戦いが去って残されたもの。

メインの総選挙の方は、自民党の予想を超えた圧勝(というより政権与党の惨敗)、という形で幕を閉じた12・16のバトルだが、一部の人々にとっては、これも一つの戦い、だったであろう、最高裁裁判官国民審査の結果が発表された。

「戦い」といっても、いざ投票場に行ってみると、その現場では、「選挙区」投票して、「比例」投票して、はい次は「知事選」・・・という流れの中で、

「あれ、この紙って何でしたっけ?」

と受付の人に思わず聞いてしまうような位置づけのものでしかなかったから*1、今回も大山鳴動鼠・・・状態だろうなぁ、と思ったら案の定。

17日の夕刊にいったん掲載された数字がその翌日に修正される、というドタバタなおまけもついて公表された数字は、ざっと以下のようなものである。

山浦善樹 (弁護士) 4729286(8.19)
岡部喜代子(学者)  4966087(8.60)
須藤正彦 (弁護士) 4695556(8.13)
横田尤孝 (検察官) 4717450(8.17)
大橋正春 (弁護士) 4597667(7.96)
千葉勝美 (裁判官) 4719643(8.17)
寺田逸郎 (裁判官) 4609043(7.98)
白木勇  (裁判官) 4682567(8.11)
大谷剛彦 (裁判官) 4653719(8.06)
小貫芳信 (検察官) 4520426(7.83)

多少、岡部裁判官に対する罷免票が多い印象はあるが*2、裁判官相互間で有意な差が出た、というほどではない*3

また、罷免率は前回の国民審査時よりも、概ね1%程度上昇しているものの、率の数字の上昇については、そもそも投票所に足を運ぶ人が前回より少なかったことも影響しており、絶対的な罷免票の数自体はさほど増加していない、という点にも留意する必要はあるだろう。


この結果を受けて、“国民の無関心”を嘆く声もあるのだろうが、自分は、今回の国民審査で明確に「×」を付すべき裁判官はいない、と思っていただけに、これで良かったのではないか、と考えているところである。

見方によっては、一般紙の紙面広告まで使って行われた“扇動”に近いような最高裁裁判官(ひいては我が国の司法制度)へのネガティブキャンペーン”に接しても、多くの有権者は冷静に判断して、極端な結果を回避したともいえるだろう。

なお、「国民審査」に関するネット上の情報の中に、時々、

「これまで、日本人は『国民審査』に対してあまりに無関心すぎた。けしからん」

的な意見が混じっているのを見かけるが、かつて、世の中が「保守」と「革新」に二分され、裁判所も決してその例外ではなかった1960年代後半〜80年代前半くらいまでは、国民審査の結果もかなりエキサイティングなものだったようだ。

Wiki情報だと、1972年の国民審査における下田武三裁判官の罷免「可」率は、実に15.17%。
また、1980年の国民審査における谷口正孝裁判官への罷免票は、800万票を超えている。

多くの裁判官が就任して間もない時期に「国民審査の洗礼」を浴びているから、最高裁での意見等が投票に影響を与えたというより、就任前の経歴(とそこから推し量れる思想等)により判断されたところが大きかったのではないかと思うが*4、いずれにせよ、当時、左と右に世の中が大きく分断されていたことが*5、当時の各裁判官への不信票につながっていたことを考えると、そういった明確な対立軸のない今の時代に、罷免票が伸びないのも至極当然ではないか、と思うところである。

この先、どういう流れになるのかは分からないが、最高裁に持ち込まれる分野のバリエーションも、それぞれの裁判官の価値観も、相当多様化している今、“シングル・イシュー”だけで、特定の裁判官にスポットを当て、その人物をスポイルしようとすることは、相当のリスクをはらむのではなかろうか*6

その意味で、自分は、上記のような「穏当な結果」にも十分現代的な意義があるのではないか、と思っている*7


(補足)
21日になって、またまた集計ミスが判明したとして、投票結果について2度目の修正がなされている(2度とも、罷免票の数字の下方修正)。

山浦善樹(弁護士) 4708497(8.15)
岡部喜代子(学者) 4945084(8.56)
須藤正彦(弁護士) 4674807(8.09)
横田尤孝(検察官) 4696669(8.13)
大橋正春(弁護士) 4576916(7.93)
千葉勝美(裁判官) 4698942(8.14)
寺田逸郎(裁判官) 4588376(7.95)
白木勇 (裁判官) 4661824(8.07)
大谷剛彦(裁判官) 4633074(8.02)
小貫芳信(検察官) 4499849(7.79)

修正前後で大きな修正はない、とはいえ、あまりこういうことを繰り返しやっていると、“なんか細工しているんでは?”と疑う人も出てきかねないので、最初の集計時に、細心の注意を払ってやってほしかったなぁ・・・と思うところである。

*1:わざわざ投票前日にブログで記事を書いた自分ですらそうなのだから、日頃関心を持っていない一般の方をや・・・。

*2:理由は良く分からないが、まねきTVの最高裁審理時にたまたま裁判長になっていたことと、「前から2番目」という比較的「×」を付けやすいポジション(?)にお名前があったことが災いしたのだろうか・・・。

*3:前回は、「一人一票」な方々から集中攻撃を受けた涌井裁判官がただ一人500万票以上の罷免票を投じられ、最も罷免票が少なかった宮川裁判官との間で100万票以上の開きが生じたが(もう一人ターゲットにされた那須裁判官も若干突出した数字になっていた)、今回はそちらの方々が全員「×」運動を推進したおかげで、特定の“犠牲者”は出なかった。

*4:たとえば下田裁判官などは、佐藤内閣で外務次官、駐米大使を務め、沖縄返還にかかわるなど、就任前から政治的に注目されていた人物であった。逆にリベラル派の代表格といった感のある伊藤正己裁判官も、歴代ベスト10に入る高い罷免率を記録している。

*5:そして、公務員労組の活動等に関する最高裁判例等、裁判官の交代によって、結論がガラリと変わるケースも多かったことが

*6:ひとつの論点では自分の意に沿わない意見を出した最高裁判事であっても、他の分野で自分と同じ意見を持っているのかも・・・というのは、良くあることだろう。

*7:欲を言えば、就任直後だけではなく、「業績評価」的な審査の機会をその後も設けた方が良いのだろうが、そのような機会に実効性を持たせるためには、憲法改正が必要になるので(裁判官が10年以上在任した場合は別としても)、今すぐに、ということにはならないと思われる。

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