の意義」についても過去の審査時と比べると比較的情報量が増えてきたことで「面白半分に『×』を付ける」人が減ってきた、ということも背景にはあるのではないかと思っている。
そして、少々どころではなく手前味噌ではあるが、自分が夜な夜なまとめた”三部作”も、「裁判官の個性を正しく伝える」ことに少しでも役立っていたらよいな・・・と思った次第である。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
*1:おそらく、「共闘」の選挙区で野党連合候補に票を投じつつ、比例では自民党に入れてバランスを取った、という有権者は相当数いるような気がしている。
*2:維新の一人勝ちを憂う方々は多いが、それは「改革」や「成長」の旗印を彼らに独占させてしまった他の野党のオウンゴールでもある。
*3:今回は既に任期満了、という状況だったからどっちにせよ総選挙はせざるを得ない状況だったわけだが、それでも最速のスケジュールで選挙まで持って行ったところに、新政権の凄みがあった気がする。
*4:これで「AAA」といわれていた党内の”重鎮”も、全員第一線の役職からは消えることとなった。ついこの前まで”操り人形”のような言われようだった現総理にここまで様々なめぐり合わせが味方するとは・・・というところだろうか。
*5:最高裁国民審査、対象の全11裁判官信任 開票結果 | 毎日新聞より。
*6:今回も、4裁判官に次いで宇賀、草野の両裁判官への罷免票が多いのは、ちょっと気になっている現象だったりもする。
*7:最高裁の関係者に聞けば「国民投票の結果くらいで萎縮する裁判官なんていないよ」と笑い飛ばされるかもしれないが、ひとたびエスカレートしだすと何が起きるか分からない、というのが「政治」を持ち込んではいけないところに持ち込むことの怖さ、だったりもする。
*8:前回2017年の国民投票では、小池裕裁判官に4,688,017もの罷免票が投じられ、罷免率8.56%(他にも菅野博之、木澤克之の両裁判官が罷免率8%台)。前々回2014年の国民投票では、4,861,993もの罷免票を投じられた木内道祥裁判官を筆頭に、5名中4名が罷免率9%台だった。